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とおのとほさんが書き込んだレビュー (山形県南陽市)

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決定版 寺内タケシ&ブルージーンズ
決定版 寺内タケシ&ブルージーンズ

5つ星のうち 5.0 数年おきに聴き直したくなる, 2014/10/15
2014年10月、本CDをマイカーのデッキに挿入して発車。データを読み込み、じきに「運命」が爪弾かれた。・・・陶酔。昭和30年代の世界が蘇ってきた。

寺内の名を友人のお兄さんから教えてもらったのは昭和40年だ。その時すでに寺内タケシは「エレキの神様」の称号を持っていた。けれどもそれよりか前の記憶を思い出したというのは、ムードが似ていたからだ。大人たちがパーティーで流していたダンス曲に。ちょっと眠たい夜の雰囲気さえ思い出され、思い出の甘さにすっかり浸ってしまった。

もちろん、寺内の正確で確かな運指のイメージが頭に浮かんでもいたが、初めて本盤を聴く人の感動とは違う。胸の内に深く沈みこんでいた自分の時間が掘り返されたのだ。

昭和40年代はグループサウンズが盛り上がり、スタイルはロックバンド風だが歌謡曲が歌われ、ギターやドラムが後方に押しやられていた。異色といえば異色なのだろうか。グループサウンズが引いたと思えばフォークソング。それも歌謡曲や演歌っぽかった。フォークソング歌手が演歌歌手になる人もいたからあまり境界の溝は深くはなかったのだろう。そしてテクノ。もはや人間の技は必要としなくなるのか、と思われた。

そんな中で寺内タケシたちは生き抜いてきた。ここまで来ると、日本の伝統技能を伝承する職人とダブって見える。そうかあ、寺内は人間国宝級のギタリストだったのだ!


日本侠客伝 昇り龍 [DVD]
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DVD ~ 高倉健
価格: ¥ 4,338

5つ星のうち 5.0 歴史的偉人玉井金五郎の物語, 2014/10/14
レビュー対象商品: 日本侠客伝 昇り龍 [DVD] (DVD)
「花と龍」龍に菊の花を添えた刺青を彫られた玉井金五郎という男がゴンゾウ(沖仲仕)の組織(組)を結集させ、待遇改善要求の団体を結成させた物語。結成し、ストライキまでする過程で、ゴンゾウを手配するヤクザ組織と衝突するも一歩も引かず対決した。そんな大物であるがゆえに妻を愛するも、女彫り師に惚れられ誠を尽くすという破格ぶり。そんな男の一代記。芥川賞受賞作家火野葦平原作。たびたび映画化。本作は正編「花と龍」(マキノ監督)が既にあった。だが己の力量を試したい(山下監督)とばかりに新たに作製された。話の重なるところもあるが、独立して鑑賞できる。高倉健の人気がすでに高まっており、彼の魅力をより多く観客に提供した。ヤクザ友田組へのひとり切り込みの場面がこれまでになく長い。
妻の役は中村玉緒。女彫り師役は藤純子。どちらもいい演技をしているが、藤純子には、若いころには感じられなかった美しさと、玉井金五郎に負けない侠客的な骨っぽさが今見ると感じられる。

時代は大正半ばから昭和初期。船荷の積み下ろし、石炭の下ろしをゴンゾウたちの人力でやる時代が終わろうとしていた。機械化によってゴンゾウたちがリストラされかかり、転業のための支度金を船主たちに要求する。それを妨害するヤクザ組織。船主、ヤクザ組織、その二つの支援を得て国会議員になったヤクザ出身の吉田先生を相手に闘うゴンゾウの小頭玉井金五郎は歴史的に名を残すべき偉人だろう。芥川賞作家になった息子に描かれて父親冥利に尽きるというものだ。

