前著から6年、「ポリコレな意識高い系」の「目指すところ」には100%同意しつつ、理想に向かう「アプローチ」に強い批判を繰り返す倉本氏のスタンスは基本的に変わっていません。
トランプ大統領やブレグジットに代表されるように、欧米諸国において「意識高い系」と「ポピュリズム」の分断が誰の目にも明らかになっている2020年。
ポリコレを大衆に上から押し付けるスタイルの限界は多くの人か感じているはずですが。。。でも、実際には世の中はますます分断を深めています。
倉本氏は、意識高い系エリートがもし本当に世の中を変えたいと思っているなら、大衆に寄り添って、大衆の事情を身体で理解して、漸進的に一歩一歩現場で社会慣習を変えていくしかないし、それは実際に可能だ、という主張を本書で繰り返します。
これは、マルクス主義的なトップダウンによる社会改良を批判したカールポパーの「漸進的社会工学」の主張とほとんど重なっています。(本書内ではポパーの名は一切出てきませんが)
**********
漸次的に社会を改良しようと志す者は、ソクラテスのように、自分の知りうることがいかに少ないかを知っている。彼はまた、われわれが誤りを通じてのみ学びうる、ということを知っている。
したがって彼は、予期した結果を達成された結果と比較しながら、一歩一歩と自分の道を歩み、どのような改革にとっても避けることのできない望まれざる諸帰結、というものにつねに注意を怠らない。
原因と結果をときほぐすことを不可能とするような、自分が本当は何をやっているかわからなくなるような、広範な錯綜性と規模とをもつ改革を企てようとはしない。
(カール・ポパー『歴史主義の貧困』より)
**********
それは「本当に合理性のある改革なら、わかってくれるはず」という大衆への深い信頼と、「能力に恵まれた人には、自分の幸せだけでなく、みんなの幸せにも責任があるはず」というエリートへの強い期待の表れです。
実際のところ、「大衆とエリート」をこれだけはっきりと分ける倉本氏の思考スタイルはいまどき珍しいでしょう。
しかし、大衆をポリコレ的にマウンティングして自己満足に浸るエリートの態度に嫌悪感を抱くのは、倉本氏だけではないでしょう。
大衆と違ってエリートには「みんなの幸せ」への責任があるはずで、その責任を果たすためにこそ、エリートには金銭的豊かさや社会的権力が付託されているはずなのに、自己満足的エリートは自らの責任を放棄している。。。という静かな怒りが、本書の通奏低音になっています。
日本社会のなかでリーダーシップを取る立場にあるエリート(仮に20人に一人だとしても600万人もいる!)が本書の目指すところに少しでも共感してくれるなら。。。と願います。
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「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?: 「レペゼンする知識人」による「自分軸ビジネス」が社会を変えていく Kindle版
- Kindle版 (電子書籍)
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「みんなで豊かになる社会」という、誰しもが否定できない理想はなぜ実現しないのか?
・・・この本は、その「大きな問い」に対して真正面から取り組んで、日本に生きる私たちの未来を切り開いていくヒントにしてもらおうとする本です。
この本の特徴は、以下の3点です。
1・グローバル・ビジネス的な視点だけでなく日本の中小企業の現場におけるコンサルティング体験の「両方」をもとに書かれていること
2・「恵まれた狭い都会のインテリサークル」の外側の現実まで実際に潜り込んで「体験」し、見てきた日本社会の「リアル」からの発想が盛り込まれていること
3・単に「ビジネス」的に狭い視点だけでなく、「学問・思想」的な視野の広がりの中から捉え直す発想で構成されていること
日本に限らず「先進国」で揺るぎなく景気がいい・・・というような国はどこにもなくなってしまっている現在、「みんなで豊かになる」という大きな問題に取り組むには、「ひとつの立場」からの視点では足りません。
なぜなら、この複雑化した社会では、「ひとつの立場」の「逆側にいる人たち」がいて、その「ひとつの立場から見た視点」を全力で否定してくるからです。
単に「政府による再分配を強化しよう」という単純な目標にすら、「逆側にいる人たち」との対話なしに「相手を全否定する論理を振り回してお仲間だけで盛り上がっている」だけでは実現できなくなっています。
