資本主義という価値体系のなかで追求されてきた成長や効率といった指標に疑問符が突きつけられている一方で、持続可能な成長、シェアエコノミー、コミュニティ、といった新たな価値が支持を集めている。著者はそうした流れを自身の感覚で敏感に察知したのだろう、東大を卒業してコンサルタントからベンチャー投資家というキャリアから大きく方向転換して、生家のある土地でシェアハウスやカフェを始める。「不特定多数」を相手にビッグビジネスをまわしていた著者の目には「特定少数」の小商いの世界のことごとくが新鮮に見える。しかし小商いを持続させていくためには「特定多数」を目指す必要がある、と著者は説く。自然状態だと部族や組織は大きくなったとしても150~200人に落ち着くといわれる。ダンバー数というものだ。「特定多数」というのはダンバー数越え、というイメージだろうか。
本書は著者がカフェという場を通じて会得した特定多数経済を成立させていくため考え方が書かれた本である。日々の営みから生まれてきた言葉には力がある。たとえば「消費者的な人格」。著者の営むクルミドカフェでは、クーポンやメンバーカードは作っていない。なぜかといえば、そうしたお得感はお客さまの「消費者的な人格」を刺激してしまうからだという。一度割引で飲んだコーヒーを定価で飲むとなんとなく損をしたような気持ちになる。だから飲まない。あるいはまた割引になるのを待つ。そういうことだ。ブランドのファミリーセールでシーズンオチのものを半額以下で買ってしまうと、今シーズンものを定価で買う気がしなくなる。値引きを前提として定価を高めに設定しているんじゃないのか、と思う人もいるだろう。そういうお客はお店からは遠ざかってしまう。消費者としては合理的な判断だが、売り手にとっては「お客を増やす・売上を増やす」ための割引が、逆にお客を減らし、売上を減らしてしまう結果となっている。長い目で見れば、セールのときだけ来るお客がお店を潰す、といってもいいのかもしれない。大幅な値下げは定価で買った人に対してはペナルティのようなもので、定価で毎シーズン買ってくれる一番の乗客に損をさせていることにもなる。
これはお金を媒体とした等価交換がもたらす資本主義の矛盾である。著者は「不等価交換」つまり、貸し借りが生まれる関係性こそが持続するビジネスにつながる、と考える。お金に還元できない価値を多く受け取った人は、「健全な負債感」から返礼の義務を感じ、今度は自分のほうが多く差し出す。カフェでいうと、コーヒー一杯に値段以上の価値を感じたお客がリピートする、あるいはその店の価値を高めるような行動をとる、ということだ。このときお客のなかには「受贈的な人格」が発動している。すると今度は提供したもの以上の対価を得たと感じた店側に「健全な負債感」が生じる。そうやって「不等価交換」が連鎖していくことが「不特定多数」の経済を持続的にまわすための仕組みではないか。事例や表現を変えつつ、本書ではそのことが繰り返し述べられる。
生家が京都の呉服商だったという人の話を思い出した。上客に盆暮れの付け届けをした際(ここではお菓子としておこう)、その商品に微妙な不具合があったそうだ。受け取った上客は贈り主に直接不満を言うことはなかったが、その話がなんとなく贈り主の耳にも入った。翌年、贈り主は不具合のことには触れずに、その菓子司に一段上の菓子を頼んだ。「今年は間違いのないよう、ひとつお願いしますよ」というメッセージである。これを京都流の嫌味ととるか、「不等価交換」による「健全な負債感」への訴えかけととるかは人それぞれだろうが、とにかく呉服屋は自分に恥をかかせた菓子司にクレームを入れたり、取引停止をしたりすることもなく、前年よりも高い品を頼んだというところが非常に面白いと思った。何百年も続く京都の老舗などは、そうやった貸し借りの連続で互いを支えてきたともいえるだろう。その話をしてくれた人は、こうした付き合いを「表と裏のある野球の点数表」と例えていた。
「不等価交換」がある種のモメンタムを生むというのはよくわかる。常連さんの絶えない飲食店などにはかならずそれがあるといっていいだろう。一方で、パパっと食事をすませたい、仕事に集中したい、安くすませたい、といったニーズに応えるチェーンのお店や、高額でも安定したクオリティのサービスなり賞品を提供してくれる接待/業務用のお店などがインフラとしてあってこそ、クルミドカフェのようなとても人間味のある、でもちょっと面倒くさい店が光るともいえる。不等価交換の店ばかりでも、それはそれで毎度人間性を値踏みされているようでストレスがたまりそうだ。いい塩梅で個人店とチェーン店が混在しているようなコミュニティがいちばん住みやすいと思う。以前、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯!」という番組で那須塩原をとりあげていたが、そこに「SHOZOさん」というカフェオーナがいて、彼を慕って那須に店をひらいたオーナーが何人もいるという話だった。この本の著者と似た匂いを感じる。そういう世話人的な人がいることが、不特定多数経済が持続していくひとつの条件ではないだろうか。
ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~ (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2015/3/21
影山知明
(著)
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本の長さ248ページ
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言語日本語
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出版社大和書房
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発売日2015/3/21
