冗談と実用の間を生きるマルチ作家「架神恭介」が「辰巳一世」と組んで世に送り出した初期の傑作です。
今回のお題は為政者の友たる実用書の祖というべきマキャベリの『君主論』。それを噛み砕いて説明してくれる抄本、解説書の体裁を取っています。
下手すれば漫画よりわかりやすいかもしれません。
一応、本作独自のコミカライズもされており最終回で伝説を作ってしまったのですが、とりあえずそれは別の記事に投げときましょうか。
マキャベリスト、権謀術数主義者。
「手段を選ばずに権力を獲得する悪人」というイメージが独り歩きしているかもしれませんが、同時にそのピカロな魅力に世の中高生は魅了されているのかもしれません。
しかし、この実用書? 小学生高学年向けという体裁になっているんですよね。……どこまで本気かはわかりませんが。
ただ、小学生というミクロスケールを舞台に採ることで翻ってマクロな組織力学に応用できているのが上手い。
小学校高学年ともなれば互いの距離感はまだまだ近いけど、同時に処世術を身に着ける年頃でもありますし。
あと、中学生以上になると流石に洒落にならないところを笑いに昇華できているので、げに恐ろしきは小学生の魔力とでも言っておきましょうか。
この本、とある小学校の一クラスで巻き起こった児童間の主導権争いを「君主同士の権力闘争」に見立て、推移していく情勢をストーリー仕立てでお送りします。
そして、その合間に学習漫画/教育アニメのノリで生徒役の「たろうくん」「はなこちゃん」が登場し、ふたりの質問に対して先生役の「ふくろう先生」がケースバイケースに教え諭していきます。
「愚民ども」「良い極悪非道」……などのパワーワードがポンポン飛び出し、当然のようにみんなが受け入れているのが、笑えますね。
あと、章立てで読者に様々な君主と代表的な謀略の例を体験させつつ、劇中劇のキャラクターを把握しやすく、記憶に残りやすい仕掛けをしているのも面白いですね。
クラスの主だった面々が有名作品のパロディになっていたり、TRPG風のステータス表記がされてたりもします。
主人公「ひろしくん」が女帝「りょうこちゃん」に挑むラストパートに向け、クラス内の勢力図がふたつに集約されていきます。
後述しますが、その過程はツッコミを読者が入れる必要があるとはいえ納得がいくものと信じています。
ついでにその時、主だったクラスメートは読者の頭の中に入っているかもしれません。
そんなわけで「遠足」とか「缶けり」、「運動会」などの小学生らしいイベントの裏に「こんな小学生はいやだ!」って頭を抱えたくなるような思惑が飛び交っている辺りはご愛嬌。
そしてそのイベントを介して「世襲」、「運命と他者の武力」、「聖職者」などの権力と権威の拠り所。
および「籠城」、「傭兵」、「援軍」などの軍事面を小学生らしい例示で説明できちゃってんですよね。
同時に「小学生」という極端な喩えのおかげで様々な事態に引用できて面白い、とここで実用書の本分を思い出せた気もしました。。
組織をまとめあげるために、いかにして配下や市民の心を掴むか、敵対勢力の悪意を挫くかという本質に迫れる気もします。
小学生ならではのプリミティブでほのぼのとした悪意のおかげかもしれません。
で、ここまでの経緯を踏まえて。
君主というものは綺麗ごとだけでは務まらない、悪評を甘んじて受けることも必要、「侮り」と「恨み」は避けろ、「慕われる」より「怖れられろ」、「憎まれ役は他に押し付けろ」などのシビアな教えに繋がっていきます。
小学生向けって謳い文句でそれでいいのか? って疑問に襲われなくもないですが、面白いからいいのです。
そして、決戦の後は転落していく敗者を容赦なく描くことで、これ小学生の話だったんだって今さらになって思い出すような畳み方をしているのがなんとも。
とはいえ、散々アレな手段を取っていたのもすべては平和のためにと思うと、少しだけ嘘くさいハッピーエンドもなんか苦にならないっていいですね。
ここにきてリアルな小学生の孤独に胸が痛いので、多少駆け足でも幸せな結末で終わらせてくれたのは非常に良かったと思います。
半分過ぎて、決戦で決着がつくと後は雪崩を打つってのは現実でも創作でも同じって事情があるにしても。
雪解けの爽快さを、せめて物語の中だけで味わうのもいいじゃないですか。
納得いかない子がいるのもわかりますけどね。
まぁそれはいいんです。
ここまで来た時点で実用書のカテゴリを外れて、ストーリーに没入していることに気づいてハッとさせられてもいいかもしれません。
ところでここでひとつ問題提起。
クラスに覇を唱えるのは何のためか?
その問いに対する答えが本書で直接触れられることはありません。
ただ、結論だけを述べれば主人公のひろし君くんはクラスの四十名を全員幸せにしました。
あなたが思い描く「君主」の姿、それは各々に課された宿題といったところで、どうぞお悩みください。
余談ですが、巻末で解説/概説していただいたニコロ・マキャベリ先生について触れるのはまぁ野暮ってものですね。
確実に奇書のカテゴライズに入りつつも、間違いなく一般向けを志向し、エンターテイメントを実現した名作です。
名著の入門編を越えた、笑いと感動の読み味を保証します。
保護者の方々がお子様に推奨されるかどうかについては、私の想像を遙かに越えた問題かもしれませんけどね?
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