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キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション) (日本語) 新書 – 2006/4/1

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商品の説明

出版社からのコメント

 「古典は口に苦い」。先輩や親や教師からどんなに薦められても、文章は読みづらいし、物語も当然のことながら今から見れば古くさい。そんなわけで、つい、最近出たミステリーや恋愛小説に走ってしまう。
 でも、ここに、50年も前に出たのに、読みにくいどころか実に生き生きとした快調なテンポで語られ、洒落ていて、ユーモアもたっぷり、しかも今の我々につよく訴えかけてくる、大げさに言えば読んだ人間の一生の友になるような本がある。これまで『ライ麦畑でつかまえて』(野崎孝訳)というタイトルで長いあいだに日本でも二百万人に近い読者に愛されてきたアメリカの青春小説だ。
 主人公のホールデンは有名高校の生徒で、作文だけは誰にも負けないが、あとの学科はからきしダメな16歳の少年。彼は自分の学校~~の先生たちや同級生や何もかもにうんざりしている。物語は彼が成績不良で退学になる直前の冬、自分から学校をおん出るところから始まる。ニューヨークの街をさまよいながら彼は昔の先生や友人やガールフレンドに再会していくが……
 さて21世紀に入って、この『ライ麦畑でつかまえて』が、作家村上春樹による新訳で新しい命を吹き込まれた。タイトルも原題どおり『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。原作の圧倒的な魅力は以前と変わりはないが、この本を愛してやまない村上春樹の斬新な翻訳は新たな読者を生み出している。今回のペーパーバック版刊行を機会に、より多くの若者にこの素晴らしい「古典」の魅力を知ってほしい。

内容(「BOOK」データベースより)

J.D.サリンジャーの不朽の青春文学『ライ麦畑でつかまえて』が、村上春樹の新しい訳を得て、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』として生まれ変わりました。ホールデン・コールフィールドが永遠に16歳でありつづけるのと同じように、この小説はあなたの中に、いつまでも留まることでしょう。雪が降るように、風がそよぐように、川が流れるように、ホールデン・コールフィールドは魂のひとつのありかとなって、時代を超え、世代を超え、この世界に存在しているのです。さあ、ホールデンの声に(もう一度)耳を澄ませてください。

登録情報

  • 出版社 : 白水社; ペ-パ-バック・版 (2006/4/1)
  • 発売日 : 2006/4/1
  • 言語 : 日本語
  • 新書 : 361ページ
  • ISBN-10 : 4560090009
  • ISBN-13 : 978-4560090008
  • カスタマーレビュー:
    5つ星のうち4.1 247個の評価

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2019年10月28日に日本でレビュー済み
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5つ星のうち5.0 村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と、野崎 孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』の比較:英語原文を基にして
ユーザー名: ハッピーアンドカフェ、日付: 2019年10月28日
【概論】
村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と、野崎 孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』の比較を試みた。時代による「英語の決まり文句:クリーシェ、カント」、および「下品な言葉」の翻訳に違いはあるものの、日本語訳の優劣は―――万能の神になったつもりで判定―――つけられなかった・・・・一応、付けてみました。
  特筆すべきことは、両者の翻訳で、この小説全体のイメージ、登場人物の性格付けが変る、ということは殆どなかった。わたし、レビュアーのセンテンス毎(英文と翻訳文とで、センテンスが一致しない場合もありますが)の、英文と訳文とのかなり詳細な比較で、両者、村上と野崎が、原著者 [サリンジャー] の記した原文に敬意を払いつつ日本語に翻訳していることが感じ取れた。特に、村上の場合、後世の批評に耐えられるように・・・・そんな気持ちも、かなり強くあるような印象を受けた。

