なぜ日本ではここまで野党に対するイメージがネガティブなのか?
野党と言えば決まって、ただ政府与党の揚げ足を取るだけの無用な存在という、固定化・常態化したイメージが強い。
それにしても、議会政治及び民主主義においては野党の存在も重要で不可欠なはずであるのに。
なぜここまで日本では野党は批判されてばかりで、ここまで存在価値を認められにくい傾向なのか。
野党が存在せず、一党による独裁となると硬直化した国家になってしまうし。また政府与党の暴走の危険も招くというのに。
そして本書では日本においては、自民党が「事前審査制」を導入しており党内であらかじめ合意してから法案審議に入るため国会では出来レースになってしまっている部分があり、法案修正が困難で野党が出る幕がなくい、つまり、日本独特の政治形態により、国会審議が形骸化しているとの指摘。
それから政府の政策について批判する 「抵抗型野党」に対する代替案を用意しないから野党は無責任であるという批判については、以下のような指摘。
野党の第一義的な役割機能は代替案の用意ではなく何が問題かを社会に知らしめ、どのような解決があり得るのかを、与党と共に考えていくことにある、責任を負うのは権力を持つ与党。
野党の役割というのは権力のチェック、争点の明確化、民意の残余をすくい上げること
野党性があることで民主主義が安定。汲み尽くせぬ「民意の残余」を政治的に表出するものであり、このような「野党性」が発揮されることで民主政治は安定し発展する。
他には日本の野党の歴史と与党との関係も含めた分析整理、各国の野党の歴史や現状など。
私個人の印象だが。
本書で指摘されているように日本独特の政治形態による国会審議の形骸化や選挙制度の問題などから日本では野党の存在意義が示しにくい、日本では野党は生き辛いというのも、確かにあるとは思うのだが。
しかし、他にも国民側の意識の問題も大きいのではないのか?
思えば日本では野党とは言えども政権交替を目指すことを目的とせず、というむしろ与党と妥協し、体制維持に協力してきた部分も多い社会党くらいしかなかった。
だからこれまで多くの日本の国民達はこうした自民党と社会党の互いの妥協からなる55年体制の要素である、社会党の姿くらいしか知らず。
だから議会制民主主義における野党の存在の重要性や存在意義についても正確に理解し、またその重要性も実感することが日本の国民達はできないのではないのか。
どこかで多くの国民達は特に野党なんて存在する必要がないのではと思っているのではないのだろうか。
やはり、日本独特の政治形態、そして選挙制度だけに原因を求めたり、そして野党がだらしないとか、揚げ足取りばかりで不必要と批判して済むような問題ではないように思われる。
それに日本国民には他国に比べて政府与党の権力の暴走に対する危機感や権力を監視するという意識が低過ぎることも問題だろうが。
どこかで盲目的に政府がそんなまちがったことをするはずがないという信頼があるのではないのか。
けれども政府与党の政策決定が全て正しいということなどはあり得ず、十分にその法案や方針を監視・チェックする野党の存在は重要だろう。
国民側にも議会制民主主義における野党の役割や存在意義の重要性について、十分に理解し、野党の存在意義や重要性を認める意識を育むことも必要なのではないのだろうか。
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「野党」論: 何のためにあるのか (ちくま新書) 新書 – 2016/7/5
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野党とは民主政治をよりよくするためのツールだ。この観点から多角的な光を当てて、野党の効用を説く。目から鱗の野党論!