「敗北の美学」というのが以上のストーリーからも確認された。新しい時代に適応して生きぬくためには(飯を食っていくためには)、プライドもなにもかもを捨てて、若い人たちに頭を下げ、新しい技術や職場に適応していかねばならない庶民たち。高倉健さんひとりがいくらヤクザを切り倒しても、時代の趨勢をとどめることはできない。せめて美しくプライドを捨てたい。日本は急速に近代化を推し進めてきた国として、他国以上に国民はザンネンな思いをしたはずだ。
また、死を覚悟した切り込みによる、ひとあわ吹かせねば死に切れないという心情は、もともと古来から伝統として持っていた国民性。戦時中、何度も繰り返された玉砕戦法とも同系列。心の傷というものは、似たような経験を繰り返して少しずつ癒していくものという。戦中に痛めた心の治癒用としても「敗北の美学」は受容され、開花したのだろう。

映画でやってくれているおかげで、戦後生まれの私たちも心の安定を獲得でき、日々を生き抜くことができている。いやー、映画ってほんとうに素晴らしいものですねえ・・・・。


毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で
毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で
沖田 ×華著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,028

5つ星のうち 4.0 苦労は永遠に続く, 2014/10/13
Eテレビで著者の×華さんを見て、即、名前の読み方(バッカ)を覚え、いつか作品を読みたいと思った。知り合いから借りた本の中に入っていたので、ヤッター気分でページを開いた。

アスペルガーの人柄というものを絵にして紹介されていて役立ち感があった。商業主義ならではの誇張された演出も感じさせるところもあったが、身につまさたれり、爆笑したりした。倫理上どうかな、というところもあったけれど・・・。

すぐに自分もASなのではと思い当たり、巻末のチェックシートをやってみた。案外低い点数で、さしあたってそうではないようだ(むしろ認知症が心配)。

けれども、軽度かもしれないが、いくつものソレらしい傾向を自分が持っていることをつくづく思い知った。他人に違和感を持たれることは限りなくあったから。
幼少期から高齢期の現在まで、よく特別扱いを受けてきた。幸運なことにいじめはなかったけれど、トリックスター的な存在になっていたかもしれない。

以上のように、小説を読むよりも、発達障害について書かれた本を読む方がよほど自分の来し方を顧みてしまう。

発達障害は軽度の自閉症のようだが、だからそうでない人たちの「やらかしていること」と重なることが多く、誤解されることがあったのだろう。
今後の発展見通しとして、発達障がい者への理解が、身体障がい者への一般人の当たりが変わったように、同じく変わることだろう。そして一般にいったん溶け込み、やがて「個性の強い人」ということになって浮上するだろう。現在でも「障害」という見方が見直され、人類史的な観点から「成長度合いの違い」と言われかかっているようだ。
溶け込むなんて大甘な見方かもしれない。失敗は失敗。苦労は永遠に続く。


大河のうた  《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
大河のうた 《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
DVD ~ ピナキ・セン・グプト
価格: ¥ 991

5つ星のうち 5.0 ♪インド、インドへと草木もなびく~ヨイヨイ♪, 2014/10/11
淀長さんの解説を聴いていて思い当たったことがある。
「大地のうた」で世界的にヒットしたわけだが、もちろん、旧宗主国イギリスがこの作品をどの国よりもまして懐深く受け入れなかったわけがない。その流れで、映画監督の名とともに、背景で物語の節目節目にインパクトのある音楽を奏でていたラヴィ・シャンカールの名もまた注目されたことだろう。ビートルズのジョージ・ハリソンが、シタールなどインド楽器の手ほどきを仰ぎにインドまで出向くついでに、他のメンバーもインドに行き、インドの風俗や哲学、宗教に傾倒し、その摩訶不思議な神秘性からサイケデリック調に及んでいく・・・。

第1部は、まるで神話の世界であった。妻に「あなたも同じよ」といわれたが、夫は全く生活力のない、しかしそれは宗教的信念に因ったのかもしれないが、子どもたちは小さく、唯一、生活力のある妻であり母がアクセントになっていた。
第2部は、この母サルバジャこそ主人公なのでは? と思えるほどの存在感を発していた。実際、そうであることに異論を挟む方は余りおられないのではなかろうか。
母は料理が上手で生活を支えたのだが、カーストでは階級の低い者の手にしたものは、高い者は食べないわけだから、出自が身分の高い者らしい。はたして、窮乏生活を見かねた伯父が二人を引き取りに来た。といっても裕福になったわけではなさそうだ。

