以前から世界史及び西洋思想を理解するうえで「キリスト教」理解が大きな壁になっていた。キリスト教に関しては様々な議論や解釈があると思うが、著者のフィルターを通じて大分理解が早まった。まるで長年喉につかえたものがやっととれたような感じがする。
また神学が現在の世界情勢を読み解くうえで役に立つ事例が興味深かった。この先この著書を基盤にして世界史及び西洋思想の理解に努めていきたい。
私は『世界史の極意』『左巻』を読了後『右巻』を読んだ。『右巻』を読了後『左巻』にいった方がいいだろう。また『右巻』と『左巻』を交互に行き来する読み方をするとまた新たな発見があるような気がした。
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はじめての宗教論 右巻 見えない世界の逆襲 (生活人新書) 新書 – 2009/12/8
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論壇の雄にして「知の怪物」による究極の入門書、ここに登場!
合理的な「見える世界」が支配するこの時代。しかし、人間の「見えない世界」への関心と結びつき、スピリチュアル・ブームから政治の領域まで、宗教は様々なところに顔を出す。キリスト教神学に照準し、聖書の正しい読み方から神学的思考の本質までを明快に解説。21世紀を生き抜くための知的体力が身につく、著者渾身の書き下ろし!
合理的な「見える世界」が支配するこの時代。しかし、人間の「見えない世界」への関心と結びつき、スピリチュアル・ブームから政治の領域まで、宗教は様々なところに顔を出す。キリスト教神学に照準し、聖書の正しい読み方から神学的思考の本質までを明快に解説。21世紀を生き抜くための知的体力が身につく、著者渾身の書き下ろし!
- 本の長さ272ページ
- 言語日本語
- 出版社NHK出版
- 発売日2009/12/8
- ISBN-104140883081
- ISBN-13978-4140883082
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商品の説明
著者について
1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。作家・元外務省主任分析官。著書に、『国家の罠』『自壊する帝国』(新潮社)、『獄中記』(岩波書店)、『私のマルクス』(文藝春秋)、『国家論』(NHKブックス)など。
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登録情報
- 出版社 : NHK出版 (2009/12/8)
- 発売日 : 2009/12/8
- 言語 : 日本語
- 新書 : 272ページ
- ISBN-10 : 4140883081
- ISBN-13 : 978-4140883082
- Amazon 売れ筋ランキング: - 41,992位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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元外交官で文筆家。ロシア情報収集・解析のエキスパート。魚住昭/ジャーナリスト。ノンフィクションに著作多数。青木理/ジャーナリスト。元共同通信記者。『日本の公安警察』『絞首刑』など著作多数。植草一秀/経済学者。日本経済、金融論が専門。(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 誰が日本を支配するのか!?政治とメディアの巻 (ISBN-13:978-4838721566)』が刊行された当時に掲載されていたものです)
カスタマーレビュー
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2017年1月1日に日本でレビュー済み
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4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2010年5月16日に日本でレビュー済み
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佐藤さんは「今世界の秩序は変わろうとし、鳩山も殆どの日本人も気づいていない。重要なことは見えない世界で起こり、見えない世界が現下の日本を動かしている。国際政治等の見える事象を理解するには同時進行の見えない世界に対する感覚を研ぎ澄ます必要があり、宗教を考えることで見えない世界への入場券が得られる。現下必要なのは人間が生きていく上での新たなる認識(命)のフレームだ」と説きます。