そのため、本書の前半では、「いろんな立場の間」で仕事をしてきた私の体験から、「”敵”がわにいる立場の人と、意味のある対話を引き出して物事を前進させていくスキル」としての「メタ正義感覚」という視点を導入します。
同じ社会、同じ会社、同じ家族であるなら「同じ正義」を信じていた時代は終わり、今や「ひとりひとり全然違う正義の基準」を持って生きている時代です。
「国家レベルの政策論争」や「会社の方針決定」といったレベルだけでなく、夫婦間の意味のあるコミュニケーションといった「ナマ」のレベルにおいても、この「メタ正義感覚」の重要性は日増しに大きくなっています。
そして、その「メタ正義感覚」をもとに、「対立する敵を論破するのでなく、お互いが自分たちの役にたつように利用しあう」ビジョンについて検討していく中で、私たちは現代社会が押しつぶしてしまっている「あらゆる個人のありのままの姿」を、「意味のあるトクベツなもの」として理解し、社会の中に活かしていく方法を見出していくことができます。
本書の後半では、その「今ぜんぜんトクベツだと思われていない人たちのトクベツさ」をいかに経済的な価値として還流させていくのか・・・について、ある時には「思想的」な視点から、またある時は経営コンサルティング的な「商売のテクニック」的な視点から、「事例」と「思想」を何度も往復しながら描いていきます。
●
今までの、
「人工的理屈をベースにした上から目線で人々を断罪しまくる”啓蒙”する知識人」
の時代が終わり、
「人々のリアリティをちゃんと汲み取り、グローバルなシステムと親和させるコーディネートを行う”レペゼンする”知識人」
の時代がこれから始まります。
日本はそのトレンドの最先端を走り、分断と罵り合いの時代に、あたらしい希望を掲げることができるでしょう。
それがサブタイトルでもある「レペゼンする知識人が生み出す自分軸ビジネスが社会を変えていく」というビジョンです。
狭い意味での「ビジネス」的視点を大きく捉え直す「思想」的な視点を導入しつつも、またさらに「ビジネス」的な視点に戻ってきて、いかに国全体で「自分たちのローカルな力」を活かした「自分軸ビジネス」を立ち上げ、マーケティングし、「その国においてなんのへんてつもない」存在の価値をおカネに変えていくのか、といった実践的な話にも繋げる本になっています。
●
急激な少子高齢化など、いろいろと問題はありますが、大事なのは「他とは違う自分たちが受け継いだ素質」を、「今の世界的な問題の先」にちゃんと位置づけて開花させていくことです。
「外国の事例を持ってきて単に日本がダメだと言う」のは、無内容な「日本スゴイ!論」に没頭するのと変わりません。
無内容な「日本ダメ」「日本スゴイ」論の低レベルな言い争いの背後で、今日本では、静かに「グローバルな流行の最先端に、他にはない日本ならではの価値を位置づけて解放していく」試みが進んでいます。
これは、単にグローバル・ビジネス的な視点から日本を断罪していても見えてこないし、学問・思想レベルの概観的な視点からも出てこない。もちろん無内容に「日本の現場はすごいんだぞ!」と吠えてみせる視点からも出てきません。
・・・まさにそれらの「間」で長年しごとをしてきた私の経験ゆえに書ける本であったと思っています。
グローバルビジネス的な視点も取り入れつつ、中小企業の現場的な体験からもそれを捉え返していく。
狭い意味での「ビジネス」的な問題を、「思想的」な大きな視点で見直していくとともに、そこで生まれた価値をまたさらに「経済的」な価値に変えていくためのマーケティング的・商売的テクニックの話にもつなげていく。
縦横無尽に「普通は一緒になるはずのない視点」を往復することで、未来に対する悲観が満ちたこの国に、全くあたらしい視点からの希望が見えてくるでしょう。
●
限られた「ひとつの立場」からの視点だけだと、日本に希望はないように見えます。
しかし、「それぞれの立場同士のあたらしい協力関係」を立ち上げることができれば、状況は大きく変わります。
諸外国では完全に分断されてしまいがちな「違う立場どうし」の「メタ正義」的コミュニケーションを、「日本という場」を利用してちゃんと真摯に行っていくことができれば、分断と罵り合いの時代の希望の国=日本、にすらなれます。
そこまでいければ、日本が「経済的に繁栄」することなどたやすいとすら言えるでしょう。
