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カスタマーレビュー

15
5つ星のうち4.5
ロボットとは何か――人の心を映す鏡  (講談社現代新書)
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人間とは何か?この哲学的な命題を説くためにこそロボットを開発してきた著者による、人間存在論としてのロボット論である。人間がさらなる便利を手に入れるために、より人間に近い人型ロボットを創造していく。ロボットが身近で何をしていても「不気味」にならぬよう、「彼(彼女)ら」のしぐさや動作や会話やコミュニケーションの仕方を、より「リアル」になるよう技術的に工夫していく。その技術進化の過程で、人間とはどのような存在なのかが、特にその「心」とは何なのかが、逆説的に理解できるようになってくる。本書は、著者がそのようにして獲得した人間理解のポイントをわかりやすく論じた、新書の傑作である。
各章ことごとく興味深い知見に満ちているが、私的に特におもしろかったのが、著者が自分のアンドロイドを造りそれを実験に用いた経験が語られるところ。対面してすぐにはあまり感じるところはなかったが、それが他の人物によって触られたり荒々しく扱われたりするのを見ていると、興奮したり痛みを感じたりしたという。「人は自分に対する行為を観察することで、自分を認識する」ことをまさに痛感したのだと。また、アンドロイドの動きは自分らしくないなと思っていたが、教え子らによれば「先生そっくり」ということで、「人は他人ほど自分のことを知らない」という真実を改めて確認する。本書には、こうした心理学や社会学でも言われてきた見識が、人型ロボットというきわめて生々しい存在により実証されているくだりが多々あり、誠に興味深い。
あるいは、平田オリザ氏とコラボして創作した「ロボット演劇」の話も、すごくいい。人間とロボットが「共演」する舞台劇なのだが、オリザ氏は演技指導の際、人間もロボットを区別せず、また彼らの「心」などは全く重視せず、ただ、いつどこに立ちどう動きどうしゃべるか、といったことだけを教えこんだ。するとそれを観た観客は不思議なことに、「ロボットに心を感じた」と述べたいう。この経験から著者は、「ロボットでも人間のような心を再現できる」という確信を得る。優れた演出家の演技指導をロボットにプログラミングすれば、ロボットは「心」を持つのだ。実際的に、そう考える他ないのだ。
さらに、エピローグをはじめ本書では、「研究とは何か?」という問題に関する著者の意見が熱く論じられており、これは学問にかかわる人間には非常に考えさせられるところが多い。僅か数時間で読める無数の知的な刺激に満ちた本。是非、ご一読を。
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人間酷似型ロボット(アンドロイド)研究の第一人者が、自らの研究開発の過程と、そこから生まれた「人間とロボット」についての考察をまとめたもの。2009年発刊。
著者が2006年に作成した、自身をモデルにした遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイドHI-1」は世界中の注目を集め、2007年に著者は英コンサル会社による「生きている世界の天才100人」の26位(同順位には、ダライ・ラマ14世とスティーブン・スピルバーグ)に選出された。
著者はもともとコンピュータビジョン(カメラから得られた画像をコンピュータで解析し、その画像に何が写っているかをコンピュータに認識させる研究)を研究していたが、コンピュータが人間と同等の認識能力を持つためには、人間と同じように、環境の中で動き回り、物に触れる体が必要になるとの考えから、ロボットの世界に研究の範囲を広げたのだという。
そして、人間型ロボット「ロボビー」(1999年)、自分の娘(4歳)のアンドロイド「リプリーR1」(2001年)、NHK女性アナウンサーのアンドロイド「リプリーQ2」(2005年、愛知万博に出展)、「ジェミノイドHI-1」(2006年)等を次々と作成する過程で、著者の問題意識が、「人間らしさとは何か?どのようにロボットで再現するか?」から「ロボットは心を持てるか?」、「心とは何か?」という、認知科学や脳科学の研究領域である、より深いものに変わっていったことが綴られている。
具体的な研究実験の結果で興味深かったのは、周りの環境・反応に合わせて操作者が指令を送る、遠隔操作型の「ジェミノイドHI-1」を使った実験で、第三者にジェミノイドの頬を突かれると、操作者が顔を避けようとしたり、「やめてくれ」と叫んだり、ジェミノイドを自分の体と錯覚するような反応を示したということである。著者はそれを「人間の体と感覚は密につながっていない」からと分析している。
「心(意識)とは何か」、「心(意識)はどのようにして生じるのか」というテーマは、現代科学の究極のテーマのひとつでもあり、本書における論理展開には少々違和感を覚えるが、アンドロイドの人間らしさを向上させるためには、人間についての理解を深めなければならず、また、開発したアンドロイドの性能を人間社会で試した結果をフィードバックすることにより、認知科学や心理学が進化していくことも事実であり、今後、相互の研究領域オーバーラップは進んでいくのだろう。
(2015年7月了)
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ベスト100レビュアー2015年6月4日
2009年の出版で著者初期の著作である。今に至る問題は提出されていてロボット工学により進捗中である。
その主張は、人に心はなく、人は互いに心を持っていると信じているだけである。
人間がロボットを作る根源的理由は、人間を知りたいという欲求に根ざすものである。

