本文もさることながら家族によるあとがきに一番衝撃をうけた。理由はネタバレになるので避ける。
全ての労働者に参考になるだろう。
組織に適応して生き抜く必要があるのは、現代人でもこの時代でも根本的にはさほど変わりがない。ホロコースト文学はいつも気づきを与えてくれる。
文体が読みづらいので★をひとつ減らした。
中身は貴重なものに変わりない。
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アウシュヴィッツで君を想う 単行本 – 2021/4/1
エディ・デ・ウィンド
(著),
塩崎香織
(翻訳)
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《サンデータイムズ》ベストセラー
「究極のホロコーストの証言」ヘザー・モリス(『アウシュヴィッツのタトゥー係』著者)
絶望の淵で、人は誰かを愛せるか?
1943年、アウシュヴィッツ強制収容所に送られたある夫婦。 彼らは離ればなれになってしまった、それでも――
有刺鉄線の内側で妻を想い続けた医師が、大戦が終わる直前の収容所内で綴った手記。
「究極のホロコーストの証言」ヘザー・モリス(『アウシュヴィッツのタトゥー係』著者)
絶望の淵で、人は誰かを愛せるか?
1943年、アウシュヴィッツ強制収容所に送られたある夫婦。 彼らは離ればなれになってしまった、それでも――
有刺鉄線の内側で妻を想い続けた医師が、大戦が終わる直前の収容所内で綴った手記。
- 本の長さ280ページ
- 言語日本語
- 出版社早川書房
- 発売日2021/4/1
- 寸法13.9 x 2 x 19.4 cm
- ISBN-104152100133
- ISBN-13978-4152100139
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商品の説明
出版社からのコメント
1943年9月。ユダヤ系オランダ人医師であるエディ・デ・ウィンド(ハンス・ファン・ダム)は、ウェステルボルク通過収容所で知り合って結婚した妻フリーデルとともに、アウシュヴィッツ強制収容所に送られた。ナチスによる無慈悲の「選別」を通過した彼は、収容所内の労働に従事することになったが、そこで待っていたのは、抑留者〈150822〉として過ごす過酷な日々だった。
一方でフリーデルは、女性が集められ、教授を自称する者たちが思いのままの人体実験を繰り返す〈実験棟〉に収容される。彼女がその犠牲にならないようハンスは別棟から手を回すが、看守たちは理不尽にも彼らの交流の機会を奪う。
そして、第二次世界大戦が終結する直前の1945年1月。ソ連軍の前線が迫り収容所の撤退が決まると、またしても夫婦に不条理な現実が訪れる……。
徹底的に不寛容で非人間的な状況にあっても、人は誰かを愛することはできるか?
有刺鉄線の内側で妻を想い続けたアウシュヴィッツの生存者が、一年半にわたって収容所で体験したことを真摯に綴った記録。
一方でフリーデルは、女性が集められ、教授を自称する者たちが思いのままの人体実験を繰り返す〈実験棟〉に収容される。彼女がその犠牲にならないようハンスは別棟から手を回すが、看守たちは理不尽にも彼らの交流の機会を奪う。
そして、第二次世界大戦が終結する直前の1945年1月。ソ連軍の前線が迫り収容所の撤退が決まると、またしても夫婦に不条理な現実が訪れる……。
徹底的に不寛容で非人間的な状況にあっても、人は誰かを愛することはできるか?
有刺鉄線の内側で妻を想い続けたアウシュヴィッツの生存者が、一年半にわたって収容所で体験したことを真摯に綴った記録。
著者について
◎著者紹介
エディ・デ・ウィンド(Eddy de Wind)
ユダヤ系オランダ人の精神科医・精神分析家。1916年オランダ・ハーグ生まれ。ライデン大学医学部卒業後、ウェステルボルク通過収容所に医師として志願。収容所で出会い結婚した妻とともに1943年9月アウシュヴィッツ強制収容所に移送される。1945年1月のアウシュヴィッツ解放後も現地にとどまり、医師の勤務のかたわら本書を執筆。オランダに帰国後の1946年に本書Eindstation Auschwitzを出版。その後は医師として収容所からの生還者が抱えるトラウマの問題に取り組んだ。1987年没。
◎訳者略歴
塩﨑香織(しおざき・かおり)
オランダ語を中心とした翻訳・通訳者。国際基督教大学卒業。訳書にヴォルカールトほか『誰がネロとパトラッシュを殺すのか:日本人が知らないフランダースの犬』など
エディ・デ・ウィンド(Eddy de Wind)
ユダヤ系オランダ人の精神科医・精神分析家。1916年オランダ・ハーグ生まれ。ライデン大学医学部卒業後、ウェステルボルク通過収容所に医師として志願。収容所で出会い結婚した妻とともに1943年9月アウシュヴィッツ強制収容所に移送される。1945年1月のアウシュヴィッツ解放後も現地にとどまり、医師の勤務のかたわら本書を執筆。オランダに帰国後の1946年に本書Eindstation Auschwitzを出版。その後は医師として収容所からの生還者が抱えるトラウマの問題に取り組んだ。1987年没。
