Amazon.co.jp 社員有志によるボランティア活動報告 2012年
Amazon.co.jpでは、東日本大震災被災地でのボランティア活動を行っています。
2011年の活動報告 へ
2013年の活動報告 へ
2012年活動報告会及び2013年度決起集会
2013年2月1日に2012年度の活動の振り返り及び2013年の活動へ向けた決起集会を行いました。2011年度は、7回の活動に155名が、2012年度は10回で230名の社員が参加し、石巻市、七ヶ浜町、山元町でお手伝いをさせていただきました。活動報告とともに、昨年と同様、現地の社会福祉協議会にお送りするTシャツにメッセージを記し、そして全員で2013年度も活動を継続することを確認いたしました。Amazon社員も微力ながらも震災を決して忘れることなく4月20日の七ヶ浜での活動を皮切りに現地に赴く予定でおります。

第17回ボランティア活動報告 ─ 宮城県石巻市─
2012年10月27日、宮城県石巻市大森団地にて仮設住宅にお住いの独居老人をご訪問する活動(サンライス元気村プロジェクト)を有志20名でお手伝いさせていただきました。
本活動は、各仮設住宅が独居老人の方々を含め、自立して歩んで行くためのお手伝いする事を目的としております。本活動の運営母体であるボランティア団体オープンジャパンによって、ようやく本目的を達成できたと言える所まで来たという判断から、年内に本活動を収束して行く事になりました。
本活動には弊社社員も過去5回の取組で97名が参加し、現地のボランティアの方々や独居老人の方々から直接お便りを頂くまでになり、多くを学ばせて頂いた活動となりました。コミュニケーションという無形の取組みの中、現場では直ちに成果が見えづらい活動ではあったものの、ボランティアから政府・行政へとバトンタッチされていく事を非常に喜ばしく思っております。

以下、参加者からのコメントを抜粋でご紹介いたします。
「立地的にも不便な場所ですし、仮設という条件の中、今の生活は幸せで感謝している、またボランティアで訪問してくれる方のみならず、色々とお世話をしてくれる方に常に感謝していると逆に私たちに気を使われているところを目の当たりにし、ダメな自分を再認識しました。」
「全体を通して感じたのは、仮設に移って1年ほど、という方が多く生活自体は落ち着いてきている様には見えるものの、近隣の方とのコミュニケーションは全体的にまだ希薄で、寂しそうな方もいらっしゃいました。」
「次のステップは仮設に入っていらっしゃる方の生きがい、精神面でのクオリティを向上ではないかと強く感じました。」
「以前の生活に戻れない現実に向き合って自立への長い道の中で、ニーズに沿った活動のフィット感はその空間、その時間、そこにいた人々が一つの輪になって、絆として、生きる力として細い線を足したのに間違いないと感じました。」
「震災から1年半以上経った現在、環境は仮設住宅とはいえども、当時の状況を感じさせない程皆さん明るく“生活”されているといった印象を受け少々驚きました。」
「今回、初めて被災地に訪問し感じたことを忘れることなく、自分にできることを見つけて次の活動に繋げていきたいです。“気遣い”と“思いやり”を行動に移して、笑顔を広めていけるように。」
「震災から1年半以上が経ち報道される機会も減っていますが、初めて訪れた石巻の街で津波や火事の爪痕がまだ生々しく残る門脇小学校、山積みされた車や撤去された瓦礫の山などを見て愕然としました。」
「被災された方々に直接お会いして色々なお話を伺い復興に向けて歩んでいる姿から逆に元気を頂き、、、と一言では言い表すことのできない色々な想いを感じた今回のボランティアでした。」
「今回お会いした方々が見せて下さった温かな笑顔がもっと多くの方々に広がるよう願わずにはいられません。」
「これからも被災された方々に心を寄せ自分にできることを考えて、微力ではありますが復興へのお手伝いをしたいと強く思いました。」
「ただでさえ閉鎖環境なのに更に1年近くの仮設住宅生活なので、疲労度も大変なものかと察しましたが、人生の先輩方の口からは、良く言えば前向きな、ここで生活をしていく覚悟的な言葉が多く聞かれたように感じました。」
「「お金はいらない、普通にお茶飲み相手が居て適度なお喋りで過ごせればいい。」励ましに行った筈なのに、またしても気づきが多い活動となりました。」
「3月11日以降、テレビのニュースを見たりアマゾンのボランティア活動の報告を目にするたびに、自分のできる範囲で募金をしたり物資の支援をしても、どこかで「まだ足りていないんじゃないか」「もっとできることがあるんじゃないか」という気持ちが常にありました。」
「前回(8月)よりも全体的に皆さん明るくなられたというか、静かながら活気のようなものを感じられました。」
「最近の近況やお体の調子、ご近所さんや家族の方との交流などをお尋ねする中で、震災当日の津波の様数や、家族の皆さんの行方、その後の捜索活動の難航状況なども、こと細かに伝えようとして下さった方もいらっしゃいました。」
「仮設での生活も1年が経過し、良い意味でも悪い意味でも、今後の目途も少しづつついてこられた時期なのだということが感じ取れました。」
