司馬さんは、昭和時代を、主人公にした小説を書いてはいない。
かって司馬さんは、ノモンハン事変(事実は戦争であるが)を書くために取材をしていたのです。
司馬さんは、このノモンハン事変の戦闘に連隊長として従事した須見新一郎大佐を主人公にして書こうと構想していたようでしたが、ある出来事から書くことをあきらめたのです。
評者は、司馬さんが、信州の温泉旅館主になっていた須見さんに会って取材していたことを、司馬さんのエッセイなどで読んだことが何度もあります。
司馬さんが書いていたこどで忘れられないのが、須見元大佐が「ソ連軍と比べたら自軍が元亀、天正の武装だった」と語っていたことでした。
「元亀、天正」は、織田信長のころの年号だから、そのくらい兵器の優劣を感じたと須見さんは言いたかったのでしょう。
なぜ司馬さんは、ノモンハンを書けなかったのか?
あるとき須見さんから司馬さん宅へ電話があり、元参謀本部作戦課長瀬島龍三と対談したことを知ったから、それまでの取材内容の使用及び今後の取材も拒否されてしまいました。
どうもこれが司馬さんがノモンハンを書けなくなった本当の理由のようなのです。
本書の著者磯田さんも司馬さんが昭和の人を題材にして小説を書いていないと指摘しています。
昭和を書けなかった司馬さんも、その思想の多くは、『この国のかたち』全6巻に書かれているように評者には思えてならないのです。
本書でも著者の磯田さんは、たびたび「この国のかたち」から多く例えとして引用しているから、やはり司馬思想(司馬史観ではない)を知るためには、「この国のかたち」は、必読の書だろうと評者は感じたのです。
司馬さんがよく書いていた昭和初期から敗戦までが、かって日本の歴史上で説明できない悩まい時代(鬼胎と表現して)だったと何度も読んだ記憶があります。
磯田さんは、この司馬さんの言及していることを、(鬼胎の時代」の謎に迫るという章で非常に簡潔に解説しているように読ませてもらいました。
ただ、私見を述べさせてもらうなら「江戸時代の負の遺産」(P122)でアジア蔑視の国民感情が台頭したことに触れていましたが、評者は、維新後「富国強兵」から兵役が義務化されたことの弊害もあるように思えるのです。
植民地になるよりいいじゃないか、という見解も理解できますが、江戸初期幕府の「武威」施政へ「先祖帰り」したような時代が明治から始まったように思えてしまったからなのです。
歴史に「if」は、禁句でしょうが、戊辰戦争など経ない日本もあり得たのではないだろうか、と愚考してしまったのです。
「鬼胎」の時代も、すべて明治維新から始まったからですから・・・。
司馬遼太郎を深く理解して簡潔にまとめた本書は、良書だと思いながら興味深く読み終えました。
「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517) (日本語) 新書 – 2017/5/8
磯田 道史
(著)
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本の長さ192ページ
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言語日本語
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出版社NHK出版
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発売日2017/5/8
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ISBN-104140885173
-
ISBN-13978-4140885178
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
当代一の歴史家が、日本人の歴史観に最も影響を与えた国民作家に真正面から挑む。戦国時代に日本社会の起源があるとはどういうことか?なぜ「徳川の平和」は破られなくてはならなかったのか?明治と昭和は本当に断絶していたのか?司馬文学の豊穣な世界から「歴史の本質」を鮮やかに浮かび上がらせた決定版。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
磯田/道史
1970年岡山市生まれ。2002年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。専攻は日本近世社会経済史・歴史社会学・日本古文書学。現在、国際日本文化研究センター准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1970年岡山市生まれ。2002年慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。専攻は日本近世社会経済史・歴史社会学・日本古文書学。現在、国際日本文化研究センター准教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
登録情報
- 出版社 : NHK出版 (2017/5/8)
- 発売日 : 2017/5/8
- 言語 : 日本語
- 新書 : 192ページ
- ISBN-10 : 4140885173
- ISBN-13 : 978-4140885178
- Amazon 売れ筋ランキング: - 22,738位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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2020年10月6日に日本でレビュー済み
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時代が変わろうが、そこに人間が存在するかぎり
人間や社会が幸せになる定石は変わらない。
現代を生きる我々が、歴史から学ぶのは
先人たちの幾多の失敗と成功を通して得られた教訓であり、
突き詰めれば、人の在り方に収斂される。
膨大な歴史を眺めてきた司馬遼太郎氏は、
我々に貴重な結論を提示してくれている。
本書の最終章で詳しく述べられているが、
それは、「共感性と自己の確立」である。
他人の心の痛みを、自らの心の痛みとして、
思いやれる精神性。
他人と協調しながらも、
決して揺らぐことのない価値観を大切にして、
他人と比べず、自分の人生を生きる。
司馬遼太郎氏が小説を通して我々に送り続けたメッセージは、
昭和前期の暗黒時代の総括を経て、
よりよい人間を創り、よりよい社会を創りたいという渇望であった。
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本書の最終章で詳しく述べられているが、
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昭和前期の暗黒時代の総括を経て、
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VINEメンバー
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穏やかで妥当な指摘を平明な文章で綴られてゐると感じました。そして、司馬遼太郎の文学が今までの先人の中でどう位置づけられるかを的確に述べられゐるのには驚きました。具体性を帯びた動態的なもので、その歴史観が歴史にまで影響を与へてゐるとの言は成程と思ひました。司馬遼太郎の原体験である軍隊経験の痛切な思ひが明治時代、江戸時代、戦国時代へと遡って「国盗り物語」を「花神」をといった小説に結実してゐるとの考察は見事なものであります。筆者がまとめた司馬遼太郎の願ひが「共感性ある自己の確立」を為した日本人であれといふ結論は噛みしめるべきメッセージだと存じます。今後は、磯田氏の指摘を踏まへて司馬作品を味はひたいと思ひます。分かりやすく日本といふ歴史世界の可能性を評してくれて心から感謝です。
2019年12月10日に日本でレビュー済み
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代表作の「竜馬がゆく」と「坂の上の雲」は読んでいましたが、歴史家から見てどうなのか、という視点に興味を持ち、読んでみました。読みやすく、すぐ読み終わりました。「国盗り物語」や「花神」、「この国のかたち」、「21世紀を生きる君たちへ」などからの引用があり、ああ、やはりこういう書き方をされてる作家さんだったんだなぁ、と以前から予想していたのとあまり狂いはなかったかな、というのが正直な印象でした。司馬さんのことをより知ることができたのはよかったのですが、うーん、やはり私は司馬さんをどうしても好きにはなれないな、というのが正直な感想でした。