個人的に気に入った部分を中心に「ゆるく」レビューします。
全体は3章構成。
まず第1章は、2018年に日本経済新聞に連載されたもの。このパートは経済新聞の読者を対象としているためか非常に読みやすく、「坂」やら「ペット」やら「コンビニ」など、取っつきやすい題材を多く扱っています。それでも著者本来の持ち味である思考の切れ味みたいなものは失っていません。仮想通貨や現代アートなど、お金絡みの話が出てきたと思ったら突然『プラトン全集』読みましたみたいな話もあり、ふんふんと話を聞いているうちに様々な問題へ誤配される感じです。しかし、「偶然性」や「家族」といった著者の関心は一貫して感じることができました。
第2章は2008〜2010年にかけて『文學界』で連載されたものです。文芸誌の連載ということもあり、他のパートと比べると取っつきにくいかもしれません。著者の語り口は確かにゆるいのですが、時折、思想・哲学などのハードな内容も含まれています。このパートでは、グーグルストリートビューが出てきた!ツイッターに登録した!ニコ生ってのがあってさ…など、新たなテクノロジーに触れて著者が考えたことが記されているところが面白かったです。今読むと(あっ…)って部分もありますが、その辺はゆるくいきましょう。ゼロアカ道場とかネットスターとか、最近の著者の活動しか知らない読者にとっては「?」という部分もありますが、裏を返せばマニア向けアイテムとしての力を持っているのはこの部分です。
第3章は2010〜2018年に色々なところで発表したもの。「福島第一原発「観光」記」のような、100%真面目で有益なものから、漫画家・大島弓子の自宅を聖地巡礼(というかストーカー?)した話まで…。時には断片的に日記が挟まれていたりします(ほっこりエピソードもあります)。
本書はとにかく話題豊富なのですが、それは著者自身がとにかく様々な問題に関心を持ち「観光客」として関与してきたことの結果なのだと思います。とことん「まじめ」で現実的な専門知識人から見れば、時折それは不真面目に見えるのかもしれません。しかし例えば第3章の「震災は無数のコロを生み出した」で、高齢のアマチュア天文家が曇天の日に彗星を発見したのは愛犬のコロが天に向かって「たまたま」吠えたことがきっかけだった、というエピソードの紹介と共に記されているように、「本当は、世界には「たまたま」が満ちている」(301頁)。再びコロたちの呼び声に耳を傾ける余裕を持つためには、ガチガチな現実から解き放たれて「ゆるく」考える必要があるのではないか?
そんな感じで様々な話題へと「郵便的」に誘う本書の締めくくりが「ゲンロンと祖父」なのは中々考えさせられます。なぜゲンロンのような会社をやっているのか?そこに介在する祖父の影響…。本書全体を通して、11年間の様々な試みや失敗・多岐にわたる問題が綴られますが、ここでうまくそれらの意味がまとまって、一人の批評家の人生という一貫した背骨が本書にあったことに気づかされます。この辺はグッときます。
いろいろ書きましたが、まずは「ゆるく」手に取ってみることをお勧めします。少なくとも、これまで批評とかにあまり興味なかったぼくも郵便的に様々なことを考えるようになりました。それが人生にいますぐ「役立つ」かどうかはわかりませんが、生活が「豊か」になったことは確かです。
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