棋士さんは、やはり理論的で頭が良いんだな。
読み終えた感想です。
前例の無いことに感情的になりすぎず、理論立てて考えどう受け入れるか
一方でどうやったら面白くなるか、先の先を考えて企画を実行されてるんだなと感じました。
将棋は数回やった程度の知識しかありませんが、最後まで難なく読むことが出来ました。
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われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る 単行本 – 2012/2/1
米長 邦雄
(著)
ダブルポイント 詳細
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プロ棋士とコンピューターとの対戦を、当人である著者が振り返る。
- 本の長さ189ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2012/2/1
- ISBN-104120043568
- ISBN-13978-4120043567
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
ニコニコ生放送で100万人が見守った第1回将棋電王戦「米長永世棋聖vs.ボンクラーズ」。その激闘の裏側には何があったのか。羽生善治2冠ほかプロ棋士たちの観戦記付き。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
米長/邦雄
1943年山梨県生まれ。永世棋聖、名人を含むタイトル獲得通算19期は歴代5位。2003年引退。05年より日本将棋連盟会長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1943年山梨県生まれ。永世棋聖、名人を含むタイトル獲得通算19期は歴代5位。2003年引退。05年より日本将棋連盟会長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社; 初版 (2012/2/1)
- 発売日 : 2012/2/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 189ページ
- ISBN-10 : 4120043568
- ISBN-13 : 978-4120043567
- Amazon 売れ筋ランキング: - 649,577位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,831位将棋 (本)
- カスタマーレビュー:
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2018年5月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中身は
「6二玉ではなく私が弱かった」
だけ
これが意味するところは、読んだ人なら分かることでしょう
本当にかっこよかった
将棋を知らなくても「6二玉」の意味が分かるほどの遺書です
安らかに。
「6二玉ではなく私が弱かった」
だけ
これが意味するところは、読んだ人なら分かることでしょう
本当にかっこよかった
将棋を知らなくても「6二玉」の意味が分かるほどの遺書です
安らかに。
2016年5月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
私の記憶が間違ってなければ、米長邦雄は昔の著作の中で、
コンピューターが人間に勝つのは何百年も先の話と書いていた。
時に、氏は自信満々に言い過ぎてしまうところがある。
投資の本を書いて「将来、円高は1ドル=2円になる」と言ってみたり。
私は米長邦雄が好きなので、氏の読みがはずれても全然いいのだけれど、
間違った時は間違ったことへの解釈なりコメントを読みたかった。
その点についての記述がなかったのが残念。
また、コンピューターが人間を凌駕したことで、プロ棋士の存在意義はどうなるのか、
氏の考えをもっと知りたかった。
コンピューターが人間に勝つのは何百年も先の話と書いていた。
時に、氏は自信満々に言い過ぎてしまうところがある。
投資の本を書いて「将来、円高は1ドル=2円になる」と言ってみたり。
私は米長邦雄が好きなので、氏の読みがはずれても全然いいのだけれど、
間違った時は間違ったことへの解釈なりコメントを読みたかった。
その点についての記述がなかったのが残念。
また、コンピューターが人間を凌駕したことで、プロ棋士の存在意義はどうなるのか、
氏の考えをもっと知りたかった。