心は、相互作用によって生まれる主観的現象である。なぜ、相互作用を起こすかの答えは「情動」にあり性的情動に起因する。
そして、情動には、もう一つ知的情動(好奇心)もある。
ロボットに情動を組み込む必要があるが、性の問題は難解で不思議な問題に突き当たる覚悟が要る。

最近、その入り口部分に取り組めるようになったがそれはジェミノイドをミニマルデザインしたむき身の人間のようなテレノイド(年齢・性別不詳の容貌)である。

コンピュータが認識機能を持つには、人間と同様環境の中で動き回り物に触れる体が必要となる。
究極的には、「人間とは、何か?」ということである。それには、「人間と関わる機能」が必要である。
第一歩は、インターネットや携帯電話のように人間が分からなくても、利用するものを作ることは可能である。そして、それ自体が人間理解を伴うものとなっている。
人間の脳は、他の人間を認識し人間と関わるために設計されている。そして、見かけは、動き同様に重要であることが分かった。

人間は、必要なときにだけ特定の感覚に注意を向けそこから情報を得る。それ以外は、恐らくそうであろうという「予測」の下に行動している。一旦、人間らしいと思えば他の感覚器も人間として反応するだろうという予測の下に体全体の感覚器が制御されている。
アンドロイドであっても一旦、人間らしいと思えば匂いさえ再現する。勿論、逆もある。一旦、人間と違うと判断すれば他の感覚も同様に人間ないと反応する。
人間は、「見かけ」に非常に敏感である。また、無意識的微小動作も非常に敏感である。

これまでに分かったこと。
.人は、他人ほど自分のことを知らない。
.社会がなければ、人間は自分を知ることができない。
.人間は、自分の体に都合のよい情報を選択できるようになっている。
.人間は、絶対的アイデンティティを持たない。
.人間の体と感覚は密接に繋がってはいない。
.脳と体、脳と感覚が蜜に繋がっていないために、人間はジェミノイドのようなロボットにも乗り移ることができる。錯覚する機能が脳にあるのである。
.他人から認識される自分があるから自我がある。
.人間は、相手の感情や仕草や口調から単に、感情を想像しているだけである。そして、感情は最も早い意思伝達手段である。
.人間とは、他人の心と自分の心に挟まれた感覚器の集合にすぎない。
.心とは、主観的な現象であり「役者」に心は必要ない。立つ位置とタイミング(間)で十分である。それは、ロボットでも再現可能である。
.自分の心も他人の心も、観察を通じて感じることでその存在に気づくことができるが、直接覗くことはできない。
.心、感情、知能、意識を突き詰めて考えても、何一つそれを示す人間の機能はない。それらに、実体はない。概念に実感を抱いているだけである。
.人は、競争することしか出来ないが、その結果として協調という現象が顕われる。

著者の基本問題は、「人間の理解」であるがそこに至る段階(問題設定)が実に論理的で、思考の道筋が常に「より深い問題は何か」
ということにある。そして、次々と結果を出している。
情報化社会の次は、ロボット化社会という見立てである。
ロボット研究の結果は、デカルトとは真逆で「思う、故に我あり」が人間でありそれは、人間が関係性の上に拠って立つということであった。
ラカンの人間観も同様である。
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2009年12月20日
 本書はロボットをよすがにして「心とは何か」を探求した、優れた一研究者の来歴レポートとなっている。文章も、手にとるようにわかりやすい。

 冒頭、「人に心はなく、人は互いに心を持っていると信じているだけである」と書いているが、これは挑発の言葉であり、キャッチコピーであると思う。最後のほうにこんなくだりがある。

・・・・「心を持っていると信じるためには何が必要なのだろうか? いくら人間の脳を解剖しても、人間を認知科学的に研究しても、「心とは何か」という問いの答えはこれ以上分からない可能性も高い。そもそも「信じる」とはどうすることなのだろうか? ・・・・私の場合は、この疑問をそのまま研究のエネルギーにしているのだと思う。」・・・・

 「心とは何か」についてのアプローチは、古代からの哲学、近代に至っての脳科学があるが、著者の云う「鏡」も、強力かつ有効なアプローチの一つであると認識できる。
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2015年2月19日
私はロボットやらアンドロイドやらといったものに、全くといっていいほど興味なかったんですが、
何故か手に取ったこの本に驚かされました。

