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カスタマーレビュー

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教育経済学の実証研究の成果を要領よくまとめたものです。手法は計量経済学であり、因果関係の識別に注意を払った論文が集められているので、短時間に多くの知識が得られます。と、同時に、教育経済学が真に(費用対)効果ある政策の識別に果たす役割もよく分かります。筆致も軽快で、一般の読者にもわかりやすいでしょう。

しかし、教育経済学の実証研究は、あくまで政策の平均的な効果しか示しておらず、一般にそれは、子どものアウトカムの5-15%程度までしか説明できません。統計的有意性と現実の説明力は別物です。説明できない要素は子どもの個別の事情であり、それは、保護者が自分の子どもをよく理解し、先生が子どもと向き合うことでしか獲得できない情報です。

子どもと向き合い、個別の子どもに応じた子育てや教育をするのが親の役目ですから、5-15%の平均の効果を鵜呑みにするよりも、子どもをよりよく知り、残りの80%を信じて子育てをする方が理にかなっていますし、ほとんどの親は実際にそうすることを選ぶでしょう。この本を鵜呑みにする親は、自らの子どもを理解するための時間も努力も惜しむ親でしかありません。したがってこの本は、せっかくの科学的研究成果を紹介しながらも、それを平然と「個別の親への助言に役立つ」と言い切ってしまっている点で、心理学の本に多い「ポップサイエンス」に墜ちてしまっています。

たとえて言えば、「この会社の株を買った方がいいか?」と質問してきた人に「景気が上向きだから買った方がいい」と助言するようなものです。個別の株の売買にとって重要なのはその会社固有の業績やガバナンスの情報です。マクロ経済だけでは決められません。また、株であればポートフォリオを組むことで、個別の株の情報不足を補ってマクロ的リターンに近づけることができますが、子どもは一人一人の人権と人生がかかっていますので、個別に向き合うことの価値はかけがえがありません。

私が親しい友人にアドバイスを求められたらこう言うでしょう。「経済学者に株のことが分からないように、あなたの子どものことは分かりません。まず、自分の子どもとよく向き合い、この子が何をするときに目を輝かすか、何をさせるとフラストレーションをためるか、よく理解しなさい。その上で、あなたの責任で、その子にベストと思われることを自信をもってしてください。そのための時間を惜しんではいけません。そこまでやっても不安だったら平均的な研究結果を教えますよ。」評論家と同様、研究者に必要なのはそういった控えめさでしょう。

しかし、教育委員会や文科省にとっては政策の平均的な効果こそが大事ですから(格差が広がらないことも前提だが)、この本やその背後にある学術研究をとことん知っておくべきなのです。特に、教育現場の先生方は、個別の政策の効果をある程度肌で感じることができても「費用対効果」までは考えが及びませんので、教育政策の費用対効果に関心のある人にはきわめて有益でしょう。
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2016年4月9日
幼児期にどの様な教育をすれば経済効率性が高いのかを期待するとガッカリします。確かに著者は幼児期の教育投資が高いと言っていますが、それは「自制心」や「やり抜く力」を身に付けさせることであって、認知的なIQテストなどの成果は長続きしません。そして、「自制心」や「やり抜く力」等の非認知能力は成人後まで可鍛性のあるものも少なくないと。本書の眼目は教育経済学という名前を一般に普及させたこと、そして教育について議論する為に客観的なデータを揃えること、特に「ランダム化比較試験」の有用性について社会に伝えたことにあるのではと思います。遠い将来なら冷静に賢い選択が出来ても、近い将来だと小さくても直ぐに得られる満足を大切にしてしまう等行動経済学の成果も含まれていて、読み物としては面白いですが、ちょっと誤解を生みやすいタイトルではと感じます。
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2016年4月26日
帯の「ゲームは子どもに悪影響?」「教育にはいつ投資すべき?」「ご褒美で釣るのっていけない?」という文言から、「子どもを持つ親向けの子育て本を、他の本とはちょっと違った『科学的根拠』という切り口で述べてみた子育て本」だと思った。実際読み進めていくと、好んで読むのは母親より父親だろう、と感じた。
しかし、著者が本当に読んでほしいとと思っている読者は「文科省と教育委員会」の人ではないか、と強く感じた。
一番印象に残ったのは、アメリカと日本の教育に対する姿勢の違い。人種や文化の違いは大きく影響するのだろう。教育現場に実験を持ち出すことについては、日本では賛否出てくると思うが、個人的には実験による結果、エビデンスを持って教育方針を検討するのは面白いと思った。教育と行政のサービスは、生活をしていく上で大きく影響を受ける。特に教育について、自治体ごと、実験を重ねながらユニークな教育方針を打ち出し、住人を誘致すれば自治体ごとの格差下げ止まりになるのかも、と思った。
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2015年10月28日
自分も子を持つ親です。
私はこの本を通して以下を示しながらお勧めしたいと思いました。

