時代を正確に捉えたナイスなネーミングであります。
モノトーンの統制/配給社会から多様で多彩な「自分だけ」の個性が求められる
消費社会、サービス社会に移行して、みんな一緒から個々人それぞれの
気楽さや個人の尊重を手にした反面、さびしさや不安を抱えるようになった。
マスの季節が過ぎて「個」が試される時代にいよいよ成ってきた感がある。
人それぞれはある意味、思考停止して易きに流れている部分がある。
やはり人それぞれで大きな物語が消滅してロールモデルも無い不安定
な御時勢でスマホを片手にこじんまりした「個」を量産しているのは
定めであるかのように感じるが、一歩でも成熟への道を歩むべきなの
だろうと思う。「人それぞれ」のネガティブサイト、あまり機能しない
アンダークラスへ光を当てているのも良かった。
また都会志向の根なし草はますます大変そうな世の中で、趣味嗜好まで
蛸壺化する世の中で、なかなか分かり合えず、つくづく「お互い様」の
老舗志向の方が良いなと思ったりした。
併せて『アーバン・トライバル・スタディーズ』のレビューも参考になりました。
読後、松竹映画を無性に見たくなりました。
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「人それぞれ」がさみしい ――「やさしく・冷たい」人間関係を考える (ちくまプリマー新書) 新書 – 2022/1/7
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他人と深い関係を築けなくなった理由
本音で意見を交わすことも、ぶつかり合うことも、とても難しい。
「人それぞれ」という言葉には、個々人の違いを尊重する一方で、
考え方の異なる者同士が互いに本音で語り合わず、内面に深く踏みこむのを避けようとする側面がある。
相手との距離をとろうとする人間関係のありかたや、「人それぞれ」の社会に隠れた息苦しさを見直す一冊。
人づきあいをしなくても回る社会ができあがっていった中で、
不安定なつながりを維持するべく変化したコミュニケーション、
それでも「人それぞれ」では片付けられない問題、
引き起こされる分断と対立を見ていくとともに、「人それぞれ」のその先を模索する。
【目次】
第一章 「人それぞれ」が成立する社会の条件
第二章 「人それぞれ」のなかで遠のいていく本音
第三章 「人それぞれ」では片付けられない問題
第四章 萎縮を生み出す「人それぞれ」
第五章 社会の分断と表出する負の意見
第六章 「異質な他者」をとりもどす
本音で意見を交わすことも、ぶつかり合うことも、とても難しい。
「人それぞれ」という言葉には、個々人の違いを尊重する一方で、
考え方の異なる者同士が互いに本音で語り合わず、内面に深く踏みこむのを避けようとする側面がある。
相手との距離をとろうとする人間関係のありかたや、「人それぞれ」の社会に隠れた息苦しさを見直す一冊。
人づきあいをしなくても回る社会ができあがっていった中で、
不安定なつながりを維持するべく変化したコミュニケーション、
それでも「人それぞれ」では片付けられない問題、
引き起こされる分断と対立を見ていくとともに、「人それぞれ」のその先を模索する。
【目次】
第一章 「人それぞれ」が成立する社会の条件
第二章 「人それぞれ」のなかで遠のいていく本音
第三章 「人それぞれ」では片付けられない問題
第四章 萎縮を生み出す「人それぞれ」
第五章 社会の分断と表出する負の意見
第六章 「異質な他者」をとりもどす
- 本の長さ208ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2022/1/7
- 寸法10.7 x 1.3 x 17.3 cm
- ISBN-104480684174
- ISBN-13978-4480684172
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商品の説明
著者について
1973年生まれ。2007年東京都立大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学(社会学博士)。現在、早稲田大学文学学術院教授。著書に『孤立の社会学――無縁社会の処方箋』『つながりづくりの隘路――地域社会は再生するのか』(勁草書房)、『郊外社会の分断と再編――つくられたまち・多摩ニュータウンのその後』(編著、晃洋書房)、『友人の社会史――1980-2010年代 私たちにとって「親友」とはどのような存在だったのか』(晃洋書房)。
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2022/1/7)
- 発売日 : 2022/1/7
- 言語 : 日本語
- 新書 : 208ページ
- ISBN-10 : 4480684174
- ISBN-13 : 978-4480684172
- 寸法 : 10.7 x 1.3 x 17.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 5,842位本 (の売れ筋ランキングを見る本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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2022年2月27日に日本でレビュー済み