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ISBN-104479794700
-
ISBN-13978-4479794707
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
JR中央線・乗降者数最下位の西国分寺駅―そこで全国1位のカフェをつくった著者が挑戦する、“理想と現実”を両立させる経済の形。
著者について
影山知明(かげやま・ともあき)
1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。
その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。
2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設、その1階に「クルミドコーヒー」をオープンさせた。
同店は、2013年に「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。
ミュージックセキュリティーズ株式会社取締役等も務める。
1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。
その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。
2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設、その1階に「クルミドコーヒー」をオープンさせた。
同店は、2013年に「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。
ミュージックセキュリティーズ株式会社取締役等も務める。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
影山/知明
1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設、その1階に「クルミドコーヒー」をオープンさせた。同店は、2013年に「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。ミュージックセキュリティーズ株式会社取締役等も務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1973年西国分寺生まれ。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー&カンパニーを経て、ベンチャーキャピタルの創業に参画。その後、株式会社フェスティナレンテとして独立。2008年、西国分寺の生家の地に多世代型シェアハウスのマージュ西国分寺を建設、その1階に「クルミドコーヒー」をオープンさせた。同店は、2013年に「食べログ」(カフェ部門)で全国1位となる。ミュージックセキュリティーズ株式会社取締役等も務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : 大和書房 (2015/3/21)
- 発売日 : 2015/3/21
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 248ページ
- ISBN-10 : 4479794700
- ISBN-13 : 978-4479794707
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Amazon 売れ筋ランキング:
- 4,737位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 63位経済学・経済事情
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カスタマーレビュー
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2020年10月26日に日本でレビュー済み
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企業では従業員満足度調査が定期的に行われ、結果が低いとリーダーたちは対策を打つ。でもスコアは簡単には上がらない。そして色んなイベントを催したり、プログラムを開始したり、話し合いをもったり…。
企業はミッション、ビジョン、バリューを説くが、従業員は本当に理解しているのだろうか?
仮に頭で理解していたとしても、自分のものにできている人はどれだけいるのだろうか?
効率ばかりが最優先でいいのだろうか?もっと大切なことがあるのではないか?
企業の存在意義、価値、目的は?
「顧客第一主義」とは本当か?
私は企業に長年リーダーとして勤めながら、これらの掛け声に疑問を感じていた。
人を手段としか考えていない現実において、いくら従業員の働きやすさや満足度向上の取り組みをしても、それは表面的なアクションに過ぎず、そんなウソは受け手には簡単に感じ取られてしまう。
上下もなく同調圧力もなく、心の底から感謝の気持ちと喜んでもらいたいというギブの精神を大切にすることで、連鎖的に組織や社会は良くなることをクルミドコーヒーは実証実験している。
長野県において、横断歩道で自動車が停止する確率が日本一である理由は、長野県の学校教育で「停まってくれたドライバーさんにしっかりお礼を言おう」と生徒へ指導し実践されていることが、ドライバーの「(本書でいう)健全な負債感」に繋がっているのだと思う。
組織のリーダー必見、ぜひ本書をじっくり読んでもらいたいと思う。
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仮に頭で理解していたとしても、自分のものにできている人はどれだけいるのだろうか?