【はじめに】
わたしの偏見では、レイモンド・チャンドラーの有名な三つの探偵小説を翻訳する際の清水俊二氏は「娯楽小説」に徹してはいるものの、かなり真摯な訳をされており、一方、F.S.フィッツジェラルドの小説を翻訳する小川高義氏は、同じような意味の英単語が重複している場合、すべを含めて日本語にするのがメンドウな場合は、適当に単語を省略したり、日本語表現を読者が理解し易いようにするためか、いわゆる、文章を“丸める”傾向がある。そして、ここでの主役の一人である村上春樹氏はカーヴァーの翻訳では、おそらく、どの言語の翻訳者がいたとしても、原著からも感じられるゴツゴツ感の再表現がみごとで、ピカイチだと推察します。
  また、村上の友人でもある柴田元幸氏は、これらの人の中では、最も原著英文を大切に翻訳しているように私は感じます(大学の先生の故?)。英語原文⇒翻訳を勉強するには、最適の先生かもしれません。
  では、サリンジャーの小説に関して、ここで取り上げる村上春樹氏と野崎 孝氏はどのような特徴があるのでしょうか。いうまでも無く野崎氏は―――ずーっと前から―――故人です。ただ、村上が野崎に競争心(対抗心)に近い気持ちを持っていることは、隠しきれない事実だと思う。もちろん、村上がしばしば言っているように「翻訳には有効期限みたいなものがある。だから私はサリンジャーの小説を、新たに翻訳する役目があるのです」、このことも確かだと思う。
  ただ、わたし、レビュアーは思うのですが、村上の論に“間違い・疑義”はなく、まさに正論であるものの、読者が古い表現の部分を現在表現に、自分の頭の中で変換すれば、それでOKなのでは(?)と。
  この小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ:ライ麦畑でつかまえて』でのいくつかの文章を、村上と野崎、そして英語原文と、並列的に記述してみた。優劣の判定は、神様以外には不可能ですが、戯れにレビュアーもしてみました。以下では、この小説にとって重要なセンテンス、16例を選択して掲載してみましたので・・・・どなたも自分はどちらの訳が好きか、の大まかな判断はできるかもしれません。もっと多くの例を出してみてくれなきゃ・・・・・という希望はムチャです。(PCでのキ―・インって、結構タイヘンなんですよ!)

【結果】
以下に提示した16例については、抜粋した物語の場面、そして各書籍でのページと行番号を、村上、野崎、そして英語原文の順で掲載した。加えて、分かり難い英単語には日本語訳を付与した。 

1.自身(コールフィールド)のドジで、NYでのフェンシングの試合ができず、高校に帰って来て、落第点をつけられたスペンサー先生宅を訪れての会話。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ19、最後から4行目]
 先生は言った、「数週間前に君の母上と父上の御尊顔を拝することができた。こちらに見えてサーマー校長先生と面談されたときにな。なかなか風格ある方々だ」
 「はい。その通りです良い人たちです」
僕はこの「風格ある」という言葉が何よりもきらいなんだ。嘘っぽい言葉だ。それを耳にするたびにどっと吐きそうになる。

[野崎 訳]  [ページ18、2行目]
 そのうちに先生が言ったんだ。「何週間か前だが、君のお母さんとお父さんが、校長先生に会いに来られたときに、わたしはお目にかかった。りっぱな方たちじゃないか」
 「はあ、そうです。非常にいい人たちです」
 《りっぱ》か! これこそ僕のきらいな言葉なんだ。インチキだよ。聞くたんびにヘドが出そうになる。

[原文]  [Page 17, line 7 from the bottom]
Then he said, “I had the privilege(光栄)of meeting your mother and dad when they had their little chat with Dr. Thurmer some weeks ago. They’re grand(りっぱな)people.”
“Yes, they are. They’re very nice.”
Grand. There’s a word I really hate. It’s a phony(ニセもの). I could puke(吐く) every time I hear it.

2.スペンサー先生に自分(コールフィールド)の答案を読み上げられそうになって。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ23、最後から3行目]
 「はい、そのとおりです」と僕は言った。なにしろものすごい早口で言った。先生がそれを声に出して読み上げるのをなんとしても阻止したかったからだ。でも止めることなんてできやしない。先生はもう爆竹みたいね熱くなっていた。

[野崎 訳] [ページ21、最後から3行目]
 「はあ、知ってます」と、僕は言ったね。大急ぎでそれを言ったが、それは、そいつを先生が読みださないうちに、やめさせたかったからなんだ。しかし、やめさせることなんてできたもんじゃない。先生はカンシャク玉みたいにカッカしてやがったんだ。

[原文]  [Page 21, line 3]
“I know I did,” I said. I said it very fast because I wanted to stop him before he started reading that out loud. But you couldn’t stop him. He was hot as a firecracker(カンシャク玉、がベター?).

