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おいしい日本語 ―大人のための言語学入門― 単行本 – 2006/2/22

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商品の説明

内容紹介

『正しい言葉』なんて存在しない! 現代思想から文学・辞書・方言・ダジャレ・翻訳まで、多彩なテーマを網羅。「笑う言語学者」としてネットでも有名な著者の放つオモシロ日本語論。日本語ブームにとどめをさす一冊!

著者からのコメント

 「正しさ」というのを言語学では問いません。「レット・イット・ビー」、つまり「あるがままに」言語を調べるのが言語学です。ですから、今流行っているクイズ番組のように、「正解」を求めません。方言で言ったら×になるという番組があるのですが、方言のどこがいけないのでしょうか。
 言語に「正しさ」を求めていくのはタマネギの皮をむいていくようなもので、最後には何も残りません。というのも、言葉というのは言語によって「恣意的」(arbitrary)に内容の対する形式が決まっているもので、内容と形式の間に何らの必然性がある訳ではありません。
 古い形を調べていけば何かが分かるかもしれない、というのは誰でも持つ感情ですが、最初から必然性がないのですから、「正しさ」を求めることはできません。
 言葉には役割(機能)というものがあって、それぞれに役割があるから「間違っている」とされても、広く使われているのです。ある物体も座ればテーブルだし、腰掛ければ椅子になる、というのが基本的な考えです。「いいテーブル」も「悪い椅子」もありません。はじめから「テーブル」というものが与えられている訳ではないのです。ただ、本の中にも書いていますが、3本脚のテーブルも椅子も機能的ではあるけれど、不安定なので4本とか5本とか余計なものをつけます。これが「余剰性」というもので、自然言語と人工言語を分ける大きな違いとなっています。挨拶も余剰なものですが、社会生活を営むときにはやっぱり必要ですね。一人じゃ生きられませんから。
 外来語を使うのは間違っているという人がたくさんいます。「ホテル」は外来語だから「宿屋」といえ、というのですが、「ホテル」と「宿屋」では意味がまるで違います。「ホテル」と「旅館」も違いますし、「旅館」だって中国からの立派な外来語です。つまり、言葉というのは箱に入った風船のようにいくらでも詰め込むことができるのです。そして、新しい風船が入ったとたんに、今まであったものの価値(意味)が違ってくるのです。それだけ柔軟なものなのです。それで「乱れる」ようなヤワなものではないのです。言語は。
 ヴィトゲンシュタインもいうように「言葉の意味というのは言語におけるその使い方」なのです。
 森羅万象、というか世界の切り取り方が文化によって、そしてその基盤になっている言語によって恣意的でバラバラです。兄弟姉妹を4つに分割するか、欧米語の多くのように男/女とするか、インドネシア語のように年上/年下(兄姉“kakak”/弟妹“adik ”)とするかは言語によって違っています。
 言語は人間を超えた「制度」として働いています。人間が作ったものなのに、人間を超えてしまっているのです。ここに大きな矛盾があると思います。
 「正しい言葉」を目指すと人間は疎外されます。自分の言葉を大切にしなければならないのに、「正しい言葉」という、ありえない規範で言葉を縛ってしまうのです。そして、言葉に裏切られてしまいます。そうではなくて、今使っている言葉を豊かに使うことが大切なのです。人間が作った言葉が逆に人間に刃向かってくるのです。
 誤解は誰だって避けたいと思うでしょう。ただ、誤解がない社会というのがあったらおかしいのです。一つしか正解のない世界になって進歩はなくなります。誤解があると思うから、言葉は面白いのであって、誤解がないと思ってしまったら、相手を理解出来ないときに相手を全く認めなくなってしまいます。誤解がなかったら、ジョークの一つも生まれてはきません。だから、誤解は必要なのです。
 『おいしい日本語』の中で強調したかったことは、無色透明無味乾燥だと思える言葉やその他のメディアが決してそうではないということです。言葉自体がそうですし、「正しい」言葉を記述した辞典も透明性に欠けています。透明な眼鏡で見ていると思っていてもサングラスをかけているのと同じだということを知ってもらいたいと思います。
 もちろん、「真理」というのも眉にツバをつけて見るべきもので、絶対の真理といわれたら、それは科学ではなくて、宗教だと思ってください。
 その意味で、『おいしい日本語』は言語学のポストモダンを狙っています。つまり、「正しさ」というものには揺らぎがあるということです。言葉の中にも揺れや揺らぎがあって、「正しさ」から遠く離れているように…。
 言語学とか記号論は日常性批判です。海の魚は海に住んでいることを知らないと思いますが、人間が「見えてる」といいながら、ちっとも見えてないことを指摘するのです。
 だから、この本は「正しい」とか「間違っている」という基準でとまどうよりも日本語のおいしさを楽しみ、コミュニケーションを豊かにしていこうという提案なのです。

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登録情報

  • 単行本: 256ページ
  • 出版社: 出版芸術社 (2006/2/22)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 488293292X
  • ISBN-13: 978-4882932925
  • 発売日: 2006/2/22
  • 梱包サイズ: 19 x 12.6 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0 2件のカスタマーレビュー
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形式: 単行本 Amazonで購入
著者のサイトもよく見てますが、本でも笑いました。この本は日本語というより言葉そのものがテーマで、言葉というのは相対的で、正しさは決められないというのにはすごく同感するし、安心しました。

以前話題となった「新解さん」論も再考察されていて、とても深く、良いです。インディアンをインド人と訳した岩波文庫とか、入るを「這入る」で立項している広辞苑の話など、日本語の権威をばっさり斬っていて、痛快な一冊です。
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形式: 単行本
本書は作者のウェブサイト(「言語学のお散歩」)の記事の一部を再構築・再編集したものです。
脱線の多いのが彼の文章の特徴で、私はそれが好きだったのですが、
整理された、読みやすい内容になっていると思います。

テレビでも話題になった『新明解国語辞典』の話や誤訳のエピソードなどから、
日本語の「正しさ」に目くじらを立てることに意味はない。
言語の「余剰性」をうまく料理して「おいしい」コミュニケーションを心がけよう、と
本の中で主張しています。

また著者はあとがきで「引用だらけで自分で独自に考えたことなど何もないのではないか」
と危惧されていますが、たくさんの本をつまみ読みしているようで楽しいです。
文系的な知的好奇心を満たしてくれます。

直接なにかに役立つものではないですが、「知の脱力系」を楽しんでもらえる本だと思います。
ちょっと高いな、と思ったので星4つにしました。文庫化(新書化)を希望します。
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