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「顧客第一主義」とは本当か?
私は企業に長年リーダーとして勤めながら、これらの掛け声に疑問を感じていた。
人を手段としか考えていない現実において、いくら従業員の働きやすさや満足度向上の取り組みをしても、それは表面的なアクションに過ぎず、そんなウソは受け手には簡単に感じ取られてしまう。
上下もなく同調圧力もなく、心の底から感謝の気持ちと喜んでもらいたいというギブの精神を大切にすることで、連鎖的に組織や社会は良くなることをクルミドコーヒーは実証実験している。
長野県において、横断歩道で自動車が停止する確率が日本一である理由は、長野県の学校教育で「停まってくれたドライバーさんにしっかりお礼を言おう」と生徒へ指導し実践されていることが、ドライバーの「(本書でいう)健全な負債感」に繋がっているのだと思う。
組織のリーダー必見、ぜひ本書をじっくり読んでもらいたいと思う。
2018年3月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
マッキンゼー→ベンチャーキャピタルという資本主義経済を生き抜いて来た著者が、シンプルに語る新しい経済主義には経験とロジックに裏打ちされた説得力がある。
〝資本主義〟という人類が生んだ強固なシステムの中、組織的な利益追求が時に個人的な想いを置き去りにはざるを得ない現実。
そんな現実の中で真の幸福を実現を目指すためのアプローチとしの〝ギブから入る〟〝健全な負債感〟これに基づく幸福感の循環。またこれを理想論で終わらせない特定多数へのアプローチ等の方法論、避けるべき消費者的な人格やテイクの姿勢、等々の読み応えのある内容。
〝資本主義〟という人類が生んだ強固なシステムの中、組織的な利益追求が時に個人的な想いを置き去りにはざるを得ない現実。
そんな現実の中で真の幸福を実現を目指すためのアプローチとしの〝ギブから入る〟〝健全な負債感〟これに基づく幸福感の循環。またこれを理想論で終わらせない特定多数へのアプローチ等の方法論、避けるべき消費者的な人格やテイクの姿勢、等々の読み応えのある内容。
2015年12月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
奇麗事言ってる、と感じる向きもあるかもしれないが、ここまでしっかり考えられた奇麗事を論じる人はそういない。影山さんのマッキンゼー時代とクルミドコーヒーを始めてからの、なんというか、蓄積が感じられた。
自分に引き寄せて言えば、例えば、数年前までマーケティングの部署にいた頃は、如何に顧客のテイクのスイッチを押すことを考えていた。ある商品を買うとこんな良いことがありますよと、如何に刺さるメッセージを刺さる顧客層に届けるにはどうしたら良いかとばかり考えていた。
しかし、仕事が終わって同僚と飲みに行くときには違うことを考えている。この商品はこんなにお得だというコミュニケーションではなく、もっと共感が得られるようなコミュニケーションを心がける。毎日多くの時間を過ごす人達と、お互いを利用しあう関係にはなりたくないからだ。
できれば、同僚とも顧客とも近所の人とも、価値観を共有する関係でありたい。そう思いながら、これが仕事だからしょうがないと諦めている人が多いのだろうけど、影山さんは西国分寺でそれを実現している。そのことに少しでも励まされたら、この本を読んだ価値があるというものだろう。
自分に引き寄せて言えば、例えば、数年前までマーケティングの部署にいた頃は、如何に顧客のテイクのスイッチを押すことを考えていた。ある商品を買うとこんな良いことがありますよと、如何に刺さるメッセージを刺さる顧客層に届けるにはどうしたら良いかとばかり考えていた。
しかし、仕事が終わって同僚と飲みに行くときには違うことを考えている。この商品はこんなにお得だというコミュニケーションではなく、もっと共感が得られるようなコミュニケーションを心がける。毎日多くの時間を過ごす人達と、お互いを利用しあう関係にはなりたくないからだ。
できれば、同僚とも顧客とも近所の人とも、価値観を共有する関係でありたい。そう思いながら、これが仕事だからしょうがないと諦めている人が多いのだろうけど、影山さんは西国分寺でそれを実現している。そのことに少しでも励まされたら、この本を読んだ価値があるというものだろう。