意思決定理論に興味があり特に事前情報なく本書を手に取りましたが、文庫にしては恐ろしく中身の詰まった本でした。ここまで中身の濃い書籍は久しぶりで、しかも内容は簡単とは言えずかなり時間をかけてやっと読了しました。本書は「社会決定理論」ということで、ある集団のなかでの意思決定の方法やその良し悪し、落とし穴などを、これでもかというくらいの情報量で解説しています。社会決定理論は、特に数学的な展開という意味ではミクロ経済学、厚生経済学、またゲーム理論(ミクロ経済の一部)など経済学者によって発展されてきた面が強く、本書でも、アローやセン、ハーサニのようなノーベル経済学賞受賞者の理論が多数紹介されています。
そのなかでもケネス・アローの「一般可能性定理」を本書の基底において議論が進められます。アローは、以下の民主主義の条件をすべて満たす意思決定方式は存在しない、ということを証明したのですが、具体的には(1)個人選好の無制約性、(2)市民の主権性・パレート最適性、(3)無関係対象からの独立性、(4)非独裁制、の4つです(公理と呼ばれています)。言い換えると、(1)~(3)を満たそうとすると、(4)が満たされず独裁者が生まれる、つまりある特定人物の選好が社会全体の意思決定結果になってしまう事態が起こる、ということを示しました。
またアマルティア・センは、アローの1番目と2番目の公理を満たす社会的決定理論を構築しようとすると、各人にはどんな自由も認められない(例:あおむけで寝るかうつ伏せで寝るかの自由もない)、という「自由のパラドクス」があることを示しました。このパラドクスに対して、センは「パレート最適」の持つ「毒性」に注目します。平たく言えば、みながみな自分の好みを「社会的議論」の土壌に載せてしまうことで、制約が厳しくなり効用レベルのかなり低いパレート最適ができあがってしまう、というような話です。
そして本書の主張は何かと言えば、これらのパラドクスが起こる根本原因として、人間を利己主義的存在としてみる見方を指摘しています。つまり議論の前提条件が間違っているということで、パレート最適という概念の危うさや、意思決定の「無関係対象からの独立性」という前提が完全に間違っていることを指摘し、これからの社会決定理論は、「社会の目」をもった人間による意思決定理論として進化させなければならない、ということです。私は著者の主張に強く共感しましたが、1点思ったのは、人間は「社会の目」をもつのと同時に「個人の目」も持っていると考える方が正しく、あまりに「社会の目」理論に偏ってしまうと、それは個人主義偏重と同様におかしなパラドクスを生み出すのではないかということです。社会の目を持った人間による意思決定では、ケインズが紹介した「美人コンテスト」のようなことが起こるかもしれません。つまり自分が誰を美人と思うかではなく、周りの人が誰を美人と思うかを予想して投票する、という意思決定です。あまりに社会の目を持ちすぎると、今風に言えば「忖度」が横行し、自分はこう思う、ではなく周りがどう思うかで意思表明してしまう人が増えてしまうかもしれない、という危惧は抱きました。
「きめ方」の論理 (ちくま学芸文庫) (日本語) 文庫 – 2018/8/9
佐伯 胖
(著)
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本の長さ413ページ
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言語日本語
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出版社筑摩書房
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発売日2018/8/9
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ISBN-104480098763
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ISBN-13978-4480098764
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商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
ある集団のなかでみんなの意思がうまく反映された決定を下すには、どうすればいいだろうか。特に、各人の考えがバラバラで、にもかかわらずそれらを集約して一つの判断を下さなければいけないとき、望ましいきめ方とはどんなものだろうか。これを探究するのが社会的決定理論という分野である。様々な投票方式が生み出す矛盾から、アローの一般可能性定理、さらにはセンの自由主義のパラドックスやゲーム理論まで、この理論が含みもつ広範な内容をかみ砕いて丁寧に解説。社会的決定における「公正さ」「倫理性」とはどのようなものか検討する。最良の入門書として長年親しまれてきた比類なき名著。
