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ずばり東京 (文春文庫 (127‐6)) Kindle版
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言語日本語
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出版社文藝春秋
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発売日1982/10/25
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ファイルサイズ428 KB
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
近代化、国際化、急速な人口流入…。1960年代前半、東京オリンピックに沸き立つ首都は日々、変容を遂げていった。その一方で、いまだ残る戦後の混乱、急激な膨張に耐えられずに生じる歪みも内包していた。開高健は、都内各所を隈無く巡り、素描し、混沌さなかの東京を描き上げる。各章ごとに様々な文体を駆使するなど、実験的手法も取り入れた著者渾身のルポ。
--このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
開高/健
1930年、大阪市生まれ。大阪市立大学卒。’58年、「裸の王様」で芥川賞を受賞して以来、次々に話題作を発表。ベトナム戦争のさなか、しばしば戦場に赴いた経験は、『輝ける闇』(毎日出版文化賞受賞)、『夏の闇』などに凝縮され、高い評価を受けた。’79年、『玉、砕ける』で川端康成文学賞、’81年、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、’87年、自伝的長編『耳の物語』で日本文学大賞など、受賞多数。’89年、逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
1930年、大阪市生まれ。大阪市立大学卒。’58年、「裸の王様」で芥川賞を受賞して以来、次々に話題作を発表。ベトナム戦争のさなか、しばしば戦場に赴いた経験は、『輝ける闇』(毎日出版文化賞受賞)、『夏の闇』などに凝縮され、高い評価を受けた。’79年、『玉、砕ける』で川端康成文学賞、’81年、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、’87年、自伝的長編『耳の物語』で日本文学大賞など、受賞多数。’89年、逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B009HO56TU
- 出版社 : 文藝春秋 (1982/10/25)
- 発売日 : 1982/10/25
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 428 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 359ページ
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Amazon 売れ筋ランキング:
- 93,167位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 545位芥川賞受賞(26-50回)作家の本
- - 1,581位ノンフィクション (Kindleストア)
- - 2,451位文春文庫
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年12月20日に日本でレビュー済み
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Amazonで購入
オリンピック前夜の東京の熱狂とこぼれた者の寂しさを期待したのだが。作者の取材が表層をなぞった程度に思われた。人間やら、時代やらのホネはなく、資料性なら週刊誌のバックナンバーを読むほうがよい。
役に立った
ベスト500レビュアー
Amazonで購入
東京の多様な側面をルポした開高健著『ずばり東京』を、今読むと面白いと過日NHKラジオ深夜便で誰かが話していたと連れ合いに聞き、早速アマゾンで買って読むことにした。
本書は、1963年(昭和38年)の晩秋から1964年(昭和39年)東京オリンピックを終えるまで約一年間、開高さんが東京を下から上から横から縦から斜めから縦横に思いもつかないような場所へ直撃し、あらゆる文体を駆使した文章で描いたエッセイを、『週間朝日』に連載したものを編纂して文庫本として刊行した書である。
開高さんは、オリンピック前の東京の喧騒を、かなりシニカルに俯瞰しているように評者は感じてしまった。
特にオリンピック開会式を観覧した下りは、開高さんが華やかな式典を描く言葉の底に「irony」を読みとったのは評者だけだろうか。
あれから53年過ぎた現在、再び東京でオリンピックを開催する喧騒が進んでいる。
半世記前のオリンピック建設ラッシュでは、東北や九州からの出稼ぎ労働者が過酷な条件で働くさまを、「酸っぱい出稼ぎ 東京飯場」という章でルポしていた。(P175~183)
「狂騒ジェツト機への怒り」という章では、横田基地の騒音をルポしていたが、「トンキン湾事件」の後でもあり、横田基地から米軍ジェット機の発着回数も多くなったことなどにも触れて描かれていた。(P325~333)
開高さんがオリンピック開会式を観覧したあと銀座へ向かい、ある焼鳥屋の二階で三人の学生に会ってヒッチハイクの話を聞いた。
そこのところの一部を下の・・・内に転載したい。
・・・<前文略>ソヴィエト、東欧、中近東、東南アジア、北米、南米、北欧と一年がかりで歩きまわってきたのである。街道や森で寝袋にもぐりこんで眠り、ゆくさきざきで、道路工事、パイプ工事、農家の手伝いなどをした。手と足で働き、金のあるかぎりはどんなささやかな一宿一飯にも金を払うようにして地球を一周してきたという。<中文略>
へトへトになって羽田につくと、故郷に帰ったという気持ちとやりきれない違和感をしたたかに味あわされた。しばしば自分が外国人のように感じられて、いらだった。皮膚のうらに心を貼りつけることができなかった。オリンピック騒ぎはバカげ果てているという。<中文略>
