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とおのとほさんが書き込んだレビュー (山形県南陽市)

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ちゃんと悩むための哲学~偉人たちの言葉~ (朝日中学生ウイークリーの本)
ちゃんと悩むための哲学~偉人たちの言葉~ (朝日中学生ウイークリーの本)
小林和久著
エディション: 単行本(ソフトカバー)
価格: ¥ 1,296

5つ星のうち 4.0 「お互いを助け、社会に貢献し、人格を磨く」 石田梅岩, 2015/1/25
「ちゃんと悩む」というのはどういうことだろうか。世の中には問題解決の本がたくさん出回っている。しっかり手にとって見たことはないが、ビジネス上の問題はこれで間にあうのではないだろうか。いじめられたり、病気したり、失恋したり、介護が大変だったり、振り込め詐欺の電話がかかってきたり・・・それぞれの対応の窓口はしっかり用意されている。こういう中で、坊主や牧師というものは頼りになるものであろうか。どうも二番手になってしまいそうである。哲学や文学はどうか。これは三番手、四番手になってしまいそうな感じがする。
宗教、哲学、文学はどうも緊急時には対応できなそうである。本書はその宗教家、哲学者、文学者の考えの紹介である。だが、ほぼ400字くらいが考えの紹介部分になっていて「緊急時」にも間にあいそうである。
私たちの問題解決法はほとんど打算とテクニックに終始している。せめて平和時にこのような啓蒙書を読んでおくべきなのだろう。
原典の多くは、自分の意見の証明におそろしくたくさんの文言を費やしており、真理探究の格闘のための試行錯誤が甚だしくて、理屈の筋道をたどるのが困難である。読んでいるうちに何のために読んでいるのか忘れてしまいそうなほどだ。
日常的な悩みを「ちゃんと悩む」ためには、本書のような啓蒙書を手に取るのが、迷妄に入らない一番の方法だと思われる。
ちなみに読んでみるとやはり日常の悩みには答えてくれなかったような気がする。自分の人生をどのように生きるかという「大きな悩み」へのヒントであった。
それでは現在のわたしにとってどなたに魅かれたか。あまり馴染みのない人にどうしても目が行ってしまうということで「石田梅岩」が気になった。
キャッチコピーは「お互いを助け、社会に貢献し、人格を磨く」。この理想像は現代と何にも変わらない。勤労の過程で自己実現をしようという意識はこれからも失われてはいけない。
「心学しんがく」・・・ちょっと興味が出てきた。

本書は朝日学生ウイークリーに掲載されていたものという。わたしも中高生向けの哲学思想の啓蒙書を読んだ。それは毎日新聞社から刊行されたものだった。ちょうどよい長さで、飽きずに読めた。当時は西洋に目が向いていて、本書の石田梅岩はわたしには珍しかったが、そして本書では他にも日本人思想家が紹介されていたが、さらに掘り出して紹介して欲しい。
イスラムもご時世がら取り上げるべきであろう。ムハンマドはもちろんだが、西欧よりも先進地であった時代があったのだから、かなり大勢の哲学・思想・宗教家がいるはずである。インドや南米、中央アジアなども、本書のレベルで取り上げてもらいたい。


歌行燈 [DVD]
歌行燈 [DVD]
DVD ~ 市川雷蔵
価格: ¥ 3,806

5つ星のうち 5.0 高倉健さんの任侠ものもいいが、底流で繋がっている、ある芸者の物語も観てほしい, 2015/1/24
レビュー対象商品: 歌行燈 [DVD] (DVD)
いま、猛烈に泉鏡花を読みたい。とくに「高野聖」。岐阜の白川郷を近くの方に案内していただいたのだが「ここで『高野聖』のロケをしたんです」との言葉を聞いて、かつて坂東玉三郎が出演した「高野聖」を思い出した。
それでむしょうに原作を読みたくなったのだが、いったん手にしたものの、読み出すに至らなかった。
泉鏡花のことではもう一つ思い出がある。幼稚園児のころ、日曜の朝、父がなかなか布団から出てこないので呼びにいったら「歌行燈」を読んでいるという。
両作品ともいつかは読まねばと思いながら、さしあたってDVDを見ることにした。もちろん、原作の代わりとはならないことを承知の上、少なくとも時代風俗だけでも知っておこうということで。
盲目の能楽師(謡曲)が庭の古井戸に落ちて死んだ場面のところでかつてどこかで見たことを思い出したが、記憶はそれだけだった。99%は新鮮な気分で観た。
市川雷蔵は小学校の登校時、商店の板塀に貼ってあった映画のポスターで知っている。山本富士子は1972年、友人たちのつきあいで観た梅宮辰夫の番長シリーズの映画に、お色気のあるお姉さんの役で登場したのを後にも先にも一回だけ観たのだが、その場面を今でも覚えている。この映画に登場する山本富士子はお姉さんではなく、かわいい娘だ。