「今回、「次回でお米の配布は最終となります」、という重たいメッセージをお届けさせて頂くということで必要以上に気を遣いすぎていたせいもあるのかもしれませんが、仮設にお住いの皆様(受け止める側)は思いのほか冷静で、「そうですか、いままでありがとう」と、静かに回答をされるケースが殆どでした。」
「前回8月のボランティアでも、同じ仮設住宅を訪問させて頂いており、その際にお会いした方と偶然にもお顔を合わせる機会があって、やはり継続して同じ場所を訪問できるというのは、たとえ半日の短い交流であろうとも、うれしいものですね。」
「個人的にも、活動規模は本当に小さなものであっても、その地域の人々と継続的に繋がって何かお役にたてるようなことを、今後も続けていければと、しみじみ思い入りました。」
「仮設住宅を訪問する前は不安がいっぱいでしたが、時間が経つにつれ、仮設設備は整い、皆さんお元気で前向きな気持ちである事が分かりました。」
「印象的だったのは何名かの方が「いつまでもボランティアに来てもらうと甘えてしまう。そろそろ自立をしていく必要がある」とおっしゃっていた事。気力を取り戻し、何とか自分たちの街を生き返らせたい。元に戻したい。という気持ちが言葉の中に込められているのを感じました。」
「お米を配りに行くと、「今日は朝出かけるって言ってたよ」と、隣近所で信頼関係ができている人、そうでない人がいる気がしました。」
「ボランティア団体と地方自治体が協力しあって欲しいと思いました。Open Japanの蓄積情報が個人情報のため活用されない、共有しないという意思決定は残念でした。」
「ボランティア団体の活動の有用性や認知度を高めるためにも、地方自治体との繋がり(パイプ)を作って欲しいなと思いました。」
第16回ボランティア活動報告 ─ 宮城県宮城郡七ヶ浜町─
2012年10月27日、第13回活動に引き続き宮城県七ヶ浜町で田んぼの瓦礫撤去作業を有志26名でお手伝いさせていただきました。
多くのがれきは片づけられ表面上はきれいな田んぼでしたが、田んぼの中からは、まだまだ無数の瓦礫が見つかりました。
作付けを目指して現地では地道な作業が続いており、まだまだ多くの人手が必要とされていることを感じました。

以下、参加者からのコメントを抜粋でご紹介いたします。
「水田の復興には何度も土をふるいにかけ、掘り起こした土の表面に出てきた細かいガレキを人の手で取り除き、海水の塩分を除くという大変な作業が必要で、まだまだボランティアの人手が必要と感じました。」
「田んぼの土を素手で掘りながら、瓦礫を撤去する地道な作業でしたが、一人一人の小さな作業が塵も積もれば山となるで、たくさん瓦礫を収集する事ができました。」
「復旧してるように見えていても、実際田んぼの撤去作業を開始すると色々なものが次々と出てき、復旧までの道のりはまだまだなのだと痛感しました。」
「ボランティアをサポートするボランティアの方々もたくさん居て、皆さんとても親切で終始笑顔で出迎えてくださって心がほっこり温かくなりました。」
「見た目は落ち着いてきているとは言え、田んぼからはまだまだ無数の瓦礫が見つかりました。農地の全域回復はまだ遥か先ですが、私達が継続して参加すれば少しでも未来に近づくんだと感じられました。」
「津波を受けた田畑を元の状態に戻すには、何年もの時間がかかるというお話を聞き、ボランティアを継続することの必要性を強く感じました。一回の作業でできることは決して多くはありませんが、引き続きの支援を行いたいと思います。」
「現地の方が「いつになったら作付けが出来るのかもわからない」と言っていた言葉が心に残ります。いつかこの田んぼで育ったお米を食べてみたい。」
「七ヶ浜は自分が幼少の頃から毎週のように釣りに出かけていた場所でもあり、今回微力ながらお手伝いすることが出来てよかったです。」
「膨大な手間をかけて田んぼが再生されることを知り、そんな労苦を普段は気にせずお米をいただける幸せをかみしめないといけないな感じました。」
「瓦礫を取り除かないといけない田んぼや畑がまだたくさんあって、まだまだボランティアの人が必要なんだなと改めて感じました。」
• 「訪れる度にきれいになっていくのを見てうれしく思いましたが、被災された方々が震災前のような早く元の生活に戻ることを祈っています。」
第15回ボランティア活動報告 ─ 宮城県山元町─
2012年9月22日に宮城県山元町でのボランティア活動に本社・倉庫・カスタマーサービスの有志25名が参加させて頂きました。
活動内容は、昨年5回ボランティア活動を行った山元町での個人宅のお庭・畑の清掃でした。
参加メンバーにとっては、家主の方から当時の状況や今の思いなど貴重なお話をお伺いすることができ、
今後の継続的な支援の必要性を実感することや、その活動内容を検討するきっかけとなりました。
また、FCで開催されたFamily Dayにて募金活動の寄付で、山元町にプロジェクタ一式をプレゼントいたしました。
これは山元町よりフロジェクターが行き渡っていない小中高の学校があるというニーズをいただき、
その声に対して、募金活動で集まった気持ちをかたちに変えて届けさせていただいたものです。

