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「日本人の神」入門 神道の歴史を読み解く (講談社現代新書) 新書 – 2016/5/18

5つ星のうち 4.3 8件のカスタマーレビュー

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商品の説明

内容紹介

人間と宗教の歴史は長く深い。それは国民国家のレベルを超えて「人はどこで何のために生きるのか」という場所性や共同体に関わる問いでもある。日本人にとって、神道と天皇、また皇祖神との繋がりは重要であった。本書のサブタイトルである「神道の歴史を読み解く」は、今だからこそ我々が議論すべき主題である。そのために、古代の「神仏習合」から明治以降「神仏分離」の理解から始めようという現代人必読の入門書である。

著者について

島田 裕巳
1953年東京生まれ。宗教学者、文筆家。76年東京大学文学部宗教学科卒業。同大学大学院人文科学研究科修士課程修了。84年同博士課程修了(宗教学専攻)。東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。
著書に『創価学会』『世界の宗教がざっくりわかる』(以上、新潮新書)、『日本の10大新宗教』『葬式は、要らない』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』(以上、幻冬舎新書)『宗教消滅――資本主義は宗教と心中する』(SB新書)、『0葬――あっさり死ぬ』(集英社)『戦後日本の宗教史』(筑摩書房)などがある。

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登録情報

  • 新書: 256ページ
  • 出版社: 講談社 (2016/5/18)
  • 言語: 日本語
  • ISBN-10: 4062883708
  • ISBN-13: 978-4062883702
  • 発売日: 2016/5/18
  • 梱包サイズ: 17.4 x 10.6 x 1 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.2 8件のカスタマーレビュー
  • Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 176,499位 (本の売れ筋ランキングを見る)
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カスタマーレビュー

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トップカスタマーレビュー

形式: 新書 Amazonで購入
私は日本史には大いに興味があるのだが、神道には全く興味がなく、日本史本の中で時折出てくる神道関係の記事については、よく分からないまま読み流しているというのが実態だったので、日本史を本当に理解するためにも本書を読んでみることにした。 

本書を読んでいて特に強烈な印象に残ったのが、少なくとも私にとっては初耳である日本神道を代表する天照大神、八幡神、大国主命に関する非常にユニークな筆者の見方だった。

筆者はまず、当初は大国主命とともに宮中において祀られていたという皇祖神である天照大神が、なぜ大和からはるかに離れた伊勢に祀られるようになり、しかも、代々の天皇が伊勢神宮に参拝しなかったのかという謎について第二章で考察している。 

第三章では、もともとは朝鮮半島からの渡来神である応神天皇が習合した八幡神について、応神天皇は父である仲哀天皇を天照大神に殺されていることから、八幡神をめぐる信仰の展開過程を追って、応神天皇が天照大神に敵討ちを果たした、あるいは、八幡神が皇祖神としての天照大神の地位を簒奪したとも言えるとし、そこにどういった現実が反映されているのか、想像力を働かせれば、隠された歴史を発掘することも可能かもしれないとしている。 

第五章では、大国主命についてはさまざまな謎がつきまとっており、大国主命ほ
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形式: 新書
何もなければ、「神様=日頃お参りしている神社の主祭神は、〇〇だ=について特に意識していない」というのが、私を含めた一般人の偽らない心境でしょう。 何気なく、ふと思い立って本書を購入したのですが、いやいや大変勉強になりました。 歴史の授業で、明治時代の「廃仏毀釈」の話はでてきますが、「神仏習合」の歴史=神様と仏様が並んで祀られる状態=が、奈良時代まで遡るところまでは知りませんでした。 「何故、都から遠く離れた伊勢の地に天照大御神が祀られているのか」、とか「記紀に出てこない八幡神の社が、何故、全国各地に幅広く存在するのか」といった、何気ない疑問についても答えてくれる本です。 「困ったときの神頼み」くらいしか意識しない神様ですが、私たちの心に根差している素朴な「神様」=「信仰」について、秋の夜長に思いを巡らせてみるのも一興ですよ。 特に「御利益」がある訳ではないでしょうが。
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形式: 新書
著者の島田裕巳は、一般向けの書籍も多数発表している宗教学者。
本書は、日本の神の性格、皇祖神、神仏習合、人を神に祀ること、神仏分離など、日本人にとっての「神」を、「神道」の歴史から網羅的に考察したもの。特に、最後段に示される、日本人(皇室を含め)の神とのかかわり方が明治に入った時点で根本的な変化を被ったという点は、その後の日本現代史に少なからぬ影響を与えたに違いなく、改めて注目すべきものとも言える。
主な内容は以下。
◆日本の神は、遍在している一神教の神とは異なり、特定の場所にしか祀られることがない。古代の日本人は、特定の山や岩や石を神に出会うのに相応しい神聖な場所としたが、そこには元来社殿などは作られていなかったと考えられる。奈良の大神神社(三輪神社)は、現在も、三輪山を御神体とし、本殿は存在しない。
◆皇祖神の「天照大神」は、元来は倭大国魂神と共に宮中に祀られていたが、様々な禍の原因とされたため、宮廷から遠く離れた伊勢神宮に祀られることになった。天皇の伊勢参拝が明治以前に殆ど行われなかったのは、天照大神の放つ禍々しい力を怖れ、そこから距離をおこうとしてきたためと考えられる。
◆現在日本で最も多い八幡神社に祀られる「八幡神」は『古事記』や『日本書紀』に登場しない渡来神であったと考えられ、もともと大分の宇佐神宮に祀られていたが、応神
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形式: 新書
「入門」と題しているが基本的には「ぼくの考えるファンタジー」であり、思いつきをただ書きとめているにすぎない。
神宮にしろ八幡にしろ春日にしろ、とにかく論が乱暴。自論にとって都合のよい知識だけを並べて強調している印象だ。
図や写真が異様に少ない点も、読者にできるだけ反論の余地を見せないようにしているのでは?と勘繰りたくなる。

たとえば、出雲大神宮(丹波国/京都府)と大神神社(大和国/奈良県)という2つの一宮が登場するが、
どちらも山を御神体としており、かつては社殿が存在しなかった。そこから日本の原始的な信仰の形を論じているが、
そうは言っても一宮である。しかも、それぞれ1国に1ヶ所しかない、時代による変化のない「確定した一宮」だ。
『延喜式神名帳』の時点(927年)でどちらも名神大社となっているので、それなりの規模・知名度だったはずなのだ。
この本でもとりあげられている『徒然草』の第236段「丹波に出雲と云ふ処あり」では、出雲大神宮について、
獅子と狛犬が逆向きで何か由緒があるだろう……と思ったら子どものいたずらだった、という話の流れとなっている。
つまりこの時点で、出雲大神宮には遠方からの参拝者に伝統と格式を感じさせるものがあった、と考えるべきだろう。
でもこの本では、『
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