オプーが学校に行きたいとゴネる姿は小栗康平監督の「泥の河」を想起した。

オプーが学校で文部省の視察官の前でベンガル語で詩を朗読するところは見どころの一つだが、朗読のイントネーションは、70数歳を越えた山形県の詩人と同じである。不思議な感じだ。

そのオプーは成長するにしたがってお母さんに反抗的になるのは当然だが、母がとても痛ましい。独立飛躍の大志を抱くのは健全な青年の心のありかただ。しかし、病身の母にはとても辛い。たくさんの文学ではこの難題に葛藤してきたことだろう。それはやむを得ないことなのだ。何がおもしろくて女は母を務めているのだろう。自分勝手な家族の生活のしわ寄せを一身に引き受けて、置いてけぼりにされても恨むことなく生涯を全うする存在。

本作品で、画期的に見事にそれが描かれていたというわけではない。大げさなドラマもなく、悟った風情もなく、しかし、観客を嗚咽させる名場面になっているというのは、サタジット・レイの才覚とインドの風土のなせる技なのだろう。

第2部で名優たちはみな去った。オプーの活躍する、オプーが主人公の映画がいよいよ始まるのだ。


あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~
あるがままに自閉症です ~東田直樹の見つめる世界~
東田直樹著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,080

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5つ星のうち 5.0 あるがままに述べてみます, 2014/10/10
みんなと同様、NHKのEテレビを見て「そういえば、そんな本があったなぁ」と思い出した。けれど、テレビを見る前までは読みたい本の優先順位は下位であった。amazonで購入しようかと調べたら、そのときは絶版で、中古本は高額な値がついていた。
しりあいの職場には自閉症関連本がたくさんあるというので借りにいったところ、肝心の「自閉症の僕が跳びはねる理由」だけなかった。紛失してないといいな。

ということで本書が手にとる最初の東田本となる。
星野富広さんや日木流奈くんの作品はどうみても奥さんやお母さんとの強力な連結によってなされていると見受けられる。東田くんの繊細な感受性は彼自身のものだが、母の美紀さんの強力な下支えがある。忍耐強い療育の賜物だ。清少納言の「枕草子」を連想したくらいだ。

そんな余計なことはいわずもがなとして、その総体として「東田」というブランドを世間は評価するのだろう。何でこんなことをいうのかというと、あまりにも陰になっている人たちのことを世間は忘れているからだ。サッカ−の解説を初めて聞いた時、感動したのは、ゴールした人だけを評価せず、適切にボールを回した人をも評価していたからだ。わたしは東田美紀さんにまず興味を持ち、本書に描写された家族に注目した。お姉さんもお母さんに似たしっかりした女性らしい。むしろ、お姉さんが文字や言葉を学ぶ傍らに直樹くんがいたために、早い段階から音声や学習の光景がインプットされ、また、お姉さんがアウトプットするのを見て、赤ちゃんだった直樹くんも「したい」というモチベーションが培われたのではなかろうか。

直樹くんは、本書で「周囲に配慮ができない」というようなことをいっているが、同時に「家族も、彼の行動に、ぐったり疲れてしまいます」との気づきも述べてある。
「人間は成長するにしたがって幼少のことを忘れる」とフロイトが言っていたような記憶があるが、直樹くんの文章には、忘れてしまって、まるで謎のようになっている子どもの気持ちがリアルに筆記されている。子どもだって、多動な自閉症児だって気づいていることがたくさんあるんです、といっている。
ワーキングメモリが極端に少ないようだが、脳髄の深くに彼と人類の来歴が深く刻み付けられているようだ。


おどろきの東京縄文人 (世の中への扉)
おどろきの東京縄文人 (世の中への扉)
瀧井 宏臣著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,296

5つ星のうち 4.0 復元顔は現代のミュージシャンみたい, 2014/10/8
2010年、東京都新宿区市谷加賀町で発掘された縄文遺跡。ジャーナリストらしくたくさんの関係者を取材し、それぞれの仕事を紹介している。本書は小学生向きになっているためか、ちょっとまどろっこしい表現もあるが、楽しめた。遺跡のある場所の由来、発掘にしなければならない法律、発掘を担当する業者、発掘された人骨の年代判定などがそつなく描写されている。