- 本の長さ231ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2016/7/5
- 寸法10.8 x 1.3 x 17.4 cm
- ISBN-104480069038
- ISBN-13978-4480069030
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
野党は無責任で党利党略ばかり―。そう感じる人も少なくないだろう。だが野党は、民主主義をよりよくする上で不可欠のツールである。与党の取りこぼす民意をすくい上げ、政治に反映させ、争点を明確化し、異義申し立てをする。それによって代表制民主主義は安定を手にする―。野党の歴史から各国比較まで、基礎知識を整理し、これからの野党を展望する本書は、野党を「上手に使いこなす」ための必読の書である
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
吉田/徹
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学法学研究科・公共政策大学院准教授、フランス国立社会科学高等研究院日仏財団リサーチアソシエイト。比較政治、ヨーロッパ政治を専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1975年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学法学研究科・公共政策大学院准教授、フランス国立社会科学高等研究院日仏財団リサーチアソシエイト。比較政治、ヨーロッパ政治を専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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著者について
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東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。日本貿易振興機構(JETRO)調査部、パリセンター調査ディレクターを経て、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員等を経て、北海道大学法学研究科/公共政策大学院教授、現在同志社大学政策学部教授。その間、パリ政治学院ジャパンチェア招聘教授、同非常勤講師、同フランス政治研究所客員研究員、ニューヨーク大学客員研究員。現在、フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)日仏財団(FFJ)リサーチアソシエイト。
カスタマーレビュー
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2016年9月9日に日本でレビュー済み
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55年体制当時の「政権を目指さない、反対だけの野党」の時代が終わり、ポスト55年体制期における「政権交代可能な保守2大政党」に向けた試みも民主党政権の失敗で潰えた後、未来の野党がどのようにあるべきかを論じた好著。
そもそも、日本では野党について真面目に論じた書物自体が極端に少なく、日本共産党以外の野党は論壇からまともな議論対象として認識されたことさえない。「対案を示さず反対ばかり」「外交・安保を理解できない反日売国集団」という自民党・ネトウヨの宣伝が行き届きすぎて、野党が国民に相手にされていない現実がまずある。そうした中で、あえて誰もやろうとしない仕事にチャレンジした吉田の心意気は評価できる。
吉田は、55年体制期の「抵抗反対野党」、ポスト55年体制期の「政権交代型野党」の後に来るべき未来の野党像として「対決型」野党を提示している。「争点対立的」で「動員の範囲」「野党性」がいずれも「高」い野党、つまり自民党とは異なる社会像(オルタナティブ)を提示でき、無党派層を含む国民多数を動員できる政党、というのがその具体的内容である。
私は、民主党政権崩壊の原因は「公約に書いていることはまともにやらず、公約に書いていない消費増税に踏み込んだこと」「第2自民党化したこと」に原因があると考えている(民主党が第2自民党に過ぎないならば、国民は政権担当実績の長い自民党でいいと考えるだろう)ので、吉田が提示したこの未来の野党像には大いに共感できる。
