米スポーツ界の歴史を知ると、大谷翔平の活躍を安易に喜べない
エンゼルスの大谷翔平が「四番・DH」でスタメン出場し、MLBを沸かせている。二十三歳の日本人青年をマーベルコミックのヒーローのように扱うメディアも少なくない。だが、私はもはや安易な熱狂に酔うことはできない。開幕直前にアメリカ史の第一人者の手による本書を丹念に読み、胸に刻んだからである。
アメリカ型スポーツが誕生した十九世紀終盤からプロレスが大好きなトランプを大統領として担ぎ出した今日までを綴った文章に釘付けになったのは、超大国が抱える諸問題のすべてが列挙されていたせいだ。
ロックフェラーやロスチャイルドが利権を握る「金ぴか時代」が「資本主義の限界を露呈させ、自由放任主義への信頼を打ち砕いた」ことから公正な競争を担保する独占禁止法が導入される。そのルールが用いられたのがNFLでありNBAだった。ベンチに退いても再度ゲームに参加できるリ・チャレンジの源流は特権への反立であった。
ハリウッドに端を発した#MeTooは財務省にまで嵐を起こしたが、米国スポーツにおける性差別はあまりに露骨だ。「ランジェリー・フットボール」の写真には声を失った。
私自身「Number」でマイケル・ジョーダンを取材したときには、英雄が人種差別を消滅させると信じた。だが、事はそう単純ではなかった。メディアや企業が選手の人気を賞味期限付きで利用し、さらに他国を低賃金で苦しめるビジネスが恒常化するのである。
著者のアスリートたちへの憧憬は疑いがない。しかし、一方に渦巻く格差社会、人種差別、性差別、公的秩序の崩壊といった構図にも目を逸らさず冷静に向き合っていく。感情に支配された心が消そうとする視界を、事実に基づき丁寧に浮き彫りにするのだ。
一大産業となった彼の国のスポーツの真実とその思想を、日本人は知らなければならない。なぜなら、すでに我々はその一部に荷担しているのだから。
評者:小松 成美
(週刊文春 2018年05月17日号掲載)
野球、アメフト、バスケなどの母国アメリカ。国民が熱狂するこれらの競技は、民主主義とビジネスの両立への挑戦を体現している。人種、性の格差解消を先導する一方で、巨大化したプロスポーツでは、薬物汚染に加え、経営側の倫理が揺らぐ場面もある。大リーグの外国人選手獲得や、トランプ大統領とプロレスの関係は、現代アメリカの何を象徴するのか。スポーツで読む、超大国の成り立ちと現在。
著者について
1964年東京都生まれ。87年慶應義塾大学文学部卒業。92年同大学院文学研究科博士課程修了。現在慶應義塾大学法学部教授。専攻、アメリカ文化研究、現代アメリカ論。著書『現代アメリカを観る』(丸善ライブラリー、1998)、『実験国家アメリカの履歴書』(慶應義塾大学出版会、2003)、『性と暴力のアメリカ』(中公新書、2006)ほか
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
鈴木/透
1964(昭和39)年東京都生まれ。87年慶應義塾大学文学部卒業、92年同大学院文学研究科博士課程修了。慶應義塾大学法学部教授。専攻は、アメリカ文化研究、現代アメリカ論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)