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きれぎれ 単行本 – 2000/7

5つ星のうち 3.6 36件のカスタマーレビュー

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商品の説明

受賞歴

第123回(平成12年度上半期) 芥川賞受賞

商品説明

 「―― 大きい俺や小さい俺、青空に円形に展開、みな、くわっとした格好で中空に軽くわなないている ――」。親のすねをかじりながら無為の日々を送っていた「俺」はかつて、ともに芸術家を志し、その才能を軽視していた友人が画家として成功したことを知る。しかも、美貌と評判高い彼の妻は、「俺」が見合いをして断った女だという。よじれて歪んだ心が生むイメージが暴走した果てに「俺」が見たものは…。

   著者は、パンク歌手であり詩人であり俳優であるという異色作家。『夫婦茶碗』 『へらへらぼっちゃん』など、独特のビート感あふれる作品を意欲的に発表し、個性派作家として注目を浴びている。若い世代を中心に「ストリート系」、「J文学」などともてはやされる一方で、ナンセンスなストーリー展開やメッセージ性の希薄さなどから「キワモノ」であるという冷ややかな評価も受けていた。ところが、一見、一貫性を欠いているようにも思われる言葉の連射の間隙に、透明感を与えることに成功した本作で芥川賞を受賞したことで評価は一変し、純文学の新たな地平を開く作家としての栄誉を得た。好悪の分かれる作家ではあるが、繰り出される言葉のリズムに身をまかせて一種のカタルシスを得ることができるか、違和感を抱くか、それは作品に触れて確かめてほしい。(梅村千恵)

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登録情報

  • 単行本: 188ページ
  • 出版社: 文藝春秋 (2000/07)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4163193308
  • ISBN-13: 978-4163193304
  • 発売日: 2000/07
  • 商品パッケージの寸法: 19 x 13.8 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.6 36件のカスタマーレビュー
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カスタマーレビュー

トップカスタマーレビュー

形式: 文庫
人間の思考をぐるっとひっくり返したような文体です。
考えてることなんて本当は小説みたいに整然としてなぞない。
言葉や思考の色んなこまかい断片が集まると、整然とした文章よりも、かえってものすごく的確な表現になることってあるのです。
そういう意味でまさに「きれぎれ」。
勢いに任せたおしゃべりのようにユーモラスで生きていて媚びてない。
お決まりのような文を読むのが照れくさくなっちゃった人、ちょっとへんなもの(いい意味で)の好きな人におすすめだと思います。
常識外のものを「わけわからん」と言ってしまうのは簡単ですけれども、こういうありかただってありなのだ、とわたしは思います。
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形式: 単行本
芥川受賞作の「きれぎれ」は、他の作品に比べると
やや難解で読みにくい、おもしろくない、という感想を
持つ方もいるようですが、これは現実と空想を行き来するお話、
それを全部分かろうとするから余計分からないのだと思います。
逆に、その現実と空想の交錯する感じを楽しんでもらいたいです。
また、初期の頃にはない味のある情景描写も楽しめます。
個人的に、雨の中タバコを買うシーンが好きです。
併録の「人生の聖」はもう、ぶっちぎっちゃってます。
おもしろいです。ぜひ読んでみて下さい。
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形式: 文庫
噂にはきいていた町田康、最初に手にしたのが本著だったのだがこれが実におもしろい。

偶然にもこれが芥川賞受賞作だったということも分かって納得。こんな文体は今まで接したこともないし、それは新鮮なおどろきでもあった。とにかくこの音楽的なリズム感といい自在な発想で際限なくパラドックスの世界に突入すると、ますますその滑稽さが浮き彫りにされ嬉しくなってくるのだ。読んでいて笑えてくるほどに楽しいのである。
百鬼園先生(内田百けん)のこだわりも相当なものだが、町田康は増殖するように次々と展開されどこまでもどこまでも徹底してズレていくから凄いのである。。
次は『くっすん大黒』を読むことに決めているけど、噂にたがわず最高レベルでおもしろいと思った。

「笑いとは瞬間的な優越感である」と定義づけた人があるけれど、このパラドクシカルな展開は日常とのズレを生み、笑いを誘う。それも裕福な家庭にありながら放蕩のすべてを備えたように浪費家で夢見がちな絵描きの「俺」の趣味はランパブ通い。高校を中途でやめてランパブで出会った女・サトエと結婚するが労働が大嫌いで当然のことのように金に困るという設定。
自分より劣る絵なのに認められ成功しそのうえ自分の好きだった女・新田富子と結婚している同級生の吉原に金を借りに行く羽目になる。
ここで持ち前の
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形式: 単行本
言うまでもなく町田康の小説というものは理屈で読解したり語ったりするものではないので、ましてamazonで本のレビューをしたことのない自分が彼の作品についてあれこれ言うのは勘違いも甚だしいのですが、あまりに素晴らしかったので一感想を。

文脈も文意も通常を逸脱している小説は彼の出自になぞらえ音楽(パンク)に喩えられるけれども、たとえば大作「告白」は叙事的・叙情的な物語ゆえに長時間の演奏がプログレの要素を纏い、それは必定であるし、これまでにない絵巻的グルーヴ感が多くの方からの絶賛を得たように思うが、自分にはいまいち残るものがなかった。音楽においても瞬発と構築は馴染まないので。
一方で彼特有の、粉々に砕けた中から形のない音像が立ち上がる作品として、初期作や短編が結構好きだったのだけど、今作にあっては、滲み出る哀切が何より響く。平常運転でのシュールさ、おかしみも勿論良い。ただ、読み物としてのスタンダードを意図的に壊しながらその行間から絶妙な哀しみを鳴らすというのは、これは尋常な才能ではない。そのことをこの作品にあって初めて強烈に感じた。

分かり辛い物言いで恐縮ですが、音楽でも文学でも映画でも笑いでも、浮かび上がる哀切の感覚にひっかかりを感じる人であれば、数ある町田康の作品の中でも間違いなくおすすめの一作です。そして論理性や整合性よりも感性
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形式: 文庫
 80年代前半の日本インディ・シーンの特徴として、なぜか文学・演劇的要素の強いバンドが人気だったことが挙げられる。(多分、唯一の例外は詩作を全く放棄していた山塚アイ=ボアダムスだが、結局美術系に流れていった彼らだけが今でも現役バリバリなのは興味深い。)

 彼ら自身が「パンク」と自己定義にしていた割に、余りにもやってる音楽が所謂パンク・ロックから遠かったことは今振り返っても興味深い。町田町蔵が主戦場を言語表現に移した際に、小説ではなく詩集から入ったというのも、偶然ではないのだ。(個人的には、どんなに思い入れがあっても、今の時代に「パンク歌手」の看板は誤解の元なので、下ろした方が良いと思う。)

 彼は詩も音も完全に自己流で爆裂した表現者だったが、大物インディ・アーティストの中でもかなりキレた言語センスを誇っていた。そんな彼が書く「小説のようなもの」が文壇でやたら賞を取るのは、単に文壇が「文学」から隔絶したこういう変な日本語表現にウブだからである。(だから、彼の小説は今後も日本でしか評価されないだろう。)

 そもそも「文学」的ではないという点でのみ町田は評価されるべき書き手なのだと思うが、最近は本人もその辺の事情が分かんなくなってきたのか、教育テレビで中原中也について語ったりしている。でも、そういうせせこましい仕事こそ「文
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