政治学者の研究が他分野の研究者にも広く言及されるのは必ずしも多くない。それに対して、本書の場合は、紹介にある小熊英二だけではなく、北田暁大のような社会学者も本書に含まれる著者らの研究を高く評価して著書やメディアでも紹介している(『終わらない「失われた20年」』(筑摩選書)、2017/9/12(火)ザ・ボイス 宮崎哲弥×北田暁大 「日本のリベラル派はいかにあるべきか」など)。また、橘玲のような影響力の大きい書き手も同様である(「日本の若者が極右化しているのではなく革新=リベラルが絶望的に退潮している」https://diamond.jp/articles/-/196823)。
政治学者に注目されるのは当然としても、このように他分野の研究者や書き手にも本書の内容が注目される理由はといえば、帯にも書かれている、「若者」にとっては「維新は『革新』、共産は『保守』」という衝撃の研究結果が指摘されている点が大きいと思われる。「上の世代」にとってみれば自明に思われる政党の立ち位置が世代によって大きく異なって認識されているという、言われてみれば納得できるが、案外と気付きそうで気付かない問題である。その他にも日本の若者が右傾化しているといった言説に対する批判など、数多くの実験や調査データを利用した興味深い指摘がなされている。実証的研究の真価が発揮された一冊。
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イデオロギーと日本政治―世代で異なる「保守」と「革新」 単行本(ソフトカバー) – 2019/2/22
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維新は「革新」、共産は「保守」。
これは、日本の若年層が抱く各政党のイデオロギー認識である。つまり、彼らにとって「革新」とは、改革を意味しており、決して「左」と同意義の言葉ではない。
さらに、若年層では「保守」「革新」のイデオロギー対立軸も共有されておらず、日本人が政治を語る上での共通認識語であった「イデオロギー・ラベル」が通用しないという状態が起こっている。
日本人のイデオロギー認識はいつから変わったのだろうか?
著者である遠藤とジョウは、30年にわたる世論調査の結果を分析し、日本人のイデオロギー認識がどのように変化していったのかを検証した。
日本人の考えるイデオロギーの意味について、考えるきっかけになる。
★2019年6月15日 朝日新聞読書面 東京大学教授・宇野重規さんの「(ひもとく)若者の政治意識 自明性を失う「保守」と「革新」」で紹介!
★共同通信配信の著者インタビュー 以下の新聞で紹介!
・2019年4月19日 沖縄タイムス
・2019年4月23日 河北新報、新潟日報、神戸新聞
・2019年4月24日 愛媛新聞
・2019年4月25日 東奥日報
・2019年5月5日 茨城新聞
・2019年5月8日 秋田魁新報
・2019年5月10日 山陽新聞
・2019年5月11日 山梨日日新聞
・2019年5月12日 埼玉新聞
・2019年5月13日 宮崎日日新聞
・2019年5月15日 信濃毎日新聞、南日本新聞
・2019年6月4日 京都新聞
★2019年4月20日号 週刊東洋経済の書評で紹介!
★2019年6月7日 山陰中央新報「明窓」で紹介!
これは、日本の若年層が抱く各政党のイデオロギー認識である。つまり、彼らにとって「革新」とは、改革を意味しており、決して「左」と同意義の言葉ではない。
さらに、若年層では「保守」「革新」のイデオロギー対立軸も共有されておらず、日本人が政治を語る上での共通認識語であった「イデオロギー・ラベル」が通用しないという状態が起こっている。
日本人のイデオロギー認識はいつから変わったのだろうか?
著者である遠藤とジョウは、30年にわたる世論調査の結果を分析し、日本人のイデオロギー認識がどのように変化していったのかを検証した。
日本人の考えるイデオロギーの意味について、考えるきっかけになる。
★2019年6月15日 朝日新聞読書面 東京大学教授・宇野重規さんの「(ひもとく)若者の政治意識 自明性を失う「保守」と「革新」」で紹介!
★共同通信配信の著者インタビュー 以下の新聞で紹介!