見える世界と見えない世界。神の世界とこの世の世界。村上春樹氏の1Q84のテーマでもあり本書と時代のシンクロニシティを感じますが、本書には以下の特徴があり、佐藤さんの解説を手がかりに宗教について自分で考え、見えない世界への気づきを与えてくれる良書です。
・キリスト教(カトリック・プロテスタント・正教)やユダヤ教の教義や成り立ち、ギリシア哲学とキリスト教の関係、4つの福音書の差異、パウロ(サウロ)の言行、中世の神学の意義、宗教改革、近代の神学(宗教論)、推薦できる聖書等々がプロテスタントである佐藤さんの目を通して解説されている。
・宗教を考える上で参考となる著書50冊がほぼ解説付で紹介されている。
見える世界と見えない世界。神の世界とこの世の世界。村上春樹氏の1Q84のテーマでもあり本書と時代のシンクロニシティを感じますが、本書には以下の特徴があり、佐藤さんの解説を手がかりに宗教について自分で考え、見えない世界への気づきを与えてくれる良書です。
・キリスト教(カトリック・プロテスタント・正教)やユダヤ教の教義や成り立ち、ギリシア哲学とキリスト教の関係、4つの福音書の差異、パウロ(サウロ)の言行、中世の神学の意義、宗教改革、近代の神学(宗教論)、推薦できる聖書等々がプロテスタントである佐藤さんの目を通して解説されている。
・宗教を考える上で参考となる著書50冊がほぼ解説付で紹介されている。
ベスト1000レビュアー
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佐藤優「はじめての宗教論 左巻」を読みました。
先に出版された「はじめての宗教論 右巻」の続編です。
宗教論というよりキリスト教の教義、教会の役割、ナショナリズムとの関連についての解説書です。
近代プロテスタント神学の父と言われたフリードリッヒ・シュライエルマッハーの神学に沿った解説です。
「神は天にいる」は中世ヨーロッパのキリスト教の絶対真理ですが、天文学の進歩で動説が否定され天動説が有力になっていく時代の大勢に逆らうことができません。
シュライエルマッハーは、初期には「宗教の本質は直感と感情であり、絶対的存在である神は、心の中にある」としました。
晩年には「宗教とは、絶対依存の感情である」としました。
そこらへんにある新興宗教の教祖でも言いそうな「定義」です。
人間は社会的動物であり一人では生きていけません。
人間の限界を超える超越性を持った「見えない」存在を空想することで宗教が生まれます。
この言い分は、何もキリスト教だけではなく、すべての宗教に当てはまります。
人間が集団をなし、その維持・発展に努めようとするならば、自分たち以上の存在を空想し、宗教を作り、集団の秩序の維持・発展をはかる必要があります。
人間の生存本能、種の維持本能によって、宗教は生まれたのです。
空想する存在は、人間の限界を超える対象物です。
超えるのは、「時間」と「空間」です。
どちらも人間にとっては越えられない限界があります。
いつかは死ぬ人間が越えられないものの一つが「時間」であり、この限界を超える言葉としては「永遠」です。
人間の活動できる範囲にも越えられない限界があり、それは「空間」で、この限界を超える言葉には「無限」があります。
「時空」を超越する存在を崇拝の対象として神、仏、創造主、天などを、人間はつくり各集団の宗教としました。
先に出版された「はじめての宗教論 右巻」の続編です。
宗教論というよりキリスト教の教義、教会の役割、ナショナリズムとの関連についての解説書です。
近代プロテスタント神学の父と言われたフリードリッヒ・シュライエルマッハーの神学に沿った解説です。
「神は天にいる」は中世ヨーロッパのキリスト教の絶対真理ですが、天文学の進歩で動説が否定され天動説が有力になっていく時代の大勢に逆らうことができません。
シュライエルマッハーは、初期には「宗教の本質は直感と感情であり、絶対的存在である神は、心の中にある」としました。
晩年には「宗教とは、絶対依存の感情である」としました。
そこらへんにある新興宗教の教祖でも言いそうな「定義」です。
人間は社会的動物であり一人では生きていけません。
人間の限界を超える超越性を持った「見えない」存在を空想することで宗教が生まれます。
この言い分は、何もキリスト教だけではなく、すべての宗教に当てはまります。