3.寮に帰って来て、主人公と隣室のアックリーとの会話。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ38、最後から1行目]
 彼はやってきて、僕と明かりのあいだに立った。「なあ」と僕は言った、「君がここに入ってきて以来、同じ文章をもう二十回ぐらい読んでるんだけどね」
そんなこと言われてぴんとこないのは、アックリーくらいのものだろう。まったくの話、こいつには道理というものが通じないんだよ。「お前が弁償させられることになるのかな?」とアックリーは言った。

[野崎 訳] [ページ35、最後から8行目]
 奴は、僕のそばへ歩いてくると、明かり先に立ちやがった。「おい、おまえが入って来てから、おれは、同じ文章を二十ぺんも読み返してんだぜ」僕はそう言ってやった。
 アクリー以外の人間だったら誰だって、こう言われればピンとわかるはずなんだが、奴(やっこ)さんはだめなんだな。「学校じゃお前に弁償させると思うかい?」なんて、そんなことを言いやがんだよ。

[Page 132, line 12]
He came over and stood right in my light. “Hey,” I said. “I’ve read this same sentence about twenty times since you came in.”
Anybody else except Ackley would’ve taken the goddam(馬鹿でもわかる) hint. Not him, though. “Think they’ll make you pay for ’em(themの短縮形?)? ” he said.
注:goddam とか damn は、“罵る言葉”で決まった意味はありませんので、お好きなように日本語を・・・・でしょう。

4.主人公が、昔を振り返っての回想:弟アリーを亡くしたときの、ヤケな気持ちを思い出して。
野崎は、このパラグラフの最後の部分「・・・, just for the hell of it.」を【他にわけがあったわけじゃない、ただぶっこわしたかったからぶっこわしたのさ】と、過剰翻訳した。レビュアーは、好きです。普通なら【・・・くそったれ、と思って】程度でしょ?

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ69、4行目]
僕はまだ十三歳だったんだけど、精神分析みたいのにかけられそうになった。というのは、僕がガレージの窓ガラスを一枚残らず割っちゃったからだ。だからそうされても文句を言えないんだよ。ほんとうのところ。弟が死んだ夜、僕はガレージで寝て、そこの窓ガラスをこともあろうに全部こぶしで割っちまったんだ。

[野崎 訳] [ページ62、最後から3行目]
僕はまだ、ほんの十三だったんだけどね、みんなが精神分析やなんかを受けさせようとしたんだな、僕がガレジの窓をみんなぶっこわしちまったもんだから。みんなを責めはしないよ、僕は。ほんとだよ。あいつが死んだ夜、僕はガレジに寝たんだけど、拳で窓をみんなぶっこわしてやったんだから。他にわけがあったわけじゃない、ただぶっこわしたかったからぶっこわしたのさ。

[Page 61, line 12]
I was only thirteen, and they were going to have me psychoanalyzed and all, because I broke all the windows in the garage. I don’t blame them. I really don’t. I slept in the garage the night he died, and I broke all the goddam(ことごとくすべて) windows with my fist, just for the hell(この世の地獄)of it.

5.同じ寮、同室のストラドレイターとも喧嘩し、主人公がのされ、寮からとび出すシーン。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ92、6行目]
僕は赤いハンチング帽をかぶり、例によってひさしを後ろにまわした。それから声を限りに叫んだ。「ぐっすり眠れ、うすのろども!」。その階にいる全員がたぶん目を覚ましたはずだ。それから僕はさっさと出ていった。どっかの馬鹿が階段じゅうにピーナッツの殻をばらまいていたせいで、あやうく首の骨を折っちまうところだったよ。