2013年7月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
米長さんは、この時既に自分の寿命が長くないことを意識して執筆されたものと思われる。
そして、それだけの気迫と誠意が本に込められている。
コンピュータ将棋だけのことではなく、棋士の準備がどういうものかを知ることが出来た。
今年の電王戦の結果を米長さんに見てもらいたかったと心底思う。
そして、それだけの気迫と誠意が本に込められている。
コンピュータ将棋だけのことではなく、棋士の準備がどういうものかを知ることが出来た。
今年の電王戦の結果を米長さんに見てもらいたかったと心底思う。
2013年7月15日に日本でレビュー済み
この本を読もうと思ったのは、タンブラーで次の一文を見たためです。
コンピューターとの対局の前に家人に「俺は勝てるかな」と聞いたら、「あなたは負けます。あなたには今若い愛人がいないはずです。だから負けます」と言ったというのです。
ゴシップな興味ではありますが、すごいと思わないですか。これだけの文章で、少なくとも三つのことがわかります。
一つには米長さんには、過去、少なくとも一人以上の愛人がいたことがある。
二つにはそれは奥さんにはわかっていた。
三つには奥さんは米長さんが愛人がいるときと、いないときの将棋の勝敗を見ていた。
書いていても笑けてしまいますが、本書を読むともっとひどいことになっていくのです。
夢枕獏さんがこの本を読んで、観戦記を書き直したとありましたが、それはそうなのでしょう。小説家は真実に化粧をつける商売です。昔、誰かのエッセイで、たばこを買いに行くということだけで小説が一つかける、という話を見ました。それはそれだけ化粧が上手いと言うことでしょう。
真実というのは、カッターの替え刃のようなものです。とても危なっかしいものです。日本がアメリカに負けた、あるいは、大和が沈んだ、という話でどれほどの小説が書かれたでしょう。
「我敗れたり」は全編これ、刃物だらけです。刃物を束ねて出版したようなものです。
こういう表現しかできないことにとても苛立っていますし、大げさに言えば、絶望しています。
という前置きをしてから、感想文みたいなものを書いてみようと思います。
まず、米長さんのことについて書いてみたいと思います。
米長さんはバランス感覚に優れた人です。一般的に想像されるような奇人変人ではなく、とてもとても常識的な方だったのでしょう。
コンピューターやニコニコ動画に関しての推察とか、理解のしかた、早さがすごいです。
こういう感覚を保ち続けるには、ある程度自由でなければないりません。逆に言えば、何かに頼らず、自分の足で立っていなければなりません。
僕が言いたいのは、目の前に白い石があれば、「あ、白い石だ」と思えると言うことです。何を言っているのだ、と言われるかもしれませんが、それ以上でもそれ以下でもないので、先を読んで理解して欲しいとしか言えません。
米長さんは「本気で」コンピューターに勝とうとしていました。僕は米長さんがなさったように、単に読んだままを出来るだけ変化のないように置き換えているつもりですが、上手くいっていないかもしれません。
勝負の世界でとかく好かれるストーリーがあります。将棋のもので言えば、「月下の棋士」のようなものです。それは僕から言えば、一発逆転、のようなストーリーです。それは大げさすぎるとしても、本来の才能から、大きなプラスマイナスが些細なことでおきる世界です。
「月下の棋士」はとても好きな漫画ですが、「我敗れたり」に書かれていたのは、「詳細で正確な分析」です。
とても簡単なことなのです。
各人には各人の才能があり、あとは努力するしかない。
米長さんは才能に恵まれていました。そして努力しました。
それだけです。
これはある意味、むごい話です。才能という人によって差のあるものがあり、あとは努力の量によって決まる。数式にしたら、ものすごく簡単になりそうです。
「神風」は吹かないのです。少なくとも、勝とうとするとき、「神風」を計算に入れてはいけない。
米長さんは対局が決まった時から、自分の才能をフルに使い、出来るだけの努力をしました。そして負けました。
米長さんはそれをそのまま伝えて欲しかったのです。マスコミ各社に。
負けたことはしょうがない、だけれども、それに変な尾ひれはつけて欲しくない、それだけなのでしょう。それがどうにも上手く伝わっていないようだ、というわけでこの本を書いたのでしょう。
米長さんは細かいところまで、勝つためには、という視点から自分と自分の環境を作っていきます。それは変な言い方ととらえられるかもしれませんが、自分をコンピューターに勝つための機械にしていくような作業に見えます。
62玉というのは、その細かいところの一つなのです。
ですが、米長さんには、マスコミが一番食いつきやすいところだとわかっています。尾ひれをつけやすいところだと。ストーリーを作りやすいところだと。