この本は、象牙の塔の学者が上から目線で慨嘆する本もないし、グローバル経済の戦士が「おまえら日本人はもうダメだ」と断罪する本でもない。もちろん「日本人はこんなに凄いんだぞ!」と特に根拠なく吠えてみる本でもありません。
「思想」的に大きく捉えること、グローバルビジネスの最前線的な世界に参加するだけでなく逆に日本の中小企業の現場的強みの源泉にも「両方」触れてきた経験、そして「都会の恵まれた狭いサークルにいたのではわからないこと」を潜入して体験する「ルポ」的な視点、そして「経営コンサルティング」的に、クライアント企業の業績をあげるために試行錯誤してきた経験・・・それらを組み合わせることで、それぞれのひとつのジャンルから見ていたのでは出てこない新しい視点を統合的に提示することができているはずです。
「思想的に知的」な視点も、「グローバル経済で日本が戦い続けるための事情」も無視しないし、しかし「日本経済の現場的な強み」的なものにナマに触れてきたキャリアから言えることはちゃんと言う。
そういった「日本社会に地に足ついた」体験と、「思想的な広がりのある視点」と、「グローバル・ビジネス最前線的な事情への理解」という、ひとりの同一人物の中に共存することが珍しい3つの視点を縦横無尽に駆使することで、この本を読み終わったあなたを、日本や人類社会の未来について、全くあたらしい視点と希望をお届けできるものになっています。
15年の歳月の模索と実験と思索の積み重ねを経て、完成した本を、お楽しみください。
倉本圭造
---------------------------
●著者プロフィール
---------------------------
1978年神戸市生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元会社員の独立自営初年黒字事業化など、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に、星海社より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』、幻冬舎より『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』などがある。
・・・この本は、その「大きな問い」に対して真正面から取り組んで、日本に生きる私たちの未来を切り開いていくヒントにしてもらおうとする本です。
この本の特徴は、以下の3点です。
1・グローバル・ビジネス的な視点だけでなく日本の中小企業の現場におけるコンサルティング体験の「両方」をもとに書かれていること
2・「恵まれた狭い都会のインテリサークル」の外側の現実まで実際に潜り込んで「体験」し、見てきた日本社会の「リアル」からの発想が盛り込まれていること
3・単に「ビジネス」的に狭い視点だけでなく、「学問・思想」的な視野の広がりの中から捉え直す発想で構成されていること
日本に限らず「先進国」で揺るぎなく景気がいい・・・というような国はどこにもなくなってしまっている現在、「みんなで豊かになる」という大きな問題に取り組むには、「ひとつの立場」からの視点では足りません。
なぜなら、この複雑化した社会では、「ひとつの立場」の「逆側にいる人たち」がいて、その「ひとつの立場から見た視点」を全力で否定してくるからです。
単に「政府による再分配を強化しよう」という単純な目標にすら、「逆側にいる人たち」との対話なしに「相手を全否定する論理を振り回してお仲間だけで盛り上がっている」だけでは実現できなくなっています。
そのため、本書の前半では、「いろんな立場の間」で仕事をしてきた私の体験から、「”敵”がわにいる立場の人と、意味のある対話を引き出して物事を前進させていくスキル」としての「メタ正義感覚」という視点を導入します。
同じ社会、同じ会社、同じ家族であるなら「同じ正義」を信じていた時代は終わり、今や「ひとりひとり全然違う正義の基準」を持って生きている時代です。
「国家レベルの政策論争」や「会社の方針決定」といったレベルだけでなく、夫婦間の意味のあるコミュニケーションといった「ナマ」のレベルにおいても、この「メタ正義感覚」の重要性は日増しに大きくなっています。
そして、その「メタ正義感覚」をもとに、「対立する敵を論破するのでなく、お互いが自分たちの役にたつように利用しあう」ビジョンについて検討していく中で、私たちは現代社会が押しつぶしてしまっている「あらゆる個人のありのままの姿」を、「意味のあるトクベツなもの」として理解し、社会の中に活かしていく方法を見出していくことができます。