◎訳者略歴
塩﨑香織(しおざき・かおり)
オランダ語を中心とした翻訳・通訳者。国際基督教大学卒業。訳書にヴォルカールトほか『誰がネロとパトラッシュを殺すのか:日本人が知らないフランダースの犬』など
登録情報
- 出版社 : 早川書房 (2021/4/1)
- 発売日 : 2021/4/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 280ページ
- ISBN-10 : 4152100133
- ISBN-13 : 978-4152100139
- 寸法 : 13.9 x 2 x 19.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 335,167位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 440位その他の思想・社会の本
- カスタマーレビュー:
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「アウシュヴィッツで君を想う」(エディ・デ・ウィンド 早川書房)を多くの思いを抱きながら読み終えました。
実は、私はアウシュヴィッツと「君を想う」という言葉の組み合わせに違和感を抱きながらも、kindle上の紹介内容を読み、第二次世界大戦下のドイツを舞台にした歴史サスペンス・ロマンのような物語だと勝手に解釈して読み始めましたが、間違っていました。しかし、読むことができて素直によかったと感じています。
著者は、オランダ人。医師として勤めていたオランダのウェステボルク通過収容所から1943年9月にアウシュヴィッツ強制収容所に移送され、1945年1月にアウシュヴィッツの全面撤退が開始されるや、病人たちと共に収容所に残ることを選択、ソ連軍による解放後も医師の仕事を続けたそうですが、これは解放後の収容所で書かれた「アウシュヴィッツ」での克明な体験記であり、一人の医師の視点から描かれた貴重な「史実」と言っていいノンフィクションです。(知っていたら、読まなかったかもしれないというネガティヴな思いが過ぎりますが、導かれたと解釈したいと思います。)
オランダの収容所で出会ったハンスとフリーデルが結婚し、二人が強制収容所に移送され、第9ブロックと第10ブロックという近くて遠い場所にいて時折顔を合わせ、言葉を交わしながら、常に死と隣り合わせにいる環境の中でお互いがお互いを思い、思いを募らせ続けたことを思えば、この日本語タイトルもまた「史実」を伝えようとするよきものであるようにも思えます。
心に残したい多くの内容が凝縮された体験記を評価することなどとてもできないため、いくつかを自分のために書き留めたいと思います。
「アウシュヴィッツ」には、ユダヤ人だけではなく、ソ連を含むヨーロッパ国籍の多くの人々が収容され、政治犯、同性愛者、ジプシーといった当時は少し突き抜けた立場にいた人々も収容され、多くは「ユダヤ人」という括りの中に組み入れられながら<ホロコースト>の犠牲者としてカウントされていたこと。
生き延びるということは、ハンスがフリーデルをより強く想っていたこととは一切切り離して、多くの偶然が重なり、そのことがたまたま継続できたことでその死を避けることができたということ。とは言え、誰かが誰かに対してこれ以上つらい思いをさせたくはないという思いは、心の中に残しておきたいと想うこと。
妹を失った女性が自分の過酷な体験を多くの人に知らせ、それらのことが「本当にあったことなのだ」と説得することをこれからの生きる糧にしていこうと毅然とハンスたちを見た瞬間のこと。その瞬間に、大砲の轟音が聞こえてくること。
人間的な思いやりを見せながらも「人体実験」を繰り返し、元ナチ党員を連れてアルゼンチンに逃亡した「ヨーゼフ・メンゲレ」に関する言及の確かさについて。
終わらなくなりそうなので、このぐらいにしたいと思います。
最後に、このノンフィクションを補完し、結末たらしめている「家族によるあとがき エディ・デ・ウィンドの生涯」がアタッチされていますが、それは著者の生涯を要約しながら、世界で引き起こされたテロ行為、政治的暴力によって計り知れない苦悩を味わったすべての人たちへのシンパシーと敬意が込められており、私もまた大きく心を動かされたことを書き留めておきたいと思います。
実は、私はアウシュヴィッツと「君を想う」という言葉の組み合わせに違和感を抱きながらも、kindle上の紹介内容を読み、第二次世界大戦下のドイツを舞台にした歴史サスペンス・ロマンのような物語だと勝手に解釈して読み始めましたが、間違っていました。しかし、読むことができて素直によかったと感じています。