人骨を東京縄文人と命名し、その来歴、シベリアではないかとの推測を紹介、酸性の関東ローム層でなぜ溶けなかったのかという一般的な疑問には、上層に貝塚があってそのカルシウムによって中和されたのではないという解答が続く。

細々になっていた人骨を組み立てる中塚彰子さんという凄腕の学芸員の紹介、この作業が本書のコアではなかったかと思われたが、なにぶん地味な作業、あまり印象に残ることがなかったような気がするが、とはいえ、右頭頂部に「5000年前の男」のようなインパクトが残っていたというエピソードが本書中、最もおもしろいくだり。

埼玉県ふじみ市の水子貝塚の資料館でも縄文人の復元された顔を見たことがあるが、中塚さんが62歳のベテランであるのに対して、戸坂明日香さんというまだ30歳の若きお嬢さんが複顔アーティストとして作業が紹介されていて、ここになんだか作者の興味が最も集中していたような、力の入った箇所。

頭蓋骨のレプリカが次第に肉付けされ、縄文人の顔が甦ってくる様子が写真つきで詳細に描写されている。その完成写真を見ると、復元といってもテイストはかなり現代的だというのは避けられないことなのか、という別の衝撃。写真のコメントにも「かっこいい!」という言葉が添えられている。

水子貝塚の復顔は、どこかで見たことのあるような田舎のおばさん、という感じだったが、本書の復元顔は現代のミュージシャンみたいな感じなのだ。そうなるのはいたしかたないことなのだろう。


発達障害 うちの子、将来どーなるのっ!? (こころライブラリー)
発達障害 うちの子、将来どーなるのっ!? (こころライブラリー)
かなしろにゃんこ。著
エディション: 単行本(ソフトカバー)
価格: ¥ 1,512

5つ星のうち 4.0 世の中って習慣的行動のなんと多いことか, 2014/10/5
障害のある子を持つと親の心配は自分が死ぬまで続く。障害がなくても親になった限りは子どもの心配は一生続く。本書では高校大学就労について親の心配の解決の一助となるべく調査レポートがマンガでまとめられている。
「バカと天才は紙一重」という言葉はこれまで漠然と受け留めていたけれど、じつは発達障がい者のことだったのだ。人間の歴史が積み重なっていくにつれハッキリしてくるものだ。「バカ」でもあるが「天才」なところもあるミュータント、今後の人間の歴史の中でどれだけ使いこなせていけるか。迫害などもってのほか。その存在の特徴を理解し、人類の発展に役立てていかねばならない。

(A)「寡黙な職人タイプや芸術家タイプなどいろんなあり方があってもいいと思うんです。そういうところを企業や社会に分かってもらいたいのです」
日本の社会がこれを受け入れられるようになるときは、相当すごい成熟社会になっているのではないだろうか。いや、そんなに遠くない将来のことだろう。これまでだって日本の社会はたくさんの未熟なところを克服してきたからだ。

「日本の街はきれいだ。どうしてか」中国系の人にいわれたことがある。高度経済成長の頃は汚い時があった。急速に物質が豊かになったためか、ゴミが散乱していた。けれど、それは見事に解決したのだ。
障がい者を差別することも少なくなってきている。もっとも、障がい者枠で受け入れるが、内情は、他職員とは隔離された殺伐とした場所で単純作業をやらされるという屈辱的なほど差別されるということもある。

「ある企業を訪問した時にいわれた一言でした。『天才ではなくて普通に挨拶ができてルールを守れる人が欲しいです』こういわれて衝撃でした」
(A)の望みはこれで木っ端微塵に砕かれたような感じだが、企業が「天才型で、挨拶もルールもできない人」でも受け入れられるようになれば、日本の産業はむしろ活気づくのではないかと思う。日本の集団主義信仰はかなり根深く、立ち遅れの根本原因だ。