ロボットが世の中に存在し、普通に人間として生活しているかも知れない……。
と正直そう思ってしまえるほど、ロボット(中身も外見も)を作っている人の
能力のすばらしさに感動しました。
というか、もっと言うなら石黒さんの仕事に対する向き合い方に感動したのです。

「人間とは何か」というテーマを掲げ、ロボットを作り出すと言うことは人間を知ることだと書かれています。
そうでなければ、本当の意味で人間が求めるロボットは生まれないのでしょう。
そして、その仕事に真摯に向き合っているのが素晴らしい。
また、私のような全くの素人にも感動できるような平易な文章力にも驚かされました。

そもそも人間自体、こんな風にしてできたのかも知れないと最後まで読んで思ったのですが、
きっとそういう感想を持つ人は少なからずいるのではないかしら?
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2010年5月5日
「人間の内面には「こころ」というものが実体として存在していて、それが身体の動作や表情の変化となって外面に表れる」
こうした当たり前の精神/肉体観を、筆者はひっくり返してしまう。

「人間そっくりにつくった人形がどのようなふるまい・反応をすると、人はそこに「こころ」の存在を確信してしまうのか」
これが、筆者がロボット研究の基本に据えている態度である。

ここには、「人間(と一部のほ乳類)にだけ心がある」という誰もが疑わない「事実」への批判がこめられている。
「こころ」というものは、物理的・実体的に存在を確認することができない(たとえば「脳」に「こころ」という機能が局在しているとは言えても、「脳がこころである」という言い方はできない)。それゆえ、我々はある種のふるまいや反応の総体を「こころ」と総称しているに過ぎない。
これは、哲学的には一種の懐疑論なのかもしれない。

しかし、たとえばここに「誰がどう見ても「こころ」が宿っているとしか思えないふるまいをする、人間そっくりの姿をした人形」があったとしよう(それがどのような「ふるまい」かはひとまずおき)。
そして人形の制作者が、「これは人形なので壊しても問題ありません」と、作動中である人形をガンガン破壊しはじめたとしよう(人形は「やめて」と叫ぶかもしれない)。
このとき、普通の心ある人間なら、人形が「殺される」姿を平気で眺めてはいられないだろう。
思わず「あの人形かわいそう」と感じるに違いない。ひょっとしたら、制作者の蛮行を阻止するかもしれない。それが人間の「こころ」というものである。

ところで、筆者が行った研究の中でユニークなものに、人とロボットが共演する「ロボット演劇」というものがあった。
人間の役者は台本にそって稽古し、ロボットの役者は台本にそってプログラムを修正し、演技を行う。
興味深いことに、演出家(平田オリザ氏)の演出態度は人間に対してもロボットに対しても全く同じだったという。
「次のセリフまでの間をあと0.5秒長く」とか、「立ち位置を30センチ右に」とか、実に具体的な内容で「役者たち」に指示を行った。

これは意外なことではないか。少なくとも平田氏のような演出家にとって、役者に心があるかどうかは問題でなかった。
巧妙な指示・演出によって、「役者に「こころ」が宿っているとしか思えない」演技、つまりふるまいをさせるのが彼の仕事なのである。
その意味では、役者が人間でもロボットでも、一定水準の動作が可能なら構わないのだ。実際、舞台を見た観客はロボットにも「こころ」を感じたという。

「台本=プログラムにそって動いただけ」とはいえ、演劇という芸術行為を一部でも代行したということは、ロボットが「人のこころ」のある部分を「再現」したということではないだろうか。
このような部分的再現が積み重なることで、やがて「人のこころを実装したロボット」が誕生するのかもしれないと思う。
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2009年11月26日
「人間はすべての能力を機械に置き換えた後に、何が残るかを見ようとしている。」
 書店でこの本を手に取り、偶然ひろげたP.25の一行です。この一行にやられてレジに並びました。
 「ロボットを作ることは人間とは何かを知ること」という哲学なしに、便利だからと機械をじゃんじゃん使う方向にこのまま世の中が進んでいけば、いずれ人間はどうなってしまうかと筆者が考えを明かすラストまでに、
● そもそも心とは何なのか。
● 見かけが相手に及ぼす影響。
● 相手がこう思っていると思うのは、実はこちらの勝手な思い込み?!
● わたしたちがもはやパソコンの電源を落とせない理由。
● 人と人とがつながりたいと思う情動の正体。

