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サド復活 (ハルキ文庫) 文庫 – 1997/8

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

マルキ・ド・サドの思想を従横に紹介しつつ、フーリエ、マルクス、トロツキー、ブルトン、バタイユなどの精読を通して、テロル、悪、美、ユートピアなどについて独自の考察を開示し、自らの文学的位相を確然と宣言した記念碑的なエッセイ八篇―サド的明晰性につらぬかれた過激な想念が全篇に炸裂する、著者三十一歳の処女エッセイ集。


登録情報

  • 文庫: 352ページ
  • 出版社: 角川春樹事務所 (1997/08)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4894563401
  • ISBN-13: 978-4894563407
  • 発売日: 1997/08
  • 商品パッケージの寸法: 14.4 x 12.8 x 1 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0 2件のカスタマーレビュー
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形式: 文庫
この『サド復活』は著者31歳の時の記念すべき処女評論集ということですが、私はこれを読んで、まさに澁澤の30代の幕開け―というよりも、ここから誰もが想像すらしたことがなかった未知の世界へ羽ばたこうとする、自由と反抗思想の先駆者"澁澤龍彦"の幕開き―といった感じがしました。
まだこのころは澁澤もサド一辺倒だったらしく、つねにサドがこの評論の基本低調として流れています。さらにブルトンの熱もまだ覚めやらぬといった感じで、要所要所にブルトンの引用がされていますが、なんといっても驚かされるのが、古今東西の文学者や思想家たちの夥しい引用。これには巻末に注釈がついていますが、これらの膨大な知識を澁澤が自家薬籠中のものとして自由自在に取り扱っているところが、博覧強記!である澁澤の魅力のひとつであるとつくづく感じます。
さらに魅力は尽きない。終わりなき否定の弁証法…パラドックスへの耽溺、そして黒きユーモアの系譜の中央に敢然と輝くサド。
多彩な引用とともにフロイトのキーワードや弁証法を自在に振り回しながら、澁澤が扱う『逆説』と『否定』へ向かう対象への手さばきは溜息が漏れるほど鮮やかで美しい…。
まさに"知的テロリスト"に相応しい、若き澁澤龍彦のラディカルな評論集。
読後には、必ず自分の中で何かが変わるはず。
本書はくだらないベストセラーや高校の
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形式: 文庫
ここに書かれているのは、サドブームのときのサドであって(1950年代)、今のサドではないと思う。サドの価値観はその年代、時代によって変わるのではないか?ここでこの本を論じるのは、上のレビュアーが言っているので、違う視点からとらえよう。澁澤龍彦は、遅れてきたシュルレアリストであって、たとえば、今の時代に通用する人じゃないと思う(悪い意味ではなく)。今の時代ではこの本は通用しない、サドの価値観も変わっている。誰かがサドを語ってくれたら面白いが、もう古いというのが、今のとらえ方だろう。で、この本だが、暴力的な願望を持っているの、殺し、あるいは自殺したいもの、人間の裏を見たいもの。そういうひとによんでもらいたい、裏と書いたが、誰かが言ったとおり、本棚の裏に隠れている、誰の中にもサドがいる、しかしサドは古い、しかし、普遍的にいるものである、誰かが、第2のサド復活を書いたらとてもおもしろいと思う。まあ、無理だが、、、最後に、僕もかなり暴力性を抑えられたのでこの本はPTAに推薦してもらおう!と、言うのが暗黒のユーモアだろう。誰もが1回は読んでもらいたい。というわけでPTA、、、、しつこいが、、、、
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