本書の後半では、その「今ぜんぜんトクベツだと思われていない人たちのトクベツさ」をいかに経済的な価値として還流させていくのか・・・について、ある時には「思想的」な視点から、またある時は経営コンサルティング的な「商売のテクニック」的な視点から、「事例」と「思想」を何度も往復しながら描いていきます。
●
今までの、
「人工的理屈をベースにした上から目線で人々を断罪しまくる”啓蒙”する知識人」
の時代が終わり、
「人々のリアリティをちゃんと汲み取り、グローバルなシステムと親和させるコーディネートを行う”レペゼンする”知識人」
の時代がこれから始まります。
日本はそのトレンドの最先端を走り、分断と罵り合いの時代に、あたらしい希望を掲げることができるでしょう。
それがサブタイトルでもある「レペゼンする知識人が生み出す自分軸ビジネスが社会を変えていく」というビジョンです。
狭い意味での「ビジネス」的視点を大きく捉え直す「思想」的な視点を導入しつつも、またさらに「ビジネス」的な視点に戻ってきて、いかに国全体で「自分たちのローカルな力」を活かした「自分軸ビジネス」を立ち上げ、マーケティングし、「その国においてなんのへんてつもない」存在の価値をおカネに変えていくのか、といった実践的な話にも繋げる本になっています。
●
急激な少子高齢化など、いろいろと問題はありますが、大事なのは「他とは違う自分たちが受け継いだ素質」を、「今の世界的な問題の先」にちゃんと位置づけて開花させていくことです。
「外国の事例を持ってきて単に日本がダメだと言う」のは、無内容な「日本スゴイ!論」に没頭するのと変わりません。
無内容な「日本ダメ」「日本スゴイ」論の低レベルな言い争いの背後で、今日本では、静かに「グローバルな流行の最先端に、他にはない日本ならではの価値を位置づけて解放していく」試みが進んでいます。
これは、単にグローバル・ビジネス的な視点から日本を断罪していても見えてこないし、学問・思想レベルの概観的な視点からも出てこない。もちろん無内容に「日本の現場はすごいんだぞ!」と吠えてみせる視点からも出てきません。
・・・まさにそれらの「間」で長年しごとをしてきた私の経験ゆえに書ける本であったと思っています。
グローバルビジネス的な視点も取り入れつつ、中小企業の現場的な体験からもそれを捉え返していく。
狭い意味での「ビジネス」的な問題を、「思想的」な大きな視点で見直していくとともに、そこで生まれた価値をまたさらに「経済的」な価値に変えていくためのマーケティング的・商売的テクニックの話にもつなげていく。
縦横無尽に「普通は一緒になるはずのない視点」を往復することで、未来に対する悲観が満ちたこの国に、全くあたらしい視点からの希望が見えてくるでしょう。
●
限られた「ひとつの立場」からの視点だけだと、日本に希望はないように見えます。
しかし、「それぞれの立場同士のあたらしい協力関係」を立ち上げることができれば、状況は大きく変わります。
諸外国では完全に分断されてしまいがちな「違う立場どうし」の「メタ正義」的コミュニケーションを、「日本という場」を利用してちゃんと真摯に行っていくことができれば、分断と罵り合いの時代の希望の国=日本、にすらなれます。
そこまでいければ、日本が「経済的に繁栄」することなどたやすいとすら言えるでしょう。
この本は、象牙の塔の学者が上から目線で慨嘆する本もないし、グローバル経済の戦士が「おまえら日本人はもうダメだ」と断罪する本でもない。もちろん「日本人はこんなに凄いんだぞ!」と特に根拠なく吠えてみる本でもありません。
「思想」的に大きく捉えること、グローバルビジネスの最前線的な世界に参加するだけでなく逆に日本の中小企業の現場的強みの源泉にも「両方」触れてきた経験、そして「都会の恵まれた狭いサークルにいたのではわからないこと」を潜入して体験する「ルポ」的な視点、そして「経営コンサルティング」的に、クライアント企業の業績をあげるために試行錯誤してきた経験・・・それらを組み合わせることで、それぞれのひとつのジャンルから見ていたのでは出てこない新しい視点を統合的に提示することができているはずです。
「思想的に知的」な視点も、「グローバル経済で日本が戦い続けるための事情」も無視しないし、しかし「日本経済の現場的な強み」的なものにナマに触れてきたキャリアから言えることはちゃんと言う。