など、人と人とのコミュニケーションのヒントや誤解(!)が示されています。
 最先端のロボット技術についての専門書かと思いきや、入口の敷居は低いけれど思わぬ深いところまでわたしたちを導いてくれる、これは哲学書である!と感じました。
 筆者の研究者としての戸惑いやタブーへのスタンス、理系の先生なのになんて読みやすく情感たっぷりな文章を書かれるのだろう!(独特のユーモアセンスも楽しい)というのもこの本の魅力です。
 読んだら最後、you can’t stop! なので、飲み物を用意してゆっくり読み始めることをおすすめします。電車だときっと乗り越してしまうから要注意!
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 著者は「『アンドロイドを作ることを通して、人間の脳の機能が分かる』可能性がある。アンドロイドに実装したプログラムが、脳の知られていない機能を実現している可能性がある」と述べ、「先にロボットやアンドロイドを作ってみて、そこから人間を知る」という自身の手法を「構成論的アプローチ」に分類する(p65)。でも本書を読んで受ける印象は、いわゆる構成論的アプローチを踏み越えているように思う。
 私などは構成論的アプローチという言葉から、複雑な研究対象を直接分析するのではなく、これを一定程度単純化した上で同様の機能を工学的に「構成」することを通じて理解を深めようとする方法論をイメージする。例えばロボットに学習機能をプログラムしてお手玉や卓球を覚えさせるような研究がそれで、コンピュータの性能向上に支えられて注目を浴びた手法だという印象が強い。
 著者の研究が従来の構成論的アプローチを踏み越えていると感じるのは、次のような理由からだ。
 まず、これまでは人間の意識とか心とか情緒のような定量的計測が困難なものに直接取り組むことは、あまりなかったのではないか。それらは、運動機能や言語能力のシミュレーションのような「基礎的研究」の積み重ねの彼方にある、「坂の上の雲」みたいなものだったのではないか。ところが著者は、まっすぐ「心」や「情緒」に関心を向けていて、そこが大胆。しかも心の本質論はあっさりスルーし、「どうしたら心があるように見えるか?」という表層に留まり続けるところがスマート。
 で、構成論的アプローチによって「どうしたら心があるように見えるか?」を探究する時、「しかし誰にとって?」という問題が不可避的に生じる。そりゃ人間にとってでしょう? その結果、著者の研究は、ロボットやアンドロイドを「媒介」とした「人間」の研究に反転していく。人間のそっくりさん造りを通じて、著者は「人間」という広大な研究分野を発見したワケだ。素晴らしい!
 しかし一言。石黒先生はロボットの有望な活用場所の一つに、ホテルの部屋で旅人の孤独を和らげる役目を挙げているのですが(p221)、私はこれは怖いと思う。それこそ私が眠っている間に、暗闇の中でベッド脇のロボットの両眼がボーッと赤く光を放ち始め……ああああ!
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VINEメンバー2010年11月22日
自分のコピーを作った男として有名な大学教授の著者が書いた本です.著者は,ロボットの見た目を人間に似せて作り,このロボットに対する人間がどのように反応するのかを観察し,人間の心とは何かという非常に哲学的な課題に挑んでいます.

このロボット自体はテレビにも時々登場しますし,愛知万博の時に非常に有名になりましたのでご存じの方も多いと思いますが,研究の目的が精密なロボットを作るという事以上に,人間を理解するツールとしてとらえているというところが興味深いところでした.

ロボット研究の現状を網羅しているわけではありませんが,未来の人間とロボットとのかかわりを考えるのに良い本ではないかと思います.また,「研究とは何か」ということを自問している研究者の方にも参考になるのではないかと思います.
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2011年3月1日
絶対に読むべき本。それも今。
まず読んで面白い。ロボットの研究の最前線を惜しみなく書いていて、ここまできているのか、ということが分かって面白い。
次に話の発展する余地が多いのが面白い。性とロボットの関連、不気味の谷についてなど、そこを基点としてさまざまな方向に話が発展していくから。
そして、なぜ発展するかというと、それは本作で語られているように、ロボットとは何かを考えることがすなわち人間とは何かを考えることだからだろう。
そして更にその点について石黒先生が非常に自覚的であり、そもそも研究とは人間とは何かを考えることである、という問題提起にまで至っており、全面的に賛成せざるを得ない。

また改めて自分の生活を振り返り、人間とは何かに少しでも近づいているような毎日を送れているだろうかと、反省させられてしまったのだった。

ひとつだけ確実にいえるのはこの本は少なくともロボットという工業の一分野の研究に関する紹介文ではなく、人間そのものに近づく、本来の意味の科学全般を代表する著作であろうということだ。
それはかつて哲学や、芸術が担っていた世界であり、ロボット演劇がここから立ち上がってきているのも単なる偶然ではあるまい。今後10年の人文科学はロボットを基点に大きく発展するだろうと、この本を読むと確信できる。
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