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ガーニャさんが書き込んだレビュー

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Sublime Treble Voice of James Rainbird
Sublime Treble Voice of James Rainbird
出品者:marvelio-japan
価格: ¥ 2,584

2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 硬質の声の魅力, 2008/10/15
豊かな声量と、硬質な声質(村上友一に似ている)。
冷たい美しさと言えばいいだろうか、
寒い冬の日の強い陽射しのもと、外気に肌をさされるような感覚。
あるいは純白の雪が女声ソプラノの美しさだとすれば、
James少年の声は、陽の光に輝く氷のようである。
と言って、優しさがないというのではない。

ピアノ伴奏だけなので、声を十分に堪能できた。
一曲目「COME AGAIN」を聴いただけで、
この一枚に払った金額は購われたと私は感じた。

ボーイ・ソプラノ好きの方には、ぜひお勧めしたい一枚である。

聖者の行進 DVD-BOX
聖者の行進 DVD-BOX
DVD ~ いしだ壱成
価格: ¥ 19,026

72 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0 テレビドラマ史上最大の汚点, 2008/10/15
レビュー対象商品: 聖者の行進 DVD-BOX (DVD)
野島伸司作品中もっとも醜悪な作品。
これを書いた彼の人間性を疑いますし、
厚顔無恥にもテレビで流した局関係者の良識を疑います。

知的障害を抱える子どもたちの家族は、
みな彼らをお荷物だと思っているかのように描いた野島氏は、
その脚本を良しとした局関係者は、
現実の家族の心情を少しでも思いやったのでしょうか。
抵抗できない障害者を虐待し、不当に搾取する輩は現実にいることでしょう。
私が思っているよりずっと多いのかもしれません。
また、どこかで偽善と思いつつ彼らと関わる人たちもまた、
現実にはいることを私も否定はしません。
しかし、それを告発するのは、
興味本位の無責任な人間ではないはずです。

私は、不当に野島氏の評判を貶めているでしょうか。
私の言っていることが正しいかどうかは、
このドラマの結末を見ればわかります
(まさか、最後までこうではないだろうと思って、
一度観始めた手前、最終話まで観通しましたが、
結局、最後まで私の印象は変わりませんでした)。
この繊細な問題にあえて手を出しておきながら、
野島氏は自分の作った作品世界に対する義務を放棄し、
最終話近くでは非現実的な展開に逃げました。
これは作品の質云々の問題以前に、
創作に携わる者としての倫理にかかわる問題です。

「聖者の行進」などという聞こえのいい看板を掲げ、
表向き知的障害者を擁護する立場を装いながら、
その実、この上なく彼らを愚弄した、唾棄すべき、
テレビドラマ史上最大の汚点です。
こんな作品が、問題作だとか、感動の名作だとか
騒がれる理由が私にはまったくわかりません。

最後にもう一つ、主題歌として使うことでイメージを汚した、
中島みゆきさんの名曲「糸」にも謝罪してください。

玄奘西域記 (1) (小学館文庫)
玄奘西域記 (1) (小学館文庫)
諏訪 緑著
エディション: 文庫
価格: ¥ 670

4 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 なぜ、, 2008/10/6
この大変完成度の高い作品が、なぜ出版社品切れ重版未定なのでしょうか?

混迷な時代における宗教の意義とは何か。
この作品は、そんな深遠なテーマを扱っています。
と言っても、少しも堅苦しい調子はありません。

何より、あの三蔵法師には実は兄がいて、
はじめ玄奘は、その兄のお供に過ぎなかったという、
大胆な設定が実に見事です。
人格者を絵に描いたような偉大な兄にコンプレックスを抱く玄奘、
そんな弟の秘められた才能・宗教者としての資質を見通している兄。
この二人に、個性豊かな仲間が加わります。
複雑な背景を背負いながら玄奘を常に支えるハザク、
道化を装いつつも、深い知識の持ち主であり、
誰よりも仏教の将来を案じているプラジュニャーカラ。