人間が集団をなし、その維持・発展に努めようとするならば、自分たち以上の存在を空想し、宗教を作り、集団の秩序の維持・発展をはかる必要があります。
人間の生存本能、種の維持本能によって、宗教は生まれたのです。
空想する存在は、人間の限界を超える対象物です。
超えるのは、「時間」と「空間」です。
どちらも人間にとっては越えられない限界があります。
いつかは死ぬ人間が越えられないものの一つが「時間」であり、この限界を超える言葉としては「永遠」です。
人間の活動できる範囲にも越えられない限界があり、それは「空間」で、この限界を超える言葉には「無限」があります。
「時空」を超越する存在を崇拝の対象として神、仏、創造主、天などを、人間はつくり各集団の宗教としました。
2011年1月19日に日本でレビュー済み
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キリスト教のプロテスタントの立場をとる著者が,キリスト教を分かりやすく教えてくれる本。 ととらえていいのかどうか・・・ 専門でないのでよくわかりません。
内容は,全くの素人である自分にも分かりやすく,特に「共同訳とか新共同訳って何?」とか,「カトリックとプロテスタントと正教ってどういう距離感にあるの?」とかそのあたりの雑学的な部分が面白く読める。
北朝鮮におけるキリスト教の立場や,首席を神格化する過程を読み解いているところなど,ワクワクしながら読め,新書のボリュームでここまで書いてくれるとすごいなぁと。
おそらく,聖書を読むことはないだろう自分にも,少しかじった感を味わわせてくれる本。
内容は,全くの素人である自分にも分かりやすく,特に「共同訳とか新共同訳って何?」とか,「カトリックとプロテスタントと正教ってどういう距離感にあるの?」とかそのあたりの雑学的な部分が面白く読める。
北朝鮮におけるキリスト教の立場や,首席を神格化する過程を読み解いているところなど,ワクワクしながら読め,新書のボリュームでここまで書いてくれるとすごいなぁと。
おそらく,聖書を読むことはないだろう自分にも,少しかじった感を味わわせてくれる本。
2011年6月24日に日本でレビュー済み
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「本書で私が意図しているのは、類型的に思考することで、類型を突き抜け、普遍的なものに至ることです。その作業によって、キリスト教とは東洋のものでも西洋のものでもないことを明らかにしたい。」231p
との意欲に期待するところ大なるものがあったが、成功していない。
例えば、ライプニッツのモナドロジーや「類型」の考え方によってキリスト教を捉えようとしているが、一章を費やした割には説明不足だし、そもそもこれらの考え方でキリスト教を捉えようとする論理必然性があるのか。もっと直截に書くべきだろう。
つまり、参考文献的知識を披瀝するだけで、それらを自家薬籠中の物にして活用しているようには読めない。
よって、巻末の著者の「キリスト教の輪郭をひととおりつかんでいただけたことと思います」との言葉は無残にも裏切られたというほかない。
著者が宗教論を出したのははじめてらしく、「左巻き」も読んで最終判断をしたいが、宗教論を書くには自己の思想・哲学の熟成を待ってすべきで、いささか時期尚早の感がある。
また、快著「日米開戦の真実」の著者とは思えぬ時局迎合の変節ぶりにその「神学」の底の浅さもしのばれるというものだ。
との意欲に期待するところ大なるものがあったが、成功していない。
例えば、ライプニッツのモナドロジーや「類型」の考え方によってキリスト教を捉えようとしているが、一章を費やした割には説明不足だし、そもそもこれらの考え方でキリスト教を捉えようとする論理必然性があるのか。もっと直截に書くべきだろう。
つまり、参考文献的知識を披瀝するだけで、それらを自家薬籠中の物にして活用しているようには読めない。
よって、巻末の著者の「キリスト教の輪郭をひととおりつかんでいただけたことと思います」との言葉は無残にも裏切られたというほかない。
著者が宗教論を出したのははじめてらしく、「左巻き」も読んで最終判断をしたいが、宗教論を書くには自己の思想・哲学の熟成を待ってすべきで、いささか時期尚早の感がある。
また、快著「日米開戦の真実」の著者とは思えぬ時局迎合の変節ぶりにその「神学」の底の浅さもしのばれるというものだ。
2015年11月4日に日本でレビュー済み