[野崎 訳] [ページ84、6行目]
僕は例の赤いハンチングをかぶり、僕の好きなようにひさしをぐるっと後ろに回し、それからありったけの声を張り上げてどなったんだ―――「ガッポリ眠れ、低能野郎ども!」ってね。あの階にいた奴らはみんな目をさましたに違いないと思うな。それから僕はとび出したのさ。どっかの間抜け野郎が階段一面に南京豆の殻をちらかしてあったもんだから、もう少しで首の骨をおっぺしょるとこだったよ。

[Page 81, line 8 from the bottom]
I put my red hunting hat on, and turned the peak around to the back, the way I liked it, and then I yelled at the top of my goddam voice, “Sleep tight, ya morons(馬鹿ども)! ” I’ll bet I woke up every bastard on the whole floor. Then I got the hell out. Some stupid guy had thrown peanut shells all over the stairs, and I damn(ちくしょう!) near broke my crazy neck.

6.主人公が寮をとび出し、列車でNYのペン・ステーションに着き、タクシーでエドモンドホテルに着いた。主人公は、自宅にすぐには帰りたくないし、帰れない。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ106、7行目]
僕を部屋まで案内してくれたベルボーイは、よぼよぼで、歳は六十五くらい、部屋よりもさらにうらぶれた代物だった。禿げている人で、わきのほうから髪を目いっぱいあつめてきて薄いところを隠そうとする人がよくいるじゃない。この男がまさにそれだった。僕だったらそんな切ないことをしないで、白昼堂々と禿げてると思うな。しかしさ、六十五にもなってこんなゴージャスな仕事をしているなんて、参っちまうよね。

[野崎 訳] [ページ97、7行目]
僕をその部屋に案内したボーイは六十五ぐらいのえらい年よりだった。これには部屋よりももっと気が滅入ったね。はげをかくすために頭の毛を片側から片側へきれいになでつけてる奴がいるだろ、このボーイもそれなんだな。僕なら、あれをやるよりは、むしろ、はげてるほうがいいと思うな。それはとにかく、六十五にもなりそうな人間がやるにしては、いかにも豪華な仕事じゃないか。

[Page 94, line 11]
The bellboy that showed me to the room was this very old guy around sixty-five. He was even more dressing than the room was. He was one of those bald guys that comb all their hair over from the side to cover up the boldness. I’d rather be bald than do that. Anyway, what gorgeous job for a guy around sixty-five years old.

7.タクシーで酒場「アニーズ」へ行っての、となりのテーブルのカップルのエッチ・シーンを眺めつつ。
野崎の過剰翻訳のような気もするが・・・・。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ146、最終行から]
男が何をしているのかというと、テーブルの下でこそこそと彼女にちょっかいを出しているわけだ。そしてそうしながら、同じ寮に住んでいる学生が、自殺をしようとアスピリンまるまる一瓶飲んじまって、もうちょっとで死にかけた話をしているんだ。相手の女性は彼に向って、「それはひどいことね・・・・やめて、ダーリン。お願い、やめてよ。ここじゃだめ」と言いつづけた。一方で女の子におさわりをしながら、もう一方で自殺未遂をした男の話をするなんて、とんでもない話じゃないか! これには参ったよ。

[野崎 訳] [ページ134、最後から4行目]
そして男のほうはどうしてたかというと、テーブルの下で、おいじりをやってやがんだよ。そして同時に、自分の寮にいた男が、アスピリンを一瓶全部飲んで自殺しそうになった話をして聞かしてんだな。女の子は「まあ、こわい・・・・よしてよ、あなた。お願い、よして。ここじゃだめよ」なんて、そんなことばかし言っているだ。考えてみろよ、女の子においじりをやりながら、同時に自殺しかかった男の話をしているんだぜ! これには僕も参ったね。

[Page 132, line 12]
What he was doing, he was giving her a feel(手探りでのお触り) under the table, and at the same time, telling her all about some guy in his dorm(寮、ドミトリー) that had eaten a whole bottle of aspirin and nearly committed suicide. His date kept saying to him, “How horrible…..Don’t, darling. Please, don’t. Not here.” Imagine giving somebody a feel and telling them about a guy committing suicide at the same time! They killed me.(参ったよ)

