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「近代の超克」とは何か 単行本 – 2008/5/22

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商品の説明

内容紹介

何を超克するのか、誰のためのアジアなのか。「東アジア共同体」 構想が浮上するなか、いまふたたび 「近代の超克」 が呼び戻されようとしている。侵略と解放が無自覚に混同されたまま戦われた戦争に追随した、昭和の思想的難題。その実態と核心は何だったのか? 竹内好、三木清、小林秀雄、保田與重郎らの言説を批判的に読み解き、アジアにおける反戦平和の思想へ向けて、新たな扉を押しひらく。

内容(「BOOK」データベースより)

「東アジア共同体」構想が浮上するなか、いまふたたび「近代の超克」が呼び戻されようとしている。侵略と解放が無自覚に混同されたまま戦われた戦争に追随した、昭和の思想的難題。その実態と核心は何だったのか?竹内好、三木清、小林秀雄、保田與重郎らの言説を批判的に読み解き、アジアにおける反戦平和の思想へ向けて、新たな扉を押しひらく。

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登録情報

  • 単行本: 277ページ
  • 出版社: 青土社 (2008/5/22)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4791764102
  • ISBN-13: 978-4791764105
  • 発売日: 2008/5/22
  • 梱包サイズ: 19.4 x 13.8 x 1.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0 1 件のカスタマーレビュー
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形式: 単行本
「近代の超克」とは何か?活動し語る人びとの思考と存在のXであった。「近代の超克」は何を超克するのか?それは文化と存在者を超克するということだったならば、開かれた世界史的ホームレス性へ行く。しかし実際に行ったのは、「世界史的日本」という国家の牢獄だった。「近代の超克」は、近代という名のヨーロッパ劇場を越える<ホンモノ>劇場を、戦う国家に求めたからだ。「近代の超克」が定位したのは、ナショナリズムのブルジョア的<住屋>であった。チョムスキーが見抜いたように、知識人は自らを解放者と思い込むけれど、歴史に鑑みると、多くは最後に、酷いのは始めから最後まで、全体主義に従順な太鼓持ちであった。座談会「世界史的立場と日本」における参加者も、そのような知識人だった。「近代の超克論。知識人の発言を分析した、子安宣邦氏はこう語る。

・日本の近代がヨーロッパ的近代を志向するものであるかぎり、その「反」としての民族主義とは土着的アジアへの志向である。そして日本にとっての近代が、表層的変容としての近代であるかぎり、その「反」としての民族主義は底深いアジア的深部からの変革の主体を求めていく。あるいはまた日本の近代国家が先進ヨーロッパ文明の模倣的受容からなる偽以的近代国家とみなされるかぎり、その「反」としての民族主義は民族の魂をもった真正の民族国家を希求する。要するに日本の近代がよそものであれ
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