1. なかなか表に出てこない大学等で行われるアカデミックな研究成果を元に書かれたこと。
私の仕事もそうですが、専門家の中だけでデータを見せ合いあーだこーだいっている部分があります。
専門家と思われる何名かのレビューアのかたが「あれはおかしい、この統計はおかしい」などなどとおっしゃっていますが、専門でないかたにデータを示すには難しいのだから、こんなこと(わかりやすく書いた本を出すこと)はやめろといっているように聞こえます。
ですが、研究をできるだけわかりやすく、しかし、科学では言い切れない部分があるということを示す難しさを中室さんは勇気を持って書かれたと思います。

2. 自分で考えることの大切さを示されたこと。
テレビ等で発言する方々はこの本以上に言い切って様々なことを発言します。
大学教授だ、何とか博士だと肩書きを出しながら、時に研究室のゼミの風景や研究しているところを見せて、権威を見せるかのように。
この時点で、視聴者のかたは「あんなすごいヒトが言っているのだから正しいんだ」と思考停止に陥ります。
この本で示されるのは、そうおっしゃる方もいますが、こういうデータもあるんですよ。という部分があり、自分で考える大切さを教えてくれているようです。

最後に、私たちの中には経験に基づく「バイアス」があり、ひとつの本でもいろいろな意見が出てくると私は考えます。
(ですので、もちろんこのレビューも「私」というバイアスがかかっているので、正しいとは思いません。)
まして、自身の子に関わる大切なことであればなおさらです。
ですので、頭から「ここはおかしい」「私が正しい」というのではなく、私はこう思うがどうか?と問いかけながら、本やここでの討論を行ってほしいと思います。
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2016年1月26日
全体を通して、1つ2つのデータのみを根拠に論を展開する強引さを感じた。

学力テストの結果が非公表であるなど、日本での研究のしづらさを嘆く筆者の意見はその通りとしても、引用するデータのほとんどがアメリカの学校のものでは、日本の教育にどこまで応用できるのか?と疑問に思ったのは私だけではないだろう。
社会環境、貧富の差、教育内容、学制、入試制度、評価方法。これらのものが異なる日米の教育では、教育の出発点も目標も評価軸も異なるわけで、両国の「学力」が果たして同列に評価・比較できるものかはもっと慎重であるべきと思う。

教育の成果は結果論であり、そこに影響するファクターの多さは膨大である。
一つの指標に過ぎないが、例えばOECD共通試験のPISAの点数を比較した場合、潤沢な教育予算と著者が絶賛する豊富な教育実験に恵まれたはずのアメリカの点数が全く振るわないのに、乏しい教育予算とろくな研究蓄積もない日本のそれが(多少の上下はありつつも)、人口1億人を超える国の中ではほぼ例外的に世界トップクラスをひた走っているのも歴然たる事実。このあたりに、論文一つのデータでは語れない教育の難しさがあると思う。

また、(失礼ながら)アメリカの研究ならまだマシなほうで、途上国であるケニアの公立小学校だのマダガスカルの学校の学力の変化などを持ち出してきた時には、つい首をかしげたくなった。
マダガスカルの学校での研究の結果から、筆者の言うエビデンスベーストな最も費用対効果の高い学力向上策とは、ズバリ「『勉強するとお金持ちになれますよ』という事実を生徒に伝えること」だそうで。これで成績が上がれば、学校も塾も保護者も苦労は無い。
(もっとも、生涯年収を上げるためには、学力というのは部活動の成績だの容姿だのよりははるかに効率のいい武器だ、という事実を伝えること自体には個人的には大賛成だが。野球人口の上位1%にいても甲子園出場すら覚束ないが、学力なら上位1%にいれば東大京大など余裕だから)

読んでいて感じた著者のスタンスは、非常に財務省的である。教育予算を拡充させて学力を向上させようというより、いかに「エビデンス」に基づいて現状程度の予算でやりくりしようか、というものに感じた。こういう学者に政策提言をさせることには危機感を感じる。

