特にスイスでの回想は、著者の渡航がユングの死の翌年であること、ユング派が世界的に理解されるのが1970年代だったことを考えると、当時マイノリティーだったユング派心理学の黎明期を写し取ったものになっている点が興味深い。また、ユングと親交の深かったハンガリーの神話学者ケレーニイとの思いがけない出会いや、「牧神の午後」で有名なロシアの舞踏家ニジンスキー夫人の日本語教師を務めたときの話など、何げなく語られるエピソードの数々が、「人との出会い」や「学ぶ」ことの意義、楽しさを改めて教えてくれる。
「セルフのシンボル」に対する理解で試験管と大論戦になり、「資格はいらん」と啖呵(たんか)を切った最終試験のくだりが、のちに「日本人の特性」を前に、ユング理論の再考を迫られることになった彼の格闘を暗示するものであることに気づくだろう。この時期の体験を通じて飛躍的に成長し、その後の膨大な著書につながっていく。それぞれ重要な意味をもち、初めてその著書に触れる読者は、時系列に追っていくのもおもしろいかもしれない。また、愛読者にとっては、各著の味わいや理解がさらに深まることは言うまでもない。(中島正敏)
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