必要性を感じない暴言、わがまま。読んでいて不快です。
一個の人間としての付き合いどころか、憐憫に根ざした甘やかしを前提としたもの。
筋ジスの当事者として本書を手に取りましたが、こうはなりたくないなと心底思いました。
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こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち Kindle版
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言語日本語
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出版社文藝春秋
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発売日2013/7/10
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ファイルサイズ10081 KB
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ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
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商品の説明
出版社からのコメント
ダブル受賞!
第35回大宅壮一ノンフィクション賞
第25回講談社ノンフィクション賞
デビュー作で2大ノンフィクション賞を制覇!
第35回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した渡辺一史氏(1968年名古屋生まれ)はこれが単行本デビュー作。北海道大学在学中からライター活動を始め、一度も組織に属さず、北海道でキャリアを積んできた「たたき上げ」のフリーライターである。
2003年3月に出版した本書で同年9月、講談社ノンフィクション賞を受賞。今回の大宅賞受賞でふたたびノンフィクション賞の最高峰に輝いた。これまでに両賞のダブル受賞は高山文彦氏の「火花」など3度あるが、新人のデビュー作としては初めて。また地方出版社の本が両賞を受けるのも初という快挙を果たした。
「先入観」裏切るスリリングな成長物語
本書は、札幌市内で在宅自立生活を送る筋ジス患者・鹿野靖明さんと、24時間体制で支える介助ボランティアとの交流や葛藤を描いたノンフィクション。渡辺氏がみずからもボランティアの一員となり、「わがままな」障害者である鹿野さんとそこに通う主婦や学生ボランティアたちの人生を丹念に聞き取った。鹿野さんは、原稿完成直前の2002年8月、42歳で亡くなった。
完成まで3年の歳月をかけてまとめ上げた本書では、ありがちな美談ではなく、障害者と健常者の枠を超えた新しい人間関係がリアルに描かれている。大宅賞選考委員の作家・関川夏央氏は受賞作発表の記者会見で「介護の話というと、普通は『またあれか』と思われるかもしれないが、その、またあれか、という最初の数十ページの感想が、だんだん裏切られていく。書き手がボランティアの場に放り込まれて、成長しないと生きていけない、というふうになっていって、ある種のビルドゥングスロマン(成長物語)としても非常に面白いのではないか。現在の福祉行政におけるノーマライゼーションに対する意義深い意見をもはらんで、スリリングな読書体験を生んでいる」と講評を述べた。
--このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
第35回大宅壮一ノンフィクション賞
第25回講談社ノンフィクション賞
デビュー作で2大ノンフィクション賞を制覇!
第35回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した渡辺一史氏(1968年名古屋生まれ)はこれが単行本デビュー作。北海道大学在学中からライター活動を始め、一度も組織に属さず、北海道でキャリアを積んできた「たたき上げ」のフリーライターである。
2003年3月に出版した本書で同年9月、講談社ノンフィクション賞を受賞。今回の大宅賞受賞でふたたびノンフィクション賞の最高峰に輝いた。これまでに両賞のダブル受賞は高山文彦氏の「火花」など3度あるが、新人のデビュー作としては初めて。また地方出版社の本が両賞を受けるのも初という快挙を果たした。
「先入観」裏切るスリリングな成長物語
本書は、札幌市内で在宅自立生活を送る筋ジス患者・鹿野靖明さんと、24時間体制で支える介助ボランティアとの交流や葛藤を描いたノンフィクション。渡辺氏がみずからもボランティアの一員となり、「わがままな」障害者である鹿野さんとそこに通う主婦や学生ボランティアたちの人生を丹念に聞き取った。鹿野さんは、原稿完成直前の2002年8月、42歳で亡くなった。
完成まで3年の歳月をかけてまとめ上げた本書では、ありがちな美談ではなく、障害者と健常者の枠を超えた新しい人間関係がリアルに描かれている。大宅賞選考委員の作家・関川夏央氏は受賞作発表の記者会見で「介護の話というと、普通は『またあれか』と思われるかもしれないが、その、またあれか、という最初の数十ページの感想が、だんだん裏切られていく。書き手がボランティアの場に放り込まれて、成長しないと生きていけない、というふうになっていって、ある種のビルドゥングスロマン(成長物語)としても非常に面白いのではないか。現在の福祉行政におけるノーマライゼーションに対する意義深い意見をもはらんで、スリリングな読書体験を生んでいる」と講評を述べた。
--このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
内容(「BOOK」データベースより)
自分のことを自分でできない生き方には、尊厳がないのだろうか? 介護・福祉の現場で読み継がれる傑作ノンフィクション!
