この本は簡単に言ってしまえば、世界一小難しい男性オナニーの本、となるだろうか。
よほど禁欲的な人を除けば誰しも向き合うオナニーというテーマに関して、いまだかつてここまで深く考察した本はない、と思う。
まず、著者はドライオーガニズムと言って、エネマグラという性具を利用して、射精せずに快感を得るということを始め、すぐにその代わりに催眠音声を聞きながらのドライオーガニズムを始める。そしてある日、著者の言う「骨盤内のあくび」によって射精を伴わずに快感を得るようになる。そこでとどまらずにさらにはヨガの秘伝とされるクンダリニー・エネルギーの活性化に至り無限の快楽を得たという。
ドライオーガニズムという特異なオナニーの解説から始まり、興味本位に読み進めると、催眠の歴史と解説、性的快感に関わる神経解剖学・生理学の知見のまとめ、さらにはハタヨーガの歴史、さらには体外離脱研究の解説へと、著者の探究心はとどまるところを知らない。さながら立花隆を彷彿とさせるが、優れた文章力もあって、膨大な量の知識を扱いながらも退屈させない。実際、最後まで飽きることなく、いったいこの著者の探求の度はどこへ行くのか、とハリー・ポッターの本のようにワクワクしながら読んでしまった。
レビューワーは、大学の医学教育に携わったことがあるが、たとえばこの本の快感の神経生理に関わる部分や、体外離脱に関する考察などは、実によくまとめられていて、素直に感心してしまった。医学生に副読本として勧めたら面白いかも、などと思ったくらい。一体何者なのだこの人は。
個人的には最後まで読んで「なーんだ」と残念に感じたのは、クンダリニーの覚醒と体外離脱の話まで出しておきながら、著者の結論は、「これらの体験は脳の幻想であろう」という唯物論の枠を結局出ることができなかったところ。この点でも、臨死体験のNHK特番を20数年ぶりに再び作りながら、説明がつかないような不都合な事実には目を瞑って、「臨死体験は瀕死の脳が見せる幻であり偽の記憶だ」、として唯物論の壁から出ることなく番組を締めくくった立花隆とよく似ている。まさか同一人物ということはないだろうけども。
あくまで唯物論を仮定して、その中で辻褄を合わせようとして事実を解釈するという立場であるが、もしも意識は脳を必要としてなかったら、というもしもを仮定して解釈を試みれば全く違った結論が出るのではなかろうか。
あるいは、筆者の探求がこの本の後もさらに続いていくのであれば、あるとき立場を翻して続編、ということもあるのかもしれない。それを楽しみにしたい。
ちなみに本書を読んだ後しばらく自分も挑戦してみたい誘惑に駆られていたが、エネマグラは商品の写真を見て、こんなもの買ったらあとで処分に困るのが目に見えているというのであきらめ、催眠によるドライオーガニズムも催眠音声の商品を見てはみたものの尻込みして挑戦できていない。
もしもこの本を読んで、他にも著者と同じ体験をする人が後へ続くようであればとても面白いと思う。
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