以下、参加者からのコメントを抜粋でご紹介いたします。
「300軒近い家があった場所が、現在、何もない原っぱの状態になっているのを見て改めて津波の恐ろしさ、当時の人々の恐怖感を感じました。」
「雨が降ると土の中に埋もれていた小さなガラスの破片が地表に出てくる、とのことでした。この土が畑として使えるようになるまでは気の遠くなるような作業の連続です。家主さんのお話の中では「数年は強制的に趣味がガーデニングです」という言葉が印象的でした。」
「目の前に広がる光景は一見穏やかでも、非日常的な現状が少しでも理解出来た事は貴重な経験でした。「普通の生活」をしている我々も今を感謝し、困っている人と助け合う事を忘れがちな今、今後も助け合う事、ボランティア活動の継続、そして一緒に復興のお手伝いが出来ればと思います。」
「約1年ぶりの山元町でしたが、当時とニーズの違いはあれど、まだまだ人の力が必要だと改めて認識しました。」
「今回は、個人のお宅の瓦礫撤去を行いましたが、まだまだ支援を必要としている被災者がいらっしゃる事を改めて知りました。」
「最後に子供たちからもらったアイスが腹わたに染み通りました。何年かのち、元気に成長した姿も見てみたいです。」
「自分が今不自由なく生活できていることに感謝し、生きていかなければという気持ちを強く持ちました。」
「現地へ赴き、家主さんより当時、今現在の状況のお話をお聞きし、リアルな実状を目の当たりにしました。風化させてはいけない現実です。」
「個人宅へのボランティア活動をするにあたって家主さんと顔を合わせる事に、緊張していましたが、作業時・休憩時と家主さんの方から笑顔で声をかけに来て下さったので、いい雰囲気の中活動が出来ました。黙々と作業をするだけではなく、現地の方と話しながら作業をすることが大切なのだと実感しました。」
「山元町の皆さん、ボランティアなどで来ている人の力が実を結び一日も早く復興が出来る日が来るといいです。そして復興した山元町に普通に遊びに行きたいと思います。」
「家主様ご家族のお子さん3人の笑顔がとても印象に残っており、とても元気をもらいました。山元町の復興Tシャツの背中に入っている「心をひとつに」という言葉のとおり、日本が一つになって子供たちの未来を支えていかなければいけないのだと思いました。」
「被災地域から離れた場所に暮らす者にとっては、記憶の風化は免れない部分はあるかもしれません。しかし、継続して参加していく事により変化していく課題を捉える事が出来ますし、何より記憶の風化も自身の中で防ぐ事が出来ると強く思いました。」
「今回お伺いしたご家庭の家族構成が、我が家とまるで同じでした。3人の小さな子供を抱えての被災地での暮らしがどれほど大変かは、想像に難くありません。自分の出来る事は小さなことかもしれませんが、今後も末永く復興支援に努めていきたいと思います。」
「1年ぶりに訪れた山元町でしたが、倒壊していた家屋が片づけられていて電信柱が新しく建てなおされていた以外、居住者がほぼいない雑草地帯で、この地に300世帯も構えていたと聞き、その景色は穏やかな反面とても悲しく、胸が苦しくなりました。」
「常磐線が被災したことにより、仙台への通勤や通学には、バスで長い時間がかかるため、町を離れてしまう人々も多いことをお伺いしました。瓦礫の整備と同時に、生活のインフラが早く整備されて欲しいと思いました。」
「山元町の社会福祉協議会で依然働いていらっしゃった方がおっしゃっていましたが、3月10日に戻れるようこれからも頑張っていかなければならないという言葉は、我々も忘れてはならないということを再度考えさせられる活動となりました。」
第14回ボランティア活動報告 ─ 宮城県石巻市─
2012年8月25日に宮城県石巻市でのボランティア活動に目黒・FCの有志15名が参加させて頂きました。
継続的に活動を共にさせていただいているボランティア団体Open Japanさんのプロジェクトで、仮設住宅にお住まいのお年寄りの方々に、お米をお渡ししながらコミュニケーションを取らせて頂く活動を実施致しました。
今回の活動では、活動を行うにあたり社内で募金とメッセージカードを募り、集めた募金で宮城県産のお米を、そして社内から被災地の皆様へのメッセージを添えて手渡しさせていただきました。
活動に参加している有志15人のみならず、気持ちを持った社員一同の全体のボランティア活動として微力ながら新しい支援が出来たのではないかと感じております。
また、現地の仮設住宅では夏祭りが開催されている最中の支援活動となり、復興へ向けた嬉しい活気が感じられる一方、まだまだ生活の不自由さがある方も見受けられ継続的な支援活動の大切さを実感致しました。

以下、参加者からのコメントを抜粋でご紹介いたします。
「どれだけお役にたてたのかはわかりませんが、心のこもったお米を通して生まれたこの出会いを大切にしていきたいと思いました。」
「毎日、訪問ボランティアの方が来て、おしゃべりできるのがとても楽しみなの」とお話ししてくださった方のお宅に訪問し、本当に来てよかったと心から思いました。瓦礫の撤去等目に見える復興支援と並行して、現地ではご老人の方の独居、ご親族をなくされた方々へのサポートがまだまだ必要な状況だと知りました。
