1995年ユニバーサルの配給で公開されました。予算5千2百万㌦、収入3億5千5百万㌦だそうです。以下、あらすじです。 宇宙飛行士のジム(T.ハンクス)は、アームストロング船長の月面歩行(1969年7月20日)をTV中継で見ます。ジムは予備チームでした。3か月後、アポロ13号で1970年4月月面に行くことになります。しかし打ち上げ(4月11日)の2日前、機械担当のケン(G.シニーズ)が風疹に感染した疑いが出ます。長官はアポロ13号をあきらめるか、ケンを交代させるか択一を迫ります。このためジムは、予備チームのジャック(K.ベーコン)を代役に指名しますが、打ち上げ2日後の13日、司令船(CSM)の液体酸素タンクが爆発します。CSMの電力は、燃料電池(水素と酸素の反応)で供給されたので、電力がなくなると地球に帰還できません。NASAはレスキューに切り替えます。以下、トリビアを3点ほど補足します。
1.爆発は液体酸素の膨張のためで、配線の不具合だそうです。母船(Service Module)のエンジンが損傷した可能性があり、地球への帰還は、月のスイング・バイと月着陸船(LEM)の推力を使う安全策がとられました。アセンブリ言語で組まれた誘導プログラム(Apollo Guidance Computer: AGC)は、急なアルゴリズム変更が困難だったそうです。そしてAGCは、「ジンバル」(Gimbal)というコマの回転を利用する慣性航法装置のデータからスラスト噴射量などを算出したので、「ジンバル・ロック」が起きると、月遷移軌道(TLI)を適切に維持できない(迷子になる)そうです。GPSはまだなく、航跡ログは死活的に重要でした。
2.電力技師のジョン・アーロン(L.ディーン)は、20アンペアの残量でCSMのAGCを再起動できるかが、生死の分かれ目と指摘します。AGCは地球への再突入(reentry corridor)で遮熱板を制御したそうです。月は地球30個分のところを回っていて、静止軌道(geostationary orbit)の9倍です。TLIの平均速度が1.5km/sくらいのCSMは、地球の重力で10.4km/sまで増速したそうです。大気圏でマッハ3を超えると、プラズマに包まれる(Adiabatic process)ので、reentry corridorより深いと耐熱性能がもたないそうです。ケンの残留は、不幸中の幸いでした。アポロ13号のログは、NASAのHP(The Apollo 13 Flight Journal, 2020.4.6)で閲覧できます。
3.冒頭、アポロ1号の火災事故(1967年1月)が描かれます。アポロ計画はCSMとLEMを軽くするため、大気圏外で船内気圧を1/3にし、純酸素で満たす構造にしたそうで、引火しやすく衝撃に弱かったそうです。打ち上げロケット(Saturn V)は3段式で、TLIに投入可能な質量は48㌧、LEMは格納容器込みで16㌧だったそうです。コンピューター、エンジン、燃料電池を重くかさばる旧型にしたのは、ヴァン・アレン帯(Van Allen radiation belt)を突き切る際の放射線障害を警戒したためだそうです。このためAGCのプログラムには、ヴァン・アレン帯(外殻・内殻)を突き切る時間(被ばく量)をできるだけ少なくするようなコース選択の計算も含まれたそうです。(Spaceflight radiation carcinogenesis)