ただ、ここまで理想的な野党は政権交代の本場、欧米諸国でもそうそう実現していない(フランス社会党やドイツ社会民主党、スペイン社会労働党あたりが吉田の考える理想の野党像だろう)。歴史的に「野党不毛地帯」の日本で、こうした野党の生まれる余地があるのだろうか。考えれば考えるほど、暗澹とした気持ちになる。
著者の吉田は政治学者であり、現実政治を担わなければならない「当事者」としての野党とは立場が違う。学者の使命は「あるべき理想」を提示することであり、その意味で吉田は学者としてきちんと仕事を果たしたと言えよう。
自民党政権はすでに60年近くに及び、保守合同による自民党成立以前を知っている人は若くても70~80歳代という状況の下で、多くの日本人は、「野党を育てるといってもどうやって育てていいかわからないし、そもそも野党に何を期待していいのかもわからない」というのが実情だろう。このような有権者しかいない国で、まともな野党が育つわけがない。まともな野党は、それを育てたいという国民が存在して初めて育つものである。
そのように考えると、本書には「どうすれば野党が育つか」の処方箋が欲しかった。著者の吉田は、諸外国の政治事情にはそれなりに知見があり、諸外国の例も豊富に紹介されているが、政治的諸条件の違う諸外国の例は日本の参考にはなり得ない。日本の政治事情に即した野党の育て方についてのヒントが欲しかったが、それが提示されていないのは、吉田もその方法論を持ち合わせていないからだろう。この処方箋が示されなかった点を考慮して、星3つの評価とする。
しかし、野党とは何か、それが政治においてどのような役割を果たすべきかについては示されている。日本の政治状況を考えると、今はそれで十分ではないだろうか。野党がこんな体たらくの日本で、あまり高望みをしても仕方がないと思う。
自分たちの子どもたち、孫たちの世代になっても、まだこの本が「有り難がられて読まれ続けている」状況にならないよう、今の世代の私たちが、吉田の提示する理想の野党に少しでも近いものを生み出せるよう、できることから取り組む以外にないのではないだろうか。
そもそも、日本では野党について真面目に論じた書物自体が極端に少なく、日本共産党以外の野党は論壇からまともな議論対象として認識されたことさえない。「対案を示さず反対ばかり」「外交・安保を理解できない反日売国集団」という自民党・ネトウヨの宣伝が行き届きすぎて、野党が国民に相手にされていない現実がまずある。そうした中で、あえて誰もやろうとしない仕事にチャレンジした吉田の心意気は評価できる。
吉田は、55年体制期の「抵抗反対野党」、ポスト55年体制期の「政権交代型野党」の後に来るべき未来の野党像として「対決型」野党を提示している。「争点対立的」で「動員の範囲」「野党性」がいずれも「高」い野党、つまり自民党とは異なる社会像(オルタナティブ)を提示でき、無党派層を含む国民多数を動員できる政党、というのがその具体的内容である。
私は、民主党政権崩壊の原因は「公約に書いていることはまともにやらず、公約に書いていない消費増税に踏み込んだこと」「第2自民党化したこと」に原因があると考えている(民主党が第2自民党に過ぎないならば、国民は政権担当実績の長い自民党でいいと考えるだろう)ので、吉田が提示したこの未来の野党像には大いに共感できる。
ただ、ここまで理想的な野党は政権交代の本場、欧米諸国でもそうそう実現していない(フランス社会党やドイツ社会民主党、スペイン社会労働党あたりが吉田の考える理想の野党像だろう)。歴史的に「野党不毛地帯」の日本で、こうした野党の生まれる余地があるのだろうか。考えれば考えるほど、暗澹とした気持ちになる。
著者の吉田は政治学者であり、現実政治を担わなければならない「当事者」としての野党とは立場が違う。学者の使命は「あるべき理想」を提示することであり、その意味で吉田は学者としてきちんと仕事を果たしたと言えよう。
自民党政権はすでに60年近くに及び、保守合同による自民党成立以前を知っている人は若くても70~80歳代という状況の下で、多くの日本人は、「野党を育てるといってもどうやって育てていいかわからないし、そもそも野党に何を期待していいのかもわからない」というのが実情だろう。このような有権者しかいない国で、まともな野党が育つわけがない。まともな野党は、それを育てたいという国民が存在して初めて育つものである。
そのように考えると、本書には「どうすれば野党が育つか」の処方箋が欲しかった。著者の吉田は、諸外国の政治事情にはそれなりに知見があり、諸外国の例も豊富に紹介されているが、政治的諸条件の違う諸外国の例は日本の参考にはなり得ない。日本の政治事情に即した野党の育て方についてのヒントが欲しかったが、それが提示されていないのは、吉田もその方法論を持ち合わせていないからだろう。この処方箋が示されなかった点を考慮して、星3つの評価とする。
