本書はアインシュタインが備忘録としてや、義理の娘たちに読ませるためにつけていた日記をまとめたものだ。毎日、見たもの、聞いたものをまめに記録しているが、一般に公表する予定はなかったとのことで、発見された際はその毒舌ぶりが物議をかもした。
日本・パレスチナ・スペインについての旅行記で、日本の前にはシンガポールや中国にも寄っているのだが、日本に到着するなり、毒説が鳴りを潜めて絶賛に変わる。
時代は1922年。大正デモクラシーのころで、関東大震災の1年前。来日中は毎日さまざまな感動の連続で、リラックスしていてとても楽しそうだ(たまに「妻と妙に意見が食い違う」「妻が激怒」などとあって何があったのかと思わされるが)。
また、本書には日記以外にも付録が充実していて、講演原稿や土井晩翠等日本人との手紙のやりとりや、日本の改造社からのアインシュタインへの招聘依頼状などもそのまま載っていて面白い(どこどこで何回講演をお願いしたく、半金をロンドンの銀行を通して送金するがキャンセルの場合は云々してほしいなど。いわば外タレの招聘だが、必要事項が簡潔に記された手紙だ。こうしたものが原点で、その後、保険やら何やらといろいろ複雑化していって、いまにいたるのだろう)。
自分の子供たちに「ノーベル賞をとることになった!」と報告した手紙も載っているが、それはちょうど京都に滞在していたころで、その中でも、自分は今までに会ったどの民族よりも日本人を気に入っていて、日本人は「物静かで、謙虚で、知的で、芸術的センスがあって、思いやりがあって、外見にとらわれず、責任感がある」と述べている。
また、日本旅行記では、以下のような考察をしている。
ドイツでは個人主義、競争社会があたりまえで、孤独も生存競争の当然の結果とみなされているが、日本ではまったく正反対。謙虚さと助け合いの精神で人々が結ばれている。使っている道具から服装から家から、何から何まで「愛くるしく」、そんな愛くるしい人たちが「絵のように美しい微笑みを浮かべ、お辞儀をし、座っているのです──そのすべてに感嘆するしかなく、(日本人以外はこの)真似はできません」「日本人は付き合いが陽気で気楽です──日本人は将来ではなく、今を生きているのです」。日本人にはユーモアのセンスがたっぷりあって、その点でヨーロッパ人のあいだと差はない。しかし、「ここでも日本人の優しさに気づきます。日本人のジョークには皮肉がないのです」。
ほかにも、旅館に泊まっては、部屋が「きわめて趣味がよかった」「すべてが紙製の引き戸で仕切られていて、その引き戸は小指一本で容易に動かすことができた」など。
一方でアインシュタインは、日本人が西欧化を急ぎ、自らの美質の貴重な価値に気づかず、ダメにしてしまうのではないかということを心配してもいる。「芸術的な生活、個人的な要望の簡素さと謙虚さ、そして日本人の心の純粋さと落ち着き、以上の大いなる宝を純粋に保持し続けることを忘れないでほしい」と。いまの日本をみまわすと、少し複雑な気分もしてしまう。
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