・2019年4月19日 沖縄タイムス
・2019年4月23日 河北新報、新潟日報、神戸新聞
・2019年4月24日 愛媛新聞
・2019年4月25日 東奥日報
・2019年5月5日 茨城新聞
・2019年5月8日 秋田魁新報
・2019年5月10日 山陽新聞
・2019年5月11日 山梨日日新聞
・2019年5月12日 埼玉新聞
・2019年5月13日 宮崎日日新聞
・2019年5月15日 信濃毎日新聞、南日本新聞
・2019年6月4日 京都新聞
★2019年4月20日号 週刊東洋経済の書評で紹介!
★2019年6月7日 山陰中央新報「明窓」で紹介!
- 本の長さ280ページ
- 言語日本語
- 出版社新泉社
- 発売日2019/2/22
- ISBN-104787719033
- ISBN-13978-4787719034
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商品の説明
出版社からのコメント
研究論文発表時から、歴史社会学者の小熊英二氏や政治学者の中島岳志氏らが注目し、朝日新聞、中央公論など、各誌で紹介された研究がついに書籍化します。
55年体制の終焉とともに大変革期に入った日本政治を、イデオロギーと世代間ギャップから検証した話題作です。
55年体制の終焉とともに大変革期に入った日本政治を、イデオロギーと世代間ギャップから検証した話題作です。
内容(「BOOK」データベースより)
維新は「革新」、共産は「保守」。日本人のイデオロギー認識はいつから変わったのか?「右・左」、「保守・革新」、「保守・リベラル」…日本人の考えるイデオロギーの意味とは?55年体制の終焉とともに大変革期に入った日本政治をイデオロギーと世代間ギャップから検証した話題作!
著者について
遠藤 晶久(えんどう・まさひさ)
1978年、東京生まれ。博士(政治学)。
早稲田大学社会科学総合学術院准教授。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、早稲田大学政治学研究科博士後期課程単位取得退学。早稲田大学経済学研究科グローバルCOE研究助手、早稲田大学政治経済学術院助手、高知大学人文学部(後に人文社会科学部)講師等を経て現職。
主要著作に『熟議の効用、熟議の効果:政治哲学を実証する』(勁草書房、2018年、分担執筆)、Japan Decides 2014: The Japanese General Election(Palgrave Macmillan、2015年、分担執筆)。
ウィリー・ジョウ(Willy Jou)
1979年生まれ。Ph.D in Political Science
早稲田大学政治経済学術院准教授。
カリフォルニア大学アーバイン校政治学博士課程修了。
主要著作にWhy Policy Representation Matters (Routledge、2015年、共著)など。
1978年、東京生まれ。博士(政治学)。
早稲田大学社会科学総合学術院准教授。
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、早稲田大学政治学研究科博士後期課程単位取得退学。早稲田大学経済学研究科グローバルCOE研究助手、早稲田大学政治経済学術院助手、高知大学人文学部(後に人文社会科学部)講師等を経て現職。
主要著作に『熟議の効用、熟議の効果:政治哲学を実証する』(勁草書房、2018年、分担執筆)、Japan Decides 2014: The Japanese General Election(Palgrave Macmillan、2015年、分担執筆)。
ウィリー・ジョウ(Willy Jou)
1979年生まれ。Ph.D in Political Science
早稲田大学政治経済学術院准教授。
カリフォルニア大学アーバイン校政治学博士課程修了。
主要著作にWhy Policy Representation Matters (Routledge、2015年、共著)など。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
遠藤/晶久
早稲田大学社会科学総合学術院准教授。博士(政治学)。1978年生まれ。早稲田大学政治学研究科博士後期課程単位取得退学
ジョウ,ウィリー
