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現在65歳になる仏ピアニスト、ジャン=フィリップ・コラールの新録は、彼にとって久方となるショパン録音、24の前奏曲とピアノ・ソナ
タ第2番を収録。
学生時代彼はショパンを弾きまくったそうだが、当時流行した弾き手の感情を吐き出すショパン表現に疑問を抱く。その後数多のア
プローチを試し自らに最適なショパンとの距離の取り方と表現を長年模索し続けたという。
24の前奏曲につきコラールは、まるでショパンの日記を読むかの様で、ある種の羞恥心の無さを感じると言う。確かに自由な形を
採り作曲者の感情の高まりを一筆書きで描いた趣のある24曲は、ショパン特有の感傷的な響きがたっぷり盛り込まれ、ピアニストの
胸の内を叩きつけるには最適な素材。しかし感情をベタ付かせた弾き手本位の演奏は表現として美しくないし、演奏者は曲と一定
の距離を保ち洗練した形に表現を磨ねば聴く人の心には届かない、かと言って楽曲を機械的に演奏するのも味気ない。
彼の演奏はその点情緒と知性のバランスが絶妙で、長年彼が探し続けたショパン楽曲と付かず離れずの距離感を見事捉える。正
に世に出すべき演奏の時機を見据えた名演だと思う。
指回り、強弱表現、ぺダル、その全てに彼の密なコントロールを感じさせる慎重な演奏だが、全体には自然な流れが息づく。過度な
ルバートを避けつつ一定の制限内で旋律を揺らし自由に歌われ、その情緒表現は常に品を失わない。心配された強音部のパワー
も十分に備わる(乱暴さは無い)。どの曲も手の内に入った安定感と、隅まで磨かれた表現の洗練さを感じられそつが無い。
特に印象的なのが激した際の表現、16番変ロ短調の様な難易度の高い曲でも彼は決して自制を失わない。早急に駆け上がる旋律
はスピード感十分だが、過剰な早さに暴走し音楽が支離滅裂に陥ることはない。
若い時代から長い付き合いがあるというソナタ2番も聴き逃せない。3番ソナタとは間逆にひたすら心の内側に向いた内省さと神秘性
を求められるこのソナタ、ホロヴィッツやポゴレリチといった鬼才達の演奏が残されているが、彼の演奏にはより分かり易い明快さが
ある。3楽章「葬送」第2主題部分等、残響を絶妙に加減した録音の良さも手伝い天国的な美しさを見事に捉え心が震える。
表現の奇抜さが少ない分聴き手を選ばない間口の広さを持ち、これら楽曲演奏のリファレンス盤としてもお薦め出来る。