例えば「少人数学級は効果なくはないけど、費用対効果は薄いよ」という主張。
その根拠であるグラス・スミス曲線を鵜呑みにすると、グラフから日本の40人→35人の変化などほぼ少人数効果が見られないレベルでの人数変更であることが読み取れる。
ここで、「やはりここは35人を少人数学級などというごまかしはやめて、もっとお金をかけて20人学級にすれば、少人数効果がもっと表れるはずである」という主張をすることも可能なはずなのだが、著者はそれをしない。

他にもことあるごとに「巨額の財政支出に見合った・・・」だの「教育費を上げるのなら消費増税しないと・・・」という消極的な記述が目立つが、これまたOECD平均を見れば、GDP比教育予算がぶっちぎり最下位である状態が何年も続き、子どもの貧困率が先進国中最悪というこの国が、選挙前に全国公立大の授業料1年分に相当するという3000億円を老人にバラまくこの国が、果たしていつ教育に対して巨額の財政支出をしたのか、著者にはこの辺りの認識も是非お伺いしたいものだ。

長々と書いたが、「教育にエビデンスを」という著者の意見には全面的に賛同する。
しかし、例えば怪しげな健康食品ですら、胡散臭い自称理学博士による「エビデンス」に基づいて効果を喧伝することはできるのである。本書はむしろこの類であろう。
本書はあくまで、主にアメリカの教育経済学の知見の雑多な紹介に過ぎない。国内の教育学との融合もなく、教育政策の参考になるような次元の話でもない。よく売れているようであるが、本書をエビデンスとして教育を語る者がいるなら、その見識を疑う良いリトマス試験紙にはなるだろうか。
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2015年9月28日
「教育についてエビデンスに基づいた論議をしましょう」という本書の主張には大賛成。でも本書が,そのやり方のお手本となっているかというと,少し首をひねる。
第一に変数の扱い方の乱暴さ。例えば「人生の成功に非認知的能力が重要である」という見解が述べられている(第3章)。そのエビデンスとしてあげられている研究では「非認知的能力」に当たるものは,「自制心」「やり抜く力」「忍耐力」「社会性」「意欲的である」など。これらをひとくくりにして「非認知的能力が高いと・・・」という言い方をして意味があるのだろうか?あるいは,「勤勉性,協調性,リーダーシップなど」が「学歴,雇用,年収」に影響したことを示す研究と,「外向性や勤勉性」が「年収や昇進」に影響を与えたという研究を,「人生の成功に非認知的能力が重要である」とまとめていいのか,やはり大雑把すぎる感が残る。また,同じ「勤勉性」と表現される性質が,どのように測定されたのか(測度),それらが研究間で共通のものなのか,本書では明らかにされていないのが門外漢には気になる。ついでに,第3章ではこのように主張しておきながら,第5章では,「「質の高い教員」とは担当した生徒の標準テストのスコアが上昇した教員である」という主張を,「エビデンスに基づいて」行っている。ここら辺のつながりも違和感を覚える。
第二に引用した研究に恣意的な偏りがないのかという疑問。本書では「○○は××である。それは※※という研究で裏付けられている」という流れで論旨が展開されてゆく。大変歯切れが良いのだが,「本当にこの主張を裏打ちする研究だけしかないの?」という疑問が常に残る。自分の乏しい経験でも,例えば「AかBか?」という問いに対し,「A」を支持する研究と「B」を支持する研究が複数積み重なっていって,やがて解答の輪郭が見えてきて,それが専門家間のコンセンサス(定説)になることも結構あるという印象を持っている。もちろん決定的な研究が議論に決着を付けることもあるけれども,本書のように1つの研究がビシバシ結論づけるのは「きれいすぎる」という印象を強く持つ。まあ,素人相手に細かいことを言ってもわかりにくくなるでしょ,という配慮かも知れないけど。
本書で主張する結論には異論はないけど,その主張のスタイルに強く説得性を感じられないということです。
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VINEメンバー2016年5月2日
 当方、6ヶ月になる子供がいて今後の子育ての参考になるかも知れないということで、読み始めました。著者が指摘するように、教育についても科学的に実験や統計データに基づいて議論をすることには賛成です。ただ、経済予測、株価の予測が全く当たらず、財政・金融政策(アベノミクスなど)を具体的にしたとしても、予想通りの結果が得られないのは皆さんも御存知の通りです。よって、著者が指摘する幼児教育への重点支出をしても、必ずしも統計的に有意な学力の向上は見込めないのではないかと思います。この辺が、科学の分野とは全く違うのでしょう。