見える世界」と「見えない世界」----この2つの世界を結びつけるところに宗教の特徴がある。この両者の連関がどうなっているのか、あるいは連関は全くないのか、かつて人間はこのような問題意識を持っていた。なぜか。それはわれわれが必ず死ぬから。そして人間が死ぬことを予知できるから。つまり、人間は死についての根源的不安を抱えている動物である。
救済が必要ないとか、私は今のままで満ち足りているとか、死は怖くないということはキルケゴールが言うところの「非本来的絶望」である。絶望的な状況にあってもそれに気付いてないという最低のカテゴリーの絶望だと言うことになる。(ここを読んだときは思わず笑ってしまった。)
近代になってコルプス・クリスティアヌムは人の意識の底に沈み、超越性はナショナリズムの中に潜り込んだ。人間は超越性をもたないと生きていけない。超越性を無理矢理消し去ろうとするとその代替物(自己啓発、マルチ商法等)が人の内面に入り込んでくる。他方、安易な超越性は宗教的原理主義になる。
日本の国家原理(国体)が戦後はじめて変わろうとしているように、今世界の秩序は変わろうとしている。すべては無意識のうちに行われている。重要なことは常に「見えない世界」で起きる。だからこそ、国際政治や日本の政局という目に見える具体的な出来事を正しく理解するためにも、それと同時進行している「見えない世界」に対する感覚を研ぎ澄ますことが大事である。宗教について考えることで「目に見えない世界」への入場券を得ることができると考える。
神話のメカニズム、聖書について、霊と魂、イエス・パウロ・ヨハネ、終末論、自由意志と原罪、観念論・実在論等、カトリックとプロテスタント、イエズス会等々、著者は明快に説明してくれる。
「神と人をつなぐ媒介類があるという点がキリスト教を他宗教と際だって異なる世界にしている」ということであるが、これが実は、他宗教でも容易に起こる教祖や開祖の死後の神聖化に伴う、原罪にまみれた人間の救済される担保の希薄化を防ぐために、「真の人」という要素が、つまり「神が人になった」という受肉論(incarnation)が強調される理由である、という点が興味深かった。
宗教は特定の文化の中でしか現れない。つまり宗教というのは文化の一形態である。ここに類型というものが出てくる。類型的に思考することで、類型を突き抜け普遍的なものに至ることである。
個別的な出来事には必ず差異がある。そこで自分とは異なるものをいかに認めるかという寛容・非寛容の問題とつながってくる。類型とは多元主義なので必然的に寛容性が出てくる。
それに対し、絶対的真理は神にしか立てられず超越的なものは神によってのみ根拠づけられるので、宗教としてのキリスト教は自己絶対化の傾向がどうしても強くなる。
著者も自身のカルバン的世界観が行き詰まり、自己の基準だけで他者や外部世界を評価するようになると、最終的には破滅に至ると考えるようになった個人的経験を綴っている。
一握りの国が人類を完全に破滅させられるようなテクネーを持つような時代にあって、われわれはもう一度「見えない世界」について、すなわち超越性の問題について、これを焦眉の課題として捉えないといけない。現下必要なのは新しい認識のフレーム。人間が生きていくうえでの思考のフレーム、あるいは命のフレームといってもよい。
キリスト教にとって啓示とは人間の実存の外、すなわち外部から突然やってくるものであったが、近代以降これを失い、直観と感情の世界、自己完結した内面の世界にたどり着く。厄災の時代の始まりである。
続巻となる「右巻」では、神なき時代におけるナショナリズムや人間の心の問題を、シュライエルマッハーの思想を検討しながら明らかにし、宗教の持つ否定的側面にも鋭く切り込んでいく、とのこと。
救済が必要ないとか、私は今のままで満ち足りているとか、死は怖くないということはキルケゴールが言うところの「非本来的絶望」である。絶望的な状況にあってもそれに気付いてないという最低のカテゴリーの絶望だと言うことになる。(ここを読んだときは思わず笑ってしまった。)
近代になってコルプス・クリスティアヌムは人の意識の底に沈み、超越性はナショナリズムの中に潜り込んだ。人間は超越性をもたないと生きていけない。超越性を無理矢理消し去ろうとするとその代替物(自己啓発、マルチ商法等)が人の内面に入り込んでくる。他方、安易な超越性は宗教的原理主義になる。
日本の国家原理(国体)が戦後はじめて変わろうとしているように、今世界の秩序は変わろうとしている。すべては無意識のうちに行われている。重要なことは常に「見えない世界」で起きる。だからこそ、国際政治や日本の政局という目に見える具体的な出来事を正しく理解するためにも、それと同時進行している「見えない世界」に対する感覚を研ぎ澄ますことが大事である。宗教について考えることで「目に見えない世界」への入場券を得ることができると考える。
