「タテ社会の人間関係」(中根千絵)、「菊と刀」(ルース・ベネディクト)などと並んで、日本人論の代表作ともいえる本書ですが、切り口はかなりユニークで、「甘える」という概念から日本人を議論しています。甘えるとは他者への依存心でありますが、これはつきつめると他者との同一感、一体感を得たいという欲求でもあります。著者によれば人類、果ては犬までも甘える行為は見られるものの、「甘える」というような言葉は他の言語ではほとんど見られないとのこと(英語でも甘やかすという意味でのindulgeなどありますが、自分が能動的に甘える、という言葉はない)。つまり日本人は人間の本能的な行為をやまと言葉で発明したわけですが、甘えると関係した語彙が日本語には豊富であることを示します。
ほとんどの人がそうだと思いますが、「甘える」という言葉自体は小さいころから知っていて(〇〇ちゃんは甘えん坊ですね、と親戚や知り合いの大人から言われる)、それが何を意味しているかはわかっているものの、著者ほど深く考える人はいないでしょう。私自身も人生で初めて「甘えるとは何か」というお題を深く考えさせられた気がします。
甘えることは依存欲求ではありますが、より根源的には同一化欲求である、という説明は腹落ちしました。すると日本には「同調圧力」という言葉がありますが、実はその圧力は外部からというより自分自身の内部から生まれているのではないかとも感じました。またコロナウイルスによってサラリーマンの多くが強制的にテレワークをしましたが、テレワークに反発する人も多かったと聞きます。これなどは日本人の「甘え」、つまりテレワークでは組織との一体感、同一感が失われるとする危機感のあらわれと見ることも可能かと思いました。
本書では日本だけでなく西洋(欧米)との対比もなされていますが、私が最も興味深かったのは、なぜ欧米人は個人主義が進んだのか、という点についての最後の著者の主張です。欧米でも中世までは単一組織にしか所属することが許されていなかったが、近代化の過程で複数の集団に所属することができるようになった。これこそが自己意識、あるいは個人主義の強まりにつながっているのであって、確かに1つの組織への忠誠を誓わされ、転職や副業も欧米ほどは容易でない典型的な日本企業に働いている人の場合は、「その組織から放逐されないこと(同一化を維持すること)」が最大の関心事になるのでしょう。つまり裏返せば、日本でも転職や副業/兼業が欧米並みに当たり前になったとき、「甘え」は徐々に見られなくなる、ということなのかもしれません。本書は様々な思考のきっかけを与えてくれる良書でした。
この商品をお持ちですか?
マーケットプレイスに出品する

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません 。詳細はこちら
Kindle Cloud Readerを使い、ブラウザですぐに読むことができます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
「甘え」の構造 [増補普及版] 単行本 – 2007/5/15
購入を強化する
「甘え」が失われた社会に
「甘やかし」と「甘ったれ」が蔓延している。
「甘やかし」と「甘ったれ」が蔓延している。
変質しつつある日本社会の根底に横たわる危機を
鋭く分析した書下し論考<「甘え」今昔>を加えた増補普及版!
----いまこそ読まれるべき不朽の名著
●1971年の刊行以来名著の名をほしいままにしてきた本書は、三十数年後の
今日も読み継がれている古典です。
本書で著者は「甘えるな」というありきたりの処世訓を説いたのではな
く、日本社会において人々の心性の基本にある「甘え」「甘えさせる」人間関係
が潤滑油となって集団としてのまとまりが保たれ、発展が支えられてきたこと
を分析して見せたのです。
しかしその後日本の社会と文化は大きく変質し、油断ならない、ぎすぎすし
た関係を当然とする社会風土が形成されてきました。それはすなわち、良き「甘
え」が消失し、一方的な「甘やかし」や独りよがりの「甘ったれ」が目立つ世の
中になったことも意味するのです。
いまこそ、本書を通じて、なぜかくも生きづらい世になってしまったの
か、日本社会はどうあるべきなのかをじっくり考えてみましょう。
- ISBN-104335651295
- ISBN-13978-4335651298
- 版増補普及
- 出版社弘文堂
- 発売日2007/5/15
- 言語日本語
- 本の長さ318ページ
この商品を見た後に買っているのは?
