Oh Yeah
全く参ったぜ 騙されたぜ
差別はいけないとみんな言うけど
なぜ ダメなのか おまえ書いてねーじゃねか
差別する心は持っていいんだよ
それは人が自己保存するための感情の一つだから
おまえは知らない 内心の自由を
差別 それは人が持つ感情の一つ
許されないのは 差別する言動
俺は ある程度の知性ある人だから
差別する言動をするのも見るのも大嫌いだ
お前は解っていない
Oh Yeah
全く参ったぜ 騙されたぜ
差別はいけないとみんな言うけど
アイディンティテイ?シティズンシップ?
おまえの本の中できちっと定義しろよ
おまえ英語の意味知ってんの?
誰もが個人なんたよ
だから 誰もがマイノリティなんだよ
だから 何らかの寄る統べが必要になんだよ
そういう 俺もろくにライムできねーがな
差別する言動をするのも見るのも大嫌いだ
お前は解っていない
Oh Yeah
全く参ったぜ 騙されたぜ
差別はいけないとみんな言うけど
マイケル・サンデル(知ってるよDVD持ってるよ)
太宰治(知ってるよ人間失格だろ)
三浦瑠麗(知ってるよワイドナショーだろ)
それでパンチライン決めたつもりでも笑うしかないぜ
そういう 俺もろくにフローできねーがな
差別する言動をするのも見るのも大嫌いだ
お前は解っていない
まったく薬にも毒にもならない
ただの文字の羅列高校生ラップ選手権予選落ち程度
おまえの勝手な理屈にお前自身が埋もれていく Oh Yeah
差別する言動をするのも見るのも大嫌いだ
お前は解っていない
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「差別はいけない」とみんないうけれど。 Kindle版
セクハラや差別が後をたたないのは、「差別はいけない」と叫ぶだけでは、解決できない問題がその背景にあるからだろう。反発・反感を手がかりにして、差別が生じる政治的・経済的・社会的な背景に迫る。「週刊読書人」論壇時評で注目の、気鋭のデビュー作。
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2019/7/17
- ファイルサイズ3650 KB
商品の説明
著者について
1988年大阪府生まれ。元出版社勤務。詩と批評『子午線』同人。論考に「谷川雁の原子力」(『現代詩手帖』2014年8-10月)、「原子力の神──吉本隆明の宮沢賢治」(『メタポゾン』11)、「真の平等とはなにか? 植松聖と杉田水脈「生産性」発言から考える」「『みんなが差別を批判できる時代』に私が抱いている危機感」「大炎上したローラ『辺野古工事中止呼び掛け』をどう考えればよいか」(以上三篇、いずれも「現代ビジネス」講談社など。
「連続トークイベント 今なぜ批評なのか──批評家・綿野恵太が、12人の知性に挑む」開催中。「オルタナレフト論」を連載中(晶文社スクラップブック)。
登録情報
- ASIN : B07VQ64RCN
- 出版社 : 平凡社 (2019/7/17)
- 発売日 : 2019/7/17
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 3650 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 274ページ
- Amazon 売れ筋ランキング: - 84,411位Kindleストア (の売れ筋ランキングを見るKindleストア)
- - 2,863位社会学 (Kindleストア)
- - 3,641位社会学概論
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2020年3月16日に日本でレビュー済み
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2019年7月31日に日本でレビュー済み
ポリコレによって毀損されたマイノリティの権利が、実際にどれだけこの日本社会にあるでしょうか。実際には、マジョリティによって破壊される権利ばかりで、それに社会全体で抗うためのものがポリコレです。
この著者のような、ヘイトスピーチとそれに抗う動きを、同列のように語るのは悪しきDD論(どっちもどっち)の典型です。実社会で起こっている問題、特にいま目の前で誰かの権利が破壊され、それによって誰かの人生が破壊されていることには、何の役にも立ちません。役に立たないどころか、差別者の加担にしかなりません。
確かに批評は、いまの日本社会においては力を失っているように見えます。それは、この著者自身がそれをあらわしているように、大きな力に対抗することを放棄した体たらくな批評家がのさばっているからに他なりません。そのようなひとが、批評のこれからを云々することには、失笑しかありません。
