『ジョン・ボルトン回顧録――トランプ大統領との453日』(ジョン・ボルトン著、梅原季哉監訳、関根光宏・三宅康雄他訳、朝日新聞出版)を読んで感じたことが、3つある。
第1は、国家安全保障担当大統領補佐官の著者が身近に接した第45代米国大統領ドナルド・トランプの卑小な人間性が容赦なく剔抉されていること。
「日本側も私と同じように、トランプには常に念押ししておく必要があると感じていた。だからこそ、安倍は政権の発足以来ずっと、北朝鮮についての協議をあれほど頻繁に繰り返したのである」。
「トランプが公私のけじめをつけられない場面が数え切れないほどあった。・・・(習近平との会談で)驚いたことに、翌年の米大統領選に話題を変え、現在進行中の選挙運動に中国の経済力が影響するとほのめかして、自分が勝てるよう習の協力を乞うた。選挙における農家の重要性を強調し、中国が大豆と小麦の輸入を拡大することが選挙戦の結果にいかに大きな影響を及ぼすかを力説した。トランプが言ったことをここに一字一句書き記したいところだったが、政府による(本書の)出版前検閲によって差し止められた」。
「この約束によって実質的に金正恩に騙されたことをトランプが理解しておらず、愚かに見えたことも明白な事実だった。それにもかかわらず、金正恩から言質をとったのは見事な戦略だったというトランプの思い込みを揺るがすことは、私たちには決してできなかった」。
「私には、この日本訪問が早くもお遊びになろうとしているのがわかった」。
「トランプの動機はメディアの注目を集めることと、史上初のDMZ(非武装地帯)での米朝首脳会談というシャッターチャンスをつくることであって、何ら実質的なものではない。・・・それは短絡的な発想だった」。
「ここにはトランプの外交観のいびつさが表れている。彼には、個人的な利益と国益の区別ができていなかったのだ」。
「(安倍との話し合いの席で)トランプは本格的に眠りに落ちつつあった。さすがに椅子から転げ落ちることはなく、大事なポイントは聞き逃さなかったようだが」。
「官僚たちと主要な高官らが、せっかちで長い時間集中できないトランプの性質を利用し、タンカー攻撃への対応を先送りしたために、もはや軍事行動が妥当に思えるタイミングを逸していた」。
「私はその時、『彼(トランプ)がここまで馬鹿げたもの(ツイート)を出したいなら、反対している私はいったい何者なんだろう』と本気で考えたように思う」。
「私は何より、トランプにはじつはお気に入りの(他国の)独裁者たちに個人的に便宜を図ろうとする傾向があることを、(司法長官のウィリアム・)バーに知らせておきたかった」。
第2は、日本に関する言及が意外に多いこと。そのほとんどが首相の安倍晋三と国家安全保障局長の谷内(やち)正太郎で占められており、外務大臣、防衛大臣等の影が薄いこと。
「私はトランプと各国首脳の個人的関係について、安倍が最も良好であるとみていた(安倍とトランプは仕事仲間であるだけでなく、ゴルフ友達でもある)。ただし、ボリス・ジョンソンが英国首相になってからは、安倍は首位タイになった」。
「私は駐留費用の問題を協議するため日韓歴訪に出発した。日本との現行協定が失効するのは韓国より後なのだが、私は最初の訪問先である東京で、構わずこの問題を取り上げた。国務省と同様、国防総省にとっても、受け入れ国に費用負担の引き上げを求めるなど、ほとんど考えられないことだった。・・・私はまず谷内に会い、現行の負担額が年約25億ドルであるのに対し、トランプが年間80億ドルの支払いを1年以内に開始するよう求める理由を説明した(原書で参照先とされているフォーリンポリシー誌などは、現行の負担額を約20億ドルとしている)。案の定、この話が谷内を喜ばせることはなかったが、交渉はまだ始まったばかりだった。・・・結局のところ、この時点で『現実的な』金額を推測しようとしても意味がなかった。いくら払えばトランプが満足するのかは、トランプしか知らないからだ。彼自身ですら、まだわかっていなかった。しかし、これは現実の問題なのだと日韓両国に警告することで、私は彼らにどう対応すべきか考える機会を与えたのである。・・・トランプは、日韓にそれぞれ年間80億ドルと50億ドルを支払わせるには、駐留米軍を全面撤退させると脅すことだと言った。トランプは以前にも増して、この手段を口にするようになっていた。『そうすれば、交渉で非常に強い立場に立てる』と」。