 政府の政策についての批判、「子ども手当」などについても、不祥事での閣僚の辞任や総選挙が多くて、政治家は選挙家になって、他の政治家の不祥事を暴き辞任に追い込み、選挙での得票メインの長期的ではなく、有権者への口当たりの良い公約などが背景で場当たり的な政治運営がエビネンスのないその場での教育方針にもつながっていると思いました。

 子供の学力については、遺伝(DNA)、親の学歴・経済力、環境(住居、学校、友人関係)の3つで決まってくると思います。であれば、家族内でこの要素の弱いところを他で補う努力をするというのが、子供のためになるのでしょう。科学は日進月歩で進歩しているというので、著者には引き続き教育経済学について統計学的なアプローチを続けてもらいたいと思います。

 橘玲の「言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)」も動物、遺伝学・統計学的なアプローチについて、うまくまとまった好著だと思うので、こちらも読むと人間の本能、育児について勉強になります。
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2016年1月31日
著者は、教育や子育てを議論するときには、大量のデータという「科学的根拠」が欠かせないと強調する。しかし、その考えには危うさがつきまとう。なぜなら、経済学は自然科学と異なり、データから正しい結論を導けるとは限らないからである。

著者は、教育評論家や子育ての専門家と呼ばれる人たちがテレビや週刊誌で述べる主張の多くは個人的な経験に基づいているため、「科学的根拠」がなく、それゆえに「なぜその主張が正しいのか」という説明が十分になされていないと批判する。一方、「経済学がデータを用いて明らかにしている教育や子育てに関する発見は、教育評論家や子育て専門家の指南やノウハウよりも、よっぽど価値がある」(「はじめに」)と自負する。

多くのデータを観察することによって何らかの規則性を見出すのは、もともと自然科学で発達した手法である。20世紀以降の経済学は、この自然科学の手法を模倣することによって、より「科学的」になろうとしてきた。

しかし、この考えはある深刻な問題をはらんでいる。すなわち、自然科学の手法を経済学に流用することは、果たして適切なのかということである。

そもそも自然科学と経済学には、本質的な違いがある。自然科学の対象は物で、経済学は人間ということだ。

物を対象とする自然科学は、閉じられた実験室でさまざまに条件を変えながら実験を繰り返し、事象を観察することができる。だが経済学の対象は自分の意思で行動する生身の人間であり、倫理的・金銭的にもそのような実験はほぼ不可能である。

著者が強調するように、経済学でも実験の手法が発達してきたといわれる。人をランダムに二つのグループに分け、一方には効果を確かめたい介入を行い、もう一方には介入をせず、比較対照する「ランダム化比較実験」は、その代表例とされる。

だがこの手法も弱点を抱える。人が実験に反応して行動してしまう可能性があることである。著者によれば、ケニアで学校給食の提供が子供の出席や学力に与える因果関係を明らかにするため、一方のグループでは給食を無償にし、他方ではしなかったところ、給食を目当てに子供を無償の学校に転入させようとする親が出てきたという。

正しい比較のためには、二つのグループの間に親の所得などの諸条件で偏りがあってはならない。しかし、もし転入によって無償グループに親の所得の少ない子供が過度に増えれば、出席や学力の違いが給食の無償提供によるものか、親の所得によるものかがわからなくなってしまう。

ケニアの場合は問題が表面化したけれども、気づかれないままに調査に偏りが生じる恐れもある。著者は実験手法の改善に期待をかけるが、経済学の対象は意思をもち、行動する人間だから、実験に歪みが生じ、誤った結論を導くリスクから逃れることはできない。

もうひとつ、指摘しておくべきことがある。著者は、科学的根拠に基づく知見が現実の教育政策に活かされれば、子供、親、納税者である国民に「大きな恩恵があるに違いありません」(「補論」)と強調する。ところが、科学的根拠に基づく画期的な教育政策として著者が挙げる米国の「落ちこぼれ防止法」は、失敗に陥っているのだ。

2001年にブッシュ政権下で成立した同法の中では、「科学的な根拠に基づく」というフレーズが実に111回も用いられているという。

同法は学力を測るため、毎年すべての生徒に対し、読解力と数学のテストを義務づける。前年と比較して進展の度合いを細かくチェックし、基準を満たさない場合、教員の再訓練などを行い、それでも成果が上がらない場合、学校閉鎖という厳しい措置をとる。競争強化により、生徒の学力は底上げされるはずだった。