で、記者会見が行われ、谷川九段、渡辺竜王、船江五段、と意見を述べるのですが、多分、至極まっとうなことです。
なんというか、テストの解答をばらまいた感じです。
で、記者の質問が行われるのですが、温度差というか感覚の違いがとても大きいです。
新聞には、将棋と囲碁の欄があるので、ある程度将棋に詳しい記者が来ているはずなのですが、米長さんが「白い石です」といい、現役プロ三人も「白い石と言うことでほぼ間違いないでしょうね」と言っているのに、「それはどうして黒い水なのですか」という質問が飛んでくる。
それはおかしいでしょ、というのに「一冊本を書かないと行けなかった」ということなのでしょう。
新聞記者というのは、真実を伝えなければならないはずです。真実とは違うものに化粧を塗りたくって世に出してはいけない。
変な話ですが、新聞記者ほど化粧の好きな人が多い職業はないのではないでしょうか。それは化粧をした方が、世に受けがいいのでしょう。でも、真実を曲げては本末転倒です。
これで終わりです。
オチとか結論とかはないです。僕自身がかなり参っています。
ということで終わろうと思ったのですが、ふと思ったことがあって、最後に。
第三回電王戦、という話題をまったく聞かないですね。
コンテンツとして、終わったのかもしれません。
三浦八段がああいう負け方をして、出られるであろう棋士が絞られすぎました。次をやるとなると、タイトル戦との兼ね合いもあって、膨大なお金が必要でしょう。
第二回電王戦での出来事の多くを米長さんは予想しています。自分が勝つためには、という戦略上の想定の中で。
将棋という意味でも、勝負という意味でも、人生という意味でも、とても大きな本です。
ほとんどテレビを見ないのでわかりませんが、多分世の中では、村上春樹の「1Q84」を大きく越えるベストセラーになり、ビジネスマンの必読書となり、今始まった高校野球の監督さんなども皆さん読んでおられ、新聞社では記者になる新入社員には、まず最初に読まされる本となっているのでしょう。
コンピューターとの対局の前に家人に「俺は勝てるかな」と聞いたら、「あなたは負けます。あなたには今若い愛人がいないはずです。だから負けます」と言ったというのです。
ゴシップな興味ではありますが、すごいと思わないですか。これだけの文章で、少なくとも三つのことがわかります。
一つには米長さんには、過去、少なくとも一人以上の愛人がいたことがある。
二つにはそれは奥さんにはわかっていた。
三つには奥さんは米長さんが愛人がいるときと、いないときの将棋の勝敗を見ていた。
書いていても笑けてしまいますが、本書を読むともっとひどいことになっていくのです。
夢枕獏さんがこの本を読んで、観戦記を書き直したとありましたが、それはそうなのでしょう。小説家は真実に化粧をつける商売です。昔、誰かのエッセイで、たばこを買いに行くということだけで小説が一つかける、という話を見ました。それはそれだけ化粧が上手いと言うことでしょう。
真実というのは、カッターの替え刃のようなものです。とても危なっかしいものです。日本がアメリカに負けた、あるいは、大和が沈んだ、という話でどれほどの小説が書かれたでしょう。
「我敗れたり」は全編これ、刃物だらけです。刃物を束ねて出版したようなものです。
こういう表現しかできないことにとても苛立っていますし、大げさに言えば、絶望しています。
という前置きをしてから、感想文みたいなものを書いてみようと思います。
まず、米長さんのことについて書いてみたいと思います。
米長さんはバランス感覚に優れた人です。一般的に想像されるような奇人変人ではなく、とてもとても常識的な方だったのでしょう。
コンピューターやニコニコ動画に関しての推察とか、理解のしかた、早さがすごいです。
こういう感覚を保ち続けるには、ある程度自由でなければないりません。逆に言えば、何かに頼らず、自分の足で立っていなければなりません。
僕が言いたいのは、目の前に白い石があれば、「あ、白い石だ」と思えると言うことです。何を言っているのだ、と言われるかもしれませんが、それ以上でもそれ以下でもないので、先を読んで理解して欲しいとしか言えません。
米長さんは「本気で」コンピューターに勝とうとしていました。僕は米長さんがなさったように、単に読んだままを出来るだけ変化のないように置き換えているつもりですが、上手くいっていないかもしれません。
勝負の世界でとかく好かれるストーリーがあります。将棋のもので言えば、「月下の棋士」のようなものです。それは僕から言えば、一発逆転、のようなストーリーです。それは大げさすぎるとしても、本来の才能から、大きなプラスマイナスが些細なことでおきる世界です。
「月下の棋士」はとても好きな漫画ですが、「我敗れたり」に書かれていたのは、「詳細で正確な分析」です。
