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7 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 「幻の雑誌」ではなく「雑誌の幻」を追いかけ続けるために, 2007/2/5
レビュー対象商品: 雑誌のカタチ―編集者とデザイナーがつくった夢 (単行本)
 著者は本書での試みが“「雑誌黄金時代」へのノスタルジー”と受け取られることを慎重に回避している。そして賢明なる読者は、この企てが「幻の雑誌」ではなく「雑誌の幻」を追い求めるためのものであることを知るだろう。そう、“雑誌の共同幻想力”から著者は語り始めるのだ。それは年末なのに「新年号」、3月なのに「入学お祝い号」という「雑誌的タイムラグ」。テレビ、ネットのリアルタイムではなく、この“雑誌的リアルタイムの中で「起きつつある何か新しいこと」に参加し続けること-それこそが雑誌読者の最高の快楽”であると著者は言い、僕も強く頷く。

 「ネットの登場が雑誌というメディアにとっても奇貨ともなりうる逆説」という可能性を著者は提示するけど、それもそうだし、形態はネットでも、そこに“雑誌的なるもの”を見出すことは可能だと思う。例えば、映画好きが自分が欲しくて作っちゃった「ぴあ」と、パソコンおたくが同様の思いで作っちゃった「価格.com」の類似。本書を通読すると“雑誌的なるもの”とは何かってことが、黄金時代の雑誌のカタチを通して見えてくるのだ。

ひとつのパースペクティブとして「大きい物語(モダン)」と「細分化された情報(ポストモダン)」の間に、対立、混沌、融合、コラージュ、クロスオーバーとしての<雑>誌があったんだな、ってことがある。

それは、「テキスト優先」から「デザイン優先」の間としての「POPEYE」とか、「批評、評論(啓蒙、押し付けの文化言論)」と「東京ウォーカー的商業情報」の間としての“自立的な受け手”のための情報誌「ぴあ」とか、「倶楽部」や「〜の友」的おっきな共同体雑誌と“誌名が意味不明の記号”なちっちゃな雑誌たちの間としての「ワンダーランド〜宝島」とか。

 こう書いちゃうと不可逆的な歴史の一過程として“雑誌の時代”があったみたいな感じだけどそうじゃなよね。雑誌にはまだまだ可能性がある。
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雑誌のカタチ―編集者とデザイナーがつくった夢
雑誌のカタチ―編集者とデザイナーがつくった夢 作成者 山崎 浩一 (単行本 - 2006/10)
¥ 1,890
在庫あり
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