「“仮設“住宅とう名が示すとおり、今の住まいを一時的なものとするならば、今後の本当の”住宅”で生活していくには、まだまだ高いハードルがいくつもあることを感じずにはいられませんでした。長期的な視点から、ボランティアとして何ができるのか、大きな課題を渡されたように思います。」
「いつもお米をありがとう」と毎月の訪問を楽しみにしていらっしゃるようでした。私自身は思うようにお話しをすることが出来ず、反省する点は多々ございますが、皆様の明るい笑顔に元気を頂きました。
「現状の生活の状況から、もっと深い個人的な思いの部分まで、震災から1年半経っての考えや、今後の生活についての見通しまで、メディアから伝え聞けない、現実としての声をお聞きすることができた大変貴重な機会となりました。」
「少しづつですが確実に、住民の皆様の表情に明るさが戻っている様子に、少しほっとさせて頂けます。ただ、こうした活動でもリーチできない、心を閉ざされてしまっている方々が多くいらっしゃるのも事実だと思います。今後もこうした活動を通じ、一人でも多くの方と接点を持つことができればと思います。」
「皆さんの仮設住居生活でお元気でいるための日常の心がけのお話しをお伺いし、逆に自分がパワーをもらって来た気がします。自分の母と同じお年の方とのお別れが寂しく、また継続してお目にかかって見守り、寄り添っていきたいと切に思いました。」
「今回お会いできた皆様は、日々の生活を楽しみ、前向きな方が多く、その強さに心を打たれました。」
「率直な感想として、「ケア」を目的としたボランティアは人手が足りていない様に感じました。私がお伺いした方に「ボランティアの方が来なければ、自分の声を忘れてしまう」と仰る方もおりました。出来れば色んな人にもっともっと参加して欲しいと思います。」
「今回の訪問させて頂いた大森仮設団地が、初の夏祭りを開催された事に感動しました。それぞれ別の場所で被災された方達がコミュニティを形成するまでに時間はかかるとは思いますが、地域の皆様が一生懸命復興に向けて活動を続けている事を改めて実感致しました。」
「まだまだ被災した場所が手つかずに残っている所が多く、津波の被害の大きさ、影響を再認識させていただきました。」
「独居老人にお米を届けるというこれまで体験したことのないボランティアでしたが、チームとなって動くことでうまくコミュニケーションすることが出来ました。」
「今回私が訪問した先は明るく前向きな方ばかりで、震災で家をなくし辛い環境にあるにも関わらず、元気に生きていこうとする姿が非常に印象的でした。」
「初めて廃墟を目の当たりにしましたが、これだけ時間が経っていても胸が締め付けられました。換気扇の掃除がきっかけでお話をして頂き、感謝の言葉を何度も頂いたことは、非常に嬉しい経験となりました。」
第13回ボランティア活動報告 ─ 宮城県宮城郡七ヶ浜町 ─
第8回、11回に引き続き、2012年7月21日に宮城県七ヶ浜町でのボランティア活動に有志23名が参加させて頂きました。
今回は、菖蒲田海岸の清掃活動という今までの農地復旧作業とは異なる新しい作業でのお手伝いにチャレンジしてまいりました。
砂浜の物は、津波だけでなく、日々の潮の満ち引きで、多くの瓦礫片やガラス片等が砂の中にもぐりこんでいて、まだまだ裸足で砂浜を歩いて回るのは困難な状況でした。七ヶ浜の子供たちが一日も早く元の綺麗な海岸で遊ぶことが出来る日を願いつつ、今後もお力になれるよう継続的な活動をしていきたいと考えております。

以下、参加者からのコメントを抜粋で紹介します。
「地盤沈下により遠浅だった海岸線が近くなったことをお伺いし、改めて震災の被害の大きさを実感しました。また今回は九州の洪水被害のことも思いながら活動をしました。機会があれば九州へもボランティアに行きたいと思います。」
「一日の作業を終えた頃には、砂浜のゴミも一層できていてメンバー皆が、達成感を持てたと思います。現地のリーダーの方もおっしゃっておりましたが、改めて継続が大事だと認識しました。」
「海岸をキレイにする作業をさせて頂きました。子供がはだしで歩ける浜辺になるにはまだまだ時間がかかりそうでしたが、少しでもお役にたてれば嬉しいです。細くても良いので長く続けること、そして多くの方が現地へ足を運ぶこと、これが大切だなぁと実感しました。」
「一人一人のできることには限りがありますがチームで活動すると大きな成果につながる事を改めて知ることが出来、得るものが多い経験となりました。」
「インパクトの大きなものは片付いているようでも、山の向こう側には撤去された瓦礫の山があったり、津波がさらった後から雑草が生えたままであったり、地震前の町を取り戻すにはまだまだ時間がかかるのだなと思いました。1人1人が集まって、それが1日1日と続いていって、少しずつみなさんの思い出の中の七ヶ浜の姿に戻れるようになるといいなと思います。」
「清掃活動中、浜辺を散歩中の地元の方に『来てくれて、ありがとう!』と声をかけられました。その方から、2015年まで浜辺で遊泳禁止(ガレキが埋まっているから)であることを伺い、まだまだ東北への支援は継続が必要であると痛感しました。 」