しかし、野党とは何か、それが政治においてどのような役割を果たすべきかについては示されている。日本の政治状況を考えると、今はそれで十分ではないだろうか。野党がこんな体たらくの日本で、あまり高望みをしても仕方がないと思う。
自分たちの子どもたち、孫たちの世代になっても、まだこの本が「有り難がられて読まれ続けている」状況にならないよう、今の世代の私たちが、吉田の提示する理想の野党に少しでも近いものを生み出せるよう、できることから取り組む以外にないのではないだろうか。
ベスト1000レビュアー
野党とは何か。日本における歴史や世界各国の野党などをあげながら、その意味を問い直す。
「野党は共闘」が叫ばれた今年だが、そもそも野党とはどうあるべきか。それは全体的な政治システムに大きく左右される。
欧米の国々の政治システムや与野党の歴史は自分は全然分かっておらず、とても勉強になった。
最終章の今後の与野党対立的争点についてはもっと詳しく知りたい。
「野党は共闘」の前に野党を知ろう。
「野党は共闘」が叫ばれた今年だが、そもそも野党とはどうあるべきか。それは全体的な政治システムに大きく左右される。
欧米の国々の政治システムや与野党の歴史は自分は全然分かっておらず、とても勉強になった。
最終章の今後の与野党対立的争点についてはもっと詳しく知りたい。
「野党は共闘」の前に野党を知ろう。
ベスト1000レビュアー
そもそも「野党」とは、何のためにあるのか。その意義は。
本書はそれを様々な国の例を挙げるなどしながら、分析していく。
先の参院選でのていたらくを見ると、いまさらこういうことを……
と考えるかもしれないが、やはり一党だけが強いのは権力が肥大化する。
では、野党の意義は何か。
1/権力側の与党に異議申し立てをすること
2/政策の争点を有権者向けにわかりやすく噛み砕くこと
3/ともすれば与党が忘れがちな少数民意を代表すること
――この3つだと著者は言う。
二大政党制でも多党制の中でも、野党は民主主義を
円滑に正しく回転させる責任がある。
今、日本の野党はその役割を果たしているとは思えない。
それだけにやや隔靴掻痒の感は否めないが、
野党の機能や意義を確認する1冊になると思う。
本書はそれを様々な国の例を挙げるなどしながら、分析していく。
先の参院選でのていたらくを見ると、いまさらこういうことを……
と考えるかもしれないが、やはり一党だけが強いのは権力が肥大化する。
では、野党の意義は何か。
1/権力側の与党に異議申し立てをすること
2/政策の争点を有権者向けにわかりやすく噛み砕くこと
3/ともすれば与党が忘れがちな少数民意を代表すること
――この3つだと著者は言う。
二大政党制でも多党制の中でも、野党は民主主義を
円滑に正しく回転させる責任がある。
今、日本の野党はその役割を果たしているとは思えない。
それだけにやや隔靴掻痒の感は否めないが、
野党の機能や意義を確認する1冊になると思う。
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野党とは何か。
筆者はこれに対し、野党の機能は多数決の決定からこぼれ落ちる「民意の残余」を代弁する機能にあるとし、その観点から野党を論じている。
序章、一章、三章で提示される「野党機能」の様々なありようの議論と意義は非常に面白かった。
単なる「議会での非政権党」だけでなく、ドイツの強力な州政府や司法、フランスの大統領と首相の駆け引き、三権分立などの「非主流派を代弁する要素」の機構はあまり知らないのでためになる。
スイスの各党から大臣を集めてくるシステムなどは日本ではまず考えられないもので興味深い。
また、スウェーデンやイスラエルも長らく政権交代を経験していないらしく、これらの国で民主主義がどう理解されていたのかは議論がなかったが気になる点だと思った。
反対に日本の野党状況を論じた二章と終章は一見よさそうな分析に見えるが、落ち着いて考えると論拠不足であまり地に足がついていないものが多いと思った。
そもそも野党を「民意の残余を代弁する仕組み」と複眼的にとらえておきながら、日本を論じる際には「政権党でない議会の党」という狭い意味になぜか陥ってしまい、社会党や民主党のみが野党機能を担いうるかのように議論しているのは一貫していないと感じた。
例えば日本の場合は自民党内の派閥が実効的政権交代の役割を担ってきたとされており、そうした派閥による「野党機能」や、あるいは官僚等の外部組織による民意残余回収の分析こそ本書にふさわしいと思うのだが、そういった点はあまり突っ込んで触れられてはいなく残念であった。