早稲田大学政治経済学術院准教授。Ph.D in Political Science。1979年生まれ。カリフォルニア大学アーバイン校政治学博士課程修了(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
早稲田大学社会科学総合学術院准教授。博士(政治学)。1978年生まれ。早稲田大学政治学研究科博士後期課程単位取得退学
ジョウ,ウィリー
早稲田大学政治経済学術院准教授。Ph.D in Political Science。1979年生まれ。カリフォルニア大学アーバイン校政治学博士課程修了(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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登録情報
- 出版社 : 新泉社 (2019/2/22)
- 発売日 : 2019/2/22
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 280ページ
- ISBN-10 : 4787719033
- ISBN-13 : 978-4787719034
- Amazon 売れ筋ランキング: - 203,139位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 2,442位政治入門
- カスタマーレビュー:
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2019年4月11日に日本でレビュー済み
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Amazonで購入
8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2020年10月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
世代間で見られるイデオロギーの解釈の違いを実証的に分析しており、興味深い内容です。
2019年4月17日に日本でレビュー済み
「維新」という政党のイメージは、分散していて、把握が難しい。海外の報道、たとえばフランス人が書いた『地図で見る日本ハンドブック』(翻訳有り)は、維新の政策や理念を根拠に「保守または右派」と特徴づける。維新のこれまでの主張や政策を観察するならば、リベラルな日本国憲法の全面改憲、大阪での公務員への言論規制、かつての参議院廃止論、今の大阪市廃止論(いわゆる大阪都)、議員定数の削減、反対を抑えてのカジノ建設など、小さな政府と(多数派の)権力強化を追求するスタンスが一貫しているので、保守右派と見た方がよい気がする。
けれども、維新の党自体は、「身を切る改革」をアピールして議員を減らし(最大政党を有利にする目的も)、公務員を減らし、代わりに教育補助(大きな政府)を導入した。そうした影響を受けた有権者意識を調査分析したのが、この本だ。もっとも、維新が革新支持層の票を吸収していることは、明るい選挙推進協会の世論調査で、以前から発見されていた事実だが、この本は年齢別に分析するなど、より精密で貴重である。ただ、多くの有権者が維新を革新・リベラルだと見なせば、維新の政治は本当に革新・リベラルだと言ってよいのか、という根本的な疑問はある。そこまで、この本は主張していないようだが。
この本の方法論への疑問は、2つある。
(1)保守(中道右派)とリベラル(やや中道左派)というイデオロギー軸は、伝統的政治学では、小さな政府か大きな政府か、権威主義か自由主義かの2つの軸で定義・区分されてきた。
しかしこの本は、現状を守るのが保守で、改革志向(変化させる)がリベラルという別の理解に立つようだ。あるいは有権者の意識をもとに、そう理解しているようだ。しかし、改変・変化=リベラルという理解・定義は、論理的にはおかしい。なぜなら、自由主義的・リベラルな現状(たとえば日本国憲法)を、権威主義の方向に(たとえば言論の自由を制限したり、軍の自律性を強める方向に)「改変」するのは、明らかにリベラルではなく保守右派だ。香港の政治的自由を縮小の方向に「改変」するのは、リベラルとは言えないはずだ。
(2)政党や政治家のイデオロギーを測定するとき、測定に用いる基準・根拠は、その活動や発言の客観的分析か、有権者の主観的認識かという問題。