とても簡単なことなのです。
各人には各人の才能があり、あとは努力するしかない。
米長さんは才能に恵まれていました。そして努力しました。
それだけです。
これはある意味、むごい話です。才能という人によって差のあるものがあり、あとは努力の量によって決まる。数式にしたら、ものすごく簡単になりそうです。
「神風」は吹かないのです。少なくとも、勝とうとするとき、「神風」を計算に入れてはいけない。
米長さんは対局が決まった時から、自分の才能をフルに使い、出来るだけの努力をしました。そして負けました。
米長さんはそれをそのまま伝えて欲しかったのです。マスコミ各社に。
負けたことはしょうがない、だけれども、それに変な尾ひれはつけて欲しくない、それだけなのでしょう。それがどうにも上手く伝わっていないようだ、というわけでこの本を書いたのでしょう。
米長さんは細かいところまで、勝つためには、という視点から自分と自分の環境を作っていきます。それは変な言い方ととらえられるかもしれませんが、自分をコンピューターに勝つための機械にしていくような作業に見えます。
62玉というのは、その細かいところの一つなのです。
ですが、米長さんには、マスコミが一番食いつきやすいところだとわかっています。尾ひれをつけやすいところだと。ストーリーを作りやすいところだと。
で、記者会見が行われ、谷川九段、渡辺竜王、船江五段、と意見を述べるのですが、多分、至極まっとうなことです。
なんというか、テストの解答をばらまいた感じです。
で、記者の質問が行われるのですが、温度差というか感覚の違いがとても大きいです。
新聞には、将棋と囲碁の欄があるので、ある程度将棋に詳しい記者が来ているはずなのですが、米長さんが「白い石です」といい、現役プロ三人も「白い石と言うことでほぼ間違いないでしょうね」と言っているのに、「それはどうして黒い水なのですか」という質問が飛んでくる。
それはおかしいでしょ、というのに「一冊本を書かないと行けなかった」ということなのでしょう。
新聞記者というのは、真実を伝えなければならないはずです。真実とは違うものに化粧を塗りたくって世に出してはいけない。
変な話ですが、新聞記者ほど化粧の好きな人が多い職業はないのではないでしょうか。それは化粧をした方が、世に受けがいいのでしょう。でも、真実を曲げては本末転倒です。
これで終わりです。
オチとか結論とかはないです。僕自身がかなり参っています。
ということで終わろうと思ったのですが、ふと思ったことがあって、最後に。
第三回電王戦、という話題をまったく聞かないですね。
コンテンツとして、終わったのかもしれません。
三浦八段がああいう負け方をして、出られるであろう棋士が絞られすぎました。次をやるとなると、タイトル戦との兼ね合いもあって、膨大なお金が必要でしょう。
第二回電王戦での出来事の多くを米長さんは予想しています。自分が勝つためには、という戦略上の想定の中で。
将棋という意味でも、勝負という意味でも、人生という意味でも、とても大きな本です。
ほとんどテレビを見ないのでわかりませんが、多分世の中では、村上春樹の「1Q84」を大きく越えるベストセラーになり、ビジネスマンの必読書となり、今始まった高校野球の監督さんなども皆さん読んでおられ、新聞社では記者になる新入社員には、まず最初に読まされる本となっているのでしょう。
2013年3月15日に日本でレビュー済み
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閉鎖的な将棋会において米長名人の挑戦は賞賛にあたいする。
この戦いの果てにあるものは、なんだろうか?PC側は得るものが大きいと思うが人間側は得るものがある?
新たな将棋を手に入れられるのだろうか?
この戦いの果てにあるものは、なんだろうか?PC側は得るものが大きいと思うが人間側は得るものがある?
新たな将棋を手に入れられるのだろうか?
2013年9月19日に日本でレビュー済み
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非常に面白かったです。米長前会長がどうのような思いでこの対局に臨んだのかが書かれています。生き方、考え方としてもいろいろ参考になりました。
2013年5月26日に日本でレビュー済み
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敗者が語る言葉に意味があるのかと思っていたけど、これは素晴らしい。相手に勝つために、いかに作戦を立てたか、実行したか。将棋を指すのでよくわかった。亡くなる前に後輩たちに伝えたいという気持ちもよく伝わってきた。1年後の結果を見ることができなかったのは、きっと残念だったと思う。