盲目の能楽師である父の死後、娘お袖は芸者に身を落としていた。芸者になっても芸の一つも覚えようとしない呆れた娘だった。
ある時、夜の繁華街を流していた(「門付け」と映画ではいっていた)男が地回りにやられていた。見過ごせず介抱したお袖はその男が父の死のきっかけを作った男喜多八だと知ったのだが、恨むことなく、むしろ謡いを指導してもらうことになる。この場面がとってもいい。ファンタジーでここから次第に映画の世界に没入していく。
お袖は芸者になったのになぜ芸の一つも覚えようとしなかったのか。「こりゃあ使いもんにならない」観客の誰もが思い、いらだつ方も出てこようという場面だ。じつは、忍耐に忍耐を重ねて、ついに堪忍袋の緒が切れたというあのパターンを主人公ではなく、観客に要求している構造だ。
それは最後のオチになるとなぜだったのかよく分かる。芸のできる女だったのなら、観客は最後の場面で涙を滝のように流すことはないだろう。明治30年の桑名でのお話である。


オーメン 製作30周年記念 コレクターズ・エディション [DVD]
オーメン 製作30周年記念 コレクターズ・エディション [DVD]
DVD ~ グレゴリー・ペック

5つ星のうち 5.0 反キリストへ対抗するのは聖剣によるのではなく・・・, 2015/1/24
1976年公開の作品。「オーメン」とはメン(マンの複数形)に対峙する存在なのかなーと当時思っていた。評判がすごくよかったようなのだが、自分には退屈な映画で、寝てしまうしかなかったのだった。しかし、現在に至って振り返ってみたい映画になった。もう、わたしは後ろ向きの人間になってしまったようだ。ひょっとして後ろ向きになったためにおもしろく思えるかもしれない、とんな気もしている。

「オーメン」は前兆とか予兆という「兆し」の意味のようだ。666という聖書・黙示録に出てくる数字のようだが、信仰がなければ、どんなに不吉な数字だ、といわれてもさしたる感慨は沸いてこない。たとえキリスト教信者といっても、プロテスタントでは亡霊とかエクソシズムとかは信仰にない。この期に及んでも「精神科医とかカウンセラーに掛かりなさい」と、観ていていいたくなる場面が出てくる。
引いてみてしまえば、怪しい宗教家に洗脳された父親が、我が子を悪魔の子と思い込み、猟奇殺人をしそうな危なさがあるだけだ。

ダミアンは現在のわたしには孫とダブってしまってとてもかわいい。ああ、わたしも悪魔に魅入られて、おぞましい悪魔の計画を手助けしてしまうのだろうか。

とはいえ、今回は眠らず、それどころか、おおいにおもしろく観ることができた。お金をかけた、精密な作品だった。マニアなら何度も場面を一時制止して、仔細に周辺の道具などをもチェックするのではないだろうか。

神と子と聖霊に対峙して、悪魔と反キリストと偽預言者が並べられているが、世の中が乱れてくれば、つまり現代であるが、それらはパウロの時代からすでに、わんさか登場している。それらを警戒して正しい信仰を持ちなさい、という警告があるのだろう。
デミアンは山犬から生まれた反キリスト。世界を大いに乱す存在に成長しないようにくい止めねばならない。たとえ非力な庶民であれ、キリストに勇気をいただき、反キリストの誕生に恐れることなく、勇気を奮って日々を送り、キリスト再臨の準備を万端整えることだ。それは殺害という行為によってはならないことは明白である。