ところが期待に反して、学力に大きな改善が見られない一方、教育省全体の予算は2015年でおよそ874億ドルと2000年の2倍強に膨らんだ。子供、親、納税者のいずれにも「大きな恩恵」があったとはいいにくい。この不都合な事実について、本書では言及がない。

厳密な物理実験から導いた知見に基づき設計したロケットですら、空中爆発することがある。まして自然科学のような精度の高い実験が事実上不可能な経済は、誤った知見に基づき誤った政策が実行されるリスクが大きい。落ちこぼれ防止法の失敗は、それを象徴的に物語る。

代表的なマクロ経済学者である米国のロバート・バローは1990年代、こう述べている。「景気が思わしくないときに出される質問は決まっている。(1)なぜ景気回復の足取りは予想以上に重いのか。(2)来年の景気はどうなるか。(3)政府は何をすべきか。正しい答えはこうである。(1)わからない。(2)わからない。(3)何もすべきではない」

「科学的根拠」を錦の御旗のように振り回す経済学者は、景気のことに限らず、バローの謙虚さに学ぶべきだろう。

本書の提唱する具体的な政策には、結論だけみれば賛同できるものもある。しかし、たまたま結論が正しいからといって、誤った方法が正しいことにはならない。自然科学を模倣する経済学の倒錯は欧米に端を発する現象だから、著者を責めるのは酷かもしれないが、ベストセラーとなっている本だけに、誤りに気づかず広める罪は小さくない。
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2015年11月16日
教育に関して信じられていることでも、逆効果なものもある。例えば、褒美を与えるタイミングは、着手する前の方が良い。結果に対してインセンティブを与えるよりも、統計的には着手前にインセンティブを与えるほうが結果が良い。また、教育に対する投資は大学に行かせるというのは最も収益率が低く、小学校前に投資をするべきだというのが科学的根拠からの結論ということ。この本だけを鵜呑みにすると言うのは良くないかもしれないが、新たな視点が得られたという意味では良い本だった。子供の教育に対する研究に興味がある方におすすめ。

【学びのポイント】
1)学期の終わりになると学生の親戚の訃報が多くなるのは統計的にあり得るか?
 ・「わたしは長年の教職経験から、いつも学期の終わりごろになると、学生の親戚の訃報が相次ぐことに気がついた。
 ・しかもそのほとんどが、期末試験の1週間前と、論文の締め切り直前に集中する。
 ・1学期あたりの平均では、わたしの学生の1割ほどが、だれかが―たいていは祖母が―亡くなったと言って、締め切りの延長を求めてくる」   私がこれに驚愕したことはいうまでもありません。
 ・なんと、かの有名なアリエリー教授までもが私と同じ体験をしておられるとは。
 ・そしてアリエリー教授の本では、ある怖いもの知らずの生物学の教授が、「試験と祖母の急死の間の因果関係」を明らかにするための研究を行ったことも紹介されています。
 ・その教授が過去の自分の授業で収集したデータを分析した結果によると、祖母が亡くなる確率は、中間試験の前で通常の10倍、期末試験の前には19倍になり、さらに成績が芳しくない学生の祖母が亡くなる確率は50倍にも上ることが示されたのです。

2)インプットとアウトプットのどちらに褒美を与えるべきか?
 ・インプットにご褒美を与えると、子どもたちは本を読んだり、宿題をしたりするようになるのでしょうが、必ずしも成績がよくなるとは限りません。
 ・一方、アウトプットにご褒美を与えることは、より直接的に成績をよくすることを目標にしているのですから、直感的には、アウトプットにご褒美を与えるほうがうまくいきそうに思えます。しかし、結果は逆でした。
 ・学力テストの結果がよくなったのは、インプットにご褒美を与えられた子どもたちだったのです。
 ・とくに、数あるインプットの中でも、本を読むことにご褒美を与えられた子どもたちの学力の上昇は顕著でした。
 ・一方で、アウトプットにご褒美を与えられた子どもたちの学力は、意外にも、まったく改善しませんでした。
 ・どちらの場合も、子どもたちは同じように喜び、ご褒美を獲得しようとやる気をみせたにもかかわらず。
 ・なぜ「テストでよい点を取る」というアウトプットにご褒美を与えることは、子どもたちの学力に影響を及ぼさなかったのでしょうか。
 ・鍵は、子どもたちが「ご褒美」にどう反応し、行動したかということにありました。
 ・「インプット」にご褒美が与えられた場合、子どもにとって、何をすべきかは明確です。本を読み、宿題を終えればよいわけです。
 ・一方、「アウトプット」にご褒美が与えられた場合、何をすべきか、具体的な方法は示されていません。
 ・ご褒美は欲しいし、やる気もある。しかし、どうすれば学力を上げられるのかが、彼ら自身にわからないのです。
 ・ここから得られる極めて重要な教訓は、ご褒美は、「テストの点数」などのアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」などのインプットに対して与えるべきだということです。

