本書の魅力に少しだけ迫りたい。一般の探偵小説もそうであるが,事件の派手さや奇異さだけでストーリーが展開するものに名著はない。探偵は人を愛することが第一の資質である。そう,藤森探偵のわけへだてなく建物の生き様を素直に受け入れようとする姿勢,路上観察の極意が常に伝わってくる。
次に庶民感覚。著者は,権威ある建築史学者にして,近年では実作を手掛ける建築家でありながら,庶民の視点を忘れない。学者も建築家もあいまいさを排除したがるのが常である。だが,探偵=庶民は,噂や推理を許容する懐の深さをみせてくれる。それが学術書にない親しみや怪しさを醸しだすことにもなる。
そういえば,著者撮影によるモノクロ写真は歪み,ピントも甘い。カラーで,しかも詳細なディテールが判読できる写真掲載をのぞむ読者も多いであろうが,謎や怪しさの演出としてとらえた方がよさそうである。それとも,自分の目で確かめよというメッセージとして受けとめるか。最後に,捜査範囲の限定。シリーズでは,建築ジャンル別などのテーマ設定があるが,地域を限定しているものが面白い。なぜなら,まち全体の生活,文化や歴史などの遍歴が,総体として浮かび上がるからだ。 (熊本大学 工学部環境システム工学科 建築系講師 桂 英昭)
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