takeda99

 
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レビュー

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新ドラキュラ(下) (文庫ダ・ヴィンチ) デイカー・ストーカー
ドラキュラが登場する物語はそれこそ掃いて捨てるほどあるが、そういう作品がまた一つ増えた。
それ以上でもそれ以下でもない作品だった。

帯にはでかでかと映画化決定と書いてあるが、小説があって映画化が決定したのではなく、ストーカーの子孫公認という宣伝用の「お墨付き」を与えるために便宜上小説を先に出したかのような印象だ。
実際、ストーカーの子孫の了解を得ずに公開してしまうと色々揉め事になりそうな内容ではある。

映像で見ると迫力のありそうな場面も多いので、もしかすると映画はもっと楽しめるのかも知れない。
オタクはすでに死んでいる (新潮新書) 岡田 斗司夫
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「オタク」という言葉の使われ方は随分と変わってしまったと思う。
元々は、二人称に「お宅」という単語を好んで使う人々を苦々しく思う人々が使い始めたものだった。初期「お宅族」の「お宅さぁ・・・」で始まる会話は自慢話か知識の押し売りであることが多く、聞いていて気持ちのいいものではなかったからだ。
それがいつの間にか、多種多様な「子どもじみた趣味」に没頭する人々全体を漠然と指す言葉へと変わっていった。
多分、この辺りが筆者の言う「オタク大陸」が最も豊かだった時期だろうと思う。
初期「お宅族」は恐らくやり方が下手だっただけで、自らの知識と知性を高め大陸全体を教化しようとした「貴族主義者」たちだったのだろう。
だが、彼らのある種献身的な努力に対して、オタク大陸」の外縁部でうろちょろするだけの半端者たちは、「単なる趣味の領域で教化などしていただかなくて結構」程度の感想しか持てなかった。

当時「お宅さぁ」と話しかけられるのが嫌で嫌でしょうがなかった大陸外縁部の第一世代は「オタクは死んだ」という実感をかなり以前から持っていたと思う。
悲しみでも喪失感でもなく、安堵感を伴ったその認識がどこから来ていたのか、この本を読んですっきりと理解できた。特定の小さなコミュニティの中であれ、マスメディアの中であれ、何だかやたらと大袈裟に扱われることの多かった「子どもじみた趣味」が、やっと個人の趣味の領域に帰って来たということだったのだ。… 続きを見る
おたくの起源 (NTT出版ライブラリーレゾナント051) 吉本 たいまつ
事実を淡々と書き連ねている部分は面白いのだが、著者の考察が加わったとたんに面白みがなくなる。その点が労作であるだけに残念。
全体を通して、面白くなりそうでならない本という印象だが、おたくとその周辺を短時間で概観するには最適だと思う。