神話のメカニズム、聖書について、霊と魂、イエス・パウロ・ヨハネ、終末論、自由意志と原罪、観念論・実在論等、カトリックとプロテスタント、イエズス会等々、著者は明快に説明してくれる。
「神と人をつなぐ媒介類があるという点がキリスト教を他宗教と際だって異なる世界にしている」ということであるが、これが実は、他宗教でも容易に起こる教祖や開祖の死後の神聖化に伴う、原罪にまみれた人間の救済される担保の希薄化を防ぐために、「真の人」という要素が、つまり「神が人になった」という受肉論(incarnation)が強調される理由である、という点が興味深かった。
宗教は特定の文化の中でしか現れない。つまり宗教というのは文化の一形態である。ここに類型というものが出てくる。類型的に思考することで、類型を突き抜け普遍的なものに至ることである。
個別的な出来事には必ず差異がある。そこで自分とは異なるものをいかに認めるかという寛容・非寛容の問題とつながってくる。類型とは多元主義なので必然的に寛容性が出てくる。
それに対し、絶対的真理は神にしか立てられず超越的なものは神によってのみ根拠づけられるので、宗教としてのキリスト教は自己絶対化の傾向がどうしても強くなる。
著者も自身のカルバン的世界観が行き詰まり、自己の基準だけで他者や外部世界を評価するようになると、最終的には破滅に至ると考えるようになった個人的経験を綴っている。
一握りの国が人類を完全に破滅させられるようなテクネーを持つような時代にあって、われわれはもう一度「見えない世界」について、すなわち超越性の問題について、これを焦眉の課題として捉えないといけない。現下必要なのは新しい認識のフレーム。人間が生きていくうえでの思考のフレーム、あるいは命のフレームといってもよい。
キリスト教にとって啓示とは人間の実存の外、すなわち外部から突然やってくるものであったが、近代以降これを失い、直観と感情の世界、自己完結した内面の世界にたどり着く。厄災の時代の始まりである。
続巻となる「右巻」では、神なき時代におけるナショナリズムや人間の心の問題を、シュライエルマッハーの思想を検討しながら明らかにし、宗教の持つ否定的側面にも鋭く切り込んでいく、とのこと。
2010年1月5日に日本でレビュー済み
政治も宗教も高度かつユニークに語り、雑学も神学論も同じテーブルで広げられるまさに希有な著述家・佐藤優氏が、自身の思想の本丸である神学について講じる。ですます体で語りかけるような文体なので、読みやすく感じるが、原罪や受肉などが解説された後半は結構難しい。著者の解釈がどれほど正統なものであるかはわからないが、パウロが国家への従属を認め、黙示録が国家への抵抗を記す矛盾めいた内容について、キリスト教にとって国家は本質的なものではなく、個々人の啓示が重要なのだ、という解説はなるほどと思う。また、人間に絶対的な真理などなく(それは神が決める)、制約があるということ、キリスト教は個人重視の宗教なのかな、という感じがする。
難解な文章の中、いつものうんちくもたまに顔を出す。キリスト教の世界教会協議会の会合があったとき、福音書を読みましょうと言ったら、北朝鮮のメンバーが旧約をめくっていたという話など、2章の聖書の読み方を巡る話は面白い。聖書は神の言葉だが、記したのは人間であり、人間に起因する間違いはあるのだ、だから聖書に疑いを持ってはならないという考えは間違っている、という神学徒らしい論考もうなずける。
p58で、「普天間移転再検討について、アメリカも受け入れようとしている」という記述があるが、これはどうだろうか。日米の主要メディアを見る限りはそんな感じはしないが。政権との距離が近くなった著者の立ち位置かな、と下衆な勘ぐりをしてしまったが、どうだろう……
難解な文章の中、いつものうんちくもたまに顔を出す。キリスト教の世界教会協議会の会合があったとき、福音書を読みましょうと言ったら、北朝鮮のメンバーが旧約をめくっていたという話など、2章の聖書の読み方を巡る話は面白い。聖書は神の言葉だが、記したのは人間であり、人間に起因する間違いはあるのだ、だから聖書に疑いを持ってはならないという考えは間違っている、という神学徒らしい論考もうなずける。
p58で、「普天間移転再検討について、アメリカも受け入れようとしている」という記述があるが、これはどうだろうか。日米の主要メディアを見る限りはそんな感じはしないが。政権との距離が近くなった著者の立ち位置かな、と下衆な勘ぐりをしてしまったが、どうだろう……