読むに値する本とは到底思えませんが、90年代以降の日本の思想・批評の界隈が陥ったダメポモ(ダメなポストモダン)のタコ壺がこうも根深く浸透してしまい、21世紀ももう20年目を迎えようかという時期に至ってもそこに安穏していられるバカバカしい実例として、いずれは歴史的価値くらいは獲得するかもしれませんので、星をひとつ進呈しようと思います。
著者はもうちょっと、勉強してください。社会で、街で、路上で、実際に起こっていることを、知るべきです。
この著者のような、ヘイトスピーチとそれに抗う動きを、同列のように語るのは悪しきDD論(どっちもどっち)の典型です。実社会で起こっている問題、特にいま目の前で誰かの権利が破壊され、それによって誰かの人生が破壊されていることには、何の役にも立ちません。役に立たないどころか、差別者の加担にしかなりません。
確かに批評は、いまの日本社会においては力を失っているように見えます。それは、この著者自身がそれをあらわしているように、大きな力に対抗することを放棄した体たらくな批評家がのさばっているからに他なりません。そのようなひとが、批評のこれからを云々することには、失笑しかありません。
読むに値する本とは到底思えませんが、90年代以降の日本の思想・批評の界隈が陥ったダメポモ(ダメなポストモダン)のタコ壺がこうも根深く浸透してしまい、21世紀ももう20年目を迎えようかという時期に至ってもそこに安穏していられるバカバカしい実例として、いずれは歴史的価値くらいは獲得するかもしれませんので、星をひとつ進呈しようと思います。
著者はもうちょっと、勉強してください。社会で、街で、路上で、実際に起こっていることを、知るべきです。
2020年8月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
アメリカ研究者の見習いとしてレビューを書かかせていただく。
この本はアメリカの差別問題を頻繁に参照しているが、著者は自説を押し通すためにしばしば歴史を改ざんしている。そうしたフェイクヒストリーの問題が深刻であるため、そのいくつかを指摘したい。
まず「まえがき」で、「かつては差別を受けた当事者(被差別者)だけが差別を批判できる、という考え方が支配的だった」とみなし、これを差別批判のアイデンティティの論理と定義する。そして、アイデンティティ・ポリティクスとも言い換える。しかし、この考え方が支配的だったのはいつの時代のことなのかを著者ははっきりと書いていない。アメリカではそのような時代は存在しない。たとえば、19世紀には既に白人の奴隷制廃止運動家がいた。20世紀では公民権運動を支えた学生グループであるSNCCがあった。このグループには白人も参加している。そもそも、アイデンティティ・ポリティクスの定義として間違いである。アイデンティティ・ポリティクスは、あるアイデンティティを元にして結成されたグループの政治を指すが、当事者だけが差別を批判できるという排他的な考え方を意味していない。
アイデンティティの論理からシティズンシップの論理へと差別批判のロジックが変化したと著者は述べるが、このようにアメリカ史を参照した時に間違いだと言えるだろう。差別反対運動がマジョリティの意識を徐々に反差別へと変えてきたというのが適切な歴史理解ではないか。著者は、アイデンティティからシティズンシップへという疑わしい変化を軸に以後の章を展開していくため、本書のあらゆる個所に違和感を覚えざるをえない。
また、「現在、先進諸国では移民排斥を訴える極右勢力の台頭がいちじるしい」と述べた後に、KKK(クー・クラックス・クラン)に言及している。そして、彼らは白人の誇りを取り戻すアイデンティティ・ポリティクスを行っている、それゆえに、形式面ではKKKと被差別者は同じと言っている。しかし、KKKは南北戦争後の19世紀後半に結成された組織であり、ここは間違いである。また、差別者がアイデンティティを問題にするゆえに被差別者がアイデンティティを元にしたグループを結成せざるを得ないのだから、形式的同一性は当たり前ではないか。著者は、形式面での等価性を強調することで、KKKが多くのアフリカ系アメリカ人をリンチして殺害したという大きな非対称性を軽視する書き方をしている。
3章では、人種的あるいは性的ハラスメント規制を含めたポリティカルコレクトネスを「ブルジョワ道徳」とみなしている。著者はアメリカの人種差別や性差別に言及した後に、「ハラスメントの禁止規定は、[労働組合という]この民主主義的な平等性の不在を穴埋めするために導入された」と述べるが、根拠がない。20世紀前半のアメリカでは、人種差別のために多くのアフリカ系アメリカ人が労働組合に加入できなかった。つまり、ハラスメントの禁止規定は労働組合の差別を減らすのにも役に立つ。労働組合とハラスメント禁止規定は互いを補うものであり、違う方向の平等を目指すものである。
また、ハラスメント規制を含めたポリティカル・コレクトネスが「没落しつつある中間層や貧困層には欺瞞的なものにしか映らない」と言うが、これも問題を含んでいる。たしかに、白人男性の労働者はそう思うかもしれない。しかし、女性労働者や有色人種の労働者はベネフィットを受け取るだろう。著者がなぜ女性や有色人種を労働者階級から排除するのか、その根拠は不明である。