ページ: 1 / 1 最初に戻るページ: 1 / 1
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
親しい二者関係を基盤とする「甘え」の心性が失われ、無責任な「甘やかし」と「甘ったれ」が蔓延しています。変質しつつある日本社会の根底に横たわる危機を分析した書下し論考“「甘え」今昔”を加えた新増補版。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
土居/健郎
1920年東京に生まれる。1942年東京大学医学部卒業。1950年‐52年アメリカのメニンガー精神医学校留学。1955年‐56年アメリカのサンフランシスコ精神分析協会留学。1961年‐63年アメリカ国立精神衛生研究所に招聘。1957年‐71年聖路加国際病院精神科医長。1971年‐80年東京大学医学部教授。1980年‐82年国際基督教大学教授。1983年‐85年国立精神衛生研究所所長。現在、聖路加国際病院顧問。医学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1920年東京に生まれる。1942年東京大学医学部卒業。1950年‐52年アメリカのメニンガー精神医学校留学。1955年‐56年アメリカのサンフランシスコ精神分析協会留学。1961年‐63年アメリカ国立精神衛生研究所に招聘。1957年‐71年聖路加国際病院精神科医長。1971年‐80年東京大学医学部教授。1980年‐82年国際基督教大学教授。1983年‐85年国立精神衛生研究所所長。現在、聖路加国際病院顧問。医学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
Kindle化リクエスト
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
このタイトルのKindle化をご希望の場合、こちらをクリックしてください。
Kindle をお持ちでない場合、こちらから購入いただけます。 Kindle 無料アプリのダウンロードはこちら。
登録情報
- 出版社 : 弘文堂; 増補普及版 (2007/5/15)
- 発売日 : 2007/5/15
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 318ページ
- ISBN-10 : 4335651295
- ISBN-13 : 978-4335651298
- Amazon 売れ筋ランキング: - 9,943位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- - 82位臨床心理学・精神分析
- - 483位心理学入門
- - 510位心理学の読みもの
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
5つ星のうち4.2
星5つ中の4.2
137 件のグローバル評価
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2021年6月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本はどこまで行っても同調圧力の強い社会である。同調圧力の強さに霹靂として外に飛び出す者もいるが、結局、飛び出した先の別の同調圧力の中に置かれるのが実際ではないか。
どこまで行っても、我々は、絆、という枠組みに捉われやすい。
同調圧力を認識できる境界が、その人にとって内と外を分ける境であろう。日本人は内と外で振る舞いが変わることが多い。仲間内では内弁慶であったり逆に慎ましかったり、外では穏やかであったり或いは冷徹であったり、それぞれである。
それは何故なのか考える一つのヒントを与えてくれるのが本書である。
甘えは、同調圧力にさらされた個人の、内での脱力だったり、お互いの程よい距離感を保つ仕掛けであるように思う。逆に言えば、同調圧力があるうちは個人の甘えが許される空間が残されているのだろう。
どこまで行っても、我々は、絆、という枠組みに捉われやすい。
同調圧力を認識できる境界が、その人にとって内と外を分ける境であろう。日本人は内と外で振る舞いが変わることが多い。仲間内では内弁慶であったり逆に慎ましかったり、外では穏やかであったり或いは冷徹であったり、それぞれである。
それは何故なのか考える一つのヒントを与えてくれるのが本書である。
甘えは、同調圧力にさらされた個人の、内での脱力だったり、お互いの程よい距離感を保つ仕掛けであるように思う。逆に言えば、同調圧力があるうちは個人の甘えが許される空間が残されているのだろう。
ベスト500レビュアー
Amazonで購入
東洋と西洋の比較が真骨頂であります。
甘えの言語的アプローチや文化的アプローチが際立っていて名著です。
日本の同質的民族性と島国であることが遠因で甘えベースの人間関係が
培われたことが分かります。粋も侘び寂びも甘えの関係性で紐解くこと
が出来て新発見でした。大人の幼稚化も終章で嘆いていますが、
やはり一人一人が成熟することが大事だとは思いますが、環境上なかなか
成熟するのが困難な時代であると思いました。(『幼少の帝国』も参照)
都会では個人化が進みソロ活で単身者が増えて未熟者で真の自立も出来ず
に甘えも上手で無く、冷たい個人主義の人間ばかり量産されている印象も
あります。ソロ活と未熟者と甘えの関係性で消費ばかりのソロ活で成熟の
道も遠く、人それぞれ甘えれない状態でジレンマを抱えたままの個人ばかり
という風潮を感じてしまいました。受け身の被害者面の人が多くなるのも
自分を含めて同感です。かわいいと正しいばかりが跋扈する時代の
令和版の甘えの構造もみたいです。自助で結婚率上昇のキーでもあると
思いました。甘え上手の寂しんぼうは既に許されない?甘えも共依存で
是正対象?甘え拒否の生き方は生き辛さの裏返し?
甘えの言語的アプローチや文化的アプローチが際立っていて名著です。
日本の同質的民族性と島国であることが遠因で甘えベースの人間関係が
培われたことが分かります。粋も侘び寂びも甘えの関係性で紐解くこと
が出来て新発見でした。大人の幼稚化も終章で嘆いていますが、
やはり一人一人が成熟することが大事だとは思いますが、環境上なかなか
成熟するのが困難な時代であると思いました。(『幼少の帝国』も参照)
都会では個人化が進みソロ活で単身者が増えて未熟者で真の自立も出来ず
に甘えも上手で無く、冷たい個人主義の人間ばかり量産されている印象も
あります。ソロ活と未熟者と甘えの関係性で消費ばかりのソロ活で成熟の
道も遠く、人それぞれ甘えれない状態でジレンマを抱えたままの個人ばかり
という風潮を感じてしまいました。受け身の被害者面の人が多くなるのも
自分を含めて同感です。かわいいと正しいばかりが跋扈する時代の
令和版の甘えの構造もみたいです。自助で結婚率上昇のキーでもあると
思いました。甘え上手の寂しんぼうは既に許されない?甘えも共依存で
是正対象?甘え拒否の生き方は生き辛さの裏返し?