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とおのとほさんが書き込んだレビュー (山形県東置賜郡)

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薬用リステリン クールミント 1000ml
薬用リステリン クールミント 1000ml
価格: ¥ 664

5つ星のうち 5.0 高齢者には刺激の強いリステリンがよく合うらしい, 2014/4/19
20数年前、口腔リンス液の発売がテレビCMされた。口臭が気になっていたので試したが続かなかった。そのわけは、1液を口に含みブラッシングするというやり方がなんとなく納得がいかなかった。2液が口に残るのが嫌で水で口をすすぎたい気分だったが、それでは効果がないと思われた。3ブラッシングすればいいではないかと思われた。
なので歯磨きペーストの選択を楽しむ方で今日まで来た。しかし商品陳列棚には洗口液が存在感を示してきた。歯磨きを怠らないのに歯肉炎になり1年間、懸命に歯を磨いても腫れが収まらない。歯磨きだけでは20数パーセントしか洗浄されないということを知り、洗口液使用に再チャレンジすることにした。
口内の敏感な青年期から鈍感な初期高齢者に移行して、かつて嫌いな食べ物も食べられるようになってきているので、最も刺激が強いと思われるリステリンを口に含んでみることにした。なんと歯茎の腫れが簡単に解決。歯肉炎が根治した感触はまだないが、ひょっとしたら磨きすぎの炎症だったのかもしれない。除菌するという本品を使用するということでブラッシングは適度なところで抑えたためかもしれない。

本製品には「洗口液」と銘打たれてある。それも選んだ理由だ。歯磨きペーストと併用したいからだ。しかしシリーズの中にある「歯磨き液」である「トータルケア」も「洗口液」と同様に使ってよい、という文言をレヴューの中で目にしたので、次回はこちらを試用してみようかと今から期待している。さらに、ペーストの方は控えてみようかとも思っている。

ひとこと苦言を呈すれば、味が甘ったるい。食品ではないので、薬臭いのは当たり前。刺激は強ければ強いほど意欲が湧いてくる。ごまかしのための芳香剤、甘味料は無用と思う。

なお、口臭は野菜をたくさん食べるようになっていつのまにかなくなっていた。・・・これも鈍感力によるか?


「発達障害」の謎―知的障害、自閉症、LD、ADHDとは何か
「発達障害」の謎―知的障害、自閉症、LD、ADHDとは何か
玉永 公子著
エディション: 単行本
価格: ¥ 2,160

5つ星のうち 5.0 発達障害にカッコを付けた意味, 2014/4/16
多動の児がわたしの膝に上って机上のポストイットを見つけ、とことんバラバラにしてしまった。それが片付くほど本書には貼る場所が多かった。アメリカでいったん使われた「発達障害」という用語、本国ではもはや消えてしまったそうだ。なぜ消えたのか。全盲障害と弱視障害は同じ視覚障害といっても対応は全く違うだろう、という分かりやすい例で説明があった。「発達障害」という十把ひとくくりの言葉では、それぞれの障害には理解も対応もできないからだ、という。それなのに日本ではコンセプトが曖昧、混同のまま書物が書かれ、現場では扱いにくい児童のレッテルのようになっているという。
玉永さんは教育支援センターで子どもたちと関わっているようだが、カウンセラー(教師経験者)としての目配りが面白い。「問題」の児童ばかりでなく、担任の教師をも同時に観察していて、「発達障害」という言葉の使われ方に厳しい分析を入れている。
・・・ともあれ、私たちにとって欲しい言葉は「眼前の事態を改善する方法」である。そして当事者の将来の幸福である。プラグマティズムで「発達障害」を分類したり、薬を使用するのがいいかどうか、そのような対応処置に違和感のある人もいると思うが、わたしは家族の安寧になることなら何でも受け入れたい。目新しい話のラッシュだ。司馬理英子先生の著書とはまた違う角度の良書だと思った。


八木重吉詩集―日本詩人選〈14〉 (小沢クラシックス 世界の詩)
八木重吉詩集―日本詩人選〈14〉 (小沢クラシックス 世界の詩)
八木 重吉著
エディション: 単行本