8.NYで、昔の恋人サリーとデートすることになり、彼女を待っているときに出会った二人の尼さんとの、心温まるやりとりの後で。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ192、8行目]
二人が出ていったあとで、十ドルしか寄付しなかったことをひしひしと後悔した。でも考えてみたら、サリー・ヘイズと一緒にマチネーに行く約束をしていて、そうなるとチケットを買うだとかなんだとかあるわけだし、ある程度のお金は持っていなくちゃならない。にもかかわらず僕はやはり後悔した。お金っていやだよね。どう転んでも結局、気が重くなっちまうだけなんだ。

[野崎 訳] [ページ177、4行目]
尼さんたちが出ていっちゃうと、とたんに僕は、十ドルしか献金しなかったことが気になってきた。でも、なんといったってサリー・ヘイズとマチネーに行くあの約束をしてたからね、切符やなんか買うために、いくらか金を持っている必要があったんだ。けど、それにしても気になって仕方がなかった。金の野郎め! いつだって、しまいには、必ずひとのことを憂欝にさせやがる。

[Page 174, line 7 from the bottom]
After they(尼さん達) left, I stated getting sorry that I’d only give them ten bucks for their collection(献金、寄付). But the thing was, I’d made that date to go to a matinee with old Sally Heyes, and I needed to keep a little dough(現金) for the tickets and stuff(特定のものをささない、漠然としたもの). I was sorry anyway, though. Goddam(罵りの言葉) money. It always ends up making you blue as hell(苦悩の場所、地獄).

9.NYで映画をひとりで観た後、カール・ルースと待ち合わせのウイッカー・バーまで歩きながら、兄DBと『グレート・ギャッビー』について言い争った、思い出にふけりつつ・・・・・

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ238、後ろから6行目]
それは嘘じゃないぜ。僕は『グレート・ギャッビー』に夢中になってしまった。ギャッビーくん。オールド・スポート。あれには参っちゃったね。いずれにせよ、原子爆弾なんてものが発明されたことで、ある意味では僕はいささかほっとしてもいるんだ。もし次の戦争が始まったら、爆弾の上に進んでまたがってやろうと思う。僕はそういう役に志願しよう。ほんとに、真面目な話。

[野崎 訳] [ページ219、最後から2行目]
実際またそうなんだ。『偉大なるギャッビー』なんか大好きなんだ。ギャッビーの奴、友達に呼びかけるときに「親友」とかなんとか言っちゃってさ。あれには参ったね。とにかく僕は、原子爆弾が発明されて、うれしいみたいなもんだ。今度戦争があったら、僕は原子爆弾のてっぺんに乗っかってやるよ。自分から志願してやってやる。誓ってもいいや。

[Page 216, line 6 from the bottom]
I did, too. I was crazy about The Great Gatby. Old Gatby. Old sport(ギャッビーが癖のように使う言葉、君!). That killed me. Anyway, I’m sort of glad they’ve got the atomic bomb invented. If there’s ever another war, I’m going to sit right the hell on top of it. I’ll volunteer for it, I swear(誓う)to God I will.

10.NYで、自宅にこっそり帰り、妹フィービー寝ている部屋でのシーン。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ272、4行目]
僕はDBの机に座って、そこにあるノートブックを全部読んでしまった。そんなに時間はかからなかった。僕はそういうものなら一日中だって一晩中だって読んでいられるんだ。フィービーのものであれ、ほかの子が書いたものであれ、子どものノートブックみたいなものならね。子どものノートブックってさ、ほんとにたいしたものなんだよ。

[野崎 訳] [ページ250、最後から行目]
僕はD・Bの机に腰かけたまま、そのノート・ブックを始めから終いまで読んだ。たいして時間はかからなかったけど、こんなものなら僕は、フィービーのでも誰のでも、子どものノート・ブックだったら、一日じゅう、夜までぶっ通してだって読んでいられるんだ。子どものノート・ブックってやつには弱いんだよ。

[Page 247, line 6]
I sat there on D.B.’s desk and read the whole notebook. It didn’t take me long, and I can read that kind of stuff(こういった物なら), some kid’s notebook, Phoebe’s or anybody’s, all day and all night long. Kid’s notebooks kill me.