重度の筋ジストロフィー患者の鹿野靖明さんと、彼を支える学生や主婦たち約40名のボランティアの日常を描いた渾身のノンフィクション。人工呼吸器をつけた病の極限化で、人間的自由を貫こうとした重度身体障害者と、さまざまな思惑から生の手応えを求めて介護の現場に集ったボランティアたち。「介護する者、される者」の関係は、ともに支え合い、エゴをぶつけ合う、壮絶な「戦場」とも言えるものだった――。
史上初、講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した大傑作ノンフィクションが、ボランティアの人々の後日譚を加え文庫化。解説は山田太一氏。 --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
重度の筋ジストロフィー患者の鹿野靖明さんと、彼を支える学生や主婦たち約40名のボランティアの日常を描いた渾身のノンフィクション。人工呼吸器をつけた病の極限化で、人間的自由を貫こうとした重度身体障害者と、さまざまな思惑から生の手応えを求めて介護の現場に集ったボランティアたち。「介護する者、される者」の関係は、ともに支え合い、エゴをぶつけ合う、壮絶な「戦場」とも言えるものだった――。
史上初、講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞した大傑作ノンフィクションが、ボランティアの人々の後日譚を加え文庫化。解説は山田太一氏。 --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
内容(「MARC」データベースより)
人工呼吸器を着けながらも自由を貫いた重度身体障害者と、生きる手ごたえを求めて介助に通う主婦や学生ボランティア。02年8月死亡した筋ジス患者・鹿野氏と24時間体制で自立生活を支えたボランティア達の心の葛藤を描く。
--このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
--このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
渡辺/一史
1968年、名古屋市生まれ。中学・高校、浪人時代を大阪府豊中市で過ごし、1987年、北海道大学理2系入学と同時に札幌市に移り住む。1991年、北大文学部行動科学科を中退後、北海道を拠点に活動するフリーライターとなる。2003年刊『こんな夜更けにバナナかよ』で、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2011年刊『北の無人駅から』で、サントリー学芸賞などを受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
1968年、名古屋市生まれ。中学・高校、浪人時代を大阪府豊中市で過ごし、1987年、北海道大学理2系入学と同時に札幌市に移り住む。1991年、北大文学部行動科学科を中退後、北海道を拠点に活動するフリーライターとなる。2003年刊『こんな夜更けにバナナかよ』で、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2011年刊『北の無人駅から』で、サントリー学芸賞などを受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) --このテキストは、paperback_bunko版に関連付けられています。
登録情報
- ASIN : B00EDIKEM4
- 出版社 : 文藝春秋 (2013/7/10)
- 発売日 : 2013/7/10
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 10081 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 490ページ
-
Amazon 売れ筋ランキング:
- 95,195位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 601位文化人類学一般関連書籍
- - 925位文化人類学・民俗学 (Kindleストア)
- - 3,362位社会学 (Kindleストア)
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2018年11月19日に日本でレビュー済み
本書は、多くの人が読むに値する本だろう。
「美談」とか「泣ける」とか「感動した」という感想には違和感を感じる。本書は「考えさせる」本であり、「問いかける」本だ。答えや正解は本書の中にはない。もちろん人によっては、本書から何らかの答えを導き出せる人もいるだろう。でも、私には出来なかった。それが正直なところだ。
鹿野氏に元気や勇気をもらえるとも思わない。それは、もし私が同じ境遇におかれても、とても鹿野氏のようには生きられないと思うからだろう。