この本はおもに後者だが、すでに書いたような、あるいはこのレビューの標題に書いたような問題が起こる。社会科学者は、政治変動の原因、政権の評価、戦争の原因などについて、多数の人々の認識をそのまま事実だとするのではなく、一応、別の資料やデータで調べ考察するのが仕事だ。もっとも民主主義においては、選挙を左右する有権者の主観的認識(扇動や虚偽宣伝によって生み出されたものを含む)は、調査し直視しなければならない最重要のファクターであるが。
さらに、保守―革新・リベラルの対抗軸が揺らぎ弱まっていることの弊害(選択肢のある多元的民主主義が衰弱する!)と、その複数の原因について、この本も読んで考えてみたい。原因としては次のような仮説が考えられ、意識調査による実証的分析も、できるかもしれない。
①上に述べた維新の宣伝戦術。および、維新を批判すると抗議されそうで、自粛するマスコミや政治学者。
②日本の学校教育や有権者教育で、左派、右派、保守、リベラル、ファシズム、ナショナリズムなどの政治理念(イデオロギー)の説明や議論を避けていること。なお、イギリスでこれをしっかり教えていることは、翻訳書の『図解 はじめて学ぶ みんなの政治』から伺える。
③民主党などが、リベラルという立場を明確に打ち出さないこと。ただ、代わりに立憲主義、護憲、共生などの言葉で説明していてその方が分かりやすいかもしれない。
④有権者は、大きな政府(教育、福祉サービス)や小さな政府(政府の効率化)には個人的利害から関心が強くても、政府の専制、民主主義や自由の喪失の危険といった公共的問題には必ずしも敏感でない。その場合には、多少の教育、福祉サービスを改善すれば、権力的、専制的な政治家であっても、革新・リベラルを装うことができる。
けれども、維新の党自体は、「身を切る改革」をアピールして議員を減らし(最大政党を有利にする目的も)、公務員を減らし、代わりに教育補助(大きな政府)を導入した。そうした影響を受けた有権者意識を調査分析したのが、この本だ。もっとも、維新が革新支持層の票を吸収していることは、明るい選挙推進協会の世論調査で、以前から発見されていた事実だが、この本は年齢別に分析するなど、より精密で貴重である。ただ、多くの有権者が維新を革新・リベラルだと見なせば、維新の政治は本当に革新・リベラルだと言ってよいのか、という根本的な疑問はある。そこまで、この本は主張していないようだが。
この本の方法論への疑問は、2つある。
(1)保守(中道右派)とリベラル(やや中道左派)というイデオロギー軸は、伝統的政治学では、小さな政府か大きな政府か、権威主義か自由主義かの2つの軸で定義・区分されてきた。
しかしこの本は、現状を守るのが保守で、改革志向(変化させる)がリベラルという別の理解に立つようだ。あるいは有権者の意識をもとに、そう理解しているようだ。しかし、改変・変化=リベラルという理解・定義は、論理的にはおかしい。なぜなら、自由主義的・リベラルな現状(たとえば日本国憲法)を、権威主義の方向に(たとえば言論の自由を制限したり、軍の自律性を強める方向に)「改変」するのは、明らかにリベラルではなく保守右派だ。香港の政治的自由を縮小の方向に「改変」するのは、リベラルとは言えないはずだ。
(2)政党や政治家のイデオロギーを測定するとき、測定に用いる基準・根拠は、その活動や発言の客観的分析か、有権者の主観的認識かという問題。
この本はおもに後者だが、すでに書いたような、あるいはこのレビューの標題に書いたような問題が起こる。社会科学者は、政治変動の原因、政権の評価、戦争の原因などについて、多数の人々の認識をそのまま事実だとするのではなく、一応、別の資料やデータで調べ考察するのが仕事だ。もっとも民主主義においては、選挙を左右する有権者の主観的認識(扇動や虚偽宣伝によって生み出されたものを含む)は、調査し直視しなければならない最重要のファクターであるが。
さらに、保守―革新・リベラルの対抗軸が揺らぎ弱まっていることの弊害(選択肢のある多元的民主主義が衰弱する!)と、その複数の原因について、この本も読んで考えてみたい。原因としては次のような仮説が考えられ、意識調査による実証的分析も、できるかもしれない。
①上に述べた維新の宣伝戦術。および、維新を批判すると抗議されそうで、自粛するマスコミや政治学者。
②日本の学校教育や有権者教育で、左派、右派、保守、リベラル、ファシズム、ナショナリズムなどの政治理念(イデオロギー)の説明や議論を避けていること。なお、イギリスでこれをしっかり教えていることは、翻訳書の『図解 はじめて学ぶ みんなの政治』から伺える。
