インタビュアー: 音楽監督を担当された映画『さくらん』から派生した
今回のアルバムですが、曲本来の世界観を徹底的に追及すると同時に、
一貫した美意識に貫かれた素晴らしい作品だと思いました。今回の制作
にあたって、どんなアルバムのイメージがありましたか?
椎名林檎:
今回、映画のことを考えるのと同時に、その発展形のアルバ
ムを斎藤ネコさんと連名の名義で発表するにあたって、ネコさんのよう
に音楽教育を受けられて、高品質な譜面を書いてくださる方と一緒に自
分の最大限の力を出すように頑張りました。なるべく使い捨てら
れない、半永久的なものじゃないといけないなと思ったし、J-
POPじゃなく、邦楽で、それでいて、ちゃんと風俗のものっていう。ネ
コさんとの打ち合わせでは、いつも、そのテーマが出てきていたので、
今回のタイトルを『平成風俗』にしたんです。
インタビュアー: 林檎さんにとって、“風俗”とはどういう意味を持つ
ものですか?
椎名林檎:
高尚なものじゃないということ。生活に根ざしているという
ことでしょう。だから、私のイメージでは必要不可欠なものが風俗で、
それは芸術とも違うし……ただ、必要不可欠なものであっても、音楽な
んて、あったらいいなっていう程度のものだから、その在り方はすごく
難しいんですけど、自分ではそういう作品を作ったつもりです。
インタビュアー: それを音楽的に言うなら、歌モノであったり、旋律を
難しくしないとか、そういう気遣いだったするんですか?
椎名林檎:
後から考えると、多分、そういうことを気を付けたんだと思
います。だから、和声の進行も敢えてトリッキーにせず、とにかく耳慣
れたものになってますし、それでいて、信頼している人に最先端の仕事
をしてもらうということが大事だったし、そういう作業過程にあって、
その取っ掛かりである詞曲の部分で突飛なことをやってしまうと、後々
に修正が出来ないんだろうなと思ったんです。それが事変だったら話
は別だと思うんですけど、今回はそういうことをぐるぐると考えながら
曲作りをしてました。
インタビュアー: 今回のアルバムには『加爾基 精液 栗ノ花』を中心とした
既発曲をビッグバンド~オーケスラで丁寧にリアレンジした楽曲が7曲収録
されています。それらの曲は、映画の内容ありきで選ばれたんですよね?
椎名林檎:
映画音楽の打ち合わせで監督の要望に応えられる曲を考えた
ときに、それだったら、自分が一番合うと思う曲を持ってきたいと思ったんで
すね。あと、制作の時間が限られていたので、過去やったライヴ用にネコさん
がアレンジしてくださった曲だったら、作業を進め
やすいし、そうしたアレンジでのレコーディングはしたことがなかった
ので是非実現したかったんです。
インタビュアー: 新曲について、おうかがいしたいのですが、3曲目の「錯乱」は、
華やかなビッグバンド・ジャズのアレンジに対して、 歌詞は引き裂かれるような
感情が歌われていますね。
椎名林檎:
映画側のスタッフの方々は、菅野美穂さんとか木村佳乃さん、
そして土屋アンナちゃん、それぞれのテーマ・ソングがあって、その登場シーンに
テーマ・ソングがかかるようにしたかったようなんです。けど、原作にしても、
実際の映画でも、女性達は皆、そんなに違ったことで悩んでいないというか、
感情の振り切れ方は同じ方向にある女の性でピークに来たり、沈んでいるように
思ったので、一貫して“なんて、 やりきれない”っていう曲が一曲欲しいなと思って、
この曲を作ったんです。聞いたところによると、原作の安野さんは“錯乱”と“花魁”の
造語のつもりで“さくらん”とタイトルを付けられたということだったので、その陰と陽