11.妹フィービーとの、かわいい言い争い。フィービーに自身の生活態度をとがめられて。
《重要》:野崎のこの部分の翻訳は、フィービーとの会話が《仮想の会話:現実ではない》であるように記述している、ように感じられる? 原文でも【anything really】のreally はイタリックで記述されている。村上も、後の柴田氏?―――確か―――との対談で、「この物語では、フィービーは、この世のものではないのでは?」という骨子の解説を、どこかの対談(本)でされていたと記憶しております。I strongly agree with this idea (interpretation) by Mr. Murakami , and also Mr. Nozaki’s translation !
 ただし、村上のここでの翻訳では、フィービーが現実のものではない、という感じは、それほど出ていない。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ290、後ろから1行目]
「とにかく、今こうしていることは好きだよ」と僕は言った。「つまりたった今のことだよ君と一緒にいて、おしゃべりをして、ちょっとふざけて―――」
「そんなのぜんぜん意味ないことじゃない!」
「すごく意味あることだよ! 意味なんてちゃんと大ありだよ! どうして意味がないなんて言えるんだ? どんなことにでもしっかり意味があるってことを、みんなぜんぜんわかってないんだ。僕はそういうことにクソうんざりしちまっているんだ」

[野崎 訳] [ページ267、最後から11行目]
 「それはとにかく、僕は今みたいのが好きだ」と、僕は言った。「つまり、この今のことだよ。ここにこうして君と坐って、おしゃべりしたり、ふざけたり―――」
 「そんなの実際のものじゃない!」
 「いや、実際のものだとも!実際のものにきまっている!どうしてそうじゃないことがあるもんか!みんな実際のものをものだと思わないんだ。クソタレ野郎どもが」

[Page 263, line 10 from the bottom]
“Anyway, I like it now,” I said. “I mean right now. Sitting here with you and just chewing the fat(おしゃべりすること)and horsing(ふざける) ――”
“That isn’t anything really!”
“It is so something really! Certainly it is! Why the hell isn’t it? People never think anything is anything really. I’m getting goddam sick of it.”

12.アントリーニ先生の自宅に泊まることになった主人公。その夜、主人公が寝ている時、先生に頭や、いろいろな部分を撫でられていることに気が付いて・・・・慌てて逃げる。

【優劣:村上 < 野崎】
[村上 訳] [ページ326、後ろから8行目]
「でも、もう行かなくっちゃ」と僕は言った――ーやれやれ、神経がよれていたんだ! 暗がりの中でズボンをはこうとしたんだけど、すごく取り乱していたから、ぜんぜんうまくはけなかった。僕はこれまで、そんなところでずいぶんたくさん変質的な連中に会ってきた。僕くらいたくさんの変質的なやつらに会ったことのある人間はまずいないだろうな。そしてその手の連中は僕の近くにいると、申し合わせたみたいにしっかり変質的になっちゃうんだよ。

[野崎 訳] [ページ299、最後から6行目]
 「とにかく、僕は行かなきゃなりませんので」僕はそう言った――いやあ、すっかりおびえちまったんだよ! 暗がりでズボンをはき出したけど、なかなかうまくはけないんだ、すごくおびえちまってたもんだから。学校やなんかで僕は、君がこれまでに会った誰よりも多くの変態野郎を知っているともりだけど、そいつらがまた、僕のいるときにかぎってへんなまねをしやがるんだ。

[Page 294, line 3]
“I have to go, anyway, ” I said ―― boy, was I nervous! I started putting on my damn pants in the dark. I could hardly get them on I was so damn nervous. I know more damn perverts(変質者; 性欲倒錯者), at schools and all, than anybody you ever met, and they’re always being perverty when I’m around.