そういった「日本社会に地に足ついた」体験と、「思想的な広がりのある視点」と、「グローバル・ビジネス最前線的な事情への理解」という、ひとりの同一人物の中に共存することが珍しい3つの視点を縦横無尽に駆使することで、この本を読み終わったあなたを、日本や人類社会の未来について、全くあたらしい視点と希望をお届けできるものになっています。
15年の歳月の模索と実験と思索の積み重ねを経て、完成した本を、お楽しみください。
倉本圭造
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●著者プロフィール
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1978年神戸市生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元会社員の独立自営初年黒字事業化など、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に、星海社より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』、幻冬舎より『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』などがある。
- 言語日本語
- 発売日2020/1/4
- ファイルサイズ8910 KB
登録情報
- ASIN : B083H5ZSZS
- 発売日 : 2020/1/4
- 言語 : 日本語
- ファイルサイズ : 8910 KB
- Text-to-Speech(テキスト読み上げ機能) : 有効
- X-Ray : 有効にされていません
- Word Wise : 有効にされていません
- 本の長さ : 415ページ
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- - 1,616位教育学一般関連書籍
- カスタマーレビュー:
著者について
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1978年神戸市生まれ。京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元会社員の独立自営初年黒字事業化など、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。著書に、星海社より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』、幻冬舎より『「アメリカの時代」の終焉に生まれ変わる日本』などがある。
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2020年1月13日に日本でレビュー済み
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18人のお客様がこれが役に立ったと考えています
役に立った
2020年2月7日に日本でレビュー済み
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特定の考えに染まった人には、特定の考えに染まった本がよく売れるでしょう。エコーチェンバーの中で心地よい言説にふれながら生きていくのはそれはそれで楽しいかもしれませんが、本来書籍が果たす「知の伝播」の役目には程遠いものがあります。
その点で倉本氏の一連の書籍は「過剰に欧米的演繹に走らず、地に足のついた『帰納の一途』と演繹とのランデブーを目指そう」という明確な論旨に貫かれていて、どのような読者にも大切な指針を投げかけてくれるものと思います。
私個人としてもフリーランスのクリエイターとして業界の構造・習慣やビジネス全体の潮流などを横目に見つつも日々の職人的感覚のなかで生きているので、倉本氏の「よくある話に飛びつかず、自分のありものから考えることがオリジナルな戦略を生み出す」というという論旨にとても共感しました。ビジネス書をよくお読みの方であれば、楠木建さんの「ストーリーとしての競争戦略」にも通じるものがあったといえばわかりやすいでしょうか。
欧米的な演繹法によるロジカルな突撃と、アジア的な帰納法によるジェントルな根回しが渾然一体となって、令和の日本の静かな問題解決が前進するために必要な本だと思っています。読後、「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」というフィリップ・マーロウの名セリフを思い出しました。