③民主党などが、リベラルという立場を明確に打ち出さないこと。ただ、代わりに立憲主義、護憲、共生などの言葉で説明していてその方が分かりやすいかもしれない。
④有権者は、大きな政府(教育、福祉サービス)や小さな政府(政府の効率化)には個人的利害から関心が強くても、政府の専制、民主主義や自由の喪失の危険といった公共的問題には必ずしも敏感でない。その場合には、多少の教育、福祉サービスを改善すれば、権力的、専制的な政治家であっても、革新・リベラルを装うことができる。
ベスト500レビュアー
本書は、日本の有権者の政治的立場・意見を、世代とイデオロギーの軸で分析している本である。
本書で明らかにされているのは、政党を捉えるイデオロギーの枠組が高齢層と若年層で大きく異なること、特に「保守/革新」という二項対立図式は若年層ではもはや失効している(上の世代と大きく異なっている)こと、が大きいであろう。
最初に、政党や政治を見る図式の「保守/革新」(海外なら右左)がどのような政策争点と結びついているかが分析されている。
欧米では通常階層(労働者階級と資本家階級の対立)や経済政策と強く結びつくが、日本では経済政策や福祉政策と保守・革新は結びつかず、女性の社会進出なども結びつかず、また回答者の収入も強い影響を及ぼさない。
影響が強いのは対米関係、安全保障、歴史問題といった外交・防衛政策というごく一部の政策のみであり、これは日本の政党やイデオロギー状況を欧米とは異なるものにしている。
続けて、世代別のイデオロギーの違いが考察される。
若年層の方が全般的に正当の左右の振れ幅(あるいは保守度、革新度)を小さくとらえるという傾向が指摘される。また、どのラベルでの質問でも、若いほど「分からない」「無回答」が増える傾向にある。
そして、帯でも強調されていた、若年層(20~40代)は「共産党を保守、維新を革新」と捉えている、という話に進む。
「保守/革新」のラベル、「保守/リベラル」のラベルでは、若年層では、自民党は保守に位置づけられる一方で、共産党は真ん中ら辺、維新と(今はなき)みんなの党が革新・リベラルと位置付けられている。(共産党はあくまでも真ん中なので、「共産が保守」という帯の文句は言い過ぎだと思う)
一方、「左右」のラベルを用いると、維新はやや右、共産は左と世代を超えて共通の枠になる。しかし、左右ラベルが最も「分からない」「無回答」が増えるので、この軸が適切とも言い難いとされている。
これについては、そもそも「革新」というラベルが、古くは「進歩主義のあの辺の人々」、戦後は「社会党や共産党など、あのあたりの政党」をくくるためにある種人為的に作られており、社会党や55年体制なきあとにはあまり意味のないくくりになっていると思うので、革新が失効するのは半ば当然の帰結だと思うし、そのラベルを維持する必要もないと思う。
むしろ左右ラベルがもっとも「分からない」が増えるという事実の方がある種の意外性と驚きを感じる。
本書ではもう一つの軸として「現状維持ー改革志向」という見方があるのではないかと指摘している。
95年と17年で保守―リベラルと改革志向の二軸でプロットすると、95年は「保守ー現状維持/リベラルー改革」の一次元的だったのに対し、17年は逆に「保守ー改革/リベラルー現状維持」という一次元的状況になっているという。
一つ面白いのは、95年調査で回答者自身の立ち位置を尋ねると、自身は「やや保守かつやや改革」という、この軸の上に乗らない場所に自らを位置づけている点であろうか。
17年調査で政党を二軸平面に位置付けさせると、年長者は改革志向の分布幅は狭く、保守―リベラルの幅は一いのに対し、若年層では逆に保守―リベラルは全政党でほとんど差がない一方で、改革志向の度合いに広い幅を見出している。(ちなみに年長者だと、全政党よりも自分が改革志向が強いと位置づけるのに対し、若年層では自身よりも維新と自民は改革志向が強いとしているのも興味深い)
若年層では、政治家への好悪判断との強い結びつきを持つのも、保守/リベラルのラベルではなく改革志向の度合いであった。
ただし、改革志向は常に「強い」側でのみ支持を獲得するものなので、(保守・リベラルどちらも支持を獲得しうる)軸という見方としては、既存のラベルとは異なるというコメントもなされている。
やや違う話題として、極右の分析がなされている。
日本には長らく選挙で有力候補たりうる極右がいなかったが、2014年都知事選では田母神という極右が現れたため、この支持層分析は日本の極右分析として興味深いものとなった。
