東野圭吾氏インタビュー


軽快な語り口、ミステリとラブストーリーの画期的な融合は東野圭吾さんの新境地。そこには主人公らの成長や家庭の崩壊と再生の過程、また男性の浮気に対する賢明な対処法などを読み取ることもできる、奥行きのある作品です。

【東野圭吾】
1958年、大阪府生まれ。大阪府立大工学部卒業。エンジニアとして勤務しながら、85年『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。99年『秘密』で第52回日本推理作家協会賞、06年『容疑者Xの献身』で第134回直木賞を受賞。その他に『殺人の門』『鳥人計画』『さまよう刃』『手紙』『幻夜』『片思い』『さいえんす?』『ちゃれんじ?』など著書多数。

―― 時効を間近に控えた殺人事件の真犯人は一体誰なのか? というミステリと初めての不倫の恋にのめり込んでいく中年男性のラブストーリーをひとつの作品に詰め込もうと思われた経緯から教えて下さい。

東野: 「僕はサザンオールスターズの『LOVE AFFAIR ~秘密のデート~』がすごく好きで、あれをカラオケで歌っている時に“この世界を小説にしたいな”と思ったんです。あれは不倫の歌なのに少しもドロドロしてなくて、さっぱりとした感じがある“この主人公はどんなヤツだろう? どんな不倫をしてるんだろう”と興味が湧いたわけです。5、6年前かな。で、あの歌、歌い出しが“夜明けの街で”なんですよ」

―― 確かにそうですね。

東野: 「それともうひとつ別に“愛している人間が犯罪者だったらどうなるだろう”という話を書きたいなというのがあって。でも“犯罪者だった”や“犯罪者です”だと、答えは結構絞られそうな気はするんですよ。それで“犯罪者かもしれない”という場合はどうなんだろう、と。あと、犯罪者だとわかって捕まっちゃったら、もう絶対に別れなければいけないけど、時効がきたらどうなのかな、とか。そういういろんな要素を含んだものを書きたいな、という気持ちもありましたね。まあどっちにしても“犯罪者かもしれない人間”を愛するからには、その気持ちは相当強いものだろうし、気持ちは燃え上がっている。気持ちが燃え上がるのは、二人の間に障害があってこそ生まれてくる。それで不倫だな、と。そういうことから、そのふたつの世界をくっつけてみようと思ったわけです」

―― “新しい試み”。書き進めていく感覚もいつもとは違うものだったわけですか?

東野: 「今までとは全然感覚が違いました。いつもとは全然違うことをやるんだ、という意識も最初からありましたしね。文章の雰囲気も、これまでとはずいぶん違う。実を言うと最初に書き出しの“不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた”から原稿用紙三枚分くらいを書いて、担当の編集者に見てもらったんですよ。『こんな感じで書こうと思っているんだけどどうだろう?』って。そんなこと、今までしたことがない。だからやっぱり、こんな調子で書いちゃって大丈夫かいな、という不安があったんですよ」

―― “ふあん”ですか?

東野: 「ええ。恋愛感情をここまで中心に持ってくるのも初めてでしたからね。『容疑者Xの献身』のように、理屈抜きにこいつはこの人に惚れている、というところからスタートできれば問題はないんだけど、徐々に惹かれていって、のめり込んでいって…というのも、今まで書いたことはない。しかもそれをメインにして15年前の殺人事件と重ねなくてはいけないとなると・・・。これは普通の書き方でいったらしんどいな、と思ってました。主人公のキャラクターが最初に頭にあったので、そんなに重たい書き方にしたくないという気持ちも、強かったですからね」

―― 新たな試みの成果が本となって書店に並びます。今の気持ちを教えてください。

東野: 「この作品が成功するかどうか、全然わからなかったし、現実に成功してるかどうかも自信はないです。ただ、明らかに今までにやったことがないことをやったんで、『ちょっといつもと違うな、でも悪くないな』と思ってもらえたらいいな、と思ってはいます。男性と女性で読み方は違うだろうと思うし、同じ男性でも若い人と年寄りとで違うだろうし、女性も独身か既婚か、また不倫の経験が有る無しでも違うだろうし。どんな反応が来るか、楽しみですね」


「本の旅人」(角川書店)7月号より抜粋(インタビュー:木村由理江)