以上のように、著者は差別に関する知識が不足している。「あとがき」において、この本の立場を「経済と差別というふたつの領域で平等を求める」ものと規定しているが、本文からそうは見えない。著者がしていることは自説を押し通すために差別の問題を矮小化しているだけである。
著者は頭のいい勉強家ではあるだろう。しかし、差別の問題に真剣に取り組んでいないため、この本は観念を弄んだ空虚なものに過ぎない。
この本はアメリカの差別問題を頻繁に参照しているが、著者は自説を押し通すためにしばしば歴史を改ざんしている。そうしたフェイクヒストリーの問題が深刻であるため、そのいくつかを指摘したい。
まず「まえがき」で、「かつては差別を受けた当事者(被差別者)だけが差別を批判できる、という考え方が支配的だった」とみなし、これを差別批判のアイデンティティの論理と定義する。そして、アイデンティティ・ポリティクスとも言い換える。しかし、この考え方が支配的だったのはいつの時代のことなのかを著者ははっきりと書いていない。アメリカではそのような時代は存在しない。たとえば、19世紀には既に白人の奴隷制廃止運動家がいた。20世紀では公民権運動を支えた学生グループであるSNCCがあった。このグループには白人も参加している。そもそも、アイデンティティ・ポリティクスの定義として間違いである。アイデンティティ・ポリティクスは、あるアイデンティティを元にして結成されたグループの政治を指すが、当事者だけが差別を批判できるという排他的な考え方を意味していない。
アイデンティティの論理からシティズンシップの論理へと差別批判のロジックが変化したと著者は述べるが、このようにアメリカ史を参照した時に間違いだと言えるだろう。差別反対運動がマジョリティの意識を徐々に反差別へと変えてきたというのが適切な歴史理解ではないか。著者は、アイデンティティからシティズンシップへという疑わしい変化を軸に以後の章を展開していくため、本書のあらゆる個所に違和感を覚えざるをえない。
また、「現在、先進諸国では移民排斥を訴える極右勢力の台頭がいちじるしい」と述べた後に、KKK(クー・クラックス・クラン)に言及している。そして、彼らは白人の誇りを取り戻すアイデンティティ・ポリティクスを行っている、それゆえに、形式面ではKKKと被差別者は同じと言っている。しかし、KKKは南北戦争後の19世紀後半に結成された組織であり、ここは間違いである。また、差別者がアイデンティティを問題にするゆえに被差別者がアイデンティティを元にしたグループを結成せざるを得ないのだから、形式的同一性は当たり前ではないか。著者は、形式面での等価性を強調することで、KKKが多くのアフリカ系アメリカ人をリンチして殺害したという大きな非対称性を軽視する書き方をしている。
3章では、人種的あるいは性的ハラスメント規制を含めたポリティカルコレクトネスを「ブルジョワ道徳」とみなしている。著者はアメリカの人種差別や性差別に言及した後に、「ハラスメントの禁止規定は、[労働組合という]この民主主義的な平等性の不在を穴埋めするために導入された」と述べるが、根拠がない。20世紀前半のアメリカでは、人種差別のために多くのアフリカ系アメリカ人が労働組合に加入できなかった。つまり、ハラスメントの禁止規定は労働組合の差別を減らすのにも役に立つ。労働組合とハラスメント禁止規定は互いを補うものであり、違う方向の平等を目指すものである。
また、ハラスメント規制を含めたポリティカル・コレクトネスが「没落しつつある中間層や貧困層には欺瞞的なものにしか映らない」と言うが、これも問題を含んでいる。たしかに、白人男性の労働者はそう思うかもしれない。しかし、女性労働者や有色人種の労働者はベネフィットを受け取るだろう。著者がなぜ女性や有色人種を労働者階級から排除するのか、その根拠は不明である。
以上のように、著者は差別に関する知識が不足している。「あとがき」において、この本の立場を「経済と差別というふたつの領域で平等を求める」ものと規定しているが、本文からそうは見えない。著者がしていることは自説を押し通すために差別の問題を矮小化しているだけである。
著者は頭のいい勉強家ではあるだろう。しかし、差別の問題に真剣に取り組んでいないため、この本は観念を弄んだ空虚なものに過ぎない。
2019年8月1日に日本でレビュー済み
差別はいけないと、誰もが口にする時代。かつての差別を受けた人々の悲痛の叫びは、多様性の低い日本でさえも、決して意識高い系の戯言ではなくなった。それでも先進国アメリカでは、例えばアフリカン・アメリカンの男性たちがフェミニストを批判するような動きも起きている。そう、何かのマイノリティは、別の何かのマジョリティだったりもするのだ。
著者はこの厄介な構造を、カール・シュミットが説いた民主主義と自由主義の対比から、アイデンティティとシチズンシップという定義で整理する。それは言い換えると、共同性と公共性。