5つ星のうち 4.0 平明なことばによる表現は平明なメッセージにあらず, 2014/4/10
八木重吉はキリスト教信仰の詩を謳っている詩人として長年認識してきていた。選集としての意図なのか、本書をひも解くと期待していたほど「耶蘇」臭くなかった。物足りないくらいだった。別の選集なりを別の機会にひも解いてみようかと思う。
本書を読んで思うこと。金子みすずとどこか似ているなあ。それは平明な言葉づかいにあるだろう。相田みつをの詞が思い浮かんだ。詩に対して一般の人々は人生訓を求めることがある。言語表現の粋をゴージャスに楽しむというより、ストイックにメッセージを求めようとする。私も八木の詩にそのようなものを見出してしまったということだ。
  ある日
こころ
うつくしき日は
やぶれたるを
やぶれたりとなせど かなしからず
妻を よび
児をよびて
かたりたわむる

これは相田みつをばりの悟りの境地ではないか!


はるか、ノスタルジィ―失われた、時を求めて
はるか、ノスタルジィ―失われた、時を求めて
山中 恒著
エディション: 単行本

5つ星のうち 4.0 きみのふたつの黒き目は胸のうちなるわが琴の弦をふるわせ楽をなすきみのふたつの黒き目はむねのうちなるわが海に風をおくりて, 2014/4/6
「転校生」「さびしんぼう」という大林宣彦監督の映画を観てきても、原作があるなど興味もなかった。このたびDVDの「はるか、ノスタルジィ」を検索して気づいた。三作とも原作が山中恒だったのだ。
弟が親に買ってもらった童話「オニの子・ブン」を小学生だった兄のわたしも読んだ。いまでも、長新太の絵が目に浮かぶ。オニは卵から孵るのだが、ブンはなかなか孵らなかった。のんびり屋のブンは気持ちのいい卵の中で眠り続けていたのだ・・・。
その山中の原作が知らないうちに映画の下地になっていたのだ。

脚本家というのも物凄い力を持っているのだということも知らされた。原作をヒントにして映画のシナリオを作る。原作を読むと、映画の方がはるかに文学的だが、原作のセリフはしっかり貰い受けていることがわかる。けれども、完全に省くところは省き、書き換えられているところもあり、原作と映画は現在の綾瀬慎介と30年前の佐藤弘のような関係だ。
映画のほうは、原作をはるかにソフィスティケートされたものだ。それこそ何度もしみじみ見返したくなる名作だ。
原作の角倉敏也は映画には登場しない。もし登場させていたら、コミカルな役どころなので、きっと尾美としのり扮する斎藤一夫のいる「転校生」のようなノリの映画になっていたのではないだろうか。その軽い役柄を省くことによって映画はとても重く深い作品になった。
だからといって原作が劣っているというわけではない。甘い甘い青春の恋の物語と悲惨な家庭の事情の絡む複雑な物語をよくぞコンパクトにまとめられたものだ。登場人物たちに、とくに30年前の佐藤弘に狂言回しをさせることによって、分かりやすく、読みやすく伝えられている。


窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
窓ぎわのトットちゃん (講談社文庫)
黒柳 徹子著
エディション: 文庫
価格: ¥ 700

5つ星のうち 5.0 「障がい」なんて神様が授けたタレントのようにわたしには見えてきた, 2014/4/5
1981年発行の本書をなぜいまごろ手にしたのか。当時はタレントの書いた本など興味がなかった。どうせおめでたいことばかり書かれているんだろう、と決めつけていた。ゴーストライターが書いた本なんて読めるか、とも思った。けれど、発達障がい関係書を読んでいたら、黒柳も発達障がい者だ、と指摘する文に出会った。それで本書をタレント本、慈善の本としてではなく、発達障がいについて学ぶために読むことにした。
途中2回感動で泣きたくなった。読後、心のあったまっている自分がいた。
佐村河内守さんの裏作曲ライターを務めた新垣隆さんのような存在を感じさせる文末表現が散見していたが、読んでいるうちにそれほど気にならなくなった。表の著者のいいところをめいっぱい引き出すお手伝いをしているのだ、と思うようになった。ちなみに、あるゴーストライター稼業の人は、割り切れず悔しいから、同業者には分かるようなワードないし表現を、書き出し部分に密かに挿入しておく、という方もおられるようだ。

