前作『島津奔る』で著者は、薩摩の島津義弘を通じて乱世のあるべきリーダー像を提示した。そこに登場した敵役の家康はやはり爪を噛む小心者であった。本書では、その家康の生涯を丹念にたどることで、戦国武将としての欠点が、逆に天下取りにどう利したかを明らかにする。その意味で前作と一対をなす作品だ。
信長、秀吉と異なり、家康は天下統一の野望も、そのための大計も独創も持たない凡庸な大名として描かれる。覇業の原動力となったのは今川家支配下で辛酸をなめ尽くした三河武士団の「強欲」だ。半ば家臣の欲得に引きずられるような形で、家康の小心が歴史の転回期と出合い、歴史そのものを変えていく過程は、読む者の既成概念に変更を促す。
「歴史小説は、類型で書いてはならない」を信条とする著者ならではの全く新しい家康像の誕生である。
(日経ビジネス1999/11/29号 Copyright©日経BP社.All rights reserved.)
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