「陽照れば水枯れ、雨降れば洪水、風吹けば家たおれ、地震がきたら石油タンクが爆発する。下水道は二割しか完備してなくて、都民の雲古の六割は海へじかに捨てるんだよ。おれは調べてみたんだ。そうゆう国で新幹線や何かをふくめれば一兆三千億エンもオリンピックに使うっていうのだね。このことはどう思う?」
「そうゆうことはもう考えないことにしました。考えたところでいまさらヤボをいうなとか、ええじゃないか、ええじゃないかで走ってしまうんですから、どうしょうもないです」
三人は三人とも異口同音につぶやいて、顎をだした。・・・(P397)
評者は、このくだりを読み、開高さんが憂いながらこの若者たちに問うたことが、今にも通ずるような気がしてならくなってしまったのです。
石油タンクを原発に、新幹線をリニアに、都民の雲古を、東電福島第一原発の放射能汚染水、と置きかえれば。
雲古と放射能汚染水とは次元が異なりすぎて比較するのも恐ろしいのですが・・・。
本書は、1963年(昭和38年)の晩秋から1964年(昭和39年)東京オリンピックを終えるまで約一年間、開高さんが東京を下から上から横から縦から斜めから縦横に思いもつかないような場所へ直撃し、あらゆる文体を駆使した文章で描いたエッセイを、『週間朝日』に連載したものを編纂して文庫本として刊行した書である。
開高さんは、オリンピック前の東京の喧騒を、かなりシニカルに俯瞰しているように評者は感じてしまった。
特にオリンピック開会式を観覧した下りは、開高さんが華やかな式典を描く言葉の底に「irony」を読みとったのは評者だけだろうか。
あれから53年過ぎた現在、再び東京でオリンピックを開催する喧騒が進んでいる。
半世記前のオリンピック建設ラッシュでは、東北や九州からの出稼ぎ労働者が過酷な条件で働くさまを、「酸っぱい出稼ぎ 東京飯場」という章でルポしていた。(P175~183)
「狂騒ジェツト機への怒り」という章では、横田基地の騒音をルポしていたが、「トンキン湾事件」の後でもあり、横田基地から米軍ジェット機の発着回数も多くなったことなどにも触れて描かれていた。(P325~333)
開高さんがオリンピック開会式を観覧したあと銀座へ向かい、ある焼鳥屋の二階で三人の学生に会ってヒッチハイクの話を聞いた。
そこのところの一部を下の・・・内に転載したい。
・・・<前文略>ソヴィエト、東欧、中近東、東南アジア、北米、南米、北欧と一年がかりで歩きまわってきたのである。街道や森で寝袋にもぐりこんで眠り、ゆくさきざきで、道路工事、パイプ工事、農家の手伝いなどをした。手と足で働き、金のあるかぎりはどんなささやかな一宿一飯にも金を払うようにして地球を一周してきたという。<中文略>
へトへトになって羽田につくと、故郷に帰ったという気持ちとやりきれない違和感をしたたかに味あわされた。しばしば自分が外国人のように感じられて、いらだった。皮膚のうらに心を貼りつけることができなかった。オリンピック騒ぎはバカげ果てているという。<中文略>
「陽照れば水枯れ、雨降れば洪水、風吹けば家たおれ、地震がきたら石油タンクが爆発する。下水道は二割しか完備してなくて、都民の雲古の六割は海へじかに捨てるんだよ。おれは調べてみたんだ。そうゆう国で新幹線や何かをふくめれば一兆三千億エンもオリンピックに使うっていうのだね。このことはどう思う?」
「そうゆうことはもう考えないことにしました。考えたところでいまさらヤボをいうなとか、ええじゃないか、ええじゃないかで走ってしまうんですから、どうしょうもないです」
三人は三人とも異口同音につぶやいて、顎をだした。・・・(P397)
評者は、このくだりを読み、開高さんが憂いながらこの若者たちに問うたことが、今にも通ずるような気がしてならくなってしまったのです。
石油タンクを原発に、新幹線をリニアに、都民の雲古を、東電福島第一原発の放射能汚染水、と置きかえれば。
雲古と放射能汚染水とは次元が異なりすぎて比較するのも恐ろしいのですが・・・。
2013年7月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
昭和38年〜39年頃の東京ルポです。「へぇー」という話がほとんどでした。高度経済成長期の東京の、油まみれ汗まみれ埃まみれの臭いがします。なつかしい話のようでもあり、今現在の東京のようでもあります。でもこの本は、それだけじゃない。
「ノン・フィクションといっても、目撃したり感知したりしたすべてのイメージを言葉におきかえることはできないのだから、それはイメージや言葉の選択行為であるという一点、根本的な一点で、フィクションとまったく異なるところがない。」(著者あとがき)
この本の半分以上、そして肝心の部分は、開高健の「文芸」なのです(たぶん)。
「ノン・フィクションといっても、目撃したり感知したりしたすべてのイメージを言葉におきかえることはできないのだから、それはイメージや言葉の選択行為であるという一点、根本的な一点で、フィクションとまったく異なるところがない。」(著者あとがき)
この本の半分以上、そして肝心の部分は、開高健の「文芸」なのです(たぶん)。
2014年7月6日に日本でレビュー済み
1963年から64年にかけて1年半にわたって『週刊朝日』に連載した記事を集めたルポルタージュ。
最終回は、オリンピックの閉会式を扱っている。
オリンピック前夜の東京というと、今から見るとノスタルジックな感がするが、著者は当時の東京が抱えていた貧困、格差、見栄、汚泥などを、皮肉まじりの筆致で、しかし一抹の愛情とともに、描いている。
都心の高級ホテルも、寂れた寒村も、議員会館も、し尿処理場も、著者にとっては優劣がない。
すべてが東京という怪物を構成しているからだ。
50年代の東京の貴重な記録である。
昭和を安易に美化する風潮がある今日こそ、読まれるべき本だと思う。
最終回は、オリンピックの閉会式を扱っている。
オリンピック前夜の東京というと、今から見るとノスタルジックな感がするが、著者は当時の東京が抱えていた貧困、格差、見栄、汚泥などを、皮肉まじりの筆致で、しかし一抹の愛情とともに、描いている。
都心の高級ホテルも、寂れた寒村も、議員会館も、し尿処理場も、著者にとっては優劣がない。
すべてが東京という怪物を構成しているからだ。
50年代の東京の貴重な記録である。
昭和を安易に美化する風潮がある今日こそ、読まれるべき本だと思う。
