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5つ星のうち 5.0
ビオンに基づき、さらに洗練され、日本語で深められる理論, 2011/12/12
Wilfred R.Bionの「transformation 」を読むと、Non‐existent object,No-breast,No-thingなどの用語に困惑を覚えたり、唐突な印象を抱いたことがあった。
本著作は、このNo、Nonの語感を「不在」という日本語に置き換えて、クラインからビオンの流れを反映させつつ、丁寧に解説している。
著者は精神分析理論を分かり易く、しかも臨床の現場の「息吹」を同時に閉じ込める文体にかけては、本邦有数の才能を持つと言われているが、
今回の著書はそれがさらに洗練されて、精神分析の「奥義」の巻のような印象を受けた。
「不在」という漢語をあえて使うことで、より精神分析以外に開かれる可能性をもっているが、あくまでも精神分析に忠実に、しかも適度なオリジナリティーを含めた言葉、リズムで描いた点に価値がある。
例えば、
p66「不在であることについてのこころの新たな体験様式が、ここにある。“ 対象の不在”は対象を失っているという認知に変形された。これを〈対象喪失〉と呼ぶ。“対象の不在”はその性質を変えたのである。“対象の不在”は発見され、認知され、それは私たちの「こころの内なる世界」をそれとして確かなものと認識させてくれた。そして、そのこころの世界での“対象の不在”は、内界の現実としての〈対象喪失〉の発見となった。」
この文章において、「不在」が中立的な現実的な語感から、こころの痛みを伴う対象喪失につながる文脈で、両方の意味を担える用語として、うまく機能していく。
哲学用語の印象の強い、「不在」、「(ただ)ないこと」を臨床の場と精神分析理論の枠組みで考え抜いたことを感じさせる。
あとがきに著者は、「本書は薄い著作ながら、内容的に重複した記載が少なくない。それは、“不在”についてのより確実な理解を読者にもたらしたい、と私が望んだ結果である。」
と書いている。
その意図は成功している。
繰り返しの中で生まれてくる「不在」のイメージは読むたびに変わった。言葉にならない「不在」という概念の輪郭を丁寧に形作るという作業は、読む側の「不在」に対する変形transformationの役目を果たしているようであった。
祖父江典人著者の「ビオンと不在の乳房」(誠信書房 2010)がビオンの人生史を投影し、正攻法で「不在」を扱った、ある種の「戦略書」だとしたら、本著作はその作戦に参加する全ての人を想定して記載した「心得」のようなものかもしれない。 その「心得」は、現在の日本の空気が程良く織り込まれている。
もしかすると、ビオンが日本流に変形され、新たな流派を創発している途上なのかもしれない。