「トランプは、その時はまだ私に内緒にしていたが、安倍首相にイランと米国との仲立ちを頼み、安倍はその依頼を真剣に受け止めていた。・・・結果は明白、安倍のミッションは失敗だった。イランは安倍の横っ面をぴしゃりとたたくかのように、イランの近くで2隻の民間船を攻撃した。うち1隻は日本企業が所有するもので、その時まさに安倍はハメネイ師と会談中だった。しかし日本側がその現実を認めようとしなかったのは、トランプのせいで被った屈辱から安倍を守ろうとしたためだろう」。
私は、安倍政権の政治姿勢は大いに問題ありと考えているが、北朝鮮問題に関しては安倍首相なりに頑張っていたことが、本書の記述から伝わってくる。
「安倍はまた、(トランプに対し)ミサイル関連の議論には(北朝鮮が米国を攻撃するのに必要な)ICBM(大陸間弾道ミサイル)だけでなく(日本の国土の大半を攻撃範囲に含む)中短距離ミサイルも含める必要があるという、日本の従来からの主張を熱心に訴えた」。
「その日、安倍首相が、カナダのシャルルボワで開催されるG7サミットに向かう途中、短い時間だったがワシントンに立ち寄った。トランプに再度、北朝鮮に対して大盤振る舞いしないよう釘を刺すためだ。安倍は北朝鮮のことをしぶとい『サバイバー』だと言い、こう続けた。『彼らは体制を守ることに命を懸けている、とてもタフで狡猾な政治家です・・・今回の会談もこれまでと同じ駆け引きだと判断したとたんに、元のやり方に戻してきますよ』。安倍とトランプの会話は北朝鮮問題では和やかに進んだものの、貿易問題になるとそうはいかなかった」。
第3は、ボルトンが、日韓関係の悪化に関して、日本の肩を持っていること。
「文在寅は1965年に両国が結んだ条約(日韓基本条約)を覆そうとしていた。日本側から見た条約の目的は間違いなく、日本による1905~45年の朝鮮植民地支配(完全な植民地化は1910年から)、なかでも第2次世界大戦の苦難と有名な『慰安婦』問題で生じた敵意に終止符を打つことだった。文在寅は、歴史を今後の関係の妨げとしてはならないが、日本によって歴史が問題になることがときおりあると言った。もちろん、自分の都合で歴史を持ち出しているのは日本ではなく、文のほうだった。私の見方では、文も韓国の他の政治指導者と同様、国内が厳しい時期になると日本をやり玉に挙げていた」。
来る2020年11月3日の米国大統領選挙に、本書がどの程度影響を及ぼすのか注目したい。
カスタマーレビュー
ボルトン氏「ジョン・ボルトン回顧録」翻訳版。原著を特徴づける詳細な注釈はそのまま付くが、写真は失われている。訳文は、全編リズミカルで明快、見事!。
2020年10月11日に日本でレビュー済み
原著は「The Room Where It Happened」John Boltonで、4か月前に発刊され、同時に出版社よりインターネットに全文公開され、世界に広く知らされた。書物発行部数≒100万冊の記されていたが、インターネット閲覧者は、世界中に遥か多数だろう。影響力の大きさが、私の想像域を遥かに超えているだろう。原著購入予定であったが、インターネットに、書籍の体裁そのままに無料で、本文から注釈、写真、著者紹介まで見ることができ、購入断念。パソコンに表れる画面を見ながら、暇にあかして、第1章:ウェストウィングコーナーへの長い行程。第2章:戦端を開け。