最先端のIT技術がスローライフを支える「なつかしい未来」
この物語は、文部科学省の文理融合を目指す「やおよろずプロジェクト」から生まれた近未来のシナリオです。
ユニバーサルデザイン(年齢や、障害・病気の有無に関係なく誰でも使いやすいデザイン)の先駆者として活躍する著者が、IT技術によって、誰もが人や自然とつながりながら、自分らしい生活を送れるユビキタス情報社会を夢見て、人と自然とテクノロジーの理想的なかかわり方を、小説の形で情感豊かに描きました。
ときは201X年、大学院生の翼(つばさ)は、祖父母のかばん持ちとして、ある地方の温泉町、高布(たかふ)町を訪れます。そこでは、誰でも使いやすい情報端末「ルイカ」が開発され、人々がどこでも情報のやりとりができるユビキタスネットワークを利用しながら、スローライフを満喫できるコミュニティを作りつつありました。
ルイカの開発者である香成(かなる)、ルイカを使って町の訪問者を世話する遼子、ひきこもりの中学生とその父親など、翼とその家族をめぐって展開する登場人物たちの“再生のドラマ”が、人間として生きるために欠かせないものを思い出せてくれると同時に、それを支えるテクノロジーがどのようなものであるべきかも教えてくれます。
天と地と人がつながるIT技術を夢見て。自然とふれあい、ゆっくりと生きることを愛し、人にやさしいテクノロジーにそっと支えられる。そんなすてきな町と人々を描いたハートフルな物語。
抜粋
あとがき
21世紀のユビキタス情報社会は、どんなものになるのだろう?
文部科学省「横断的科学によるユビキタス情報社会の研究」で文理融合を目指す「やおよろずプロジェクト」から出されたその問いかけに、文系のわたしは思った。
これから、生きていきたいと思う未来を描けばいいのだ、と。
人々が、それぞれの町を誇りに思い、家族を愛して生きてゆける社会。水や空気やその土地でとれる食べ物がとても美味しくて安全な社会。誰でも役割があって、子どもは希望をもち、シニアは長生きしてよかったと思える社会。そして、それを、先端技術が、寄り添うように支える社会であってほしいのだ。
この小説は、わたしの望む201X年のユビキタス情報社会を描いたものである。
人が人とつながり、自然とつながり、歴史や異文化とつながるために、存在するユビキタスである。ルイカという情報端末はアイヌ語で「橋」という意味をもつ。それを作る科学者、香成は「CANAL(運河)」という名前である。ともに、2つのもの、2つの価値をつなぐという意図をもつ。
そして、橋も、運河も、カレーズ(地下水道)も、絹も、すべて人の手で作り出され、何かを伝えてきたものだ。人々をより幸福に、快適にするために、人間はたくさんのものを作ってきた。ユビキタスも、ITも、例外であるはずはない。そしてこの物語も、文系の想いを理系や工学系に伝えるために作られたもののひとつである。
この本には、わたしが訪れた美しい日本の風景がたくさん詰まっている。そして、わたしが愛する日本のすばらしいものもたくさんある。森、風、虹、川、風土、産物、温泉、日本酒、和菓子、そして小さなコミュニティを愛し、守ろうとする人々。子ども、高齢者、さまざまな年代の、さまざまな人々が、この中に生きている。
この物語の中に登場するすべての人々は、基本的にはフィクションである。だが、それぞれの要素は、このプロジェクトの中で知り合った多くの人々にインスピレーションをいただいたものだ。ちょうど、この空想のまち「高布町(たかふちょう)」が、たくさんの場所の集合体であるように。
(中 略)
21世紀の生活が、自然とかかわり、ゆっくりとした生き方を愛し、かつ、目立たない先端技術にそっと支えられる、スローなユビキタス社会であってほしいと願ってやまない。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
関根/千佳
長崎県佐世保市生まれ。長崎県立佐世保北高校、九州大学法学部卒業。日本IBM SNSセンター課長を経て’98年、株式会社ユーディット(情報のユニバーサルデザイン研究所)を設立、アクセシブルなWeb構築やIT機器デザインのコンサルティングを行なう。総務省情報通信審議会、経済産業省日本工業標準調査会を始め、各省庁や自治体のユニバーサルデザインに関する委員会に多数参画。UDNJ(ユニバーサルデザインネットワークジャパン)理事。美作大・金沢大・東京女子大・東海大等の非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)