自分の好きなもの、心地よいと感じる住居空間や人間関係、仕事に囲まれて暮らすのが幸せだと思っていました。理解し合えるのはそれを分かってくれる人だけで良いと、謙虚とすら思っていました。ふと、「そうではないもの」を切り捨てる時の自分の厳しさに思い至って、この本を手に取りました。「異質な他者」を隣に置きながら、諦めず対話していく、恐れながらも自己開示していく、そうして対立を避け、平和に暮らしていける知恵が私たちにはあるはず。でもそれはとても難しい。多様性を受け入れるのはとても難しい。私は簡単な方へ逃げがちです。
身近な人達の「異質な他者」を違和感として残しておけるのは謂わゆる「おおらかさ」なのかもしれない。実践していきたいです。
身近な人達の「異質な他者」を違和感として残しておけるのは謂わゆる「おおらかさ」なのかもしれない。実践していきたいです。
ベスト1000レビュアー
Amazonで購入
非常にタイムリーな本だ。今、世界で起きている一番重要な問題に向き合っている。現代社会は伝統社会と違って、生まれた場所に一生住む人は少ない。進学、就職、結婚、転職などで都市へ出て、さらに動く。そうなると、付き合う人間関係をそのつど構築することになり、伝統社会と違って、付き合う人間を強制されることもない。そして、コンビニもあるし、結婚しなくても生活には困らない。つまり、生活が個人単位になり「ひとそれぞれ」になった。そこでは、「人間関係の最適化」(p180)すなわち、自分の生存にプラスする人を選んで、その人とのみ関係を持つことが可能になる。
インターネットは、自分と同じ立場や意見や趣味の人を、検索ですぐ発見し繋がることができる。身の周りの人と自分が合わなければ、生身の付き合いを最低限にして、ネットで自分と近い人を探して繋がる方がずっと快適だ。ネットは自動的に「似た者を集める」機能がある。自分の好みはすぐ知られ、「これはどうですか?」「これを買っている人は、○○も買っています」とさまざまな商品が提示される。ツイッターもFBも「こんな人がいますけどフォローしませんか」と人を紹介する。そうでなくても、自分が誰をフォローしようかという段階で、人は自分と意見や趣味が一致する人をフォローする傾向になる。
こうなると、異質な他者から嫌な意見を言われることが減ってゆくから、快適だ。しかしこういうことも起きる。例えば、現状に不満を持つ人は、ネットによって互いに繋がり、声を上げる。生身の周囲の人に不満を言っても嫌われるだけだが、ネットで自分と似た人が集まる中では、声を上げると歓迎される。だからますます声を上げ、そのグループはネットで巨大な集団に見える。すると現状の規範に満足している人たちは、それに大きく反発して、彼らもまたグループを作って、現状に不満を持つ者たちを激しく攻撃する。このようにして、個人単位の「ひとそれぞれ」からなる社会は、ネットによる新しい繋がりによって社会を分断してゆく。「上級国民」を憎む「下級国民」の怨嗟が可視化され、「問題を起こした人物をキャンセルする、つまり解雇したり不買運動を行うキャンセル・カルチャー」が成立する。現在の日本で起きている「オープンレター」問題も、キャンセル・カルチャーをめぐる闘争である。「ひとそれぞれ」の諸個人が、自分の生存にプラスする人とのみ関係できるようになると、社会は分断され分裂するのだ。
インターネットは、自分と同じ立場や意見や趣味の人を、検索ですぐ発見し繋がることができる。身の周りの人と自分が合わなければ、生身の付き合いを最低限にして、ネットで自分と近い人を探して繋がる方がずっと快適だ。ネットは自動的に「似た者を集める」機能がある。自分の好みはすぐ知られ、「これはどうですか?」「これを買っている人は、○○も買っています」とさまざまな商品が提示される。ツイッターもFBも「こんな人がいますけどフォローしませんか」と人を紹介する。そうでなくても、自分が誰をフォローしようかという段階で、人は自分と意見や趣味が一致する人をフォローする傾向になる。
こうなると、異質な他者から嫌な意見を言われることが減ってゆくから、快適だ。しかしこういうことも起きる。例えば、現状に不満を持つ人は、ネットによって互いに繋がり、声を上げる。生身の周囲の人に不満を言っても嫌われるだけだが、ネットで自分と似た人が集まる中では、声を上げると歓迎される。だからますます声を上げ、そのグループはネットで巨大な集団に見える。すると現状の規範に満足している人たちは、それに大きく反発して、彼らもまたグループを作って、現状に不満を持つ者たちを激しく攻撃する。このようにして、個人単位の「ひとそれぞれ」からなる社会は、ネットによる新しい繋がりによって社会を分断してゆく。「上級国民」を憎む「下級国民」の怨嗟が可視化され、「問題を起こした人物をキャンセルする、つまり解雇したり不買運動を行うキャンセル・カルチャー」が成立する。現在の日本で起きている「オープンレター」問題も、キャンセル・カルチャーをめぐる闘争である。「ひとそれぞれ」の諸個人が、自分の生存にプラスする人とのみ関係できるようになると、社会は分断され分裂するのだ。