ということで“錯乱”と“花魁”を作りました。
インタビュアー: 4曲目の「ハツコイ娼女」は音楽的には古典楽器と打ち込みが
融合した現代的な楽曲ですよね。
椎名林檎:
“花魁”にしても、当初は既に録音した素材を切り張りして、
組み立てようと思った曲だったんですけど、せっかくだから、この曲用の
譜面を書いて頂こうということになったんです。
しかも、ネコさんが“こういうのは得意だから”とおっしゃって、短時間で
書き上げて下さいました。ちなみにこの曲の歌は自宅で録ったものです。
インタビュアー: この曲には林檎さんご自身のことを思わせる
「“FIRST LOVE”singer」という英語タイトルが付けられていますね。
椎名林檎:
そもそも、この曲の打ち込みパートを作っている時は菅野さ
んの表情とか、着物の色合いをイメージしていたんですけど、結局は劇
中に使わなかったので、自分の作品でよりパーソナルな曲にしようと
思って、声の録り方とか詞世界に引っ張られながら、作り上げました。
インタビュアー: 5曲目の「パパイヤマンゴー」はローズマリー・クルーニーの
名唱で知られているカヴァー曲ですが、林檎さんがオリジナル・アルバムに
カヴァー曲を収録するのは初めてですよね。
椎名林檎:
『さくらん』で描かれている花魁というのは歌って踊れなければ
いけないっていう、ある種、エンターティナーな側面もあるでしょうし、是非、
音楽でもキャバレー的な世界を表現しないといけないな、と。有名な曲ひとつ
拝借することで、ご覧になる方へ少しでも判り易くなっていたら嬉しいです。
インタビュアー: ただ、ローズマリー・クルーニーのヴァージョンは英語詞なのに
対して、このアルバムに収録されている歌詞は英語とフランス語がミックスされて
いますよね。
椎名林檎:
(60年代に「ダウンタウン」のヒットで知られる女性シンガー)ペトゥラ・クラーク
がそうやって歌っていたんです。彼女はイギリス人なので、フランス語に長けた人に
聞いても、ちょっと変わった発音だって言ってて。しかも、歌詞カードがなかったので、
聞き取ってもらったんですね。そうしたら、全然違って、素っ頓狂な内容で、海外の人
が聴いたら、すごい変に思うだろうなって。でも、隠れた自分のテーマとして、花魁って、
少女期がピークで、嫁入りした時に終わりじゃないですか?それって、ヨーロッパの
ロリータ信仰文化と近い気がしたので、曲にフレンチなムードを漂わせたかったんです。
だから、歌いにくくはあったんですけど、こういう歌詞にしたんです。
インタビュアー: それから10曲目の「カリソメ乙女」ですが、この曲はどんなイメージで
書かれたんですか?
椎名林檎:
この曲は、アンナちゃんの水揚げシーンに合わせて書いたものなんですけど、
色っぽい場面だし、これは難しいと思ったんです。しかも、そのシーンっていうのは監督が
一番始めにイメージを固められたものらしく、音楽がすごく大事だったみたいなんです。
でも、歌が乗るのはどうかなと思ったし、それでいて、バンド・ネオンとヴァイオリンで
引っ張る曲にしたいっていう音のイメージがあったので、インストでも、歌モノでも成立
するように書き下ろしました。劇中の水揚げシーンって、主人公の少女とご隠居っていう、
すっごくいけない状況だと思うんですけど(笑)、私の中でバンドネオンの音色は、いけない
雰囲気を体現してくれるっていう安直なイメージがあって。だから、こういうアレンジになって
いるんです。
インタビュアー: この歌詞に関しては、映画から切り離された内容なんですよね?
椎名林檎:
はい。ジュディ・オングさんの“魅せられて”っていう曲があるじゃないですか?