著者について
1939年岐阜県生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。同大学大学院工学研究科修士課程修了後、ワシントン大学にて心理学のM.S.およびPh.D.を取得。東京理科大学理工学部助教授、東京大学大学院教育学研究科教授、青山学院大学社会情報学部教授などを経て、現在、田園調布学園大学院人間学研究科教授、信濃教育会教育研究所所長。東京大学・青山学院大学名誉教授、日本認知科学会フェロー、日本教育工学会名誉会員。おもな著書に『「学び」の構造』『「学ぶ」ということの意味』『「わかる」ということの意味』『幼児教育へのいざない』などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
佐伯/胖
1939年岐阜県生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。同大学大学院工学研究科修士課程修了後、ワシントン大学にて心理学のM.S.およびPh.D.を取得。東京理科大学理工学部助教授、東京大学大学院教育学研究科教授、青山学院大学社会情報学部教授などを経て、田園調布学園大学院人間学研究科教授、信濃教育会教育研究所所長。東京大学・青山学院大学名誉教授、日本認知科学会フェロー、日本教育工学会名誉会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1939年岐阜県生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。同大学大学院工学研究科修士課程修了後、ワシントン大学にて心理学のM.S.およびPh.D.を取得。東京理科大学理工学部助教授、東京大学大学院教育学研究科教授、青山学院大学社会情報学部教授などを経て、田園調布学園大学院人間学研究科教授、信濃教育会教育研究所所長。東京大学・青山学院大学名誉教授、日本認知科学会フェロー、日本教育工学会名誉会員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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ベスト100レビュアー
著者は認知心理学の先生だと理解していましたので、本書は興味の対象ではなかったのですが、偶然に本書の表紙に「社会的決定理論への招待」とあるのを目にして、目次を見ると、アローの一般可能性定理、センの自由主義のパラドクス、ゲーム理論のミニマックス原理、アダム・スミス、ロールズ、利己心仮設の崩壊、パレート神話の崩壊などが並びます。それで購入しました。
ご覧のように本書は認知心理学の本ではありませんが、結局著者のいいたいことは、これらの理論の前提にあるものを排して、物事を常に周辺状況との関係において把握すべきだということです。そして、著者が翻訳した「レイヴ&ウェンガー『状況に埋め込まれた学習』産業図書」が紹介されます(p.388)。これが本書のオチです。
なんだか騙された気分ですが、『状況に埋め込まれた学習』は名著ですし、本書も正義論や政治・経済学の専門でない人が、これらの分野の数学的・論理学的な理論を学ぶには最適といえましょう。本書を読めば、最適という言葉は使えなくなりますが。
ちなみに本書は、1980年に東京大学出版会から出版されたものの文庫化です。
ご覧のように本書は認知心理学の本ではありませんが、結局著者のいいたいことは、これらの理論の前提にあるものを排して、物事を常に周辺状況との関係において把握すべきだということです。そして、著者が翻訳した「レイヴ&ウェンガー『状況に埋め込まれた学習』産業図書」が紹介されます(p.388)。これが本書のオチです。
なんだか騙された気分ですが、『状況に埋め込まれた学習』は名著ですし、本書も正義論や政治・経済学の専門でない人が、これらの分野の数学的・論理学的な理論を学ぶには最適といえましょう。本書を読めば、最適という言葉は使えなくなりますが。
ちなみに本書は、1980年に東京大学出版会から出版されたものの文庫化です。
2020年3月25日に日本でレビュー済み
縦書きの一般書の体裁を取っているが、定理の証明まで飛び出す専門書。内容も縦書き本としてはやや難しく、縦書きでは読みづらい。新書的に読みたいなら「社会的選択理論への招待」(坂井2013)などのやさし目の本を先に読んでおいたほうが良い。また、ゲーム理論への説明が若干特殊故にゲーム理論にも初歩的知識があったほうが良い。
社会的選択理論の広い範囲をある程度の数式を交えて解説した名著。正義論なども出てくる。センター試験で倫理や倫理・政経を撮った方には懐かしい名前も出てくる。
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