元来、部族で暮らす人間は、同質的な集団への帰属意識にアイデンティティを見出す。自分たちと違う集団への攻撃が差別の始まりだ。だから肌の色や性別、信仰の違いで優劣をつけたがる。民主主義はそれぞれの集団の代表を選ぶだけで、彼らの閉じた議論は我々個人の意思とは必ずしも一致しない。
だからこそ自由主義への変革が求められる。そこでは市民としての個々人が主役となる。しかし勿論これは簡単な話ではなく、自由意志の問題から、責任の重さ、天皇制にまで議論はおよぶ。次の時代を見据えるにあたり、まとまった論考が読み解ける貴重な一冊だ。
一方で政治学者・三浦瑠麗氏とのくだりは、例として適切なのかも知れないが、些か大げさで、本書の品位を落としているようで残念だ。
著者はこの厄介な構造を、カール・シュミットが説いた民主主義と自由主義の対比から、アイデンティティとシチズンシップという定義で整理する。それは言い換えると、共同性と公共性。
元来、部族で暮らす人間は、同質的な集団への帰属意識にアイデンティティを見出す。自分たちと違う集団への攻撃が差別の始まりだ。だから肌の色や性別、信仰の違いで優劣をつけたがる。民主主義はそれぞれの集団の代表を選ぶだけで、彼らの閉じた議論は我々個人の意思とは必ずしも一致しない。
だからこそ自由主義への変革が求められる。そこでは市民としての個々人が主役となる。しかし勿論これは簡単な話ではなく、自由意志の問題から、責任の重さ、天皇制にまで議論はおよぶ。次の時代を見据えるにあたり、まとまった論考が読み解ける貴重な一冊だ。
一方で政治学者・三浦瑠麗氏とのくだりは、例として適切なのかも知れないが、些か大げさで、本書の品位を落としているようで残念だ。
2020年3月6日に日本でレビュー済み
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引用-----------
いま私たちが「ポリティカル・コレクトネス」と呼んでいるシティズンシップの論理は、このアメリカの大学のスピーチコードが公共空間全体に広がったものである。
------------/
凄くこの文章は、今まであったポリコレ問題についてのモヤモヤ感について説明する良いまとめだと思う。
ただ、やっぱポリコレの論理って難しい。
私的な趣味嗜好の問題と公的な公共性が結びつくことが短絡的になってしまうのが、SNS時代なのかもしれない。
だがらやっぱポリコレに対する世間の目を養うこと、つまりなんでもかんでもハラスメント化する世の中に対しての免疫力とか鈍感力を身につけないとなんだか息苦しい世の中になる。
なんでもかんでも自粛ってなるのは考えものだと思う。
やっぱ、最近のTwitter面白くないよねっいうのは、みんながポリコレに過敏になってるせいが9割なんだと思う。
いわゆる香ばしい人を、傍目から見るようなあの感じはもはや過去のものなんだよなあ。
いま私たちが「ポリティカル・コレクトネス」と呼んでいるシティズンシップの論理は、このアメリカの大学のスピーチコードが公共空間全体に広がったものである。
------------/
凄くこの文章は、今まであったポリコレ問題についてのモヤモヤ感について説明する良いまとめだと思う。
ただ、やっぱポリコレの論理って難しい。
私的な趣味嗜好の問題と公的な公共性が結びつくことが短絡的になってしまうのが、SNS時代なのかもしれない。
だがらやっぱポリコレに対する世間の目を養うこと、つまりなんでもかんでもハラスメント化する世の中に対しての免疫力とか鈍感力を身につけないとなんだか息苦しい世の中になる。
なんでもかんでも自粛ってなるのは考えものだと思う。
やっぱ、最近のTwitter面白くないよねっいうのは、みんながポリコレに過敏になってるせいが9割なんだと思う。
いわゆる香ばしい人を、傍目から見るようなあの感じはもはや過去のものなんだよなあ。
2022年5月4日に日本でレビュー済み
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ここ最近で最も手強い本で考えを整理するため3回読みました。差別が生まれるメカニズムやポリコレの起源など新たに知ることが多くありました。ただ全体通じて社会制度の維持と引き換えに差別がもたらす代償を低く見積もってる気がしました。
第41回全国高校生読書体験記コンクール最優秀賞の奥田桂世さんの「生け贄探し」への考察がそのまま本作にも当てはまると思います。(リンク貼れないので検索ください。素晴らしい文章です)
差別はいけないというけれども人間は差別的なものだ。それゆえ乗り越えていかなければならないと改めて感じました。
第41回全国高校生読書体験記コンクール最優秀賞の奥田桂世さんの「生け贄探し」への考察がそのまま本作にも当てはまると思います。(リンク貼れないので検索ください。素晴らしい文章です)
差別はいけないというけれども人間は差別的なものだ。それゆえ乗り越えていかなければならないと改めて感じました。