読者の主張・立場を選ばないメタ的な本なので、どなたにもおすすめできると思います。なお、本著において議論は常に抽象と具体の往復をしています。抽象から具体へのブレイクダウンが好きで、各論を早く知識として摂取して納得したい方には少々じれったく感じるかもしれませんが、そのじれったさことが「メタ正義」の感覚をもつためのトレーニングになっているかもしれません。
その点で倉本氏の一連の書籍は「過剰に欧米的演繹に走らず、地に足のついた『帰納の一途』と演繹とのランデブーを目指そう」という明確な論旨に貫かれていて、どのような読者にも大切な指針を投げかけてくれるものと思います。
私個人としてもフリーランスのクリエイターとして業界の構造・習慣やビジネス全体の潮流などを横目に見つつも日々の職人的感覚のなかで生きているので、倉本氏の「よくある話に飛びつかず、自分のありものから考えることがオリジナルな戦略を生み出す」というという論旨にとても共感しました。ビジネス書をよくお読みの方であれば、楠木建さんの「ストーリーとしての競争戦略」にも通じるものがあったといえばわかりやすいでしょうか。
欧米的な演繹法によるロジカルな突撃と、アジア的な帰納法によるジェントルな根回しが渾然一体となって、令和の日本の静かな問題解決が前進するために必要な本だと思っています。読後、「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」というフィリップ・マーロウの名セリフを思い出しました。
読者の主張・立場を選ばないメタ的な本なので、どなたにもおすすめできると思います。なお、本著において議論は常に抽象と具体の往復をしています。抽象から具体へのブレイクダウンが好きで、各論を早く知識として摂取して納得したい方には少々じれったく感じるかもしれませんが、そのじれったさことが「メタ正義」の感覚をもつためのトレーニングになっているかもしれません。
2020年1月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この国や身近な事物を憂えることに疲れ、しらけてきたなら要熟読。個別の主観的正義のぶつかり合いに消耗することなく、全体善のために物事を前にすすめるヒントを詳述。本来の意味での意識高い系が読むべき。
原発再稼働も廃止も決められず政治ごっこしながらのその場しのぎばかり、挙げ句にあっと驚く国売り法案を通す与党連中。片や野党はギャーギャー叫びながら、日めくりの如き「なんとか問題追求合同チーム」張り紙の前で官僚糾弾ヒアリング・ショーに興じ、タレント上がりの女性議員が、人にやさしい政治!をうたいつつ意見の違う人を根拠薄弱にレイシスト呼ばわりしたり・・・
右も左もノンポリも、変化激しい世界をよそ目に居心地の良い利権を共有する仲間とタコツボに収まって、よそのタコツボは糾弾するか無視を決め込み、大問題を何も解決できない大戦略なき日本。
国家エリートとしての官僚たちも小粒化しながら個々に疲弊、制度は硬直疲労状態。利権と見栄だけの芸能劇場な国会、国体(象徴?)としての役割を果たせない皇室、目先の金だけの経済界、快楽優先の民衆、腐敗権力と化したマスコミ・・
大戦後、漸次ノブレスオブリージュ層が衰退し、かつ共和制への前向きな変革もかなわないであろうこのグダグダな日本はある意味西洋先進国の先を行く病み方をしている。
国体も国家意思も国柄も、なし崩しに溶けて自己改革できない日本は次の黒船か焼け野原な危機でガラポンを待つだけなの?誰かちゃんとしてくれ!と感じながら、改善どころか議論することすらできないそれぞれの小さな正義の主張のぶつかり合い(朝まで生テレビ状態)に疲れて、まともな人間は隠者として暮らすが心地よし・・・そんな逃避に待ったをかけてくれる。
以下本文より引用
***************
あまりにも血も涙もないグローバル資本主義からは何歩か後退してバランスを取り戻したいんだけど、それを”適度に”責任感を持ってやれる主体が、ものすごく右翼的だったり差別的だったり、逆に空想的なほど理想だけで生きていたりする「困った人たち」ぐらいしかいない
「ほんとうにどうしたらこの社会がよくなるのか」でなく、「どうしたらあの敵にもっと華麗に文句をつけて仲間内から喝采を受けることができるか」みたいな基準で毎日動いてしまったりしていませんか?
