死をテーマとした往復書簡 なぜ“清々しい"のか
作家であり文化人類学者であり、同時に、母の死に直面した娘でもある上橋さん。西洋医学と東洋医学の垣根を飛び越える医師、津田さん。本書は、偶然の幸運に導かれて出会った二人の、往復書簡である。
まず何より、一通一通の手紙から伝わる清々しさに心を揺さぶられる。死を中心のテーマに据えながら、絶望に押しつぶされていないからだろうか。死に屈するのではなく、そこにある哀しみを二人はひたすら静かに見つめ続ける。
蓑虫、仏教説話、遺伝子、AI、オーストラリア先住民……。あらゆるドアがごく自然に開かれてゆく。目の前に広がる新しい風景に目を奪われているうち、いつしか、思いも寄らない遠い場所まで運ばれているのに気づかされる。幾筋もの光が哀しみに射し込み、そこに隠された、人間だけが受け取れる「何か」の手触りを浮かび上がらせる。
その「何か」が決して言葉では表現できないものであることを、二人も読者も承知し合っている。答えのない問いの周りを、心細くさ迷い歩く軌跡の方が、とりあえずの答えよりずっと意味深いと分かっている。だから本書を閉じた時、まぶたに映し出されるのは、言葉ではなく、知性と感性を兼ね備えた二人分の足跡によって刻まれた、美しい模様なのだ。
人は哀しみを抱えてこの世に生まれ、その意味を考え続けながらやがて寿命を終え、再び哀しみの源泉へと帰ってゆく。しかし帰るべき永久の場所は暗黒ではない。そこには、明かりともいえないぬくもりがあり、あたりをほのかに照らしている。本書はそのような確信をもたらしてくれる。
「おまえにそうされると、いつも、なんだか哀しくなるんだよ」
死が迫りつつある中、娘に背中をそっと抱きしめられた母は、そう言って涙ぐむ。その声は喜びと分かちがたい響きを持って、今も永久の場所にあり、娘を抱きしめているに違いない、と思う。
評者:小川 洋子
(週刊文春 2017.11.23号掲載)
母の肺がん判明をきっかけに出会った作家と医者。なんのための「生」なのか、なぜ「死」があるのか、進化、AI、身体、直感…人の心と身体の不可思議な関係をあらゆる角度から語りつくす。知的好奇心を刺激する圧倒的な面白さ!
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
上橋/菜穂子
1962年東京生まれ。立教大学文学部卒業。文学博士、川村学園女子大学特任教授。1989年『精霊の木』で作家デビュー。野間児童文芸賞、路傍の石文学賞、本屋大賞、日本医療小説大賞など数多くの賞に輝き、2014年には児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞する
津田/篤太郎
1976年京都生まれ。京都大学医学部卒業。医学博士。聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長、日本医科大学付属病院東洋医学科非常勤講師、北里大学東洋医学総合研究所客員研究員。西洋医学と東洋医学の両方を取り入れた診療を実践している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)