ヘンリク・シェリングのごく初期の2枚のLP盤から板起こししたCDで、原盤は1950年代にフランス・パシフィック及び同オデオンからヴァイオリン小品集としてリリースされたものらしい。ライナー・ノーツによればアインザッツ・レーベルは歴史的LP盤からの丁寧な復刻を試みていて、LP再生に当たってはZYXのモノラル・カートリッジ、KUZMAのリファレンス・プレイヤー、ザンデンLCRイコライザー・アンプなど能う限りの最高の機材を用いているようだ。通常板起こしの場合原盤を超える音質は先ず期待できないが、このCDでは限りなく近い音響に近づけたという努力は高く評価したいし、30代だったパリ時代のシェリングの自由闊達でラディカルな奏法と粋で気の利いたパリ趣味に触れられるのは貴重な体験と言えるだろう。いくらかスクラッチ・ノイズが入ったセピア調の雰囲気の中にヴァイオリン・ソロは良好な状態で再現されていて、線は細いが張り詰めた琴線のような煌めく音色が印象的だ。ピアノ・パートは後方から聞こえてくる感じだが、これは当時の録音方式から考えれば致し方ないと思われる。
シェリングはポーランド出身だがベルリンでカール・フレッシュに学び、その後パリでガブリエル・ブイヨンに師事したことが多感だった少年時代の彼に大きな影響を与えている。かつてパールマンが言ったように、ラジオ放送などを聴いていてめっぽう上手いが誰が弾いているか分からない演奏は大概シェリングだという言葉通り、国籍不詳でしかもその流儀が確定できないようなインターナショナルな奏法は彼のこうした修行遍歴に起因しているのかも知れない。尚演奏曲目についてはイメージ欄の写真を参考にして頂くとして、ピアニストは前半の12曲がマドレーヌ・ベルトリエ、後半の5曲がタッソ・ヤノプーロになる。正確な録音データは不明らしく、1950年代初期と記載されている。