私はこの作品を作者が主人公の加藤文太郎という人間を描き切ることに全てを費やしたと解釈している。
主人公は自身と恩師を貶めるゴシップを書いた黒沢に騙され未体験の冬山に突入、結果主人公を助けようとした恩師を事故で失う。同時に平穏な高校生活も失う。
派遣社員として働きながら山に生活の糧の全てを注ぎ込むものの、足を引っ張る同僚や事務員がいた。さらに会社も倒産。
この間に財力のある登山家兼経営者の二宮に見出されてK2アタック隊の精鋭にスカウトされるも初顔合わせの過酷な冬山縦走で主人公以外全員死亡。メンバー全員が強いエゴを持つ癖のある人物で互いに腹の探り合いをしながらの登山であった。
その後も山行メンバーの遺族というしがらみが主人公を苦しませる。
久々に邂逅した高校の同級生である宮本は登山家の芽を出すことなくfxに熱中し主人公の金を盗んだり、夕実は風俗嬢に身をやつし、やはり主人公の金を奪ったり主人公を慕う建村を誘惑し無意味に狂わせる。
しかし、これでも文太郎は登山へのピュアな想いを決して失うことはなかった。むしろのめり込んでいく。
通常の人間では恨んだり、妬んだり、嫉んだりして道を踏み外していくところだが彼はそこが違いますねえ。
これは文太郎の人間性が完成しているのではなくて、文太郎の登山への情熱がそれほどまでにピュアだってことを示していると私は解釈しています。
だって、その後に彼は人間として成長していく描写がはじめて出てくるんですから。
ここで初めて真っ当な人間である足立教授と大学職員の加藤花に出会う。
文太郎はここで孤独を貫くのではなく、彼らとの親密な関係を通して人間性を磨いていく。初めて人との繋がりを構築していくのだ。
これが最後のK2東壁登攀での生死の境界を分けた因果として描かれるシーンがある。
高校時代のクライミング大会で出会った天才ソロクライマーの原渓人の死後描写だ。
はっきり言って初期に出てきて未回収フラグの筆頭だった彼がいきなり現れて肝を抜かれた。
彼は最期の瞬間まで単独行を貫き、K2に敗れ死んだ。
恐らく平時の生活もまた単独行そのものであったろう。彼は人との関わりから逃げ続けたかつての文太郎そのものだったのだ。
登山家としては原も天才で、文太郎も天才。
甲乙つけられないのは間違いない。
足立と花に会う前の文太郎であれば、原と同じようにK2へ散っていったのは想像に難くない。
しかし文太郎は生き方が変わり、自らの手で運命を変えたのだ。
つまり文太郎は変わり、原は変わらなかった。
この宇宙の真理は諸行無常。
"すべてが移ろい、変わっていく"
文太郎は真理に沿って生き延びた。
だから最終的に文太郎はK2東壁を陥落せしめたのだ。
これは文太郎自身がこれまで選択してきた行動の積み重ね、その集大成が見えざる力となり結果を変えていったのだと思われた。
孤高の人というのはK2に没した原のことであり、同時に花と会う前の文太郎のことだ。
天才とは本当に危ういところがある。
天才と孤独はセットであり、並の人間では気づきすらしない悩みにぶっつかる。
だから危うい。
孤高という言葉の通り、原の生き方は批判されるべきものではない。むしろ尊いのだ。
この作品のメッセージとして、一貫性のあるものの美しさは厳然としてあると同時に、文太郎のように変わることもまた美しく、無限の可能性を秘めているという点にあるだろう。
文太郎は孤独を愛する意識と繋がり、社会への帰属意識という葛藤を抱えたまま生きた、まさに人間らしい人間そのものであったように思えた。
しかし、葛藤の先に彼は生を得た。
これがこの作品の最も重要な点でしょう?
K2制覇後の彼がどういう生き方を選んでいくのか、それは読者の想像に任されている。
文太郎は孤高の人にあらず、変わりゆく万物の代表者なり。
孤高の人
(全17巻)
Kindle版
第1巻の内容紹介: 孤独な青年・森文太郎は転校初日、同じクラスの宮本にけしかけられ校舎をよじ登ることに。一歩間違えば死んだかもしれない、だが成し遂げた瞬間の充実感は、今までになかった「生きている」ことを確かに実感するもの…。文太郎はクライミングへの気持ちを加速させはじめた――!!
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1
孤独な青年・森文太郎は転校初日、同じクラスの宮本にけしかけられ校舎をよじ登ることに。一歩間違えば死んだかもしれない、だが成し遂げた瞬間の充実感は、今までになかった「生きている」ことを確かに実感するもの…。文太郎はクライミングへの気持ちを加速させはじめた――!!