メタ正義的に考えれば、 両陣営の意見はかなり近づいてくることが多い
原発再稼働も廃止も決められず政治ごっこしながらのその場しのぎばかり、挙げ句にあっと驚く国売り法案を通す与党連中。片や野党はギャーギャー叫びながら、日めくりの如き「なんとか問題追求合同チーム」張り紙の前で官僚糾弾ヒアリング・ショーに興じ、タレント上がりの女性議員が、人にやさしい政治!をうたいつつ意見の違う人を根拠薄弱にレイシスト呼ばわりしたり・・・
右も左もノンポリも、変化激しい世界をよそ目に居心地の良い利権を共有する仲間とタコツボに収まって、よそのタコツボは糾弾するか無視を決め込み、大問題を何も解決できない大戦略なき日本。
国家エリートとしての官僚たちも小粒化しながら個々に疲弊、制度は硬直疲労状態。利権と見栄だけの芸能劇場な国会、国体(象徴?)としての役割を果たせない皇室、目先の金だけの経済界、快楽優先の民衆、腐敗権力と化したマスコミ・・
大戦後、漸次ノブレスオブリージュ層が衰退し、かつ共和制への前向きな変革もかなわないであろうこのグダグダな日本はある意味西洋先進国の先を行く病み方をしている。
国体も国家意思も国柄も、なし崩しに溶けて自己改革できない日本は次の黒船か焼け野原な危機でガラポンを待つだけなの?誰かちゃんとしてくれ!と感じながら、改善どころか議論することすらできないそれぞれの小さな正義の主張のぶつかり合い(朝まで生テレビ状態)に疲れて、まともな人間は隠者として暮らすが心地よし・・・そんな逃避に待ったをかけてくれる。
以下本文より引用
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あまりにも血も涙もないグローバル資本主義からは何歩か後退してバランスを取り戻したいんだけど、それを”適度に”責任感を持ってやれる主体が、ものすごく右翼的だったり差別的だったり、逆に空想的なほど理想だけで生きていたりする「困った人たち」ぐらいしかいない
「ほんとうにどうしたらこの社会がよくなるのか」でなく、「どうしたらあの敵にもっと華麗に文句をつけて仲間内から喝采を受けることができるか」みたいな基準で毎日動いてしまったりしていませんか?
メタ正義的に考えれば、 両陣営の意見はかなり近づいてくることが多い
2020年3月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読み終えた感想は、「わかったような、わからないような、わかったような」感じです。
前半部分は言葉と例題のバランスが取れていたので、読み易く、頭の中で噛み砕くことが出来ました。
中盤以降文章が回りくどくなった気がします。ちょっと、読むのに疲れました。
ただ、内容はこれからの時代の教養になる知識だと思います。
これまでの考え方の視点を変えたり、視野を広げたりする良いトレーニングになったので、読んで良かったです。
前半部分は言葉と例題のバランスが取れていたので、読み易く、頭の中で噛み砕くことが出来ました。
中盤以降文章が回りくどくなった気がします。ちょっと、読むのに疲れました。
ただ、内容はこれからの時代の教養になる知識だと思います。
これまでの考え方の視点を変えたり、視野を広げたりする良いトレーニングになったので、読んで良かったです。
2020年7月2日に日本でレビュー済み
私は外資系投資銀行や国際機関で働いていたものです。マッキンゼーの出身者ということで、面白い考察が得られると思い、購入しましたが、30ページほど読み、以下の点で残念な気持ちになりました。ザックリに言えば、論理的ではなく、主張の詰めが甘く、自己満足で書かれたものなのだなと思い、志が感じられず、がっかりしました。
まず結論を最初に書き、読者に対する具体的なアクションを提示し、その理由を明確に提示していただかないと、フラストレーションが非常に溜まります。マッキンゼー出身ならそれぐらいのことができるのではないでしょうか。
①用語の定義が説明されていない又は不明確のままで説明を進めている個所が多く、どういう前提の下で話しているのかが分からない。
②突然、なぜその事例を出したのか説明もなしに事例が突然出てきており、かつ主張に対して的確な事例なのかも説明が無く、読んでいてすっきりしない。納得感が無いまま話が進んでしまう
③訳の分からないところで下線が引いてあり、どこをどう主要な点と理解すればいいのか分からない。マッキンゼーでは必読とされているバーバラミントのロジカルシンキングの本は読まれたのでしょうか、と思うほど愕然としています。
まず結論を最初に書き、読者に対する具体的なアクションを提示し、その理由を明確に提示していただかないと、フラストレーションが非常に溜まります。マッキンゼー出身ならそれぐらいのことができるのではないでしょうか。
①用語の定義が説明されていない又は不明確のままで説明を進めている個所が多く、どういう前提の下で話しているのかが分からない。
②突然、なぜその事例を出したのか説明もなしに事例が突然出てきており、かつ主張に対して的確な事例なのかも説明が無く、読んでいてすっきりしない。納得感が無いまま話が進んでしまう
③訳の分からないところで下線が引いてあり、どこをどう主要な点と理解すればいいのか分からない。マッキンゼーでは必読とされているバーバラミントのロジカルシンキングの本は読まれたのでしょうか、と思うほど愕然としています。





