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ひとりでカラカサさしてゆく 単行本 – 2021/12/20
江國 香織
(著)
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ほしいものも、会いたい人も、ここにはもうなんにもないの――。
大晦日の夜、ホテルに集まった八十歳過ぎの三人の男女。彼らは酒を飲んで共に過ごした過去を懐かしみ、そして一緒に命を絶った。三人にいったい何があったのか――。
妻でも、子どもでも、親友でも、理解できないことはある。唐突な死をきっかけに絡み合う、残された者たちの日常。人生におけるいくつもの喪失、いくつもの終焉を描き、胸に沁みる長篇小説。
大晦日の夜、ホテルに集まった八十歳過ぎの三人の男女。彼らは酒を飲んで共に過ごした過去を懐かしみ、そして一緒に命を絶った。三人にいったい何があったのか――。
妻でも、子どもでも、親友でも、理解できないことはある。唐突な死をきっかけに絡み合う、残された者たちの日常。人生におけるいくつもの喪失、いくつもの終焉を描き、胸に沁みる長篇小説。
- 本の長さ232ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2021/12/20
- 寸法13.8 x 2.1 x 19.7 cm
- ISBN-10410380811X
- ISBN-13978-4103808114
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出版社より
商品の説明
著者について
1964年東京都生まれ。87年「草之丞の話」で「小さな童話」大賞、89年「409ラドクリフ」でフェミナ賞、92年『こうばしい日々』で坪田譲治文学賞、『きらきらひかる』で紫式部文学賞、99年『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。小説のほか詩やエッセイ、翻訳も手掛けている。
登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2021/12/20)
- 発売日 : 2021/12/20
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 232ページ
- ISBN-10 : 410380811X
- ISBN-13 : 978-4103808114
- 寸法 : 13.8 x 2.1 x 19.7 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 408,690位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 10,602位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1964年東京生まれ。1987年『草之丞の話』で毎日新聞社主催「小さな童話」大賞を受賞。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本 周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞を受賞。「409ラドクリフ」(1989年フェミナ賞)、『こうばしい日々』(1991年産経 児童出版文化賞、1992年坪田譲治文学賞)、『きらきらひかる』(1992年紫式部文学賞)、『ぼくの小鳥ちゃん』(1999年路傍の石文学賞)、『が らくた』(2007年島清恋愛文学賞)など作品多数(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 真昼なのに昏い部屋 (ISBN-13:978-4062161053)』が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
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上位レビュー、対象国: 日本
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- 2024年3月13日に日本でレビュー済みAmazonで購入
- 2022年7月17日に日本でレビュー済みAmazonで購入迅速な対応と、綺麗な状態の本でした。
また購入したいです。
- 2022年12月30日に日本でレビュー済みAmazonで購入古書購入でしたがとても良い状態のものが届き嬉しいです。内容はヘビーらしいですがこれから読むことが楽しみ。
- 2022年1月21日に日本でレビュー済みAmazonで購入江国香織さんらしく
この作者ならではの
陶酔が頭から離れず、読み進んだのですが
香織さんの書名を思い出し
意趣返しのような事件性を想像して
読み進めばよかったのですが・・・途中でページを閉じてラジオの上に置いたまま
ごめんなさい香織様
- 2021年12月31日に日本でレビュー済みここ最近の江國作品のように様々な登場人物の日常が描かれていく作品。
商品説明にはミステリー小説ととれるような記載があるが、スッキリした謎解きや明確な死の理由などは出てこない。
大晦日の夜、ホテルに集まった八十歳過ぎの三人の男女。彼らは酒を飲んで共に過ごした過去を懐かしみ、そして一緒に命を絶った。
彼らの親族や友人の日常は続いていくが、その事件から始まる残された親族や友人たちの交流、
それまでは目を向けなかったことに気づいたり、些細ではあるが新たな挑戦をしたり、わずかに変化した日常が進んでいく…
新鮮味はないがこれまで通りの江國香織作品という感じでファンならば気にいる作品であると思う。
- 2024年11月15日に日本でレビュー済み20代後半から30代のいわゆるアラサーの頃は江國さんの作品が好きでよく読んでいました。
今アラフィフに差し掛かり、久しぶりに読みたいと思い購入しました。
江國作品の匂いたつ様な情景は健在でした。
ただ、登場人物が多く、とにかく場面がコロコロ変わりすぎて、「え?誰?」「この人は誰の何だったっけ」といちいち考えなければならず。。
作品の世界にハマったと思えば直ぐに揺り起こされるという感じで、非常にストレスでした。
更に、私自身アラフィフで登場人物達と同じような世代で、海外生活をしていたり、親と離れている(物理的にも心理的にも)事や、夫や子供がいても自由にしているなど、共感出来る人物や事柄が有っても良いと思うのですが、この作品では共感出来ることがほぼ無かったのも読んでいて苦痛でした。
昔は共感出来ていたのに、少し残念でした。。
自分が歳をとってしまったという事なのかな。。
最後まで読んでも何も明らかにならないのは江國作品ですので気になりません。
- 2023年5月8日に日本でレビュー済み視点をもつ登場人物がたくさん出てきてときどき相関関係がごちゃついたが、心理・行動描写に説得力があるので読み進むうちに自然に理解できた。
視点をもつ全員が(一人は主題の事件をきっかけにして)どこかに孤独を抱えていて、絶対的に誰かと分かりあうことはできないと思っているが、その姿は清々しくもあった。そして、孤独でありながらも誰かと同じ時を生きることの心強さを感じる読後感。
物語後半になってタイトルがとても腑に落ちた。
- 2022年2月6日に日本でレビュー済み「そもそも誰かにすべてを説明することなど不可能なのだと翠は思う。そう考えることは淋しかったが、そう考えてはじめて許せることがあり、翠はそれを、父親の死で痛感した。
(中略)翠はただ許したかったのだ、父親のことも、自分のことも。あのソーダには、何のシロップが入っていると言っていたのだろうか。訊いたのに、忘れてしまった。」
「きれいね、東京」
人は人を(そしてもちろん他の何物をも)所有できないのだということを、江國さんは一貫して描き続けているのだと思う。だから淋しくて嬉しくてかなしいのだ、ということを、もっとも美しいかたちで、この世界から取り出して、私達の前に表現してくれているのだと思う。
老人3人の、猟銃による自死、という、凄惨な出来事を主題として置きながら、それでも物語は力強い肯定に満ちている。何故だろう。うまく説明できそうにないから、ただ読んでほしい。