その他の形式:
コミック (紙)
2
「世間ってのは優等生なんか望んじゃいねえ、モンスターが見てえのさ――」 森文太郎は教師・大西の導きでクライミング大会に出場。独りで登るソロクライミングを望みながら、登る技術を求めて周囲と距離を縮め始めた…。しかし、新設されたクライミング部で訪れた山での無謀な登壁を記者・黒沢にゴシップとして報道され、彼の運命は大きく揺らぎ始める―!!
その他の形式:
コミック (紙)
3
風雪にしだかれ、寒さと空腹に苛まれ、それでも頂へ向う者よ――!! 森文太郎はクライミングに出会い、周囲に心を開き始めた。だが山での事故を背徳行為として報道され、仲間達は散逸。失意の文太郎は導かれるように八ヶ岳に向かい、独り登り始める。そして捜索に向った大西と黒沢は奇しくも山の因縁を明かすが…。山頂目前で3人を待つ運命は!?
その他の形式:
コミック (紙)
4
岩と氷で鎧い、嵐と深淵に囲まれた、人類未踏の氷壁へ――!! 森文太郎は初めての雪山を独り登頂するが、捜索で山に入った教師・大西が事故に遭ってしまう。それから2年後、山に没頭する生活を送る文太郎を黒沢が来訪。手引きにより人類未踏の氷壁「K2東壁」遠征部隊に誘われる。文太郎は生き方を貫きながらも、静かに火が起こり始めた…!!!
その他の形式:
コミック (紙)
5
森文太郎は決して恵まれずとも山に没頭する生活を送っていた。しかし同級生・夕実に迫られ、深き迷いに陥ることに。山への専心を求め「K2東壁」遠征チームへの参加を決意するが、部隊は彼の苦手な縦の人間関係。そして選り抜きのクライマー達は結束なきまま冬期登山に突入して…!?
その他の形式:
コミック (紙)
6
森文太郎は人類未踏の氷壁「K2東壁」遠征部隊への参加を決意する。だが選り抜きの部隊は結束なきまま、K2東壁をシミュレートする北アルプス全山縦走に突入。功を焦る新美のミスで加瀬が負傷し、文太郎と新美は吹雪の中、貯蔵物資回収に向かうことに。執念の男・新美を前に文太郎は…!?
その他の形式:
コミック (紙)
7
K2東壁をシミュレートする北アルプス全山縦走に突入。森文太郎はこの部隊で「人付き合い」を克服することを己に誓う。だが文太郎は白馬岳で合流した二宮隊長に評価され、隊員たちの反感をかってしまう。そして縦走最大の難所・不帰嶮を容赦ない虐げを受けながら登ることになり!?
その他の形式:
コミック (紙)
8
俺もアイツと一緒に、死ぬつもりだったんです――。 北アルプス全山縦走、下界では「部隊遭難」のニュースが広がる。その中で、森文太郎は一人、町に辿り着き、山行の全容を刑事たちに語り始めた。部隊は縦走終盤の烏帽子岳で雪崩に遭遇、文太郎は新美を救出し、孤立無援のビバークに。死と向き合い、生を営んだ極限の時間とは!?
その他の形式:
コミック (紙)
9
人には人の行く道があり、俺には俺の行く道がある――。 北アルプス全山縦走、部隊は鳥帽子岳で雪崩に呑み込まれた。森文太郎は隊員たちの無情な死と向き合うことに。だが冬山で打ちひしがれた孤独を乗り越え、登り続けることを己に誓った彼は、単独で全山縦走踏破へ向かった。そして4年後、文太郎は富士山頂で生活を始めていた!?
その他の形式:
コミック (紙)
10
富士山頂で生活していた文太郎のもとに、仕事の依頼主である足立から連絡がくる。急きょ下山した文太郎を待っていたのは山に関わる定職の報せだった。希望を胸にアパートに戻る文太郎。しかしそこには決して彼を解放しない現実が…。そして文太郎の前に現れた因縁の男とは!?
その他の形式:
コミック (紙)
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2019年6月28日に日本でレビュー済み
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役に立った
2018年9月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
1冊目読み、続きを読みたいと思い購入しました。
現代版森文太郎で、現代の中ではあまりにも異形で純粋すぎ、人間関係の移り変わり、なかなか世間に受け入れられない生き様は、胸が締め付けられるようであり、我が子を見守るような、自身を反映するかのような気持ちになりました。
最後が少し引っかかって、なかなか消化しきれずにいます。何度も読み返し、いつか作者の意図を知ろうと思っています。
買っておいて良かったと思うとても秀逸な作品です。
現代版森文太郎で、現代の中ではあまりにも異形で純粋すぎ、人間関係の移り変わり、なかなか世間に受け入れられない生き様は、胸が締め付けられるようであり、我が子を見守るような、自身を反映するかのような気持ちになりました。
最後が少し引っかかって、なかなか消化しきれずにいます。何度も読み返し、いつか作者の意図を知ろうと思っています。
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