と、本書の魅力を挙げていけばきりがありません。
これは、諏訪先生の現時点での最高傑作であるとともに、
日本漫画界にまれに見る傑作であると、私は考えています。

フロント・ランナー
フロント・ランナー
パトリシア・ネル・ウォーレン著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,890

9 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 男のことは男にしか書けないという迷信, 2008/10/6
レビュー対象商品: フロント・ランナー (単行本)
本当の男は男の作家にしか書けない、本当の女は女の作家にしか書けない、
という言葉を時折耳にすることがあります。

しかし、この作品はそれが迷信であるということを実感させてくれます。
この作品の主要人物はゲイであり、いわゆるストレートの男性ではありません。
ストレートの男性を描くのも大変なのに、ウォーレンというこの女性作家は、
なんとゲイの心理を描いているのです! そして自身ゲイである私の眼に、
この作中人物たちは、生きた我々そのものでした。それほどまでにリアルなのです。

作家の想像力に限界はないということを、この作品は教えてくれます。
内容面については、別の方が素晴らしくまとめていらっしゃるので、
そちらをご参照ください。

死の島 上巻 (新潮文庫 草 115H)
死の島 上巻 (新潮文庫 草 115H)
福永 武彦著
エディション: 文庫

16 人中、16人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 あまりに早く書かれた実験作, 2008/10/6
先のレビューにつけ加えるものは何もありません。
ただこの作品が傑作である点に私も一票を投じたく思い、
このレビューを書くことにしました。

数年前、映画『21g』が公開された当時、ストーリーの時間軸を
バラバラにしてちりばめ、突然の場面転換を図るその手法に、
「斬新だった」という感想が巷にあふれました。
しかし、本当に斬新でしょうか? 
福永武彦は、すでに30年以上も前に、
この『死の島』でそれを試みているではありませんか。

福永武彦という作家は小説技術というものに大変意識的だったようで、
それぞれの作品で何らかの実験を試みています。
この作品のように時間軸をバラバラにしたり、
『幼年』で、幼年期の自分と回想している現在の自分を
区別して書いてみたり。
それでいて、「技巧に走っている」という印象を
与えないその手腕は、まったく見事と言うほかありません。

福永は「作者と読者は作曲者と演奏家の関係のようだ」
と何かのエッセイで言っています。
作品は、それ自体で完成しているのではなく、
想像力を働かせて読むという読者の参加あってはじめて、
物語は完結するというのです。

この『死の島』のクライマックスをお読みになれば、
この作者の言が、決して空言ではなかったことがわかるでしょう。
賛否両論だったあの終わり方は、作者・福永武彦の小説観を
見事に体現したものなのです。

長々と書いてしまいました。
もう一度だけ繰り返して筆を置きます。
この作品は、偉大な実験作にしてまれに見る傑作です。

草の花 (新潮文庫)
草の花 (新潮文庫)
福永 武彦著
エディション: 文庫
価格: ¥ 460

17 人中、15人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 瑞々しい青春文学, 2008/10/6
レビュー対象商品: 草の花 (新潮文庫) (文庫)
自分にとってあまりにも大切なものであるために、
簡単には語れない、そんな一冊ってあると思います。
この『草の花』は、私にとってそのような一冊です。

藤木とその妹である千枝子への愛が失敗に終わったのはなぜか。
病床にあって主人公である汐見は、過去を回想することで、
その理由を探ります。手記を書き終えた彼は、無謀とも思える
手術を断行し死亡する。これは自己処罰でしょうか?