コミュニケーションをとるのにパターン化して対処する、というレポートが意義ある事のように思えた。マンガ家の×華さんも相手の気持ちを汲めないアスペの対処法としてマニュアルを作っているそうだが、ここでは・・・
'@挨拶
'Aまくら
'B本題
'C感謝
この順序を覚えてその流れで他者とやり取りを進める。
「複数人で話し合いをする時」「教員に疑問を尋ねる時」「大学内の施設を借りる時」「友だちに意見を述べる時」「先輩に相談する時」・・・というパターンを覚えて活用するのだそうだが、これは、発達障がい者に限らない。
ときどき、あれ?って思うのだが、発達障害がボーダーの障害だからか、一般にもいえることが多い。生涯を通して周辺から教わるようなものがかなり含まれている。手順を踏まないで直裁に用件を切り出されると不愉快がる人のなんと多いことか。翻って、相手と接するときのマナーとしてみんなに言えることだ。それにして世の中って習慣的行動のなんと多いことか。だからへそ曲がりがかえって真理を衝くんだ。

「ADHDの仕事体験」では、解決のうまい具体的方法が語られている。
*スーパーのレジ打ちの間違いを克服するために、眠くなるほどゆっくりやってみたところ、解決できたという。勉強になりました。
*必要な課題を大きな字で書いて目の前に貼ってみた。これは、わたしもやるときがある。
*自分のどこがいけないのか、人に見てもらうという手はもらえる。途中で、欠点を指摘されるの違って、かなり受け入れられる。


すべての教科で使える!  勉強のできる子は「図」で考える
すべての教科で使える! 勉強のできる子は「図」で考える
福嶋淳史著
エディション: 単行本(ソフトカバー)
価格: ¥ 1,512

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5つ星のうち 3.0 わたしには図解の型がない, 2014/10/5
自分は絶対イラストは描けない、と思っていた。ところがNHKの「ノージーのひらめき工房」でときどき出演する大漫画家(「キャプテン翼」の作者とか)の手の動きに従って描いてみると意外にできる自分がいる。
マインド・マップもやりたいけど出来ない。ならば講習会で学びたいが高額の費用がかかる。ところがメルマガで無料の講座があり、その課題にしたがってみると簡単にできた。あとは自己研鑽を重ねるのみだ。
ということで、フレームワーク(図解)もなんとか安くできるようにならないものかと、いくつかの本に当たってみるのだが、飛び越すには広い溝がある。高い壁ではないことは間違いない。エイッ! と飛び越えるにはたじろぐ幅の溝があるのだ。
今回のフレームワーク挑戦の拠りどころとしたのは本書なのであるが、1ミリは溝の幅が狭くなったかな? というところだった。
わたしがやると、要点を抜き出すだけになるのだ。視覚に訴えられるような空間的な構成がうまくできない。
111ページの「文章を図解してみよう」という図解の例と、120ページの「図を書くための基本ツールとパターン」をコピーして携行し、その2枚の資料を駆使して挑戦してみるところからやってみようかと思う。
各教科ごとの図解の説明はチョー難しい。これができる人たちはIQの高い人たちなのだろう。わたしには国語の文章の図解くらいまでで遠慮させていただいた。それこそ「勉強のできる子」たちの世界であった。

文章が書けない子は「型」がないからだ、といわれている。わたしにはフレームの型がないのだろう。それには、解説書ではなく、ワークブックが必要だ。1、2種の型を身につけさせてくれるものがほしい。


大地のうた 《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
大地のうた 《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
DVD ~ シュビル・バナージ
価格: ¥ 991

5つ星のうち 5.0 第2部はあなたが演じなさい, 2014/10/4
 1973年だったと思う。友人に誘われて神保町の岩波ホールに出かけ、三部作をいっきに鑑賞した。したがってほとんどを睡眠に費やしてしまって、残念な思いを長年続けていた。DVDで見直せるなんて、ずいぶんありがたい。醒めれば何度でも意識のあったところまで戻れる。なぜなら、その時、友人に「どれがいちばんおもしろかった?」と聞かれ、わたしは目を覚まし始めていた第3部「大樹のうた」を挙げた。みんなは第1部だった・・・。