13.フィービーに別れを告げようとして、博物館に行って。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ340、後ろから9行目]
ところが階段を上がっているときまったく出し抜けに、僕はまた吐きたくなってしまった。でもなんとか踏みとどまった。しばらくそこに坐っていたら、やがて吐き気は収まってきたんだ。でもそこに坐っているときに、僕はあるものを目にして頭が変になりかけた。誰かが壁に「ファック・ユー」って書いていたんだ。それを見て僕はほんとに頭が変になるところだったね。

[野崎 訳] [ページ312、4行目]
 ところが、階段をのぼって行く途中で僕は、急に、また吐きそうになったんだ。でも、吐きはしなかったけどさ。ちょっと腰を下ろしてたら、気分がよくなったんだ。ところがそこに腰を下ろしているうちに僕は、気が狂いそうなほど腹の立つものを見ちゃったんだよ。誰かが壁に「オマンコシヨウ」って書いてあるんだな。これは頭にきちゃったね。

[Page 307, line 3]
While I was walking up the stairs, though, all of a sudden I thought I was going to puke(吐く) again. Only, I didn’t. I sat down for a second, and then I felt better. But while I was sitting down, I saw something that drove me crazy. Somebody’d written “Fuck you” on the wall. It drove me damn near crazy.

14.フィービーとの別れ。フィービーが回転木馬の馬に乗っているところを、ホールデンがやさしく見ている。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ359、後ろから2行目]
あやうく大声をあげて泣き出してしまうところだった。僕はもう掛け値なしにハッピな気分だったんだよ。嘘いつわりなくね。どうしてだろう、そのへんはわからないな。ブルーのコートを着てぐるぐる回り続けているフィービーの姿がやけに心に浸みた、というだけのことかもしれない。いやまったく、君にも一目見せたかったよ。

[野崎 訳] [ページ330、最後から4行目]
本当を言うと、大声で叫びたいぐらいだったんだな。それほど幸福な気持ちだったんだ。なぜだか、それは、わかんない。ただ、フィービーが、ブルーのオーバーやなんかを着て、ぐるぐる、ぐるぐる、回りつづけてる姿が、無性にきれいに見えただけだ。全く、あれは君にも見せてやりたかったよ。
 
[Page 324, line 6 from the bottom]
I was damn near bawling(叫ぶ), I felt so damn happy, if you want to know the truth. I don’t know why. It was just that she looked so damn nice, the way she kept going around and around(ぐるぐる), in her blue coat and all. God, I wish you could’ve been there.

15.主人公の現実――治療を受けている病院のシーン、に戻って。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ360、後ろから2行目]
たくさんの人が僕に、九月に学校に戻ったら身を入れて勉強するつもりかって質問する。精神分析医が一人ここにいて、とくにその男が熱心に尋ねる。でもそういうのってさ、僕に言わせりゃまったくとんまな質問だよ。そんなこと今からわかるわけないだろう。先になって君が何をしているかなんて、実際に先になってみなきゃ君にだってわからないんじゃないか。うん、わかるわけないよね。

[野崎 訳] [ページ331、5行目]
多くの人たちが、ことに、この病院にいる精神分析の先生なんかがそうだけど、今度の九月から学校に戻ることになったら、一生懸命勉強するかって、始終僕にきくんだな。そんなの、実に愚問だと思うんだ。だって、実際にやるまでは、どんなようなことになるか、わかる方法があるかね? 答えは否だよ。

[Page 325, line 7]
A lot of people, especially this one psychoanalyst guy they have here, keep asking me if I’m going to apply(~に専念する) myself when I go back to school next September. It’s such a stupid question(アホな質問), in my opinion. I mean how do you know what you’re going to do till (until の略、でもある)you do it? The answer is, you don’t.

16.この物語の最後での、主人公ホールフィールドの言葉。
日本語の繊細さ、換言すれば、ここまで言わなきゃ相手に真意が伝わらない言語にしてしまった、メンドイ日本人。

【優劣:村上 > 野崎】
[村上 訳] [ページ361、後ろから3行目]
まったくの話、あのやくざなモーリスのやつでさえ懐かしく思えるくらいなんだ。わからないものだよね。だから君も他人にやたら打ち明け話なんかしない方がいいぜ。そんなことをしたらたぶん君だって、誰彼かまわず懐かしく思い出しちゃったりするだろうからさ。

[野崎 訳] [ページ332、4行目]
あのモーリスの奴でさえ、なつかしいような気がする。おかしなもんさ。誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。話せば、話に出てきた連中が現に身辺にいないのが、物足りなくなって来るんだから。

[Page 326, line 4 from the bottom]
I think I even miss([いない] のを惜しむ)that goddam Maurice. It’s funny. Don’t ever tell anybody anything. If you do, you start missing(いるべき所にいない)everybody.