結果は、欧米極右と違い、反エリートでもなければ低学歴でもなく(むしろ院卒割合は田母神支持者の方が高い)、現在の政治に不満があるわけでもなく、移民による失業でもなく、ナショナリズムと中韓との対外的問題(主に歴史認識問題など)にあるとしている。
この点は、欧米極右の場合と違い、極右が反スタブリッシュメント左派を取り込んで支持を広げる可能性に否定的な示唆を与える。
最後に、若者の右傾化論を考察する。
まずデータは若者は右傾化どころか左傾化の傾向にあることを示しており、これは海外での右派伸長、左派停滞と比べても「若者は左派的」といってよい。
その代わりみられるのが、第一に自民党は左派からも一定の支持を取り付けるのに成功していること(これは欧米ではまずありえないこと)、第二に左派的若者の多くが「適切な投票先がない」と答えていること、である。つまり、若者が右傾化したのではなく、左派政党が左派の若者を引き付けることに失敗した(逆に自民党は左派の若者に対してさえ一定の成功を収めた)、ということである。
巻末のイタリア(同じく一党優位からの政界大再編を経た)との比較があるが、こちらは世代を超えてイデオロギー認識は一貫しており、また政党ごとのイデオロギーの振れ幅の認識も世代を超えて大きいままである。
本書では、これは地域的な地盤(あの地域は中道保守、のような)との関係から、イタリアではイデオロギーラベルが機能し続けていると見ている。
結局、日本の政治行動、特に若者のそれを見る際には、イデオロギーラベルは欧米のようには妥当でない、ということがいえるのだろう。
政治の分析枠組である左右なり保守・リベラルなりではない軸で、政党の動きを分析することの必要性が提起されている。
データをベースにしているので地味ではあるが、しかし日本政治を考える上では非常に重要な一冊だろう。
本書で明らかにされているのは、政党を捉えるイデオロギーの枠組が高齢層と若年層で大きく異なること、特に「保守/革新」という二項対立図式は若年層ではもはや失効している(上の世代と大きく異なっている)こと、が大きいであろう。
最初に、政党や政治を見る図式の「保守/革新」(海外なら右左)がどのような政策争点と結びついているかが分析されている。
欧米では通常階層(労働者階級と資本家階級の対立)や経済政策と強く結びつくが、日本では経済政策や福祉政策と保守・革新は結びつかず、女性の社会進出なども結びつかず、また回答者の収入も強い影響を及ぼさない。
影響が強いのは対米関係、安全保障、歴史問題といった外交・防衛政策というごく一部の政策のみであり、これは日本の政党やイデオロギー状況を欧米とは異なるものにしている。
続けて、世代別のイデオロギーの違いが考察される。
若年層の方が全般的に正当の左右の振れ幅(あるいは保守度、革新度)を小さくとらえるという傾向が指摘される。また、どのラベルでの質問でも、若いほど「分からない」「無回答」が増える傾向にある。
そして、帯でも強調されていた、若年層(20~40代)は「共産党を保守、維新を革新」と捉えている、という話に進む。
「保守/革新」のラベル、「保守/リベラル」のラベルでは、若年層では、自民党は保守に位置づけられる一方で、共産党は真ん中ら辺、維新と(今はなき)みんなの党が革新・リベラルと位置付けられている。(共産党はあくまでも真ん中なので、「共産が保守」という帯の文句は言い過ぎだと思う)
一方、「左右」のラベルを用いると、維新はやや右、共産は左と世代を超えて共通の枠になる。しかし、左右ラベルが最も「分からない」「無回答」が増えるので、この軸が適切とも言い難いとされている。
これについては、そもそも「革新」というラベルが、古くは「進歩主義のあの辺の人々」、戦後は「社会党や共産党など、あのあたりの政党」をくくるためにある種人為的に作られており、社会党や55年体制なきあとにはあまり意味のないくくりになっていると思うので、革新が失効するのは半ば当然の帰結だと思うし、そのラベルを維持する必要もないと思う。
むしろ左右ラベルがもっとも「分からない」が増えるという事実の方がある種の意外性と驚きを感じる。
本書ではもう一つの軸として「現状維持ー改革志向」という見方があるのではないかと指摘している。
95年と17年で保守―リベラルと改革志向の二軸でプロットすると、95年は「保守ー現状維持/リベラルー改革」の一次元的だったのに対し、17年は逆に「保守ー改革/リベラルー現状維持」という一次元的状況になっているという。
一つ面白いのは、95年調査で回答者自身の立ち位置を尋ねると、自身は「やや保守かつやや改革」という、この軸の上に乗らない場所に自らを位置づけている点であろうか。