また、社会党が理念ばかり振りかざして抵抗勢力的に振る舞っていたことを筆者は肯定的に評価しようと試みているようにも見えるが、「現実の政策として実行しえない理念」はそもそも政策選択として選ばれなかった側の「民意の残余」たりえない以上、野党をこのような広い観点からとらえたとしても、非現実的な理念を振りかざす路線は擁護しがたいと思う。
最後の章では社会保障、貧困などの日本政治のトピックスについて筆者の見解が述べられどう対立があるかが概観されているが、これは筆者の勝手な政治主張という感じが強く、野党の在り方云々とは大きくずれてしまっており不要な章であると思った。
その他の点としては、筆者は「議会のねじれは問題ない(むしろ野党性が活きる)」と論じているが、海外では上院、下院、大統領or首相とそれぞれの権限は異なれど各トピックスについてどこかが決定権限を持っており「決めることは出来る」ことが多いのに対し、日本のねじれは両院の多数勢力が異なると双方が妥協しない限り「何も決めれない」状況に陥る点が問題なのだと思うが、このような制度面の話に踏み込まずに表層的に「ねじれ」というワードだけで論じているのはいただけない。
総じて言えるのは、野党性の問題(どう表れるか、どう保障するか)は制度と社会構造であるはずなのに、日本に関する議論でそういった点が悉く欠落してしまっている、という点であろう。
よい議論もあるので、日本関係の部分をバッサリと削り民主主義論の観点から野党機能を書くことに専念した方がいい本に仕上がったのではと思えてくる。
筆者はこれに対し、野党の機能は多数決の決定からこぼれ落ちる「民意の残余」を代弁する機能にあるとし、その観点から野党を論じている。
序章、一章、三章で提示される「野党機能」の様々なありようの議論と意義は非常に面白かった。
単なる「議会での非政権党」だけでなく、ドイツの強力な州政府や司法、フランスの大統領と首相の駆け引き、三権分立などの「非主流派を代弁する要素」の機構はあまり知らないのでためになる。
スイスの各党から大臣を集めてくるシステムなどは日本ではまず考えられないもので興味深い。
また、スウェーデンやイスラエルも長らく政権交代を経験していないらしく、これらの国で民主主義がどう理解されていたのかは議論がなかったが気になる点だと思った。
反対に日本の野党状況を論じた二章と終章は一見よさそうな分析に見えるが、落ち着いて考えると論拠不足であまり地に足がついていないものが多いと思った。
そもそも野党を「民意の残余を代弁する仕組み」と複眼的にとらえておきながら、日本を論じる際には「政権党でない議会の党」という狭い意味になぜか陥ってしまい、社会党や民主党のみが野党機能を担いうるかのように議論しているのは一貫していないと感じた。
例えば日本の場合は自民党内の派閥が実効的政権交代の役割を担ってきたとされており、そうした派閥による「野党機能」や、あるいは官僚等の外部組織による民意残余回収の分析こそ本書にふさわしいと思うのだが、そういった点はあまり突っ込んで触れられてはいなく残念であった。
また、社会党が理念ばかり振りかざして抵抗勢力的に振る舞っていたことを筆者は肯定的に評価しようと試みているようにも見えるが、「現実の政策として実行しえない理念」はそもそも政策選択として選ばれなかった側の「民意の残余」たりえない以上、野党をこのような広い観点からとらえたとしても、非現実的な理念を振りかざす路線は擁護しがたいと思う。
最後の章では社会保障、貧困などの日本政治のトピックスについて筆者の見解が述べられどう対立があるかが概観されているが、これは筆者の勝手な政治主張という感じが強く、野党の在り方云々とは大きくずれてしまっており不要な章であると思った。
その他の点としては、筆者は「議会のねじれは問題ない(むしろ野党性が活きる)」と論じているが、海外では上院、下院、大統領or首相とそれぞれの権限は異なれど各トピックスについてどこかが決定権限を持っており「決めることは出来る」ことが多いのに対し、日本のねじれは両院の多数勢力が異なると双方が妥協しない限り「何も決めれない」状況に陥る点が問題なのだと思うが、このような制度面の話に踏み込まずに表層的に「ねじれ」というワードだけで論じているのはいただけない。
総じて言えるのは、野党性の問題(どう表れるか、どう保障するか)は制度と社会構造であるはずなのに、日本に関する議論でそういった点が悉く欠落してしまっている、という点であろう。
よい議論もあるので、日本関係の部分をバッサリと削り民主主義論の観点から野党機能を書くことに専念した方がいい本に仕上がったのではと思えてくる。