〔勝敗〕:小説全体では、村上 vs. 野崎 の勝敗は、7 vs. 9というイーブン(有意差なし)の結果となった( P>0.05;レビュアーの独断検定)。ただ、作品の前半部での村上と野崎の優劣と、後半部のそれを比較してみると面白い傾向が認められた。前半部では圧倒的に野崎の「優」が多く、後半では村上の「優」が顕著(有意)であった( P<0.01;カイ2乗検定)。このことは考察に記述するまでもなく、村上の本業が小説家であるという、職業的性向(本能?)に起因しているのでしょう。レビュアーがランダムに翻訳比較部分を選んでいる、ということについては、信じていただくしかないのですが。

【考察】
[夢想]:どんな翻訳が最高の翻訳かについて考えてみる。
例えば、ここで、これまで村上と野崎の訳の比較の対象にしてきたサリンジャーの作品について。もし、100%の翻訳を読者が読んで(見て)みたいのなら、以下に記す、これしかない。
  サリンジャーが、英語と同様に、完璧な日本語の遣い手であれば、その望みは叶うかもしれない。サリンジャーは言うかもしれない「よし、『The Catcher in the Rye』 は完成だ、こんなもので良いだろう、じゃあ、次はこの小説を日本語でも残しておくか!!」というような状況になれば、できあがった作品、日本語の『The Catcher in the Rye』は(ほぼ)100%の完璧な翻訳と言うしかないでしょう。
  ただ、そうすると(仮定、という夢の中で)非常に面白い状況に私たちは立ち会えるかも知れない。そうです、サリンジャーの手になる日本語の『The Catcher in the Rye』は、村上の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』にも、野崎の『ライ麦畑でつかまえて』よりも劣っていた!!、ということになるかもしれない。 こんなふざけたことを夢想させるほどに、お二人の翻訳は優れていると、わたしは思います。なぜこんなことを書いたかと言うと、原文英語と日本語をセンテンス毎に、一冊丸ごと比較していると、村上と野崎の翻訳のすばらしさに、しばしば、驚くことがあったからです。
  そんな訳で、わたしの想像(夢想)
《この2冊の、同じ主題の日本語の小説って、実はサリンジャーの書いた原作より凄いんじゃない?》
ということになりました。

[この小説の解釈]:
 少年期を過ぎての、ある年齢から、人間の根源的に持つ純粋さを捨て、世俗の汚濁に染まらざるを得なくなる。その転換(世の汚濁を飲み込む)を上手にできないと、この小説の主人公ホールデン君のようになる、ということです。無理に病名を付けると「適応障害」くらいのものでしょうか。この小説では、ホールデンは精神病院(サナトリウム?)に入れられ治療を受けつつ、自身のこれまでを回想(想起する)すると言う様式で、物語がクロノロジカルに話が展開し・・・・最後に再び、現在地点、病院のシーンに戻っている。
  少し考えてみると誰でもが気付くのですが、ホントに本当の正常な精神を持ち続けているのはホールデン君だけで、「ホールデン以外の人は、実は精神疾患を罹患している」とも言えるのかもしれない。この想定を否定するのは、実はそんなに簡単ではない、・・・・とわたしは考えます。

【結論】
最後に、村上と野崎の翻訳の比較に関して少しだけ感想のようなものを書かせていただきます。村上と野崎の翻訳には細かな表現の違い、特に時代(時間)の進行と共に変わる“決まり文句表現”のようなものに相違はあるものの全体から受ける、とりわけホールデンの雰囲気は同様であった。主人公が非常に個性的な物語の場合、だれがどんな訳を与えてもOKかも・・・・という少し虚しい結論にして、全体を〆たいです。

【使用小説】
1:村上春樹、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、J.D.サリンジャー、白水社 2006年
2:野崎 孝、『ライ麦畑でつかまえて』、J.D.サリンジャー、白水社 1974年
3:J.D. Salinger, 『The Catcher in the Rye』, 講談社英語文庫 1991年
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