汐見の視点に立って読めば、愛しているのに愛されないことに
苦しむ、青年の姿に読者は同情することでしょう。
しかし、一方的に熱烈な思いを寄せられる側の藤木はどうでしょうか。
汐見の熱い視線に、息苦しい思いを感じて当然ではないでしょうか。
一度恋愛に失敗して臆病になった汐見は、千枝子を身勝手な思いで愛します。
わざと会わないことで愛の深さを確かめる、などと汐見が語る場面がありますが、
そんなことを知らない千枝子は、自分を疎ましく思っているから
会いに来てくれないのではないか、と思って当然です。

エゴイスティックな愛に生きた汐見。そんな彼の姿を、
私たちが、不快にも、あるいは痛ましくも感じるのは、
彼のうちに、青春の日の自分を認めるからでしょう。

一言付言すれば、著者の愛に対する考えは、
汐見の哲学にではなく、作中人物の春日によって吐露されています。
このことは、『愛の試み』で春日の述べていることと
まったく同じ議論が展開されていることからも明らかでしょう。
春日は汐見を次のように諭しています。
「靭く人を愛することは自分の孤独を賭けることだ。
たとえ傷つく懼があっても、それが本当の生きかたじゃないだろうか」。
『草の花』は、福永文学研究者のある人々が言うように、
「愛の不可能性」を描いた作品などではないのです。

そしてもう一つ、蛇足ながらこの作品には「慰霊歌」
「かにかくに」といった原型があり、
白地社発行の『未刊行著作集19』に収められています。
興味のある方は、一読なさってみてはいかがでしょうか。

とまれ、私たちは、この本を通して、
失われた青春を再び生きなおすことができるのです。

反論の技術―その意義と訓練方法 (オピニオン叢書)
反論の技術―その意義と訓練方法 (オピニオン叢書)
香西 秀信著
エディション: 単行本
価格: ¥ 1,848

9 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 これは単なる「読みもの」ではない。, 2008/10/6
文章指南の本にしても、議論術の本にしても、
よく見かけるのは、実践に役立たない理論書の類です。
客観的な視点を持て。根拠を伴わない意見には説得力がない。
そんなことは言われなくてもわかります。
ダメな話し方を例に取り上げ、どこが悪かったかを指摘する。
これだって、注意深い人間だったなら、
言われなくたってすぐに気づきます。お金を払って
わざわざ教えてもらうほどのことではありません。

そうです、読者は単なる理論を求めているのでも、
かつてなされた芸術的とも言うべき説得の実例を見たいのでもありません。
どうすれば自分の議論術を高められるのかを具体的に説き、
かつ読了後にそれ以前にはなかった能力が身についたことを実感させ、
実際に活用できる自学自習・実践の書なのです。

この意味で、本書は類書とは一線を画す好著であると言えるでしょう。
著者はこれでもかとばかりに具体例を挙げ、一見よくまとまっているか
に見える論議を、自ら鮮やかに論破して見せます。
著者はわざと偽悪者を装い、毒舌を展開しておられますが、
それも上品なブラックユーモアとして、大いに楽しめました。
怠慢な現職国語科教員(私自身、その一人なのですが)に対する警鐘という意味でも、
これは自省を促す大変刺激的な本です。

本書に散見される名言をいくつかご紹介しましょう。
「反論は議論の本質である」
「意見を述べるとは、反論すること」
「反論の手本は教師が示せ」

いかがでしょう? なんだか読みたくなってきませんか?

白痴 (下巻) (新潮文庫)
白痴 (下巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー著
エディション: 文庫
価格: ¥ 882

9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 凡庸な人間の苦しみ, 2008/10/6
レビュー対象商品: 白痴 (下巻) (新潮文庫) (文庫)
物語全体に関するレビューは他の方にお譲りしましょう。

ドストエフスキーの作品には、
一見筋とは全く関係ないように思えることを、
語り手が突然熱く語りだす脱線とも思える個所が何度も出てきます。
(しかし、よくよく見ると、決して脱線ではないのですが)
この脱線が、なんというかどれも読ませるものばかりなのです。

たとえば本書第四編冒頭で展開されるガーニャの心理分析。
ここで作者は彼を、独創的な人間でありたいと思いながらも、
ずっと聡明なありふれた人間に過ぎない、と言っています。
単なる平凡な人間であったなら、
ガーニャは、もっと楽に生きられたでしょう。
しかし、彼は不幸にも聡明だった。
どんなに努力したところで、あと一歩のところで
天才にはなれないという、自分の限界を見極められるほどに。
かといって、中途半端な能力に恵まれているがために、
彼は平凡な人のように分をわきまえて生きることもできません。

このガーニャのようなタイプの人、結構たくさんいると思います。
個性的であろうとして、わざと人と違うことをしようとする人。
作家や画家、ミュージシャンといった職業を、
「創造的である」という理由で、ほかの職業の上に高める人。
自分には才能があると思いながらも一方では恥をかくのが嫌で、
公の場に出る勇気はないくせに、他の人の才能をけなしてばかりいる人。
こういう人、身近な所で見かけませんか?