今回は、駐英大使にして父親に扮するグレゴリー・ペックがフリージャーナリストと共に立ち向かうという非力ぶりで、当然のように戦いは惨敗した。次回の戦いに期待しなければならない。

1976年公開当時のヨーロッパの自動車がたくさん背景を走っている。今となってはクラシックカー同然のスタイルながら、美しいフォルムを堪能できるのも楽しい。

リタイア寸前のわたしにとって、ようやく落ち着いて見ることのできる映画になった。
反キリスト誕生といえば「ローズマリーの赤ちゃん」を思い出した。聖書ネタというのは果てしなく尽きないが、自然を大切にする神道のネタで作った映画を観てみたいナー。


新世紀エヴァンゲリオン (10) (カドカワコミックスAエース)
新世紀エヴァンゲリオン (10) (カドカワコミックスAエース)
貞本 義行著
エディション: コミック
価格: ¥ 626

5つ星のうち 4.0 謎のオンパレードだ, 2015/1/21
9巻に引き続いて、パイロットの心を吸い取る使徒との戦いが続いている。
冒頭は、レイの内面の葛藤が描かれてて、シンジに恋し、アスカに嫉妬していることが明らかにされる。そのレイはとても魅力的でない。醜いだけ。
カヲルはどうも、使徒の仲間らしい。使途にも正体を隠している。そのカヲルもやられている。これまでで最強の使徒だ。とうとう、レイは特攻に出る。自爆テロだ。
しかし、レイは復活する。それは何番目かのレイだという。いったいどこでレイは複製されているのか。
カヲルには使途によって注入されたレイのシンジを愛する心のせいで、シンジに怪しい関係を持ち込もうとする。
アカギ博士がゼーレ?に尋問を受ける。レイのかわりに。それはどういうことか?

シンジのお母さんユイはなんだ? あの地下に眠る十字架のアダムになってしまっているということか。
そして、シンジとミサトがアカギ博士に連れてこられたところとは、ダミーシステムの製造所だ。それはレイの無数培養だった。
わたしのようなホボンクラな人間にはもはやついていけない。謎のオンパレードだ。


薬用ピュオーラ 洗口液 クリーンミント 420ml
薬用ピュオーラ 洗口液 クリーンミント 420ml
価格: ¥ 512

5つ星のうち 5.0 味や後味はさすが洗練されている 排水口も除菌されて黒ずまない, 2015/1/21
新開発のノズルがついているが、結局、これまで使ってきたポンプ式のボトルに詰め替えて使用している。
味はいい・・・変な話だが、ベタつかないし、ひどい薬臭さもない。さすが日本製は味は洗練している。
効果のほどは科学的な発言はできないが、夜、寝る直前、本液でお口クチュクチュするだけで寝てしまうのだが、起き掛けは口臭はしない。歯垢が着きにくいというが、朝は、クリニカを使用してブラウンの電動でやっている。それで間に合っている感じがするのだが、危険だろうなあ。

洗面台の排水口の栓は、ひと頃は、黒く垢が付着していたが、洗口液を使用してからは、髪の毛は絡まっているが、黒い垢はまったく見られなくなった。洗口液の除菌剤はこのようなところにも効いているようだ。


新世紀エヴァンゲリオン (9) (カドカワコミックス・エース)
新世紀エヴァンゲリオン (9) (カドカワコミックス・エース)
貞本 義行著
エディション: コミック
価格: ¥ 626

5つ星のうち 4.0 アスカ、使途によって、自死した母のことを思い出させられてダメになる, 2015/1/21
今巻ではシンジは泣き言をいわない。替わってアスカがピンチだ。人の心を読もうとする使途によって、ダメになった母のことが蘇って、アスカもダメになる。
そんな中、新たに登場したフィフス・チルドレン渚カヲルは危険な匂いをプンプンさせている。発言のいちいちが意味深だ。シンジは綾波レイと同じ匂いを嗅ぐ。そのくせ、セカンドインパクトの日に生まれたということぐらいしか分からない。データが抹消されている。ゲンドウの暴走を抑えようというゼーレによるタブリスのことらしい。多分、途中で破滅していくキャラだろううなあ、という感じがする。
カヲルとシンジの共闘の結末は次巻に続く。


新世紀エヴァンゲリオン (8) (カドカワコミックス・エース)
新世紀エヴァンゲリオン (8) (カドカワコミックス・エース)
貞本 義行著
エディション: コミック
価格: ¥ 626