著者は、オランダ人。医師として勤めていたオランダのウェステボルク通過収容所から1943年9月にアウシュヴィッツ強制収容所に移送され、1945年1月にアウシュヴィッツの全面撤退が開始されるや、病人たちと共に収容所に残ることを選択、ソ連軍による解放後も医師の仕事を続けたそうですが、これは解放後の収容所で書かれた「アウシュヴィッツ」での克明な体験記であり、一人の医師の視点から描かれた貴重な「史実」と言っていいノンフィクションです。(知っていたら、読まなかったかもしれないというネガティヴな思いが過ぎりますが、導かれたと解釈したいと思います。)
オランダの収容所で出会ったハンスとフリーデルが結婚し、二人が強制収容所に移送され、第9ブロックと第10ブロックという近くて遠い場所にいて時折顔を合わせ、言葉を交わしながら、常に死と隣り合わせにいる環境の中でお互いがお互いを思い、思いを募らせ続けたことを思えば、この日本語タイトルもまた「史実」を伝えようとするよきものであるようにも思えます。
心に残したい多くの内容が凝縮された体験記を評価することなどとてもできないため、いくつかを自分のために書き留めたいと思います。
「アウシュヴィッツ」には、ユダヤ人だけではなく、ソ連を含むヨーロッパ国籍の多くの人々が収容され、政治犯、同性愛者、ジプシーといった当時は少し突き抜けた立場にいた人々も収容され、多くは「ユダヤ人」という括りの中に組み入れられながら<ホロコースト>の犠牲者としてカウントされていたこと。
生き延びるということは、ハンスがフリーデルをより強く想っていたこととは一切切り離して、多くの偶然が重なり、そのことがたまたま継続できたことでその死を避けることができたということ。とは言え、誰かが誰かに対してこれ以上つらい思いをさせたくはないという思いは、心の中に残しておきたいと想うこと。
妹を失った女性が自分の過酷な体験を多くの人に知らせ、それらのことが「本当にあったことなのだ」と説得することをこれからの生きる糧にしていこうと毅然とハンスたちを見た瞬間のこと。その瞬間に、大砲の轟音が聞こえてくること。
人間的な思いやりを見せながらも「人体実験」を繰り返し、元ナチ党員を連れてアルゼンチンに逃亡した「ヨーゼフ・メンゲレ」に関する言及の確かさについて。
終わらなくなりそうなので、このぐらいにしたいと思います。
最後に、このノンフィクションを補完し、結末たらしめている「家族によるあとがき エディ・デ・ウィンドの生涯」がアタッチされていますが、それは著者の生涯を要約しながら、世界で引き起こされたテロ行為、政治的暴力によって計り知れない苦悩を味わったすべての人たちへのシンパシーと敬意が込められており、私もまた大きく心を動かされたことを書き留めておきたいと思います。
2021年8月10日に日本でレビュー済み
アウシュヴィッツやユダヤ人ゲットーなどのノンフィクションは、知らなくてはいけないこととは言え、読んでいて辛くなるので「もういい」と思っていたが、収容所で恋人や夫婦としてコミュニケーションが果たして維持できるものなのか、他で見られない視点を提供していたので、恐る恐るページをめくりました。
やはり・・・辛くなりました。しかし、過酷な収容所の生活の中でも(あるいは閉ざされた空間だからこそ、かもしれない)恋愛が生まれること、危険を冒して手紙のやりとりや場合によっては抱擁も可能だったこと、収容所内に売春宿があること、など今まで注意を払わなかった事実をいくつも突き付けられることになった。ナチスとユダヤ人という単純な構図ではなく、ポーランド人やロシア人や、ドイツ人の政治犯やら、収容所は複雑な階層社会であることも、今までは考え至らなかった事実だ。その階層社会の中で、生死をかけて多くの取引や汚職が行われていたのだ。ある意味、人間の究極の本音だけが最後に残るのかもしれない。
ここに描かれるのは、人間の究極のラヴ・ストーリーと言ってもよいだろう。解放後にせっかく再会できた夫婦のその後の結婚生活が幸せなものでなかったことには心が痛むが、あのような過酷な体験を経た後では、心の平安は生涯得られないことを示唆している。アウシュビッツについて読んだり、見たりするのは、もうこれで本当に終わりにしたい。
やはり・・・辛くなりました。しかし、過酷な収容所の生活の中でも(あるいは閉ざされた空間だからこそ、かもしれない)恋愛が生まれること、危険を冒して手紙のやりとりや場合によっては抱擁も可能だったこと、収容所内に売春宿があること、など今まで注意を払わなかった事実をいくつも突き付けられることになった。ナチスとユダヤ人という単純な構図ではなく、ポーランド人やロシア人や、ドイツ人の政治犯やら、収容所は複雑な階層社会であることも、今までは考え至らなかった事実だ。その階層社会の中で、生死をかけて多くの取引や汚職が行われていたのだ。ある意味、人間の究極の本音だけが最後に残るのかもしれない。
ここに描かれるのは、人間の究極のラヴ・ストーリーと言ってもよいだろう。解放後にせっかく再会できた夫婦のその後の結婚生活が幸せなものでなかったことには心が痛むが、あのような過酷な体験を経た後では、心の平安は生涯得られないことを示唆している。アウシュビッツについて読んだり、見たりするのは、もうこれで本当に終わりにしたい。