このガーニャの心理分析を読むためだけでも、
この作品は一読の価値はあると思います。

光あるうち光の中を歩め (新潮文庫)
光あるうち光の中を歩め (新潮文庫)
トルストイ著
エディション: 文庫
価格: ¥ 389

17 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0 入信を前にしてのためらい, 2008/10/6
トルストイの作品の中では3大長編や民話などに隠れて、
小品扱いされるこの作品ですが、
その価値は決してそれらに劣るものではありません
(トルストイの厳しい審美眼からすれば、
これほどの出来でも公表できないと判断したようですが)。

トルストイは信仰を前にした人間のためらいを描くのが実に上手い。
「もう自分はこんな生き方はやめる、キリスト者として生きるのだ」と
決意を固めて家を飛び出しては、説得されて思い留まる主人公。
発心しかけると決まって現れて、彼を説き伏せる老人の論理が
実に鮮やかなのです。コリント人への第一の手紙11:14には、
「サタンは自分を光の使いに偽装している」とあります。
この老人こそは、文学にこれまで描かれた中で、
もっとも穏健な表情をした悪魔と言うことができるかもしれません。
それをようやく振り切って、信仰を選んだ主人公に長老がかけた言葉は…。
これはもう、トルストイにしか書けない完璧なセリフです。

この作品には、冒頭に「閑人たちの会話」という題の短篇が
置かれています。登場人物の誰もが信仰に生きることの意義を
認めているにもかかわらず、
なんだかんだと言い訳をしては、結局思い留まるのです。
これは、イエスの盛大な宴会の譬え話(ルカ14:16〜23)
にも比肩する見事な寓話と言えるでしょう。
一見、信仰について真剣に語り合っているかのような人々を、
「閑人(ひま人)」と呼んでいるところに、
私はトルストイのまことに辛辣な揶揄を感じます。

この物語をただ一編の優れた物語として味わった私をも、
トルストイは閑人と呼ぶでしょうか?

トルストイに「自分は説得されるのではないか」と恐れている方、
ご安心ください。
私もまだ、こうして俗世間にとどまっているのですから。
しかし、今トルストイが生きていたら、私は会ってみたかったです。

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)
浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)
カズオ イシグロ著
エディション: 文庫
価格: ¥ 777

29 人中、27人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0 カズオ・イシグロ入門編, 2008/9/13
カズオ・イシグロがどういう作家かを手っ取り早く知りたい人には、
本書と『日の名残り』をお勧めする。

イシグロが得意とするのは一人称による語りである。
一見、近代日本文学得意の私小説の感を受けるのだが、
作者はそこに一つの仕掛けをする。
この語り手、実は相当な曲者なのである。

視点人物が固定されているということは、
読者もまた、物語をその人物を通してしか
眺められないということを意味する。
彼が語る出来事は事実そのものではない。
彼が解釈した、言ってみれば歪められた事実なのである。

イシグロは主人公に私たちを同化させておいて、突然突き放す。
その時受ける衝撃は、現実崩壊の感覚とでも呼べばいいだろうか。
読者が憑依していた主人公の肉体から突如追い出され、
空中を浮遊する霊となって、彼の姿を目にするような感覚、
一瞬前まで現実と思って生きていた世界が、
実は夢であったと知らされるような衝撃を想像してほしい。
それを読者に感受させる、イシグロの手腕は見事というほかない。

カズオ・イシグロ。この端整な文章を紡ぐ作家は
実は、恐ろしい怪物なのである。

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