「瓦礫の山は未だうず高く積まれており、掘り起こすと地面からは細かい瓦礫片やガラス片がたくさんでてきて、細くとも長く、前に進んでいくためのお手伝いを続けていくことが何より重要なのだと再確認しました。」
「まだ参加しているボランティアが多いことに感動しました。今回は浜辺での活動となりましたが、まだ海水浴はできないそうです。子供たちが元気に裸足であの砂浜をかけている光景が早く現実となることを祈っています。」
「今回の活動は安心して催事が行える海に戻せるように木屑や瓦礫を拾う大切な作業でした。まだまだ長い海岸線を考えると継続的なボランティア活動の重要性をあらためて感じました。」
「「ボランティアは、どんな形でも出来る。被災地の事を忘れずにいる事だって立派なボランティアです」との現地リーダーの言葉は、忘れません!また行きます!」
「浜辺は少し綺麗になりましたが、海の中にまだ瓦礫などがあるため、海開きは2015年にならないとできないと地元の方が仰られており、また、海辺近くの大きな瓦礫の撤去もまだ20%くらいしか進んでいないとの事には、言葉がありませんでした。まだまだ復興には時間がかかり、ボランティアの手は必要との事でしたので、可能な限り参加していきたいと思います。」
「震災前の七ヶ浜は綺麗な海と松島湾が一望できる山とがあって、とても気に入った場所でした。今回微力ですが菖蒲田浜の復興に携われて、非常に嬉しく思っています。」
「震災から1年4ヶ月経ち、ニーズが変わっているだけで需要は減っていないことを改めて知ることも出来ました。また、皆が参加できる環境を皆でさらに構築していけるよう、会社・従業員で盛り上げていければと考えております。」
「Everyone worked well together and did their best to help with cleanup for the upcoming festival. I wish the people of 七ヶ浜 and all who were affected by last year's tragedy the very best!」
「初めてボランティアを行いましたが、自分の手で砂浜を綺麗にできたのは感動しました。普段会えない方々に会えて、お話が出来たことも、良い経験となりました。またボランティアがあれば出来る限り参加したいと思います。」
「海岸で行われるお祭り、イベント、来場する方々を想像しながら作業を行いました。とても広い海岸でしたが色々な仲間が集まり、協力し、力を合わせて取り組む事によって、凄く大きなことを成すことが出来るのだと分かりました。」
第12回ボランティア活動報告 ─ 宮城県石巻市 ─
2012年6月16日も、第9,10回活動と同様にボランティア団体Open Japanのプロジェクトに参加しました。震災から1年と3ヶ月経ち自分達でコミュニティを形成し生活をされている様子が伺える方がいらっしゃる一方、繋がりの少ない方も見受けられ、継続することの大切さを感じる機会となりました。

以下、参加者からのコメントを抜粋で紹介します。
「“だんだんボランティアが来なくなって寂しい”と仰られていたので、“もう来ないでいいよ、元気なんだから。”と仰られるまで、今回のような活動は続けていくべきだと感じました。」
「“お茶っこ”で話をしながら、パソコンの設定で悩んでいる方に、設定の仕方をお教えしたり、逆に歴史の話をお聞きすることで喜んで頂いているかもしれないと思いました。」
「震災から1年以上経ち、復興が進む都市部とは対照的な手つかずの沿岸部にも実際に足を運び、被害の大きさに戸惑いましたが貴重な体験になりました。」
「温かく迎えてくれて遠くにいる家族のことなど話をしてくれる方もいて、ボランティアというより、逆に招待して頂いたという様子で、Open Japanさんの活動が少しでも浸透していることに嬉しく感じました。」
「仮設住宅への訪問前に被害の大きかった門脇町や南浜町に立ち寄った時、こんなに震災の凄まじさを感じさせる場所が今も残っているんだ…と、驚きました。」
「被災した方の一言一言をこのボランティアを通して吸収しシェアいくことで、被災した方にとって過ごしやすい環境づくりのヒントとなり、結果として大きな貢献につながるのかもしれない…と感じました。」
「震災から1年が経っても傷は癒えていないことを感じて思わず言葉に詰まることもあり、逆に集会所でカラオケを楽しんだり、草むしりで健康になった、など、前向きなお話に勇気づけられることもあり、同じ形の家が立ち並ぶ中でも人の状況や思いはそれぞれ違うのだということを改めて感じました。」
「短い時間の活動で、成果として見えるものはなくても、自分の心に得たものは多くあります。また、ボランティア団体のてきぱきした活動ぶりを目の当たりにしたことも、とても勉強になりました。この経験を、今後の被災地サポートにも、また自分の仕事にも活かしていきたいと思います。」
「今回のボランティアに参加し被災地で目にし感じた思いを風化させたくないです。」
「今後も自分に出来る事を模索しながら継続的な活動を続けていきたいと思っています。」