健常者と障害者の共生は、一筋縄ではいかないだろう。障害者にも健常者にも、また障害者の家族にも、いろんな考え方の人がいて、そこには「正解めいた最大公約数的なもの」ならあるかもしれないが、算数における最大公約数のような、明確な答えとして提示できるものはなさそうに思う。
本書に記された鹿野氏のケースは、決してモデルケースとか理想のケースとかいう類のものではないと感じる。鹿野氏という強烈な個性の存在があってこその事例であって、これを同じ境遇の人に、同じように当て嵌めても、上手くいくとは到底思えない。
鹿野氏のワガママともいえる要求。それに耐えきれなくなって途中で抜けたボランティアが悪いわけでもないと思うし、逃げずに続けたボランティアだって、高尚な意思を持っていたとも限らない。それは本書に記されたボランティア自身の言葉からもうかがえる。逃げたからダメで、残ったからエライという単純な図式でもないだろう。
障害者の要求が、どこからワガママになるのかも簡単に線は引けないだろう。私は大きな度量などない人間なので、どうしても「障害者から健常者への一方通行な要求」という部分に目を向けてしまう。「健常者が障害者から一方的に要求を受けて、それに応えなければならない」というのは、自分の中でどう消化して腹に落とせばいいのか。未だによく分からない。
以前、全国区で有名な障害者が、飲食店に要求を断られた事をネットで実名入りで暴露して、障害者の側に批判が集中した事例もあった。そのように障害者側からの要求が必ずしも全て社会に受け入れられるわけでもないし、受け入れなければならないというわけでもないように思う。ああいう障害者側からのハラスメント的な事例を見聞きすると、思いは余計に複雑になってしまう。
「障害者のワガママ」というのは、ある意味、健常者の心に響きやすい言葉だと思う。健常者側の負の感情の多くをまとめると「健常者がみんな自分でやっていることを、障害者は健常者にやってくれと要求する。(あるいは、やってもらわないと出来ない) しかも、それは常に障害者から健常者への一方通行ではないか」というような内容になるのではないだろうか。しかしながら一方で、多くの健常者が持つのは負の感情ばかりでもないし、「そんな風に思ってしまう自分は心の狭い、冷淡な人間なのではないだろうか」と自己嫌悪や葛藤を抱えていたりもする。
また、きっと同じように、障害者の中にも複雑な心情があるのだろうとも推察する。
誤解を恐れずに書けば、鹿野氏のように「生きる死ぬ」のレベルにある場合は、まだ多少は共感しやすい面もあるのかもしれない。「生きたい」というある意味究極の欲求は、誰しもが認めざるを得ないから。むしろ、より困難なのは、直接の生死に関わるほどでもないレベルの障害を前にした時かもしれない。
、、、いくら書いても結論も答えも出ない。ここに書いたことでさえ、自分の確固たる意見というわけでもない。時間とともに揺れ動く。
本書は、そういう、日頃はあまり考えずに過ごしているようなことを、ちょっと立ち止まって考えさせれくれる本である。
「美談」とか「泣ける」とか「感動した」という感想には違和感を感じる。本書は「考えさせる」本であり、「問いかける」本だ。答えや正解は本書の中にはない。もちろん人によっては、本書から何らかの答えを導き出せる人もいるだろう。でも、私には出来なかった。それが正直なところだ。
鹿野氏に元気や勇気をもらえるとも思わない。それは、もし私が同じ境遇におかれても、とても鹿野氏のようには生きられないと思うからだろう。
健常者と障害者の共生は、一筋縄ではいかないだろう。障害者にも健常者にも、また障害者の家族にも、いろんな考え方の人がいて、そこには「正解めいた最大公約数的なもの」ならあるかもしれないが、算数における最大公約数のような、明確な答えとして提示できるものはなさそうに思う。
本書に記された鹿野氏のケースは、決してモデルケースとか理想のケースとかいう類のものではないと感じる。鹿野氏という強烈な個性の存在があってこその事例であって、これを同じ境遇の人に、同じように当て嵌めても、上手くいくとは到底思えない。
鹿野氏のワガママともいえる要求。それに耐えきれなくなって途中で抜けたボランティアが悪いわけでもないと思うし、逃げずに続けたボランティアだって、高尚な意思を持っていたとも限らない。それは本書に記されたボランティア自身の言葉からもうかがえる。逃げたからダメで、残ったからエライという単純な図式でもないだろう。
障害者の要求が、どこからワガママになるのかも簡単に線は引けないだろう。私は大きな度量などない人間なので、どうしても「障害者から健常者への一方通行な要求」という部分に目を向けてしまう。「健常者が障害者から一方的に要求を受けて、それに応えなければならない」というのは、自分の中でどう消化して腹に落とせばいいのか。未だによく分からない。
以前、全国区で有名な障害者が、飲食店に要求を断られた事をネットで実名入りで暴露して、障害者の側に批判が集中した事例もあった。そのように障害者側からの要求が必ずしも全て社会に受け入れられるわけでもないし、受け入れなければならないというわけでもないように思う。ああいう障害者側からのハラスメント的な事例を見聞きすると、思いは余計に複雑になってしまう。