発達障がいと思わしき箇所は冒頭にのみあった。退学勧告を受けた問題行動のところだ。机のふたをバタンバタンと騒がしい行為をする。窓の外に意識が向いていたこと。
けれども転校したトモエ学園からはすっかりそんな描写はなくなった。発達障がいと関係なかったのでは? と思い本を閉じようと思ったが、思い返してみた。ひょっとするとトモエ学園の教育法が障がいを目立たなくしたのではないか、と。「障がい」は当事者にあるのではなく社会の方にあると、ずっと昔、聞いたことがあるが、やはりそうなのか。
p.31「なんとなく、疎外感のような、他の子供と違って、ひとりだけ、ちょっと、冷たい目で見られている」このような思いを自分もしていた。とりわけ中学の時は、友人に「**君のお父さん、おまえのこと見て、軽蔑したような顔してたよ」と耳打ちされたことがある。なにか他の子に劣るような仕草でもしていたのかもしれない。

「あとがき」もしっかり読むべきだ。トットちゃんは「多動性障害」児だったのか、と思われるくだりがある。自分がなぜ廊下に立たされているのかも分からずに、通りかかる先生にも明るく声をかけていた。その外向性、明るさが、わたしにはとても身につまされる。トットちゃんのお得意の早口もひょっとして多動性の一つだったのか。
乙武洋匡くんのお母さんと同様、トットちゃんのお母さんもとても賢明な方のようだ。「障がい」なんて神様が授けたタレントのようにわたしには見えてきた。


のび太・ジャイアン症候群3 ADHD子どもが輝く親と教師の接し方
のび太・ジャイアン症候群3 ADHD子どもが輝く親と教師の接し方
司馬 理英子著
エディション: 単行本

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5つ星のうち 5.0 本書で学んだこと, 2014/3/30
本書は2001年発行なのだが、2014年現在でも全然古びていないと思われる。
目次を開くとたくさんの節が並んでいる。必要なところをすぐに見つけ出して読めるように、との配慮だろう。
幼稚園から高校までのアドバイスが書かれている。もちろん、本書を子どもが高校生になるまで役立つということではない。自分の子どもが幼稚園に入園するところなら、高校受験を目指すころは、もっと発展進歩していることだろうし、それを願う。

(留意すること)
*学習の遅れは、個別指導の塾や家庭教師に任せてみたらという提案に合点がいった。
 集団は苦手なんだったら、個別でやることだ。少し救われた。

*「子どもに本を親しませましょう」→これはあり得ないのではと思った。多動の子ども を眼前にして読書は諦めかかっていたからだ。でも、またチャレンジして見ようと思
 う。将来、原風景に本や読書や図書館が浮かんできたら、そのときは進んで本を手に取 ってみたり、図書館に出かけるかもしれない。

*「家族でスポーツを」→ADHDは運動音痴だ、と小耳に挟んだことがある。それで折れそ うになったが、できるかぎりチャンスを与えたいと思う。わたしは、全方位に目配せし なければならないバスケットやサッカーをやらせてみたいと思っている。

*「さまざまな機会をつくっていろんな体験をさせる」→どうも座学は苦手。それなら体験で知識を獲得させよう、そういうことだと思う。人間も嫌いではない。物凄い好奇心がある。なら実地体験、ということだ。


嫌な子・ダメな子なんて言わないで―ADHD(注意欠陥・多動性障害)を持つ子の姿と支援法
嫌な子・ダメな子なんて言わないで―ADHD(注意欠陥・多動性障害)を持つ子の姿と支援法
品川 裕香著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,404

5つ星のうち 5.0 (発達)障がい児・者を地域で支える会もしくはペアトレーニングを学ぶ会を始めたほうがいいのかな, 2014/3/30
本書はライターがADHDの子を持つ親たちの声(悲鳴)を拾い上げてまとめた本だ。身体障がいとは違う社会的困難の実情が目に浮かぶような本だ。本書の初版発行が2001年だから、それから比べれば2014年の現在では社会的受容の実情が格段に改善されていることを願いたい。30年位前だと、生まれつきの身体障がい者は家の恥といわんばかりの扱いがけっして特別なことではなかったものが、いまではかなり生きていやすくなった。そのようにADHDにも社会的受容の進化があることを願う。

一番最初に取り上げられた九州地方の例は、幼稚園から退園を申し渡されたが、受け入れてくれた隣町の幼稚園では、園長先生に「ええ、知っていますよ。お母さん、今まで大変でしたねえ」といってもらえたという。ここで泣かないわけがあろうか。
さらに、お母さんが園に理解してもらいたくて子どものデータを渡そうとしたところ「預かった以上はうちの責任です」といってもらえたのだ。前の幼稚園では毎日のように「なんとかしろ」とばかりの電話がかかって来ていたのだ。