「仮設住宅に住みながらも、明るく何とか目の前のことに楽しみを見出そうとして頑張っている姿を見て、むしろこちらが勇気づけられる体験でした。」
「仮設住宅に限らないかと思いますが、男性の独居老人は女性に比べて交流する範囲が狭いと感じました。そういった方への心のケアはどのように行っていくのが良いのか、考えさせられました。」
「自分自身にも祖父や祖母がいますが、普段は離れて住んでいることもありほとんど交流していませんが、久しぶりに連絡を取ってみようという気持ちになりました。」
「This volunteering was a nice experience and memorable.」
第11回ボランティア活動報告 ─ 宮城県宮城郡七ヶ浜町 ─
2012年6月2日、第8回活動に引き続き宮城県七ヶ浜町で農地の瓦礫撤去作業を有志31名でお手伝いさせていただきました。農地内には津波で運ばれてきた大小様々な石や家財道具の破片などが埋まっている状況で、農業再開には多くの人手が必要とされている状況です。農業再開に向けて少しでもお力になれるよう、今後も継続的な支援を行っていきます。

以下、参加者からのコメントを抜粋で紹介します。
「細かい瓦礫がなくなると、塩分を抜き畑として使えるようになるそうですが、時間まだまだかかります。継続して参加することが大切だなと改めて感じました。募金や、ボランティアなど出来る範囲で続けていきたいです。」
「少しずつだけれど一人一人が協力することで大きな力になること、現実を受け入れて前を向いて生きていくことを現地で学ばせて頂きました。」
「仮設住宅にいらっしゃるというおばあちゃんから「ありがとう。ご苦労様」というお言葉を頂きました。一緒に見せてくれた素敵な笑顔が、もっとたくさんの方々に少しでも広がりますように。」
「継続して作業を行うことで、5年後には豊富な稲が実る水田として生き返ることを信じてこれからも継続して活動に参加したいと思います。」
「活動した土地ではカエルや虫などの生き物がいて、必ず水田に生まれ変わることを証明してくれているようでした。」
「とても大変で筋肉痛になりましたが、作業後は清々しい気持ちになりました。今回訪れた七ヶ浜の将来が楽しみになりました。」
「ふと見上げた時にボランティアセンターの裏手に木々よりも高く積まれていた瓦礫の山が目に入り、まだまだ復興途中であるという事を実感しました。」
「地道な作業をコツコツと続けることの大切さを痛感しました。将来水田としてまた青い田畑の風景が1日も早く戻るように、できることからお手伝いしたいと思いました。」
「震災前の美しい水田を取り戻すためにはまだまだ人の力と時間がかかるのだと実感しました。高台の上にある仮設住宅から毎日この景色を見ている被災された方たちのことを思うと、一日も早い復興を願わずにはいられません。」
「被災地で作業をするのは初めてでしたが、たくさんの人たちが復興の手伝いしようと遠くから来ている現状を実際に見たことで、自分は身近に住んでいるのだから、もっと進んでこれからも参加しようと思いました。」
「現地の人のエネルギー、明るさ、そして、一緒に参加した仲間の優しさ、ボランティアへの思いなど、いろんなことに気づかされ、あらためてほんの少しでも現地のお役に立てればと思いました。
「震災から1年以上が経ち、電車も道路もある程度復旧し、我々の日々の生活の中からは震災の記憶が少しずつ薄れています。しかし現実には復興は始まったばかりで、これからまだまだ努力とサポートが必要だということを感じました。」
「地味な作業ではありましたが、綺麗になった田んぼを見て充実感を味わう事ができました。今後の豊作を期待すると共に、被災地で収穫された物を積極的に購入したい気持ちが湧きました。」
「気の遠くなるような作業は続くと思われ、自分の力がちっぽけなものだとつくづく感じさせられました。ただ、この経験を伝え、多くの人に今後も参加していただきたいと思いました。」
「使用した機材の片付けの所に、農地の持ち主と思われる老夫妻が「ありがとうございました。」と深々と頭を下げられました。その時、瓦礫と田畑だけだった状況が人との繋がりも感じました。5年後に七ヶ浜町が稲穂で黄金色に染まる風景を思い、また参加したいと思います。」
第10回ボランティア活動報告 ─ 宮城県石巻市 ─
2012年5月19日、第9回活動に引き続き、仮設住宅にお住いのお年寄りの方々をご訪問し、お米をお渡ししながらコミュニケーションを取らせて頂く活動を実施致しました。今後も試行錯誤を要する活動であると認識すると共に、確実に意義のある活動であると改めて感じた次第です。微力ではありますが、継続して仮設住宅に一人でお住まいのお年寄りのお役に立つことが出来ればと思います。

以下、参加者からのコメントを抜粋で紹介します。
「このボランティアには一人でも多くの方に参加いただきたいと思いました。」
「もっと事前に色々な事を勉強すればよかった、というのが素直な感想です。」
「話を聞いてあげること以外にもっと何かしてあげれないのかという気持ちに葛藤したりもしました。」
「仮設住宅のお一人暮らしの方のお話を聞いて、改めてまだまだボランティア活動の必要性を感じました。」
