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5つ星のうち 5.0
夢の終わり / 口紅, 2012/12/12
20分越えの大作シングルから一変、再始動LUNA SEAが新たに産み出したのは4分弱のアッパーチューン二曲だった。
The End of the Dreamはギターソロも無い、シンプルな構成でメンバー全員が一つになって音を出すLUNA SEAにしては非常ーーに珍しい曲。なんせ弦楽器組3人が全て同じバース内で音をかき鳴らしているのだ。LUNA SEAが得意としたギター・ベースの方法論「誰かが弾いたら、誰かは休符。歪みのギターにはクリーントーン」が無く、全員が高いテンションで突っ込んでくる。しかも異常なシリアスさを漂わせて。あのシンプルなTONIGHTだってギターとベースの役割分担がハッキリしていた「らしい」曲だったのに、ある意味LUNA SEA史上初めてバンドが作り上げてきた方法論を捨て去った「らしくない」曲なのかもしれないが、同時にまぎれも無くLUNA SEAの「音」でもあるのだ。
このスリリングかつシリアスな感触はROSIERやDESIRE以来のギラツキを感じるが、本当に余計な物をそぎ落とした分、その速効性は凄まじい物である。
一方のRougeはアッパーチューンではあるが、全然ベクトルが違う。
こちらの曲の方がツインギターとベースの絡み・曲の間に挟むブレイクや構成はまさにLUNA SEAで無いと作れない「らしさ」全開の曲であるが、兎に角あの「絡み」が異常に複雑であり、強引に説明するならMy Loverを複雑にした様な感じ…である。特に真矢のドラミングはバースごとにパターンを性急に変化させており、このテクニックには溜飲を下げるしか無い。土台がしっかりしているから、ここまで自由にアンサンブルを弄っても、一曲として成立するのだろう。
どちらかと言うと、この曲構成はミディアムナンバーで効果的に使われていた物であり、速い曲での使い方は今までに無かった物である。
結果両曲ともベテランバンドの新曲なのにバンドの「らしさ」と「らしくない」が混然一体となった、コアなSLAVEであればある程とても新鮮に聴こえる名曲が誕生したと思う。
そして面白いのが両曲とも、誰が原曲を持ってきたのかがとても解りやすい(笑)
The End of the DreamはJが。RougeはSUGIZOが。と言った具合である。メンバーのソロを愛聴している人ならすぐに「匂い」に気づくはずだ。
昔刊行された「私がヴィジュアル系だった頃」においてSUGIZOが発言していた「俺はニューウェーヴが得意だけど、Jはアメリカンロックが得意。そこでバンドらしさを出す為に最小公約数で纏める事をしてしまった大いなる失敗バンド。例えばこの曲は誰かにまかせて、其処を皆でフォローする様な形が出来たらもっとバンドの音楽性が広がっていたかも知れない」と言う発言を私は思い出した。
The End of the Dreamの後半、曲調がダブっぽくなるのはINORANのアイデアだろうか?等と色々な想像が思い浮かぶ…そして二曲とも歌メロが非常にメロディアス。
RYUICHの表現力とポップな感性が無ければ、Rougeは非常に難解な曲にしまい、良い意味での「シングル向きの曲」には成らなかったのではないか?
この二曲は終幕前には不可能だった事を初めて形に出来た記念碑的な曲だと感じる。
LUNA SEAはその素晴らしい音楽性で名曲を生み出しつつも、バンドの看板や「らしさ」でバンド自身の首を絞める事になってしまうという皮肉を味わった稀有なバンドである。
しかし、今のLUNA SEAは今までの成功も失敗も一切合財全てを呑みこんで、この5人が出す音がLUNA SEAの音だ!と言う現在進行形で進化をし続けている状態であると思うのだ。
普通、THE ONEの様な曲を演奏するバンドがこんなシンプルな曲をやるなんて他に聞いた事が無い。
前途のSUGIZOの発言の続きで「それが出来ればもっと成功していたと思うな」
確実にLUNA SEAは「誰も超えられない偉大なバンド」に成りつつあると私は確信している!