5つ星のうち 4.0 生臭くなってきた綾波レイ, 2015/1/19
シンジが大河の一滴になってエヴァの中を浮遊しながら記憶の根源に迫っている。
綾波レイは母のクローンのように思わせるシーンが出てくるが、アカギ博士が綾波レイに吐きつけた言葉でもそのように思わせられる。そのセリフでは、どうも碇ユイとアカギ博士の母はゲンドウをめぐる恋敵だったようにも思える。
スパイ工作員だった加持は諜報機関の手によってか、射殺される。鈴原トウジと同様、意外に短い命だった。
加持と同様に、それ以上に罪深くいかがわしのが六分儀ゲンドウだ。碇ユイに近づき、ユイの姓を名乗る。いったいどれだけ深いはかりごとを胸に秘めている男なのだ。
セカンド・インパクトも自然災害かと思いきや、ゲンドウが絡んでの事故のように思われる。

それらの謎は通常、読み進むうちに解き明かされることになっている。本シリーズもそうであって欲しいと願いながら、一冊ずつゆっくり読み進みたい。

本巻最大の失意は、綾波レイが人間味を帯びてきたことだ。人形のような、人間を超越した存在でよかったのに。だんだんとナマ臭くなると、日本人男性は離れていくような気がする。日本男子の持つ心はガラスなのだから。


歪みを正して疲れない身体をつくる
歪みを正して疲れない身体をつくる

5つ星のうち 4.0 本書提案のエクササイズを自分なりにプログラムしよう, 2015/1/17
例えば「ターザン」のようなフィットネス雑誌の特集を合本にしたような、ハンパな作りになっている。さて、身体を動かそうと本書を手にすると、ヤタラ講釈の長い先生にぶつかったような、なかなか始まらない感じになるのだ。
歪みチェックと対策のエクササイズが交互にあったりで、話を聞かせられるために動きを止められるような、ノリのない本である。プログラムもない。
けれども、エクササイズはいい加減なものではない。ならどうする? ということで、本書のエクササイズ部分をコピーし台紙に貼り付けて、自分なりのプログラムを組み立ててみる、ということを試してみたい。
*身体の歪み是正トレーニング
  1.静的トレーニング
  2.動的トレーニング
  3.ストレッチ
  4.持久・・・スクワット、バービーなど
これらを、組み合わせたプログラムを2、3コース作ってみたい。

監修は山崎祐嗣。アドバイザーは高阪剛、中西哲生、池谷直樹。モチベーションをあげるために読むのもよいが、早く身体を動かしたい人にはまどろっこしい。お風呂上りにでも読むのはどうか。


新世紀エヴァンゲリオン(7) (角川コミックス・エース)
新世紀エヴァンゲリオン(7) (角川コミックス・エース)
価格: ¥ 522

5つ星のうち 5.0 自分の戦いのリアルな名分が分からない, 2015/1/17
シンジを乗せたまま、ダミーシステムによって友人鈴原の乗っている3号機はとことん破壊された。3号機が使徒に乗っ取られたとはいえ、乗っている鈴原ともども凶暴なダミーシステムによって撃滅された。シンジの目の前で。まるでいうことを聞かないわが身が勝手に、そのまどろっこしさにとても無念でたまらない。
7巻は、それで荒れて八つ当たりするところから始まる。彼はパイロットをやめると宣言する。

彼には甘えがあるのではないかと思えてきた。彼がエヴァ操縦に最も適切なパイロットなのだということを知っているのだから。けれども、同時にいら立つのだ。自分で選んだ道ではないのだから。

引き止めるミサト。ミサトにとっての戦いの名分は、父の仇。自分を救おうとしてセカンド・インパクトの衝撃波を受けて死んだのだ。彼女は自嘲する。世界平和のための戦いではないことを。けれど、わたしはそれこそがリアルに感じる。世界の平和のため・・・なんと歯の浮くいやらしい名分であることか。鈴原も重傷を負った妹の仇という思いがあった。
それなのにシンジにはまだ分からない。自分の戦いのリアルな名分が。