「思い返すと「あんな事を聞けばよかった」「こんな事を話せばよかった」という反省点が多々あります。」
「私がお米を渡してお話を伺った方が、今何をしているのか。出来るなら毎週でも毎日でも訪問したいと思ってしまいます。」
「月一回の交流、訪問というかたちではなく、なにかおひとりで暮らしている方々と何かつながる方法はないかと、思っています。」
「若者が震災・津波で受けるダメージとまた違う肉体的・精神的被害をお年寄りはかかえているんだということを身を持って知りました。」
「ボランティアという形で何かしら貢献したかったのですが、私自身が学ぶばかりで被災地の方へ貢献ができたのか疑問が残っています。」
「自分自身が学んだ事を成果として捉えて良いのか迷いがありましたが、学んだ事を人に伝えていく事も重要な意味を持ってくると今は思っています。」
「参加した人の中でも、みなさんそれぞれ違う体験をされていると思いますのでアマゾン内でも、うまく体験や知識を資産にして、引き継いでいけたらよいと思います。」
「今回初めて「ケア系」のボランティア活動に参加しましたが、「ボランティア活動を行った」というよりも、「人生の大先輩より学んだ」といった印象が非常に強いです。」
「自分でボランティア団体を立ち上げた方がお話しされていた言葉ですが「1000人いたら1000人それぞれの人生がある。だかからその1つひとつを大切に対応してほしい」とうい言葉が身にしみました。」
「せめて仮設住宅内で、話せる友達が欲しいとおっしゃられていました。手芸や編み物が趣味で穏やかな人でした。夜眠りにつく時、どんな気持ちで電気を消すのでしょうか。思うと本当に胸が締め付けられます。」
「ボランティアの皆様の絶え間ない働きかけ、全国の方々からの支援、家族との絆など何に託すかはそれぞれ異なっても、支えたいという人々の思いは被災された方々に伝わり、それに対する感謝の気持ち、そして今生きていることに対する感謝の気持ちが今日から明日へ、そして次の日へと一人で暮らすご高齢者の命を繋いでいるようにも思えました。」
第9回ボランティア活動報告 ─ 宮城県石巻市 ─
2012年4月21日、石巻をベースにしたボランティア団体Open Japanのプロジェクトに参加する形で、仮設住宅の一人暮らしのお年寄りの方々のお宅を訪れて、1か月分のお米3kgをお渡しするという活動をしました。被災者の方々が負った深い悲しみや辛い現状に触れ、自分たちの無力さを感じながらも、継続的な活動を行うことの重要さを改めて認識しました。

また、今回はメンバー全員で地元のお宅に泊めていただきました。滞在した門脇地区は津波の被害が最も大きかったエリアの一つで、テレビでもよく報道された石巻市立病院や門脇小学校のすぐそばです。日曜日の朝、ご主人にご案内いただきながら、津波の時の様子や焦土とがれきの山と化した地区の1年についてお話いただきました。延々と広がる津波の爪跡を前にして、復興への途轍もない道のりに、ぼう然と立ちすくむ思いでしたが、参加者全員がそれぞれの目に焼き付け、今後の活動の在り方を考えるよいきっかけとなったと思います。

以下、参加者からのコメントを抜粋で紹介します。
ボランティアとは、それを行う者が与えるばかりでなく、自分たちも相手から与えられるものですが、自分のことを振り返る要素の方が強かったように思いました。
自宅、家族はすべて津波に流された。ご自身もその時の怪我で腰を痛めて仕事ができない。しばらく外出していないとのこと。「久しぶりに人と話せてうれしいよ。ありがとう」。その笑顔と田舎にいる私の父親の顔とが重なって見えました。
お独りでお住まいの女性。昔東京に住んでいたときに東京大空襲を経験してすべてを失い、その後石巻で暮らすことになり、今度は震災に遭いまたすべてを失ったとお話しされました。「人生は本当にいろんなことが起こるのよ」という言葉がとても重く響きました。
震災後1年以上経ってから、初めて被災地に足を踏み入れた者としては、門脇の今の光景だけでも、ニュース報道以上に強烈なパンチを受け頭が真っ白になりました。あまりにもダメージが大きいため復興はたやすいことではなく、現地で継続的に携われているボランティアの皆様には頭が下がる思いです。
私たちには何ができるのだろう。この課題は参加メンバーの誰もが感じたものだと思います。今回のように心のケアをするということは、「何かをやらなければならない」「何かをやってあげたい」という気負いよりも、もっと自然に、家族や親せき、友だちのようにさりげなく日々気をかけることが重要なのだろうとも感じました。
石巻市の門脇ハウスに宿泊し、門脇地区を拝見できたこと、オーナーの千葉さんからお話をおうかがいしたことは非常に貴重な経験となりました。実際に津波で浸水した跡が2階の壁に生々しく残っている様子や、遺体が自分の家の前を流れてきたお話、自分の目でみた被災地。自分は現地への想像力がたりなかったと思いました。
待ち時間に一人で遊んでいる女児(9歳)と話をする中で、先の展望・希望が見えない状態が子どもの言動から感じられた。「うちはみんな支援物資だよ。この自転車も、この靴もこの服も。カワイイでしょ」。同じぐらいの小学生の子を持つ親として感情を抑えきれず、何と言ったらいいのか、言葉が出ませんでした。「4年後にまた地震が来るんだよ」とか。