あの曲は、“エーゲ海のテーマ”っていうインストの原曲に歌を付けたものらしいんですけど、
この曲のことを考えていた時にそのことを思い出したんです。つまり……歌っちゃえばいいのか
なって。かつてのジュディ・オングさんに思いを馳せつつ、ね(笑)。 歌詞に関しては、水揚げの
場面についてというよりは映画における主人公の在り方なり、現代の女性にも求められる強靱さ
を詰め込みたくて、 音とほとんど同じくして、書きました。
インタビュアー: 11曲目の「花魁」は浮雲さんが過去に書かれた曲ということですが、
映画を観て、この曲の存在を思い出したわけですね。
椎名林檎:
そうです。この曲は、主人公がいかにいい女かっていうダイジェストになっている
場面に歌モノが欲しいという発注がまずあって、 それについて考えていたんですけど、彼女の
喜びっていうのは、実体のないものというか、別にそこで商売が上手く行っても彼女のホントの
喜びではないということを漂わせたくて。じゃあ、この曲の歌詞は誰の視点からの
メッセージなのか?って考えた時、彼女を賞賛している側の男性の視点がいいなと
思ったし、軽やかなものがいいだろうということで、浮雲の曲を思い出して。この曲って、
確か、'02年の作品で、もともと好きな曲だったんですけど、当初は彼らしいギター・ロッ
ク的でありながら、モータウン的なアレンジだったんですね。でも、 先程の理由から浮遊感
のあるアレンジにして、使わせて頂こうということで、彼の許可を取ったんです。実際の作業は、
リズム・トラックを打ち込んでおいて、そこに弦が欲しかったので、最初は他の曲の素材を
切り張りしようかと思ったんですけど、ネコさんがやって下さることになり、お願いしました。
インタビュアー: お話をうかがっていると、今回の新曲は映画ありきで書かれていながら、
林檎さんの映画解釈を大きく発展させていることがよく分かります。歌詞に関して言えば、
これまで椎名林檎として、はたまた東京事変として発表してきた詞世界と映画の内容は
共通する部分があって、それはつまり、女性はどう生きていくべきかというテーマである
ように思うのですが。
椎名林檎:
女性はみんな知ってることだと思うんですけど、女性っていうのは働いていても、
男性が世の中を作っている感は否めないんですよね。いくら、私みたいな自由な仕事をして
いても、男性が事を運んでくださっている部分は多々あって、ネコさんとか雨迩さんとか、男性的
な考え方をする音楽家がいるっていう前提のもとに作品の材料を持っていったり、逆に彼らから
出来上がったものを受け取って私が歌ったりしているわけで、そういう男女の領域を汚さないこと
が上手く行く秘訣とも思うんです。あと、女の子同士で飲んだりすると、男性ありきの社会で共存
することを身につけることが、何よりも大事なことだと思ったりするんですけど、私が映画から受け
取ったもの、歌に込めたものは、つまり、そういうことです。
インタビュアー: 最後に。このアルバムには“japanesemanners”という英語タイトルが付けられて
いますが、林檎さんが考える“japanese manner”とは?
椎名林檎:
ネコさんがお仕事なさる時、お口には出されないですけど、 多分、気を付けて
いらっしゃること、その品性を今回お借りしたいと思ったんです。その品性こそが日本人として
非常に大事なことだと思うんです。例えば、サンバだ、ジャズだ、タンゴだといっても、平成世代
の私たちがそれをやるにあたって、どこを大事にしながらやればいいのか、どこまでやったら
下品になるのか。そういうマナーですよね。ネコさんは多分、自然に気を付けていらっしゃること
だと思うんです。そんなネコさんのお力をお借りして、音楽が使い捨てられるmp3世代がmp3で
聴いても分かる、その真心の手作り感をその体温まで伝わるように書いて頂いたという風に
思っています。そのことを音楽以外にも当てはめるなら、生きるうえで、自分なりの規範やプライド
を持つべきだということに尽きます。私は他の国で生まれたわけじゃないから、他の国のことは
分からないけど、日本人はプライドや規範を重んじて生きてきた民族だと思うので、今一度、
その範囲で表現したいと感じ心掛けましたし、タイトルへ密かにその思いを込めました。
インタビュー:小野田雄