加持はシンジを引きとめ、自分の戦いの目的、リアルな名分を語る。自分がネルフをスパイしている理由を。
弟や仲間を密告することによって生きながらえたこと。ここにも惨劇が潜んでいたのだ。以来、彼はセカンド・インパクトの正体をつきとめることを決意したという。さらに、ネルフの地下に保管されているアダムと使徒が接触すればサードインパクトが起きる、それを阻止することだと。

ミサトも加持も大いなる犠牲に立って生きながらえた。もう、幸せになってはいけない人間になったのだ。そして、シンジ、おまえもだ。
しかし、加持はまだ分かっていない。シンジは鈴原の犠牲に立って生きているのだといいたいのだが、それよりもおそろしい犠牲の上にシンジは立っているということを。

使徒の攻撃が続いている。シンジに代わってレイやダミーシステムが初号機を運転しようとするが動かない。レイは零号機に乗り変わって特攻を試みて失敗。
「なぜ、初号機は動かない? ユイよ」ゲンドウは妻の名をつぶやく。その時、すべてのモニターがシンジを映し出す。シンジでなければ動かないと訴えている。

シンジは気を取り直してコクピットに乗り込む。エヴァのエネルギーなど知っちゃいない。目覚めた! エヴァが目覚めた。エヴァの魂であるシンジの母の魂が目覚めた?それとも本能が目覚めたのか?
目覚めたエヴァは倒した使徒を食い始めた。見ている者たちは吐き気を催す。それはまるで共食いのようだからだ。使徒を食って「S機関」を取り込んだという。S機関とは何か。謎のオンパレードである。そして再び暴走する初号機。それを拘束したのが使徒迎撃要塞都市の防護システムだ。・・・まるでシンジが暴走することを想定していたようなシステムだ。人間の暴走も神のご計画の内、といった按配だ。

暴走はゲンドウの暴走でもあるらしい。ゼーレはすでに対策を用意していた。それはタブリズだ。タブリズとはなにかのクローンか? またまた?マークの登場だ。

初号機の中のシンジは肉体が溶解してしまっているらしい。エヴァの体液にでもなってしまったのだろうか。まさに大河の一滴と化した感がある。


そばもん ニッポン蕎麦行脚 16 (ビッグコミックス)
そばもん ニッポン蕎麦行脚 16 (ビッグコミックス)
山本 おさむ著
エディション: コミック
価格: ¥ 648

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5つ星のうち 5.0 激泣きグチャグチャになった, 2015/1/17
山形ではわたしが生まれる前から、そばの薬味は七味や一味だった。上京して初めてワサビで食べた。山形県内のそば屋には、30年くらい前までは、そば屋のテーブルに南蛮が置いてあった。東京から来るお客はワサビが出なくてビックリしたものだった。

山都町は今から20年位前に行っただけだが、本巻を見るとずいぶん発展したようだ。じつはあまりいい思い出がない。小学低学年の子どもを筆頭に小さな娘たち三人を連れて食べに行ったのだが「食べ放題」ということでひとりから3000円を幼稚園の娘まで勘定して請求された。もちろん、以来、二度と行かない決心をしたし、本巻を見て感動しても、それとは別と思う。
そばの食べ方が豊かだと感じた。会津は都会のヒトから見ればひなびた田舎だが、北隣の米沢上杉藩から見ればずっと豊かだ。飯豊連峰を挟んで、上杉藩は外様。困窮を極めた。会津は松平氏が治める徳川ゆかりの譜代大名だ。豊かなそば文化にはオーラさえ感じる。会津とは違って貧しい置賜だが、娘たちが帰省するたびに家族でそば屋に行くのを愉しみにしている。小さなそば屋ばかりだが。

少し泣いたのは「そばの花言葉」。乳がんの妻のために出世を棒に振った男と蕎麦がらみの話。そして激泣きしたのは、さのじとネグレクトに遭っている子ども(貴明)と明後日の汁を絡めた話だ。いいことだらけで〆やがって、というニクい作りだ。
さのじは一人前になり、エリカちゃんには頬にキスしてもらえるし、子育て放棄された子どもの将来は明るく見えるし・・・。
派遣やらブラック企業やらで日本はすっかり余裕のない国に変わってきた。変態やグロいまんがも必要かもしれないが、明るくほのぼのとした物語こそ求められていると思う。


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