原作に深く感銘して、映画を手に取りました。それなりに長さのある原作に対し映画は二時間弱の尺ということで、省略されたり表現しきれていない部分がどうしても目に付き、不満は残りました。
しかし、原作の世界観の再現が私にとってはとても良く感じたので、結果的に満足しています。彼らが暮らしたへールシャムやコテージ、寂寥感が漂いつつも美しい英国の田舎の田園や海岸沿いの風景。こういったものは欧州への海外経験の浅い私のような日本人には、本を読んで想像するには限界がありますから、その映像化は満足のいくものでした。
再現でより重要なのはキャストですが、子役も含め、これが良かったと思います。キャシー、ルース、トミー。それぞれ個性がありどれも難しい役だと思うのですが、観た後ではこの三人以外ありえないと思えるほど、配役がはまっています。当時の実力ある若手有望俳優をよくぞきっちり揃えてくれたな、と。特にキャシー役のキャリー・マリガンとトミー役のアンドリュー・ガーフィールドは雰囲気も演技力も素晴らしく、魅力的です。控えめで聡明なキャシーと、そのキャシーが深い愛情を持ち続ける相手、トミーという人物設定に、説得力を与えています。(原作のトミーは運動神経は良くて、もうすこししっかりした人物ですが、映画ではひたすら心優しく、少し頼りなげな印象になっています)
映画は原作さながら、終始抑制の効いた雰囲気で淡々と進みますが、たまった激情を吐露させる、映画の山場での二人の演技が本当に良かった。まるで、孤独と絶望の嵐の只中にたった二人で放り込まれたかのようで、痛々しくて心が引き裂かれるような、観ていて非常に辛い場面ではあるのですが・・・。
アンドリュー・ガーフィールドはスパイダーマンの印象が強いですが、他の出演作品を考えると、観る人を惹きつける繊細な演技が真骨頂の俳優さんなのですね。考えを新たにしました。
DVDには製作秘話も収録されていてこれが良かったです。原作の複雑な友情関係とか、カセットテープとか、省略されたり改変されたりした部分はどうなのかと思いましたが、イシグロ氏本人は大変満足しているようなので、エッセンスとして伝えたい事はこれで良いのでしょう。
すでに多くのレビューアーの方々が述べられている通り、該当の科学技術の是非をうんぬんするのがテーマの物語ではありません。期限ある生において最後に残る価値あるものは何かということだと思います。前提となる設定は、人間が有史以来繰り返してきて、現在も世界各地で存在する残酷さの比喩だと思っています。人種差別、繰り返されるテロ、富める側の、搾取される側に対する無自覚など・・・あげればきりがなく、それらに対し、凡人の我々はあまりに無力です。
絶望感と寂寥感が漂い、確かなものが何一つつかめない中、Never let me goというありふれた恋文のようなタイトルが、あまりに逆説的で切なくなります。
そんな三人の人生の中で起きる揺らぎや葛藤、ささやかな希望に対する必死さ、かけがえのない愛情の輝きが、人間そのもので、とてつもなく愛しく、ずっと抱きしめていたくなるような、そんな物語です。
できれば、原作を先に読んでから、映画を手にとってもらいたいです。

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