17年調査で政党を二軸平面に位置付けさせると、年長者は改革志向の分布幅は狭く、保守―リベラルの幅は一いのに対し、若年層では逆に保守―リベラルは全政党でほとんど差がない一方で、改革志向の度合いに広い幅を見出している。(ちなみに年長者だと、全政党よりも自分が改革志向が強いと位置づけるのに対し、若年層では自身よりも維新と自民は改革志向が強いとしているのも興味深い)
若年層では、政治家への好悪判断との強い結びつきを持つのも、保守/リベラルのラベルではなく改革志向の度合いであった。
ただし、改革志向は常に「強い」側でのみ支持を獲得するものなので、(保守・リベラルどちらも支持を獲得しうる)軸という見方としては、既存のラベルとは異なるというコメントもなされている。
やや違う話題として、極右の分析がなされている。
日本には長らく選挙で有力候補たりうる極右がいなかったが、2014年都知事選では田母神という極右が現れたため、この支持層分析は日本の極右分析として興味深いものとなった。
結果は、欧米極右と違い、反エリートでもなければ低学歴でもなく(むしろ院卒割合は田母神支持者の方が高い)、現在の政治に不満があるわけでもなく、移民による失業でもなく、ナショナリズムと中韓との対外的問題(主に歴史認識問題など)にあるとしている。
この点は、欧米極右の場合と違い、極右が反スタブリッシュメント左派を取り込んで支持を広げる可能性に否定的な示唆を与える。
最後に、若者の右傾化論を考察する。
まずデータは若者は右傾化どころか左傾化の傾向にあることを示しており、これは海外での右派伸長、左派停滞と比べても「若者は左派的」といってよい。
その代わりみられるのが、第一に自民党は左派からも一定の支持を取り付けるのに成功していること(これは欧米ではまずありえないこと)、第二に左派的若者の多くが「適切な投票先がない」と答えていること、である。つまり、若者が右傾化したのではなく、左派政党が左派の若者を引き付けることに失敗した(逆に自民党は左派の若者に対してさえ一定の成功を収めた)、ということである。
巻末のイタリア(同じく一党優位からの政界大再編を経た)との比較があるが、こちらは世代を超えてイデオロギー認識は一貫しており、また政党ごとのイデオロギーの振れ幅の認識も世代を超えて大きいままである。
本書では、これは地域的な地盤(あの地域は中道保守、のような)との関係から、イタリアではイデオロギーラベルが機能し続けていると見ている。
結局、日本の政治行動、特に若者のそれを見る際には、イデオロギーラベルは欧米のようには妥当でない、ということがいえるのだろう。
政治の分析枠組である左右なり保守・リベラルなりではない軸で、政党の動きを分析することの必要性が提起されている。
データをベースにしているので地味ではあるが、しかし日本政治を考える上では非常に重要な一冊だろう。
ベスト1000レビュアー
「イデオロギー」がカタカナ言葉である(日本語の単語の容易な言いかえがない)ように、これは日本人の生活に深く浸透した概念とまでは言いきれないところがある。
「保守」「革新」といっても、党の機関紙以外には、これを(諸外国の色分けに比して)色濃く分けるようなメディアが存在するわけでもない。(日本の読売毎日朝日の左右レンジは、米国のCNN-FOX等々に比べれば、小さい)
この点を十分に論じることなく、イデオロギーと日本政治を経年的に(世代変化的に)語った場合に、後段でミスリードが生じてくる可能性がある。
本来、「日本における”保守”と”革新”認識の歴史」といったところから、本書は始めるべきではなかっただろうか? もしくは今後、そうした「認識の歴史」を、国際比較も踏まえて、追うべきではないだろうか?
そんなことを感じた一冊。
「保守」「革新」といっても、党の機関紙以外には、これを(諸外国の色分けに比して)色濃く分けるようなメディアが存在するわけでもない。(日本の読売毎日朝日の左右レンジは、米国のCNN-FOX等々に比べれば、小さい)
この点を十分に論じることなく、イデオロギーと日本政治を経年的に(世代変化的に)語った場合に、後段でミスリードが生じてくる可能性がある。
本来、「日本における”保守”と”革新”認識の歴史」といったところから、本書は始めるべきではなかっただろうか? もしくは今後、そうした「認識の歴史」を、国際比較も踏まえて、追うべきではないだろうか?
そんなことを感じた一冊。






