2015.3.12の衝撃的な新聞報道はよく憶えている。「尿一滴でがん診断が可能」という内容。九州大学のグループ、線虫というキーワードもしっかり頭に叩き込まれた。「線虫」がそれまでの「悪さをする寄生虫」というキャラを脱ぎ捨てて、急に、「役に立つ可愛いやつ」というキャラを獲得した瞬間だった。それから4年、いよいよ線虫によるがん診断(N-NOSE)が実用されるらしい。この本はしろうと向きにそのあたりのことをリーダーの広津先生が教えてくれる。ひさびさに興奮する本である。がんに関する本はがんじがらめにわかりづらくて読後もやもやと消化不良を起こす本が多いが、この本はすっきりしている。
ところで現代人の感覚は視覚に頼りすぎていて嗅覚はおろそかになっているといわれる。平安時代は違っていたはずだ。当時男女は夜の暗いところでしか会わなかったから、匂いは強烈なセックスアピールだった。だからこそ『源氏物語』(全54帖)の最後の10帖のダブル・ヒーローに紫式部は薫(かおる)と匂宮(においのみや)という二人のイケメンを持ってきた。薫はフェロモン過多で体臭そのものが麝香のように香る。匂宮は香をからだにたきこめて、これまたいい匂いという設定。このライバルふたり、多くの女性をめぐって、三角関係、四角関係のバトルを繰り広げる。源氏物語のなかには匂いのエロティシズムが溢れている。でも残念なことに嗅覚力を失った現代人にはその微妙なニュアンスがよくわからない。
実はがん患者の尿は特有の「匂い」を持つらしい。人間にはよくわからないが、かわりにがんの匂いを嗅いでくれるのが、匂いのスペシャリスト、線虫(C-エレガンス)。具体的には尿の10倍希釈液を用いるが、その確度は、
〇 がんがあるひとをがんだと判定する確率 84.5%
〇 がんがないひとをがんではないと判定する確率 91.8%
従来のがん診断と比較しても精度がダントツに高い。しかもステージ0~1のがんでも見つかるというからすごい。がんは早期発見、早期治療すれば治る病気と言われているから、いやでも期待は高まる。新しく会社を創業して社長におさまった広津先生によれば、目標は「2027年に世界で8.1億人がN-NOSEを利用する」ということだから、すさまじい。これからがん診断の方法がいまとは画期的に変わっていくのだろうか。それにともなってがん治療の方法も変わっていくのだろうか。もちろんこの本に書かれていることは「いいことづくめ」である。それがちょっと怖くもある。私が気になったことは、
1.日本のシステムは黒船がやってこないとなかなか変わらない。つまり欧米での実績がないと受け入れられない。N-NOSEは その点は大丈夫か。
2.日本のがん研究の中枢や権威はN-NOSEに対してお墨付きを与えているのか。
3.N-NOSEの画期性は既存のがん検診で飯を食っている人たち(既得権益者)の反発を招く。
4.N-NOSEでがんの存在がわかったとしても、がん種までわかるのか。ステージ0~1の小さながんがわかってもその場所をつきとめるにはどうすればいいの。特定のがん種に対応する線虫を開発するのか。
などなど。でも現在30人の研究者と14億円の資本と18病院施設との共同研究からスタートする、この新会社を応援したい。日本人による創発というのも嬉しい。成功のあかつきには、線虫に感謝して、日本中つつうらうらに線虫塚だの線虫慰霊碑だのが建つのは間違いない。
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