3)能力と努力のどちらを褒めるべきか?
 ・子どもをほめるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。
 ・そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つというのがこの研究から得られた知見です。

4)学力の高い優秀な友人から影響を受ける範囲とは?
 ・実は、学力の高い優秀な友人から影響を受けるのは、そのクラスでもともと学力の高かった子どものみなのです。
 ・中間層やもともと学力の低い子どもたちは、何ら影響を受けないことがわかっています。
 ・それどころか、自分のクラスに学力の高い優秀な友人がやってきた場合、もともと学力が低かった子どもには、マイナスの影響があるということを示す研究もあります。
 ・なぜ、学力の高い優秀な友人は、もともと学力の低かった子どもにマイナスの影響を与えるのでしょうか。
 ・スウェーデンの高校生のデータを用いた研究は、学力の高い同級生の存在は、学力の低い生徒の自信を喪失させ、大学への進学意欲を失わせたことを明らかにしました。
 ・この意味では、学力の高い友だちと一緒にいさえすれば、自分の子どもにもプラスの影響があるだろうと考えるのは間違っています。
 ・むしろ、レベルの高すぎるグループに子どもを無理に入れることは、逆効果になる可能性すらあるのです。

5)教育を投資と考えた場合にどの教育段階の収益率がもっとも高いのか?
 ・これまでの研究が明らかにしているところによると、人々は「教育段階が高くなればなるほど教育の収益率は高くなる」と信じているようです。
 ・つまり、子どもの成功のためには、小学校よりも中学校、中学校よりも高校、高校よりも大学や大学院と、学齢が上がるほどかけるお金や時間を増やすべきだと。
 ・たしかに、大学や就職先選びなど大事な選択の直前をどう過ごすかが、その人の人生により大きな影響を与えるのではないかと考えるのは理にかなっています。
 ・このため人々は、子どもが小さいときはお金を貯めておき、そのお金を子どもが高校や大学に行くときに使おうとするのです。しかし、教育経済学はこの思い込みを真っ向から否定します。
 ・教育経済学の研究蓄積にはまだまだ議論が収束しないテーマも多いのですが、どの教育段階の収益率がもっとも高いのか、と聞かれれば、ほとんどの経済学者が一致した見解を述べるでしょう。
 ・もっとも収益率が高いのは、子どもが小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)です。
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2015年12月27日
テレビ東京のニュース番組でこの本のことを知った。
ゲームは悪影響か、ほめて育てるか、ご褒美で釣っていけないか、など番組で放送していた部分については、納得。早速日常の教育でも取り入れてみたい。

アメリカで様々な教育実験が行われたこと、その結果をエビデンスとしてその後の教育方法に生かす、これもなるほどと思うし、日本でも、難しさはあれど、取り入れるべき部分もあるのではないかと思う。

しかしちょっと気になることが。
アメリカの教育そのものだ。
私はアメリカ生活の経験はあるものの、そこで教育を受けたことも、子供に教育を受けさせたこともない。
ただ、そういった経験のある知人からは、アメリカの大学教育の水準は十分に認めながらも、
「高校までは日本で教育させた方がよい」
という意見も聞く。
私の知り合いだと人数もごく限られ、その情報も偏っているだろうが、同じくテレビ東京のニュースを見て購入した、ロバート・アラン・フェルドマンさんの「日本経済最新講義」には、
「(アメリカでは)義務歳入にお金が流れていて、教育に回す分が足りません。だから学校も教育水準が、非常に悪くなっています」
と書かれている。
フェルマンさんのこの著書に書かれている他のことから判断しても、アメリカの教育が非常に悪い、というのはそれほど大げさではないだろうと考えられる。
よって、そういった国で取られたデータにどこまでの信頼性をおいていいのか、若干不安になるところもある。

というところで、星三つ。

中室さんは竹中平蔵氏に師事したとのこと。このことについては、ああ、なるほど、と漠然ながら思った。
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