監訳者の加藤さんが、「10年前にインテグラル理論に出会った」と本書で述べていますが、私もほぼ同じ頃に、インテグラル理論に出会いました。
そして、その頃は、著者ウィルバーの書籍は、書店の「スピリチュアル」とか「精神世界」の書棚に並べられていたのです。そして、ブームが去ったかのごとくに、ウィルバー関連の本は姿を見せなくなり、本書の旧訳であった『万物の理論』も、長らく絶版となっておりました。
それが、このたび、経営コンサルタント出身の加藤さんの監訳により、日本能率協会マネジメントセンターから出版されることとなったということについて、明らかな時代の変化を感じます。もう、「精神世界」の話ではなく、「現実世界」の問題に取り組む上での新たな理論として、インテグラル理論が、表舞台に立とうとしています。
さて、私たちの多くは、「まだ足りない」という思いの中で(あるいはそう思い込まされながら)、「果てしない争奪戦」を今も戦い、生み出される富以上に傷つけ合っているのかもしれません。そして、その争奪戦を生き延びるために、「成長」や「スキルの獲得」が求められています。
しかし、そのような世界観や、そこに生きる自分に、言い知れぬ不満感や違和感や視界不良感を覚える人も多いことでしょう。それは、一部の「知識人」の問題意識ではなく、ますます、この社会を生きる一人一人や、会社などを経営する人の差し迫った現実的問題になりつつあります。
そのような時代において、インテグラル理論は、私たちに、自分や組織や社会の「現在地」をどうとらえたらよいのか、そして、全体像はどうなっているのか、また、どこへ進む可能性があるのか、といったことを自分なりに考え、実践していくヒントを与えてくれると思います。
実際、人間の可能性、発達の可能性は、「現代社会に適応する」という極めて限定された目的にとどまるには、あまりにもったいないほど、広く深いということも、本書を通して知ることができると思います。そして、その人間の秘めた可能性が、根本的に新たな組織や社会を生み出していく可能性も感じられると思います。事はそう単純ではなく一筋縄ではいかないにしても、まずは新たな視点と可能性を感じられるということは決定的に重要だと思います。それだけでも、インテグラル理論には大きな価値があります。
またインテグラル理論は、理論そのものとしても知的好奇心を揺さぶるエキサイティングなものがありますが、むしろ、それを自身の人生や生活に、あるいは組織や社会の本質的変容に活用していける可能性を大いに秘めているところに大きな本質的魅力があると思います。知的ですが、とても実践的な理論なのです。
さて、ウィルバーの原文(英語)は、私も少し読んだことがありますが、難解というよりは、とてもスマートな文章だという印象を持っています(と同時に情熱的でもあります)。ただ、訳すとなると、幅広い分野の知識と深い理解、そして自ら理論を実践するということも必要であるため、訳者の力量が問われてきます。
その点、研究や実践に携わってこられた門林さんの訳は、そのような力量から生まれた訳であることが感じられますし、適宜、訳注やカタカナでのルビを加えながら、日本語としてストレスなく読んで理解を深められるような、よく配慮された丁寧な訳になっていると思います。そして、ウィルバーの知的で熱っぽくもある語り口も上手く伝えてくれていると思います。
ぜひ、この良訳とともに、ウィルバーの提言をじかに味わっていただければと思います。きっと、期待以上のヒント、あるいは価値観の拡大がもたらされるかもしれません。
今、絶版となっている本が、かつてのウィルバー「ブーム」だったとすると、今回の再版は、知的関心よりは、本当に差し迫った自身や組織や社会や時代の問題に取り組みたいという、より深刻なリアリティに根ざした、ウィルバー再発見の始まりなのかも知れません。
ウィルバーの理論は、混沌とした傷つけ合う現代社会を、個人レベルでも社会レベルでも、少しずつ、人間の本来持っている多様で深い可能性によって変えていく力を秘めていると思います。したがって、今回の再版が、より多くの人がウィルバーに触れるきっかけになればと思いますし、また、現在絶版となっている著作も、非常に価値のあるものだと思いますので、再版されていくことを願っています。
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