「障害者のワガママ」というのは、ある意味、健常者の心に響きやすい言葉だと思う。健常者側の負の感情の多くをまとめると「健常者がみんな自分でやっていることを、障害者は健常者にやってくれと要求する。(あるいは、やってもらわないと出来ない) しかも、それは常に障害者から健常者への一方通行ではないか」というような内容になるのではないだろうか。しかしながら一方で、多くの健常者が持つのは負の感情ばかりでもないし、「そんな風に思ってしまう自分は心の狭い、冷淡な人間なのではないだろうか」と自己嫌悪や葛藤を抱えていたりもする。
また、きっと同じように、障害者の中にも複雑な心情があるのだろうとも推察する。
誤解を恐れずに書けば、鹿野氏のように「生きる死ぬ」のレベルにある場合は、まだ多少は共感しやすい面もあるのかもしれない。「生きたい」というある意味究極の欲求は、誰しもが認めざるを得ないから。むしろ、より困難なのは、直接の生死に関わるほどでもないレベルの障害を前にした時かもしれない。
、、、いくら書いても結論も答えも出ない。ここに書いたことでさえ、自分の確固たる意見というわけでもない。時間とともに揺れ動く。
本書は、そういう、日頃はあまり考えずに過ごしているようなことを、ちょっと立ち止まって考えさせれくれる本である。
2019年1月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
映画からの原作購入でした。
分野は違いますが私もボランティアをしており、「鹿野ボラ」の奮闘と心の声に「あーボランティアあるあるだー」と勝手に共感を覚えました。
その分、第三者視点である(途中から鹿野ボラになってはいるけど)作者からの鋭い指摘、ボラの本音が、「お前(自分)がしている「ボランティア」とはなんなんだ?」と、容赦無く問い質してきます。
「一人の不幸な人間は、もう一人の不幸な人間を見つけて幸せになる」「ボランティアする事に依存する」首筋が少し冷たくなりました。
分野は違いますが私もボランティアをしており、「鹿野ボラ」の奮闘と心の声に「あーボランティアあるあるだー」と勝手に共感を覚えました。
その分、第三者視点である(途中から鹿野ボラになってはいるけど)作者からの鋭い指摘、ボラの本音が、「お前(自分)がしている「ボランティア」とはなんなんだ?」と、容赦無く問い質してきます。
「一人の不幸な人間は、もう一人の不幸な人間を見つけて幸せになる」「ボランティアする事に依存する」首筋が少し冷たくなりました。
2019年5月11日に日本でレビュー済み
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同名の映画だけでは多くの疑問が残った。その際に原作にあたりたくて購入。全国各地で筋ジストロフィーの患者が、さまざまに苦悩しながらも、ネットワークを築き、あたりまえの生活を送るという目標に向けて活動していった事実を綴ったノンフィクションであることがよく分かった。一見、我が儘に見える主人公が、とても現実的に、また誠実に人生を生きていたことが理解できた。その上で、再び映画を見ると、全体の主題が一層よく見えてきた。映画と原作の双方にふれることが大切であることに改めて気づくことができた。
2019年1月20日に日本でレビュー済み
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「こんな夜更けにバナナかよ」の映画化により、興味を持ち、御拝読しました。
まだ、映画は見ておりませんが、大泉洋はぴったりな気がします。
シカノさんのキャラクターのような女性が、実は直属の先輩でありまして(笑笑)、まさに私は鹿ボラの1人のような気持ちで読んでいました。先輩であり、親友であり、ライバルであります。しち面倒臭く、いくら傷ついたかわかりませんが、彼女の夢を全力で応援しつつ、自分の夢とも向き合って行くことを再確認出来ました。
まだ、映画は見ておりませんが、大泉洋はぴったりな気がします。
シカノさんのキャラクターのような女性が、実は直属の先輩でありまして(笑笑)、まさに私は鹿ボラの1人のような気持ちで読んでいました。先輩であり、親友であり、ライバルであります。しち面倒臭く、いくら傷ついたかわかりませんが、彼女の夢を全力で応援しつつ、自分の夢とも向き合って行くことを再確認出来ました。
2019年1月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても面白く、勉強になり考えさせられました。鹿野さんの生きたいと強く思う気持ちは自分の胸に響きました。そしてボランティアたちと鹿野さんの間のやり取りや駆け引き、相互作用が、自分の置かれてる今の状況と照らし合わせときに、考えさせられることが多くありました。生きることをあきらめず、周りと関わることをあきらめず、鹿野さんのように図太く生きたい。