読み続けていくと、小学校でも同じような目にあっているお母さんの話だ。無理解な小学校の先生、同級生の親たち。「学級崩壊」という問題は今でもあるのだろうか。現場の先生たちも必死なことだろう。そんな中で、自分の子どもについて、こまごまと委託しようとする親の話や当事者の子どもについて特に力を入れて面倒を見ることなどとてもできない、ということもある。先生たちだって追い詰められている。それらを解決するには20人学級を実現させればいい、ということもあるだろう。
先生を目指す人たちってたいがい、教育のある理想をイメージして現場に入っていると思う。そのような人種の人たちが、子どもや保護者に食って掛かるような言動、態度になるのは、やはり並大抵でない現場の状況があるからだ。保護者は自分の子ども一人を心配すればいいだけだが、教師は大勢の子どもに同時に目配せしなければならないのだ。

じつは、一番の「敵」は先生ではない、ようだ。「敵」とは、甘えをけっして受け入れない同級生の保護者たちだ。特別扱いは望まないから、少なくても平等に自分の子どものことも目にかけてもらいたい、そのように親たちはADHDの子にだけ情熱を注いでもらいたいと思うわけがない。
そしてなによりも厳しいのが同級生たちである。兄弟も容赦ないものであるが、それに匹敵する。それらを良き方向に導くよきリーダーがいつも教室にいるとは限らない。
P.99に、ランドセルで学校に行かなくてもいい日だったのだが、子どもはランドセルを背負って家を出た。ところが、登校班のみんなが家に駆け込んできた。理由は、一人だけランドセルを背負っていくのはおかしい、との班長の判断からだった。「ランドセルでなくてもいい、ということだから、ランドセルであってもいいのでは」といってみたがダメだった。それがわが国の文化というものだ。その班長はきっとよき社会人に育っていくであろう。けれどもその判断には限界があるということに気づいてもらいたいものだが、ムリというものだろう。

わが娘が幼稚園のころ、町内の子ども会の行事で自らの未熟さで泣いたことがある。ところが、年上の女の子の父親が自分の娘を叱るのだ。
「お前がしっかり面倒を見てあげないから泣いたではないか」
これもわが国の誇れる文化である。
ADHDの子どもは家族が支えなければならない。そしてその家族は周囲が支えなければならないのではないだろうか。


ADHD・LD・アスペルガー症候群かな?と思ったら
ADHD・LD・アスペルガー症候群かな?と思ったら
安原 昭博著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,512

5つ星のうち 5.0 励まされた点・留意点, 2014/3/30
本文理解(速読)のヒントになった「へんちゃん」(笹森理絵)のマンガにものすごく共感できた。励みになった。

「ADHDの子どもにとって、最も大きな問題は、学業成績の不振です。」
「高校では留年や中退してしまうことも多く、大学などへの進学や卒業が困難になります。」→これからの学校は発達障がい児への理解と対応が進むと思います。ただ、いまだに給食で、そばを無理やり児童に食わせて救急車に運ばせることが報道されます。ザルの穴から抜けたような関係者の少なくなることを期待します。
ある日系アメリカ人が日本の田舎に嫁いできて言葉が分からず、買い物をしたときなど障がい者扱いを受けたエピソードを聞きます。発達障がい者への理解もそういう意味では時間がかかるかもしれません。

「反抗的・挑戦的な態度や短期でおさえが利かない」→ペットもそのようにいわれていますが、大人の男へは恭順的だが、おばあさんへは乱暴をするということがあります。老親への虐待は一般家族でも問題になっているわけで、解決は難しいでしょうか?