定期的に訪問できるほど距離の近くない私たちが心のケアをするというのは、実際独りよがりにならないか不安な気持ちになりました。時間とお金の限られる中でのボランティア、もちろん最大の成果を出せる方向でいきたいと思いますが、私たちの「達成感」というより、本当に役立つボランティアなのか、という視点で方向性を決めていければと思います。
訪問した仮設団地は、外に出歩かれている居住者の方々にあいさつを交わしていただき、かえってボランティアへの気遣いすら感じました。ただ、担当割された御宅へ訪問するにあたり、プライバシーのない生活が四六時中続く中で、棟と棟の間をずかずか通るのは、逆に不快なのではないか、単発でやってきている我々が物見遊山のように見えているのではないかなど、あれこれ考えてしまったりもします。
今回のボランティアを通して芽生えた私のテーマは、「絆から紡ぐへ」です。ボランティアの形とはさまざまなものがあり、非常に難しく大変と感じました。だからこそ改めて継続と行動が重要だと実感しました。今回の石巻の活動は、心のケアという、目に見えにくいものでゴールが分かりません。現地の方々のひと時の支えになったのかさえも分かりません。しかし、現地の方々から「当時の心境」「現在の現状&心境」を見たり、聞いたりすることで、いまの被災地を知ることができました。まずはこの自分の思った気持ち&現地の方々の思いを、自分の家族や同僚たちへ伝えること、すなわち被災者の方々の気持ちを皆へ紡ぐことを行っていきたいと考えています。
第8回ボランティア活動報告 ─ 宮城県宮城郡七ヶ浜町 ─
2011年末、一時活動を休止した後、社員個人個人が活動を継続しておりましたが、この度、団体として活動を再開いたしました。
今回は、2012年4月14日、初めての場所となる宮城県七ヶ浜町にて、総勢28名のメンバーで農地の瓦礫撤去作業をお手伝いさせていただきました。震災から1年が経過しましたが、被災地ではまだ多くの復興のための人手が必要とされています。今回、私たちの活動が、少しでも将来の七ヶ浜町の農業再開と新たな農作物の収穫への一歩となれば幸いです。
以下、参加者のコメントの抜粋を掲載させていただきます。

「地道な作業の積み重ねにより復興の道が近づくことを信じて、またぜひ参加したいと思います」
「昔よく遊んでいた場所が、様変わりをしておりショックでした。これだけ技術が発達した世の中でも、人の手を借りなければできない事があることを実感しました」
「今回は、小さいことながら何かができたことをうれしく思います。 また現場でボランティアされている外国の方をみて、何よりもアクションを取ることの大切さを改めて気づかされました」
「個人でできることは本当に限られていますが、現地のボランティアの方々がお話されたいた”参加した経験を周囲に語ることで、より多くの人に今の状況を伝えて欲しい”との言葉を実践します」
「震災後1年を経過した今も未だ多くの手が必要と実感しました。農地の瓦礫を撤去をした範囲はごく僅かでしたが、 活動を通して復興を意識をするきっかけになりました。瓦礫撤去作業は根気のいる作業ですが継続的に参加して行きたいです」
「継続して復興に向けた作業が必要であり、そのためには多くのサポートが必要不可欠であることを痛感しました。実際に現場へ出向き作業させていただくことも重要ですが、日常生活のなかでも自分たちで出来る範囲の復興支援を行っていきたいと思います」
「震災から1年以上も経っているというのに、被害を受けた大量の車が山積みにされている現状を目にして大変ショックを受けました。また、今回作業した田んぼでの瓦礫撤去も果てしない作業で、それでも少しずつでも前に進んでいかなければならないという必要性を強く感じました」
「震災から1年が経ち”忘れられることが一番怖い”と被災地の方の思いを強く感じた一日でした。依然瓦礫の山はあちこちにあり、生活は未だ不便で、とても町の方達が自力だけで元通りに出来る規模ではなく、被災をしていない自分たちがやるべきことがたくさんあることを思い知らされました」
「今回、活動に参加したことで、震災の状況を少しずつ自分の目で見ることができ、これまでは怖くて逃げていたけれど、今後は継続して支援していきたい気持ちが強くなりました。同時に、積みあがった土嚢を見て、個人の力はわずかですが、人が集まってチームとして活動した結果、大きな力になったことも実感できました」
「瓦礫撤去作業という事で、瓦礫に覆われた土地から瓦礫を集める事を想像しておりましたが、実際には瓦礫が土に埋まっており、掘っても掘っても次々と瓦礫が見つかりました。地元のボランティアの方もおっしゃっておりましたが、まだまだ支援が必要である事が改めて実感しましたので、今後も継続して参加したいと思います」
Amazon.co.jpでは、今後、継続して被災地でのボランティア活動を行っていく予定です。
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