第3章:アメリカは離脱。第4章:シンガポールのスリング。第10章:中国の雷。第12章:道を失い、そして神経を失う。第15章:エピローグ。に我流で訳を付け、ひとのスキャンダルを秘かに楽しんでいた。約2か月後、日本語翻訳版の出版案内を受けて、早速注文。数日前、送本を受けた。書籍飾り帯前面にいきなり「トランプ政権のみならず、国際外交の舞台裏まで暴露した、世界中で話題のベストセラー!゛トランプ政権とは、「大きな赤ん坊」に振り回されながら、なんとか権力にしがみついていたい野心家ばかりの組織であることがわかる=池上彰氏"」と本文を超す刺激的文字列が大きく並び、販売意欲と事の大きさを実感した。裏面には「まるで弾劾だけでは物足りないと言うかのように、私はホワイトハウスでの経験を綴った書籍をめぐり、出版を断固阻止しようとする現職の大統領と争うという困難な挑戦に立ち向かうことになった。トランプの振る舞いはいつもどおりだった。私の部下らが管理する文書やその他の非機密文書の差し押さえや公開差し止めを指示し、度重なる返還要求も受け入れず、さらにはツイッターの個人アカウントヘのアクセスを妨害し、本書の検閲を行うとはっきりと脅しをかけてきた。こうした彼の反応は、意地悪と言える程度のものから法的に許されないものにまで及んでいた。私はそれにどう対応したか?……戦い続けた」と第15章:エピローグの中央部分が淡々と記され、やれやれ落ち着く。本著の山場は、第15章:エピローグではなく、第10章:中国の雷。第12章:道を失い、そして神経を失う。にある。何れの箇所も、訳は快調。名訳である。飾り帯前面の過剰表現は、字体が大きいだけで空疎、通俗的。第10章から第15章の内容含みに勝てない。私もこの個所は原著で良く知っている。しかし、こんなに明快でリズミカルな訳文はできなかった。もともと、ボルトン氏の文章は正確で易しい単語使いの標準語。フランス訛りもスペイン訛りもない。日本語への変換は困難でないが、専門書の形態をとっていて、理解に苦しむ箇所も多くあった。注釈が詳細を極めている。事象ごとに注解を見ながら読み進むと、疲れが酷く、出来上がった訳文はいつしか、カチカチに硬化している。翻訳版は、全体リズミカルに柔らかく、読み物化されていて、見て心地よい。しかし、あくまで専門書である。飾り帯前面の過激表現は別にしても、原著を特徴づける詳細な注釈は、時に閲覧必要。現出は英字のままである。インターネットで詳細検索には、英字スペルのままの方が良い。インターネット版原著は、ハイパーリンクが付いて、引用が容易だが、翻訳版は紙面ゆえ、そうした機能がない。内容は、第1章ウエストウイングへの長い道のり。第2章号令を発し、戦端を開け。第3章米国の離脱。第4章シンガポール・スリング。第5章ブリュッセル、ロンドン、ヘルシンキ-首脳会談三都物語。第6章ロシアを阻止する。第7章シリアとアフガニスタン-トランプの出口は見っからない。第8章混沌という生き方。第9章ベネズエラ・リブレ。第10章中国からの雷鳴。第11章気の進まないハノイ会談、そして板門店での戯れ。第12章道に迷い、怖気づくトランプ。第13章アフガニスタンの対テロ作戦から、キャンプーデービッドのニアミスまで。第14章平穏な日々の終わり。第15章エピローグ。監訳者あとがき=梅原季哉氏。訳者あとがき=関根光宏氏。大きな赤ん坊に翻弄されるホワイトハウス=池上彰氏。全文=552ページ。注釈=29ページ。著者、訳者紹介=2ページ。それにしても、世界を動かす人物の名誉にかかわる重要問題に、あえてペンを執ったボルトン氏はじめ、翻訳者、関係者の勇気、頭脳とご努力に敬意を、5星。写真:ボルトン氏「ジョン・ボルトン回顧録」翻訳版表装01,02。
2020年10月11日に日本でレビュー済み
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