課題ソフト「もぐらーず」注意集中の客観的な評価ができる→ダウンロードできるようです。

ADHDの子どもは「好きなことには最大限の集中力を発揮します。」
「すなわちADHDは、ひらめきと創造性にあふれ、エネルギッシュかつ雄弁であり、さらに実行力と行動力に富むと言えます。ADHDは最大のほめ言葉だと言えるのです。」

ADHDの診断基準は7歳から→だからといって7歳まで放っておいていいのだろうか。

薬リタリンを飲むと→「わたし自身、どう感じているかというと、使用前はめがねをかけていない景色がぼやけた状態。使用後は景色がくっきりはっきり、めがねをかけてピントが矯正されたような感覚です。」

「高等学校における発達障害支援モデル事業」→自分の子どもには高校へ進学してもらいたいものです。受け入れてくれる学校が増えていけばいいなあ、と切望します。


はるか、ノスタルジィ デラックス版 [DVD]
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DVD ~ 石田ひかり

5つ星のうち 5.0 この映画はとても重たかったが、わたしは今後「とおのとほ」から「綾瀬はるお」に名乗り替えようかとさえ思った・・・, 2014/3/26
何の予備知識もなく、ただ大林宣彦監督の作品だからということで見始めたのだ。坂の多い街、すなわち尾道かと思ったら小樽だった。
1970年代と1980年代に小樽へ行ったことがある。運河存続運動によって貴重な観光資源になってからは小樽は元気が出るようになったが、1970年代、小樽はまだ家屋の屋根のトタン板がみな茶色に寂びた、それこそ街全体がサビれた感じがあった。運河はアオミドリに濁っており、三角市場、本が乱雑に山と積まれた古本屋さん、逃げ遅れたようなランプ屋さん、閑散とした築港、石川啄木も勤めたという歴史ある北海道新聞小樽支社、博物館のような現役の日銀小樽支店、そして小樽文学館。石原慎太郎、裕次郎の資料とともに展示されていた俳句の彫り込まれたガラスコップ。説明によると、売れない俳人がニシン御殿の金持ちに作品を買ってもらった作品だという。
売れない作家!! 川谷拓三演じる佐藤統策を見てそのガラスコップが遥か彼方の記憶から甦ってきた。かつて佐藤統策は日本全国にたくさんいたのだ。その修羅場が描かれており、美少女石田ひかりがいなかったらとっても見られた映画ではなかった。そして佐藤統策がいなければ、一連のさわやか・しっとり大林映画と変わらなかった。山中恒を原作とした由縁だろう。
石田ひかりが、はるかと三好遥子の二役をしたり、綾瀬慎介(本名・佐藤弘)のドッペルゲンガーのような旧制高校生時代の佐藤弘が並行して登場したりで、とても複雑だ。ちょっと集中を欠くようなことがあれば何がなんだか分からなくなってしまう。
原作の副題には「失われたときを求めて」とあるが、大林監督はこの一言にトコトンこだわったのではないだろうか。鑑賞する側としては、DVDのよさは筋を見失ったところに何度も立ち返れるということで、それはとてもありがたく、映画なら消化不良の状態で席を立たなければらなかったところを解決してくれる。鑑賞者も監督のこだわりに何度もつきあい、綾瀬慎介が消し去りたかった数々の忌まわしい過去、中でも三好遥子の純粋さを傷つけた罪ある記憶を掘り起こすプロセスにトコトンつきあえる。けれども、もういい。わたし、とおのとほの方は、もう、小樽の記憶は永遠に忘れたい。


Firm: Ultimate Fat-Burning Collection [DVD] [Import]
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価格: ¥ 1,671

1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 還暦Fitnessにどこまで応えられるか, 2014/3/24
Amazon.co.jpで購入済み(詳細)
〈中間報告 1 〉
還暦を過ぎたものには、ついこの間までできたことも億劫になり、やるとしてもラジオ体操くらいになってしまっているので、気を取り直して、デッキのトレイに挿入したのが本DVDなのだ。
<中間報告 2 >2014.4.9
第1プログラムBurn&Shape やっとステップに着いていけるようになった。ただし1/2スローモードで。高齢者にはこのスローモードがいい。太極拳と交互にやっているが、スローはいい。プログラムの腰割りエクサやストレッチもスローのおかげでしっかりできる。スローモードにすればひょっとしてたいがいのことはできるかも。コアリズムもこれでいけるかなあ。
<中間報告 3 >2014.4.14
第2プログラムCardio Overdrive 1/2スローモードでやっています。最後のストレッチは頸に配慮したものでとてもいい。第1もそうだが、広背筋というか肩甲骨周辺というか、腰背筋というか、ここに効くエクサもあって、これまた肩こり首こり対策にとてもいい。基本は脚部(太もも、ふくらはぎ)に効くプログラムになっている。


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