 インド・ベンガル地方の、かつて裕福だったかもしれないが、ひょっとするとバラモンか? と思われるような、神事を司るのを得意とする教養ある家柄。けれども、このような家柄ほど生活力がないものだ。父の代から落ち目になり始めていたバナルジー一家。高齢のおばとノー天気なお父さんと、おかげで一身に生活の切り盛りの責任を背負っているお母さんと、おばあさんを慕う優しさ溢れているがドロボー癖のある姉さんと息子のオプーの物語。「どん底」という言葉を連想させるほどのボンビー生活で、かつて所有していた果樹園も隣家のものとなり、母は悔しがり、娘は果樹の盗みをやめられない。頼りの父は、いつか文学作品を書いてオファーの殺到するのを夢見るばかり。
 しかし、舞台が都会でなく田舎であることが救いだ。ときどき村を訪れる行商のお菓子屋さんや日本でなら紙芝居屋さんなどが訪れる。もちろん、かんたんにそれに甘んじられるほどの経済状態ではない姉弟だが、なんとなく享受でき、楽しむ。草原を横切る蒸気機関車の勇壮な姿を見に出かける。蓮の群れ咲く沼に出かける。・・・田舎には何もないはずなのだけれども、子どもたちの楽しめる何かがある。どこか、わが山形の風景を思わせる。わたしも友人たちと駆け巡った野山を髣髴とさせる。
 幕切れに近づくとさすがに眠くなっているひまがない。姉ドゥルガの死、父の帰還、嵐による家屋の崩壊、借金・・・いいことがまるでなかった。村人たちが、別れの挨拶にやってくる。実際そうであったが、姉をドロボー呼ばわりした人も出発のはなむけの言葉を告げる。全てを水に流し、改めて幸多き暮らしを得られるように願う。その優しさ。

 この結末を見ると、いよいよドラマは始まるのかな、と現代人の我々はつい先走る。いよいよ新しいドラマを演ずるのは見ているあなたがたですよ、とバトンを渡されたことに気づかずに。
 けれど、映画は、やはり期待されたのか、自分でも作りたくていたたまれなくなったためか、第2部「大河のうた」という続編が作られる。
 私が引き継いで、お父さんを生きていってもいい。ノー天気なところは同じだから。でも、鑑賞者は自分の本義を守り、第2部鑑賞へと渡って行く。


日本侠客伝 [DVD]
日本侠客伝 [DVD]
DVD ~ 高倉健
価格: ¥ 2,548

5つ星のうち 5.0 任侠は女たちの心をも響かせてくれるものらしい, 2014/9/29
レビュー対象商品: 日本侠客伝 [DVD] (DVD)
1964年公開。高倉健主演の映画かと思ったが、キャストの順番では中村錦之助が筆頭になっている。競演ということかなあ。

物語の時代背景が分からない。軍服には詳しくないが、昭和初期ごろのことだろうか。オープニングから渋い色彩で、純和風といった感じ。

一番いい役は中村錦之助の役どころと思った。木場政組の跡取り長吉役の高倉健は若さでもって切れのいい立ち回りを演じる役。どちらもそれぞれ引き付けられる。しかし泣かせてくれる味のある役は錦之助のほうである。

沖山組に切り込むことに決めた錦之助の清治はいたいけな娘を抱きしめ、妻と別れの酒を酌み交わす。こういうのをたしか「滅びの美学」というのではなかったか。

長さんも自分の組のあり方が義理人情の縛られた古い組織であることは重々承知である。新興組織に切り込みに行くのは、別に、勝利して取って代わろうというのではない。男の筋を通すためにだけ死にに行くのである。残侠伝もそうだったが、新しい生き方を予感させての死である。
自分はいいから、残された若い者たちで新しい時代を生きていってくれというメッセージを孕んだ映画である。けれど、古い生き方はこれはこれでカッコいいだろ? というものだ。
それを観るぼくらに、先ほどまであった嫌なことはこれで忘れ、新しい気分で生きていってください、といってくれている。

本画を夕食後、お茶の間で観たのだが、母と妻が異様に集中して魅入った。女ってこういうの好きなんだよなあ、じつは。両方とも職人系の家柄だからかなあ。遅く帰ってきた娘も一人見ながら盛り上がっていた。演歌は嫌いだが任侠は悪くないみたいだ。
任侠・・・んー、じつは女の心をも響かせてくれるものらしい。


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